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5 Donkey Kong

「奴一人で、本当にやれるのか」
 破壊孔から青いACの後ろ姿が消えるなり、アレックスは【稲妻】に聞いた。
「心配ない。彼は勝つ……いえ、彼を打ち負かせる者は存在しない」
 訝しげに眉をひそめるアレックスに、【稲妻】は薄く笑った。
「彼自身はこんな言い方を嫌うけどね。それより、ラルフ君。この状況で頼んだ作業はできる?」
「ええ、そりゃもう。アレックスの通信管制より簡単に」
「どういう意味だ、そりゃ」
 抗議を聞き流して、ラルフはキーボードとモニター上のタッチパネルを叩き続けた。
「――うん、思ったより素直な作りのようですね。多分、このデータベースを隠した連中、ここを発見した人間がすぐ使えるように、わざと簡単にしたんでしょう。データにしろ、構造にしろ、全く隠す気はないみたいです。パスワードすらかけてませんよ。2時間もあれば全貌を解明できるかと」
 さらに端末用のモニターにいくつものウィンドウを開いてゆく。
「ん〜〜……でも、データ量は尋常じゃないみたいですから、中身の確認にはかなり時間がかかりそうですけど」
「全部消すんだから、確認の必要はないわ。いかにきれいさっぱり消すか、それだけを考えなさい。……【はぐれ】の通信・戦闘管制と周辺警戒をこっちへ返してもらえる?」
「了ー解。コントロール、そっちに送ります」
「……………………。受け取ったわ。壁のモニターはこっちで占有していいかしら?」
「ええ、どうぞ〜。こっちは手元の画面だけで充分ですから」
「……俺はどうすればいい?」
 アレックスの子供じみた問いに、ラルフはしかめっ面を向けた。
「何を言ってるんです。こういうときの仕事ってのは自分で見つけるもの。考えつかないなら、下で『ペイル・ホース』でもいじっていたらどうです?」
「――いいえ。あなたはここにいなさい」
 【稲妻】は手元のモニターから目を離さずに命じた。
「【はぐれ】の戦いぶりをその眼に焼きつけるのよ……AC戦闘の極みを彼が教えてくれる」
「ACの……極み?」
 アレックスは不信感丸出しの面持ちで、再び大モニターへ目を向けた。
 ラルフは二人のやり取りを聞きながら、さりげなく『ペイル・ホース』から取り外してきたデータベース端末を、【遺跡】の端末につないでいた――さも、それが予定された当然の行動であるかのように。

 ******

『大尉、すまん。どうも連中の網にかかっちまったようだ。ACが一機、こっちへ向かってくる』
 全く悪びれた様子のない通信が入った。
 ラシュタルは数秒待って、答えた。
「かまわない。この程度なら充分計画の修正は可能だ。そちらは任せたぞ」
『おう、任せとけ。【遺跡】に立て篭もってる連中、全部引きずり出してやるからよ』
 豪快な笑い声を残して、回線が落ちた。
 ラシュタルはしばらく考え込んだ後、ACのジェネレーターに火を入れた。
「……発見されたのがライノ少尉の不手際か、故意ならいいが……。一機だけというのが気になるな。念には念を入れておこう」
 白を基調にしたACの全身が震え、カメラアイが点灯する。
 折りたたまれた四本の脚が大地に根を張るように広がり、上体を押し上げる。
 左肩に描かれた、九本の剣を象ったエンブレムが陽の光を弾く。
「『九剣絶刀』――出る」
 爪先で大地を抉り、いささかおっとりとした速度で機体は進み始めた。

