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4 Dungeon And Dragon

 建物の内部は、縦横に鉄骨が張り巡らされた広大なガレージになっていた。
 晧々と人工照明の明かりがふりそそぐ天井まで、二脚型ACの身長の4倍近くはある。AC同士の戦闘も十分出来そうだ。
 そして、壁際にはざっと数えても十数体の人型の機体が並んでいる。
「こりゃまた……すげえ光景だな」
 【稲妻】の指示に従い、『ペイル・ホース』を空きハンガーの一つに駐機させたアレックスは、機体を降りるなりガレージを見渡して感嘆の声を漏らした。
 中量二脚に軽量コアという構成で完全に統一された十数体のAC。無塗装で、非武装。種々雑多な組み合わせの機体が並ぶアークのハンガーではお目にかかれない、異様な光景だった。
『確かにACみたいですけど、見たことのないパーツで構成されてますよね』
 ヘッドセット型の通信機からラルフの声が聞こえた。
 気配を感じて振り返ると、ラルフの足が『ペイル・ホース』のコクピットに見えた。頭から突っ込んでいるらしい。
「おい、何してる」
『データベース端末を外してるんですよ。敵地だかなんだかわからないところへ、アークの情報の塊を無造作に置いておくなんて、どういう神経してるんですか。まったくもう』
 端子を引っこ抜く細かな音がラルフの声に重なっている。
「そんな大事なもんなら、最初からACなんぞに積むな」
 アレックスは不満げに吐き捨てた。ラルフの怒っている理由が今一つわからない。
『私もそう思いますよ。本来レイヴンに預けていいものじゃないですよ、これは。まあ、これの重要性がわからない、ということではあなたは今回の任務に最適なのかもしれませんけど。……よっと、これでいいかな』
 声とともにラルフが身を起した。ハンガーの上からアレックスを見つけ、無意味に手を振る。
「なんかしれっと失礼なことを言われた気がするな……。ところで、怪我人はどうした?」
『【稲妻】さんがお連れになりましたよ?』
「そうか」
 ハンガーのエレベーターを降りてくるラルフを待ちながら、通信機のスイッチを切る。
 端末を小脇に抱え、とてとて小走りに駆け寄ってきたオペレーターに、アレックスは苦い顔つきで言った。
「……いいのかよ。人質にとられたようなもんじゃねーか」
「大丈夫ですよ。いずれにせよ手当てはしないといけませんし、もし亡くなられたりしたら、向こうは切り札を失うわけですしね。そもそも、あちらの目的がわからない限り、どうにも判断できませんよ」
 ラルフは剥き出しの鉄骨柱とハンガーの間の通路を、奥に向かって歩き始めた。
 アレックスはつられて歩こうとして、足を止めた。
「ちょっと待て。そっちでいいのか?」
 足を止めて振り返ったラルフは、頷いてガレージの奥を指差した。
「ええ。【稲妻】さんがこの奥の管制室へ行けって。そこで【はぐれ】さんが待ってるそうです」
 白い指の示す先、奥の壁の中ほどに半円形の構造物が中空へ突き出していた。円周に当たる部分には窓があり、白い明かりが晧々と輝いている。
「あそこに……」
「さ、行きますよ」
 先だって聞いた、威圧感のある声を反芻して緊張しているアレックスを尻目に、ラルフは再び歩き始めた。