 ******

「【稲妻】さ〜ん、データ送りますよ?」
 緊迫した状況に相応しくない、のんびりした声に【稲妻】は顔をしかめた。
「データ? 何の? 今でないとダメなの?」
「今でないと意味がないと思いますけど」
 送られてきたデータが【稲妻】の手元のモニターに表示される。
「今でないとって……え?
 頭部:H04−CICADA
 コア:C05−SELENA(E・EO12発/ハンガーなし)
 腕部:A04−BABOON
 脚部:CR−LT78A
 EX:CR E82SS2
 背中:CR−WBW98LX(エネルギーキャノン)
 右武器:WR11RS−GARUM(エネルギースナイパーライフル)
 左武器:WH02RS−WYRM(実弾スナイパーライフル)
……あのACのパーツ構成? どうやってこんなデータ……」
「あの『多分強化人間AC』のパーツ構成を、視認範囲で抜き出してみました。もっとも、元データはアークのものですけどね。【はぐれ】のオペレーターをするなら必要でしょ?」
 じっとデータを見つめていた【稲妻】は、頷いた。
「普通ならね。ありがとう。でも、悪いけど、あなたはそっちの作業だけに集中してなさい」
「は〜い」
 朗らかに答えて手元のモニターに目を戻すラルフ。
(カムフラージュのつもりで送ったんだけど……全然こっちを見てないんだなー。それだけ信用されてるのか、それとも――ま、いいか。さて、では本命の検索を……)
 脇に置かれたアークのデータベース端末のモニターには、【はぐれ】の駆る青いACがアセンブルされていた。

 ******

 西の空がそろそろ黄色くなりかかっている。
 稜線と太陽の間には灰色の雲が広がっている。あと二時間ほどで世界は暗がりの中に沈みそうだった。

 ******

 戦いの幕を切って落としたのは、ライノ少尉搭乗のAC『スタンピード・デス』の超高出力エネルギーグレネードキャノン・CR−WBW98LXだった。
 放たれた光弾の進路上にあった物は全て炭化し、瞬時に砕け散る。そして――目標地点で爆発が起きる。
 たちまち鬱蒼と茂る森の中に小さな空き地が誕生し、火の手が上がる。
 ライノ少尉にも【はぐれ】の機体が見えているわけではない。鬱蒼たる森林はいかに『強化人間』といえど、視界を遮る。
 しかし、強化人間特有のレーダーサーチとそこから得られた情報を網膜モニター上の3Dマップに再構築する能力、強化された高速ロックオン能力、そして超高速演算機能に基づく敵の機動予測・戦術予測能力により、たとえ幾多の樹木が視界を防ごうとも、その動きは手にとるようにわかる――はずだった。
「……ち、外れちまったか。この遠距離で、この視界、そして俺様を相手に……運のいい野郎だ」
 低く唸るように笑う。
 3Dマップ上の敵ACは、不規則にジグザグしながら急速に迫って来ている。
 ライノ少尉は機体を前進させた。
「ぐふふふふ、いいとも、さあ近寄って来い。この機体は中・近距離でこそ威力を発揮するってことを――ぬ!?」
 ロックオンとミサイル接近の警報が頭の中に響く。
 画像上の光点から分離する4つの光点。
「甘いわっ!!」
 『スタンピード・デス』は空中高くに舞い上がった。重心移動とブースター噴射で機体を左に振る。
 四本のミサイルは戦車型ACの脇をすり抜け、空中で二、三度輪を描いた後、爆散した。
 ライノ少尉の網膜モニターでは、すでに敵機をロックオンしていた。
「てめえは【稲妻】かアレックス=シェイディか、それとも【はぐれ】か? どれでもいい、くくく、――死にくされっ!!」
 指がトリガーを引く――意思決定から行動へのタイムラグ――その瞬間、敵機は正面メインモニター画面から消えた。
「な――」
 否。『強化人間』であるライノ少尉には全て見えていた。敵ACの機動が。
 一旦左斜め後方へ下がり、それから勢いよく左斜め前方へとダッシュをかける――ただそれだけの、何でもない機動。その証拠にロックオンゲージはその機体の反応が画面上から消えるまで、捕捉し続けていた。
 Eグレネード・CR−WBW98LXの砲口が青い光を放ち、敵機がそれまで占めていた空間を薙ぐ。
「――なんだとぉ!?」
 半分機械に埋もれたライノ少尉の顔が、驚きに歪んだ。
 外れたのではない。かわしたのだ。まるでこちらの思考を読んだかのように、絶妙のタイミングで。
「こ、こいつ――この野郎ぉぉ!!!」
 生い茂る木々に邪魔されて見えないが、敵機は既に近距離域に入っていた。
 機体を浮かせて旋回し、敵機を正面に捉える――その瞬間、正面メインモニターが薄青い輝きに覆われた。同時に機体が凄まじい衝撃に震える。
 網膜モニターに映る自機のAPの減り具合から、瞬時にコンピュータが敵の武器データを検索した。
――ダメージ、熱量から推測できる該当兵器データなし。
「なに!?」
 二撃、三撃を受けるが、ラジエーターが動かない――熱が発生していない。
 減ってゆくAP、上がらない熱にライノ少尉は混乱した。
「なんだ!? どういう兵器なんだ!!」
 正面モニターが光に潰されようとも、網膜モニターに敵機の存在は映っている。
 ライノ少尉は再び『スタンピード・デス』を空中に舞い上がらせた。
 敵機の頭上を飛び越えつつ、強化された旋回速度とロックオン機能で捉え続け、両腕のスナイパーライフルを射つ。
 しかし――当たらない。ロックオンしているのに、当たらない。
 驚異的な弾速を誇るスナイパーライフルの弾丸が、ことごとく大地を穿ってゆく。
「ばかなっ!! 一体――!!」
 空中に浮かんだまま、頭上から見下ろす――ライノ少尉は枝葉の合間から、ようやく敵機を視界に納めた。
 青と黒のAC。その右腕にあるのは――
「か、KARASAWAじゃねえかっ!! コンピューター、どこ見てやがるっ!!」
――ダメージ、熱量ともにWH04HL−KRSWに該当せず。
 青いACが動いた。『スタンピード・デス』の下をくぐり、視界から消える。
 慌てて旋回させても、姿が捉えられない。3Dマップ上、こちらの旋回と同じ速度で回り込んでいる敵機の反応があった。
 突き上げるような衝撃とともに、APが見る見る下がってゆく。
(こ、こいつは――相性が悪すぎるっ!!)
 ライノ少尉は焦った。一見重硬堅牢そうに見える戦車型AC『スタンピード・デス』だが、唯一エネルギー弾防御は並みのACレベルでしかない。高威力のエネルギー兵器はまさに天敵といえる。
 空中に浮いたまま機体を左右に振り、何とか敵機を視界に収めようとする。それは背中に入った蜘蛛を払おうとする仕草に似ていた。
「ぬ、ぬぬぬうっ……こいつ」
 体勢を立て直すべく、一旦着地した。その瞬間、KARASAWAの衝撃とは異なる、削り取るような衝撃が響いた。
「ぬなにぃぃぃっ!!?」
――ブレードによる斬撃。ダメージ、熱量から推測できる該当兵器データなし。
――有効な反撃手段無し。イクシードオービットによる牽制後、離脱を推奨。
「くそこのっ……なめるなぁっ!!」
 ライノ少尉はイクシードオービットを発動し、高威力のエネルギー弾を死角に潜む敵ACに向けて放った。
 青いACの動きが乱れた。
 ようやく視界に入った敵機に向けて肩キャノン、左腕実弾スナイパー、イクシードオービットを放ち、ついでにインサイドの吸着爆雷・101M−URCHINをバラ撒く。
 二機の間に爆炎の壁が立ち上がる。
 青いACは深追いしてこず、森の中へと消えた。
 ライノ少尉は思わず、安堵していた。