 ******

 ガレージの最奥中央部にあったエレベーターを使い、管制室へ上がる。
 空気の漏出音とともに扉が開く。眼前に広がった光景に、二人は息を呑んだ。
 壁を埋める大小のモニター、床狭しと並ぶ端末機器、立ち並ぶ直方体の箱。それはちょっとした作戦司令室だった。その全てが生きている。
 そして、その中央に陣取る男。
「――ようこそ。私が【はぐれ】だ」
 振り返った男に鋭い目を向けられ、アレックスは少し怯んだように片眉を下げた。
 男は声から連想できたように、かなり年かさの男だった。40代半ばから50代、二人からすれば父親ぐらいの年だが、耐Gスーツの上からでも引き締まって無駄のない体つきなのがわかる。全身から放つ雰囲気も只者ではない。腕を組んで立っているだけなのに、つい気圧されて唾を呑み込んでしまう。
 アレックスは緊張した時の癖で、無意識に左頬の逆十字の傷痕を撫でていた。
 【はぐれ】は二人を見比べ、アレックスに目を止めた。
「お前がアレックス=シェイディか。……なるほど、いい面構えだ。【稲妻】がてこずるわけだな」
「違う。てこずったんじゃない。負けたんだ、あの女は」
「ああ、そうだったな」
 【はぐれ】はにんまり頬笑んで、頷いた。
「大したもんだよ。その若さでな。……で、そっちの金髪のがラルフ=ファエラだな」
「ええ。どうぞよろしく」
 緊張を解かないアレックスと対照的に、ニコニコ顔でお辞儀をする。
「あなたに聞くべきことが山ほどあります。事情聴取は、ここでよろしいですか?」
 自分の手荷物からパームウェアを取り出し、早速本題に入るラルフに【はぐれ】は苦笑した。
「悪いが、その話は後だ。急いでやってもらいたいことがある」
「そうはいきません。順番を取り違えないでください。私は協力を要請されたのであって、その逆ではありません。協力してほしいのなら、まずこちらの仕事を終わらせてからです」
「時間の無駄だ。君の主導による事情聴取に付き合うつもりはない」
 勧められてもいないのに、手近なチェアを取って座りかかっていたラルフは、動きを止めて【はぐれ】を見やった。
 瞬間、二人の視線の中央で火花が飛んだように、アレックスには見えた。
「……つまり、調査への協力は出来ない、と?」
「いや。我々のACに残っている、ここ一月の戦闘時記録データを渡す。我々が話すより詳細がわかるはずだ」
「手を加えている可能性がないとは言い切れませんよね」
 辛辣な言葉に、【はぐれ】は憮然とした顔つきになった。
「そんな器用なことが出来るなら、最初から取引を求めはせん。恥ずかしい話だが、私も【稲妻】もそちらの方面には疎い。なんなら、今そこらの端末からデータを引き出して確認してくれてもいい。下のハンガーにつないであるから、出来るはずだ」
「…………………………」
 ラルフはじっと【はぐれ】を見つめ、考え込んだ。
 傍らのデスクに腰を預けたアレックスは、その横顔を不思議そうに見つめた。自分が気圧されるほどの威圧感を感じていないのか、それとも考えている以上にこの優男、大物なのか。
 やがて、ラルフは頷いた。
「ま、いいでしょう。そこまで言うのなら、まず話だけを聞きましょうか」
 パームウェアの電源を落とし、自分の手荷物袋の中へ戻す。
 再び向き直るのを待って、【はぐれ】は話し始めた。
「――我々の任務は、この施設を消滅させることだ」
「消滅だと? 破壊じゃなく?」
 小首を傾げたアレックスに、【はぐれ】は肩をそびやかした。
「破壊では色々跡が残る。企業、特にミラージュのような情報部門に強い企業は、その破片からでも情報の復元を行う可能性がある。そういった可能性も全てなくしておきたい。だが、ここは実に頑丈な造りでな。あちこち爆破してみたが、なかなか壊れない。そこで、手を変えることにした」
「手を変える?」
「アレックス、あなたはちょっと黙っててください。取引相手は私です」
 発言を遮られてむっとするアレックスに一切構わず、ラルフは【はぐれ】に聞き返した。
「今、情報とおっしゃいましたよね? 消してしまいたいのはこの施設ではなく、ここにあるデータの類ということですか。で、レイヴンお得意の力押しでは通用しないので、端末を用いて内側からデータの消去を行いたいと……だから、私がプログラム方面に強いかどうかを確認し、この管制室に呼びつけた。そういうことですね?」
「そういうことだ」
 【はぐれ】は嬉しそうに目を細めた。
「だが、データの抹消だけではダメだ。ガレージに並ぶAC、この施設内の各部屋の端末、全てを破壊し、情報を抹消し、復旧不可能な形にしてしまわなければ、任務成功とはいえない」
「各端末まで? なぜそこまで……メインデータバンクとバックアップのデータを見つけて、消去すれば済む話じゃないんですか?」
「少しでも記録やデータが残っている可能性のある物は、全て消滅させたい。そういう意味では、核弾頭でも持ち込みたかったところだな」
「核弾頭とは穏やかじゃないですねぇ。――しかし、そこまでして消したい情報……一体、ここに何が? いや、そもそもここは何なんです? あなた達は何を隠そうとして、4人のレイヴンを殺害したんです?」
「ふむ……ここか」
 少し考え込んだ【はぐれ】は、ふと窓際に視線を飛ばした。
「ここは…………【遺跡】。忌むべき過去の遺物と記憶が眠る……腐った土の牢獄だ」
「【遺跡】……? 過去の遺物に……腐った土の牢獄?」
「そう。そして、あれが墓標だ」
 【はぐれ】の眼差しは、ハンガーに立ち並ぶ物言わぬ巨体を見つめている。
「墓標…………………………えーと。何がなんだか、さっぱりわかりません」
 小首を傾げるラルフ。アレックスも頷いた。
 いい年したおっさんが、詩人だか少年の妄想じみた青臭いセリフを吐くのは、凄まじい違和感がある。
「『強化人間』……という言葉を聞いたことは?」
「『強化人間』? ええと……サイボーグか何かのようなものですか?」
「当たらずとも遠からず、だな。簡単に言えば、ACやMTなどの戦闘兵器を効率的に操縦・運用するために、人工的に能力を強化された人間のことだ」
 聞いたことのあるフレーズに、アレックスとラルフは顔を見合わせた。
「『強化人間』には、サイボーグのような機械による補助から、薬品による感情や精神状態のコントロール・消去、肉体強化に至るまで、様々なレベル・パターンがあるらしい。ここは……そういう技術を納めたアーカイブだ――ま、話すより見た方が早かろう」
 【はぐれ】は振り返って、端末のキーボードを何度か叩いた。
 そして、上映が始まった。