 ******

 アレックスは言葉を失っていた。
 圧倒的防御力と攻撃力を持つはずの戦車型ACが、いいようにあしらわれている。しかも、異常なまでの滞空時間、常識外れの旋回速度から見て、間違いなく『強化人間』が操っているというのに。
 自分ならもう撃破されている。それがわかるだけに、何も言えない。
 何しろ、【はぐれ】はまだ一撃も食らってないのだ。想像を絶する一方的な戦闘だった。
「……あれが、真髄よ」
 【稲妻】の静かな声。
 ラルフがしきりに叩くキーボードとタッチパネルの音が続いている。
「真……髄……」
「そう。ACに限らず、戦闘全てにいえる真髄――『当てられずに当てる』。だけど、単純な理屈ほど実行は難しい」
「……………………」
「彼はそれを実現できる」
 アレックスは答えられなかった。目を奪われていた。『強化人間』を圧倒する生身の人間の戦いに。

 ******

(なるほど、ねぇ……)
 正面大モニターに目を奪われている二人をよそに、ラルフはデータベースの検索結果を確認していた。
 機体構成、カラーリング、武装などで検索したものの、【はぐれ】の機体の該当データはなし。
(……コーテックスのレイヴンとなると、さすがにアークのデータベースには載っていませんか――おや?)
 大モニターの画面をよぎる青と黒のAC、その左肩に控えめに掲げられているエンブレム。
 ラルフの指が疾風のようにキーボードを叩く。メインモニター上の映像を手元のモニターに取り込み、さらにその画像からエンブレムだけを抜き出す作業を1秒と経たずやってのける――二人が気づいた気配はない。
 そのエンブレムを検索しようとして、指を止めた。
(――と、いけないいけない。コーテックスのレイヴンとなると、こっちを使わないとね)
 手荷物の奥から、一枚のカードメモリをこっそり取り出し、データベース端末のスロットに差し込む。
(ネットで集めた、古今東西ありとあらゆるレイヴンのデータ……さて、彼は入ってるかな?)
 結果はすぐに表示された。
――該当件数1件。
 画面にその詳細が表示される。ラルフは細い目を最大限に見開いた。
(えぇ!? ちょっと、ちょっとこれって……マジですか? まさか、あの人が伝説の――)

 ******

「……こいつは、【OP−INTENSIFY】ではないな」
 敵の射程距離外まで一旦撤退した【はぐれ】は、呟くように言った。
 その言葉を通信機が拾い、【遺跡】の管制室に届ける。
『なぜ、そんなことがわかるんです?』
 通信管制を行っているはずの【稲妻】ではなく、ラルフの声だった。
 通信機の向こうで二、三のやり取りが行われた。よく聞き取れないが、【稲妻】がラルフの回線横取りを責めているらしい。
 【はぐれ】はわずかに笑って、問いに答えてやった。
「直近で確認したが、機体の構成パーツが新しい。今のコアに【OP−INTENSIFY】は積めない。もっとも、過去のパーツと互換性のある新型コアが開発されたのなら知らんが」
『と、言うことは? 『ヒューマン・プラス』系統の奴ってことね?』
 【稲妻】の硬い声。回線を取り戻したらしい。
「ああ。ただ、それにしては機動が大味だ。『不完全な強化人間』、といったところか。ミラージュもまだ、【遺失技術】の全てを発掘したわけではないらしい」
『でも、最前線に投入するということは、かなりの部分を解析しているということでしょう? 実際、並みのレイヴンなら瞬時にやられていたはず』
「となると、やはり……ここで完全に叩き潰しておく必要があるな」
 ふむ、と一人合点して回線を落とした【はぐれ】は、肩を回して二、三度深呼吸し――操縦桿を握り直した。
 その眼は今までになく鋭く、不気味な輝きを放ち始めていた。

 ******

 ライノ少尉は混乱していた。
 正面に捉えきれない。攻撃が当たらない。死角をとられる。
 動きは見えている。相手の手の内も全て読めている。全くオーソドックスな戦闘スタイルで、相手を罠にはめるような動きは一切ない。『強化人間』としては実に与しやすい相手のはずだ。
 にもかかわらず、なぜ自分が追い込まれているのか。全くわけがわからない。
 だが、幸い――いやいや、愚かにも、だ――あの青いACは自分から距離をとった。仕切り直しに絶好の休息時間を得た。
 今も網膜モニターに映る3Dマップには、射程距離外で待機している青いACの光点が輝いている。
「なぁに、ちょいとタイミングが悪かっただけだ。……へへっ、まともにやりゃあ、俺が負けるわけがねぇ」
 光点が動いた。
 大きく迂回しつつ、射程距離内に踏み込んでくる。
 正面メインモニターにロックオンゲージが現われ――同時にロックオンとミサイル接近の警報が頭の中に響く。
 充分引き付けて、上空へ舞い上がる。
「同じ手をっ!!」
 十発のミサイルをかわしつつ、青いACの進路上に吸着爆雷・101M−URCHINをバラ撒く。同時に左腕のスナイパーライフル・WYRMを撃った。
 案の定、高速弾頭をかわした青いACは、地雷原に飛び込んだ。
 上がる爆炎。
 視界を塞ぐ紅蓮の炎の中へ、ライノ少尉はEグレネード・CR−WBW98LXとスナイパーライフル・WYRMとイクシードオービット、それに残る吸着爆雷・101M−URCHINの全てを叩き込んだ。
 薄青いエネルギー爆光と紅蓮の炎が絡まるように何度も吹き上がり、辺りは一瞬にして地獄の光景と化した。
「ふあははははははは、この距離でこの一斉射撃が躱せるかぁ!? 『強化人間』様に楯突きやがってこのウスラトンカチがっ!! 死ね死ね死ね死ね死ね――は!?」
 強化人間の網膜モニターに表示されるインジケータの一つに、もし『血の温度』というものがあれば、このときライノ少尉のその値はマイナスを示しただろう。
 紅蓮の炎をブレードで切り裂いて飛び出してきた青いAC。
 斬撃がAPを削り取る。二度、三度。
――AP50%。機体ダメージが増大しています。
「ば、バカなっ!!」
 空中で放たれた斬撃は通常のダメージより高い。だが、当てるには相当の技術が必要とされる。
 昔のFCSにはブレード使用時に敵機を追尾する機能があったそうだが、現代のFCSにはない。したがって、連続で当てるなど――
「あ、ありえねえっ!! 貴様、化け物かっ――」
 あまりの焦りに、ライノ少尉は思わず公用回線を開いて叫んでいた。
 墜落するように着地した『スタンピード・デス』。その背後に、ターンブースターを噴かして反転した青いACが着地した。KARASAWAをぴたりとコクピット背部につきつけた。
 衝撃を覚悟したライノ少尉の耳に、回線を通して低い男の声が聞こえてきた。
『――化け物? 化け物は貴様だろう。企業に魂を売り、身体さえも売って何を得た?』
「お、俺はただ――」
『ただ?』
「強くなりたかっただけだ……そう、誰よりも強く――なぁっ!!」
 振り向きざま、ろくに照準もつけずにキャノンをぶっ放す。
 しかし、期待した超高出力エネルギーグレネード弾は発射されなかった。
「な――なんだと!?」
 気づけば、キャノンの残弾表示が赤くなっていた。
『……残弾管理もできんとは……貴様、さては失敗作か』
 嘲りの失笑がライノ少尉の耳を打つ。たちまち頭に血がのぼった。
「ふざけるなっ!!」
 右のEスナイパーライフル・GARUMを向ける――一歩踏み込んできた青いACの左腕に、長い銃身がつっかえた。
「ぬうっ!!」
 ならばと左の実弾スナイパーライフル・WYRMを――今度はKARASAWAが邪魔をした。
「すわっ」
 最後の望み、イクシードオービットは――とっくに弾切れ。
「……………………!!!!!!」
 ライノ少尉は声無き叫びをあげた。
『……ダブルトリガーってのは面倒なものだな』
 何の感慨も無い声。
 『強化人間』に生まれ変わって以来、初めての絶望を味わうライノ少尉の目の前で、青いACがブレードを振りかぶった――