 ******

 それは全十五章からなるレポートの断片。
 大破壊の後、地下に逃げ込んだ人々の、新しい世界の物語。
 だが、地下に押し込められてさえ、人々は大破壊の教訓を生かすことなく、争いを繰り返していた。
 偽りの空の下、偽りの海を奪い合い、空と地続きの大地を血と鉄で汚してゆく。

 地下世界。
 アンバークラウン。
 ムラクモ・ミレニアム。
 クローム。
 レイヴン。
 レイヴンズ・ネスト。
 AC、MT。
 A.I.。
 ヒューマン・プラス。
 ウェンズデイ機関。
 スミカ・ユーティライネン。
 ファンタズマ計画。
 スティンガー。
 そして、イレギュラー。

 いくつもの欲望によって世界は歪んでゆき、たった一人の男によって終焉へと向かってゆく……。

 ******

「これは……一体」
 画面上に展開される激しい戦いに見入っていたラルフは、呆然と呟いて【はぐれ】を振り返った。
「こいつは、レイヤード以外の地下都市の記憶だ」
「レイヤード以外の……?」
「滅んだ地下都市にして、サイレントラインの中枢だった『アナザーレイヤード』。その記憶かもしれんし、それ以外のどこかまだ知られていない地域の連中の記憶かもしれん。その辺りはわからん」
 画面上では荒野を戦場に、たった一機で六体のカスタムACを撃破したACが、『スレッジ・ハマー』という重量二脚のACと激戦を繰り広げている。アレックスはじっとその戦いを睨んでいた。
 【はぐれ】は続けた。
「何しろ大破壊から数百年と言われているが、その時間経過が本当に正しいのかすら、我々にはわかっていない。実はもう数千年の時が過ぎていて、実際には一度地上には人が溢れ、再び滅んだのかもしれない。とにかく、【管理者】を倒すまで地表に出る手段のなかった我々レイヤードの記録ではない、ということだけは確かだ」
「しかし、これは……驚くほど私たちの社会と似ています。偶然でしょうか……」
「さあな。だが、そんなことはどうでもいい。第一、これはまだほんの序の口だ」
「これが? これだけでも歴史的価値は相当なものですよ?」
「……だが、この程度の情報をミラージュが血眼になって探すとは思えんな」
 ぼそりとアレックスが漏らした。戦闘シーンを見つめ続けるその表情は、ラルフにもわかるほど殺気に満ちている。
「異常な滞空時間、信じがたい旋回性能、インチキじみた照準追尾性能、そして直立したまま肩キャノンをぶっ放すAC。こんなものは現実にもある。今さらミラージュがこの記録映像を見て喜ぶとは思えんし――」
 アレックスは【はぐれ】を見た。
「――四人のレイヴンを抹殺してまで流出を防ぎたい情報だとも思えん」
 最前までの萎縮した面持ちが嘘のように、挑戦的な眼差しを投げつける。
「この映像の中で触れられていた『ヒューマン・プラス』『ファンタズマ』に関するより詳細な情報……ここにあるのは、それだ。そうだろ? 【はぐれ】」
「ああ。そうだ。そして、ここからが本題だ。『ヒューマン・プラス』――つまりは『強化人間』プロジェクトの全貌が、これだ」
 【はぐれ】の指が再びキーボードを叩く。モニター上のACが消え、新たな映像データのロードが始まった。

 ******

 それは研究記録。
 人間の能力を調査するための生体解剖から始まった。
 ついで、人間の持つ能力を機械に肩代わりさせる実験。
 機械による人間の能力の拡大強化。
 より高性能な機械との接続、融合。
 そして、人間の能力をもって機械の性能を拡大強化する実験。

 それらの実験による被験者の精神・知能・性格・人格への影響追跡調査。
 外科的処置による影響と化学的処置による影響と心理・精神科学的処置による影響の違い。
 被験者の環境による影響。
 被験者の生い立ちによる影響。
 被験者の意志による影響。
 それら実験で発生するストレス症状の発現例。
 そしてそれへの対処。