 ******

 【はぐれ】とライノ少尉のやり取りを見ていた者はいなかった。
 監視装置が新たな侵入者を捕捉していた。
「東部エリアに新たな侵入者感知――正面モニターに出すわ」
 鬱蒼と茂った森の中をやけにゆっくりと進む、白い四脚ACが表示される。
 チラッと見上げたラルフの指が、それまでとは違ったリズムを奏で始める。
 左肩のエンブレムが小モニターの一つに拡大表示された――九本の剣を象った紋章。
「また白か……奴ら、仲間か」
 アレックスの呟きに、ラルフは頷いた。
「そう考えるのが妥当でしょうね。戦車型ACが陽動、彼が後攻め。ひょっとしたら、もう一機ぐらい隠れているかもしれませんね。いや、もう二機かな」
「その計算は何が根拠だ?」
「こういう策を取るということは、こっちの戦力をある程度把握してるってことです。こっちの戦力は伝……いえ、【はぐれ】さんと【稲妻】さん、アレックスの三人ですから、全員をおびき出してしまえば残る一体でこの【遺跡】を制圧できるでしょ?」
 ふぅん、と納得したのかしてないのかいまいち不明な返事をして、アレックスは話題を変えた。
「で、どうするんだ? 【はぐれ】に助けを求めるか?」
「無理よ」
 【稲妻】はあっさり否定した。
「あの四脚がここに到達する方が早い。おそらく、そのために装甲のぶ厚いあの戦車型ACが陽動に回ったんだろうし――そもそも、連中は戦力の把握なんて気にしない。自分達が最強で完璧だと思い込んでる」
「なら、なんで陽動なんか」
 【稲妻】を見やったアレックスは、ぎょっとした。
 彼女は、妙に険しい表情で唇を噛んでいた。
「……おそらく、この【遺跡】のことをよく知らないからね。戦闘による破壊を避けるため、戦力をおびき出して各個撃破したいってところでしょう」
「ふむ……あ、この機体の視認パーツ構成一覧ができましたよ。メインモニターに出します?」
「……またやってたの? 作業は進んでるんでしょうね」
「ええ。一応。大分色々わかってきましたよ?」
 一筋縄でいかない施設だってこともね、と心の中で付け足す。
 この施設は建設にあたって異常なまでの強靭さを求められている。壁面の一部なりとも破壊できたことすら、奇跡か職人技だ。
 ラルフはそ知らぬ顔で、壁面大モニターにデータ一覧を映し出した。
「はい、こんな感じです。
 頭部:CR−YH85SR
 コア:CR−C98E2(実・EO150発/ハンガーなし)
 腕部:A11−MACAQUE
 脚部:LF02−GAVIAL
 ブースター:B02−VALTURE
 EX:E08BM−REMORA
 B/R:WB15L-GERYON2(軽量エネルギーキャノン)
 B/L:WB06M−SPARTOI(小型デュアルミサイル)
 右武器:WR23S-WYVERN2(エネルギーショットガン)
 左武器:WL10H−MIST2(ハンドガン)
……いやぁ、遠近自在、短期決戦も持久戦も何でもござれの汎用機体ですね。これで『強化人間』なら、かなりの強さが見込めますよ。で、迎え撃ちます? それとも篭城戦?」
 【稲妻】は腕を組み、拳を顎に当てて、しばし考え込んだ。
「……立て篭もる。ここで粘っておけば、【はぐれ】と挟撃できる。第一、彼らはこの【遺跡】が欲しいんだから、無茶なことは出来ないはず」
「奴を倒す自信がない、って風にも聞こえるぞ」
 アレックスは嫌味たっぷりに嗤ったが、【稲妻】は怒った様子もなく答えた。
「確かに、実力が読めないのはあるけど……わざわざこちらの地の利を捨ててやる必要はないわ。この中で迎え撃つ方が戦いやすい。侵入経路が一つしかないわけだし、外からではレーダーで探れないから待ち伏せもしやすい。確実に初手を取れるのは、戦闘では大事なことだわ」
「この中って……ガレージでですかぁ!?」
 ラルフが素っ頓狂な声をあげた。
「流れ弾がここに当たったらどーすんですか!! 外でやってください、外で!」
「諦めろ。まー、この施設はやたらと硬いようだから、案外大丈夫かもしれんぞ」
 この施設に来て初めて、アレックスは楽しそうに軽口を叩いた。
「私は案外とか、しれんぞではなく、絶対安全がほしいんですっ!!」
「戦場でそんなもん、あるか」
「その通り」
 【稲妻】も非情な相槌を打った。
「まあ、奴がここに入ってくるまでに、この施設を完全に抹消する手を思いついたら、奥に引っ込んでいてもいいけど」
「無茶言わないで下さい〜。いくら私でも、そこまでご都合主義的に頭は回りませんよぉ〜」
「じゃあ、さっさと手を動かしなさい。AC三機の通信管理も任せる――アレックス、下へ行くわよ。迎撃の準備を」
 アレックスを手招いて、踵を返す【稲妻】。
 しかし、アレックスは動かなかった。手近のチェアを引いて、どっかりと腰を下ろす。
「……【稲妻】、俺はまだ、答えを聞いてないんだがな」
 振り返った【稲妻】は、怪訝そうに顔をしかめた。
「はぁ? 答え? ……何の話?」
「あんたらが『強化人間』の技術を闇に葬ろうとしている理由だ。レイヴンの翼を奪う、ということまでは【はぐれ】から聞いたが、それはどういう意味だ」
「……目前に敵が迫ってるって時に」
「あんたらの敵かもしれんが、俺の敵か? そもそも、俺はお前らの仲間じゃねーぞ。輸送機パイロットの件はラルフの取引だし、肩を並べる義理はねーな」
 刃を思わせる鋭い眼差しで、じっとアレックスの顔を睨むように見つめた【稲妻】は一つ溜息をついた。
「はぁ……むしろ、ここの情報を持って向こうに投降したいって面ね」
「ああ」
 アレックスは悪びれる様子もなく、堂々と頷いた。拳を突き出して、握り締める。
「俺はあの力が欲しい。オモチャだろうが何だろうが、強いものは強え。レイヴンにとってそれ以上の理由は必要ねえ。にもかかわらず、お前らはそれに触るなという。納得できる理由がなけりゃ、協力どころか、後ろから撃つぜ」
「アレックス、あなたはさっきの映像が――」
 チェアを回して小言を言おうとしたラルフを、【稲妻】は手で制した。
「どうも、まだ目が醒めてないみたいね。いいわ、下に来なさい」
 再び手招いて、踵を返す。
「は? お、おい……」
 エレベーターを開いた【稲妻】は、躊躇しているアレックスに顎をしゃくってみせた。
「何をしてるの。さぁ、早く。あんたのその平和ボケした頭を覚まさせてあげる――じゃ、ラルフ君、後はよろしく」
「りょーかいです」
 ラルフの手が奏でるリズムを背に聞きながら、アレックスは憮然たる表情でエレベーターに乗り込んだ。

 ******

「バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな、バカなああああああっっ!!!」
 叫んでいる間にも衝撃が機体を揺らし、画面上のAPが下がってゆく。
 『スタンピード・デス』は文字通り切り刻まれていた。
 こうなると、いかに『強化人間』機体とはいえ、戦車型ACの機動力の無さはまさに致命的だった。逃げ切れない。
 その上、強化された射撃補正さえも読みきっているかのような機動に、反撃も封じられている。
 ただ無様に逃げ惑いながらひたすら切り刻まれるだけ。
 KARASAWAの弾薬はまだ八割がた残っているはずだ。にもかかわらず、青いACはブレードしか使用しない。
「ああああありえねえ、こんなことはありえねえっ!! 俺は強化人間だぞ! あの改造手術を受けて生き残った強運の持ち主だぞっ!! レイヴンなぞ足元にも及ばぬ、新人類のはずだぞっ!! それがっ、それがあぁっ、何でこんな目にっ!! 奴は何者だっ!? 奴も強化人間じゃないのかっ!! おおおおおおおおっっっ、大尉、大尉ーっ!! 助けてくれ、大尉ーーっ!!」
『――呼んだか、ライノ少尉。何があった?』
 必死で機体を操っているうちに、衛星回線を開いてしまったらしい。
 落ち着き払った上司の声に、ライノ少尉は恥も外聞もなくすがりついた。
「おおおお、大尉、大尉っ!! ダメだっ、俺では手に負えねえっ!! こいつは化け物だっ!! このままじゃ嬲り殺されるっ、頼む、助けてくれっ!!」
『そちらの現状を報告しろ。現在地のデータと、敵のデータを送るんだ』
 ライノ少尉は慌てて求められたデータを回線に乗せて送った。
 この間も、青いACのキチガイじみた猛攻は続いている。
「は、早くしてくれっ! もうAPが17%を切ってる!!」
『――無理だ。間に合わん』
 死刑宣告に等しい言葉が、ライノ少尉の脳に突き刺さった。
『このまま少尉の援護に向かっても、99.9999%の確率で撃破された後になる。すまないが、できるだけ時間を稼いでくれ。その間に【遺跡】を制圧する。それまでこらえてくれれば……人質を取って戦闘を止めさせる』
「そ、そんな……大尉、大尉、俺を見捨てるのかっ、大尉ーーっっ!!」
『お前の働き、決して無駄にはしない』
 回線が落ちた。
「た、大尉!? 大尉っ、大尉っ!! 応えてくれ、大尉っ!! 俺を見捨てないでくれ、大尉ーーーっ!!!」
『――無様だな』
 声とともに、行く手を青いACが遮った。
「ひ……ひいぃぃっっ!!」
 真正面――ライノ少尉はトリガーを絞った。
 しかし、最後のエネルギー弾は、あっという間に距離を詰めた青いACの頭部をかすめて消えた。
 後退しようとするタンクの前縁部を片足で踏みつけられ、動きが止められる。
 夕空を背景に、動きを止めた二体のAC。奇妙な静寂が流れた。
『……コクピットを開けろ。苦しまないように殺してやる』
 感情のかけらも感じられない声に、ライノ少尉の汗腺は一斉に開いた。冷え切った汗が滝のように滴り落ちる。
「ななななな何を言ってるんだ、おおおおおお俺の負けだ、負けを認めるから……後生だから、命ばかりは――」
『貴様は既に死んでいる』
「は?」
 極限の恐怖の中で、卑屈な引き攣り笑いが凍りつく。
『人であることを捨て、機械となることを選択したその時に、人としての貴様は死んだ。死人が命乞いとは、またたちの悪い冗談だな』
 ブレードの一閃が、またAPを削り取る。さっきから【ARMOR POINT LOW】の警報が鳴りっぱなしになっている。
「まままま待て待て待て、おおおお俺は死んでなどいない、ちゃんと生きている! 一生懸命生きているぞぉ!!」
『そのセリフ、身体を売る前によく考えるべきだったな――力の亡者の結末はこんなものだ』
 また激しい衝撃が機体を震わせる。
「ひひひひひひひぃぃぃぃぃっ、たたた、たす、助けてくれぇぇぇぇ!!」
『いいとも、コクピットハッチを開けろ。すぐ楽にしてやる』
「嫌だー!!」
 暮れなずむ稜線を背景に、『スタンピード・デス』は斬り刻まれ続けた――機体各所から火を噴き、コクピットが鉄屑の破片と化すまで。


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