 失敗例の陳列。
 実験終了後の被験者の処理。
 実験により得られた結果を元に組み立てられた論文。
 技術展開。
 未来予想。

 そして――この記録を見ている者へのメッセージ。

 ******

 顔面蒼白でしゃべり続ける、神経質そうな細面の研究員。
『……人類がひ弱な人間という殻を破り、新しい存在へと進化するため、我々は日夜寝食を忘れて研究を重ねてきた。だが、この崇高な理想を理解せぬ、一部の愚か者のために残念ながら中断せざるをえない』
 轟音とともに画像がひどくぶれ、衝撃で背景に映っている棚や机が倒れている。
 研究員も画面をはみ出すほどにぐらぐら揺られていた。
『うぅっ……すまない。【イレギュラー】によるこの施設の襲撃に対し、スポンサーが証拠隠滅を図っているのだ。結局のところ、連中も愚かでひ弱な生き物でしかない。この記録を見ている君達は、我々の無念を理解してくれるだろうか』
 後ろの方で、時間がない、奴が来るとせかす声が聞こえた。
『未来の同志達よ。君達ならば、ここに残す素晴らしき記録を有効に用い、必ず人類を進化させてくれるものと信じる。我々が真の空を飛ぶためには、それは避けて通れない道なのだ。あんな、薄汚いレイヴンどもが世界を変えるなど、あっては――』
 背後の壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。
 その穴から覗く、赤いACの頭部。無機質なカメラアイが室内を睥睨する。
『【イレギュラー】じゃない!? なぜ【ハス……』
 暗転――――…………

 ******

「……これが『ヒューマン・プラス』、そして『ファンタズマ』の研究記録……」
 あまりに凄惨な記録映像に、途中何度も目を背けたラルフは怒りに肩を震わせていた。
 アレックスはただ黙然とブラックアウトしたモニター画面を凝視している。
 【はぐれ】は椅子の肘掛に肘を乗せ、頬杖をついていた。
「ここからは想像だが……【イレギュラー】達によって壊滅させられた【ウェンズディ機関】の残党は、組織の記録を隠し、いずれ再起するために辺鄙な地に研究施設を作った。【イレギュラー】に発見されにくいように。ここは、その一つだ」
 トントン、とブーツの踵で床を軽く踏み鳴らした。
「だがその後、連中はここを忘れたか、あるいは滅んでしまった。……【管理者】を失ったせいかもしれん」
「【管理者】を?」
「ああ。今見た範囲でははっきりしないが、どうも【イレギュラー】は、ここの地下世界を統制する『管理者』のような存在を倒したらしい。それを示唆する記録もあった」
「そんな……。それじゃますます私達の歴史と……」
「――そんな歴史談義はどうでもいいだろう」
 アレックスは不満そうに鼻を鳴らした。
「確かにこいつはミラージュの、いや、どの企業でも欲しがりそうな内容だ。俺にはほとんど理解不能だったが、こいつを売り込めば、レイヴンなんかやっているのがバカらしくなるほどの大金を手に出来るはずだ」
「そうだな」
 【はぐれ】はあっさり頷いた。
 アレックスの目つきがさらに険しくなる。
「じゃあ、なぜそうしない? ……いや、だからこそミラージュの調査隊を殲滅させ、四人ものレイヴンを血祭りに上げたんじゃないのか? こいつを独占するために」
「――違うわ」
 涼やかな、しかし断固たる声にラルフとアレックスが振り返ると、いつからそこにいたのかエレベーター脇に【稲妻】の姿があった。腕を組み、背中を壁に預けて、アレックスを見つめている。
「【稲妻】さん……」
 剣呑な空気に居心地悪そうにしていたラルフの声には安堵が混じっていた。
 【稲妻】は艶やかに頬笑んだ。
「さっきの上映中に来てたんだけど、取り込み中だったから。あのパイロットは大丈夫。応急処置もしておいたし、鎮静剤も打っておいた。とはいえ、少し内臓をやられてるみたいだから、二、三日中にはきちんとした医療施設へ入れないと、危ないでしょうね」
「そうですか。ありがとうございます」
「いいのよ。こっちの事情であんなことになったわけだし――それより、アレックス=シェイディ」
 【稲妻】は笑みを消し、再びアレックスを見た。
「私達はこれを独占などしない。ただ、葬るだけ。誰の目にも触れさせず、誰にも知られることなく」
「なぜだ!!」
 アレックスはデスクを叩いた。
「この技術があれば、俺達は強くなれる!! それは肉体の調子や衰え、感情に左右されることのない、絶対的な力だ!! レイヴンならば、誰でも欲しがる力だろう!! なぜそれを――」
「絶対的な力……か」
 【はぐれ】は一つ溜息をついて、窓へ目を向けた。
「かつて……大破壊以前の世界には『悪魔のささやき』という比喩があったそうだ」
「なに……?」
「……『強化人間』、『ファンタズマ』、それに【OP−INTENSIFY】はまさにそれだ。気をつけないと――いや、気をつけていても、誰もが簡単にその魔力に取り込まれてしまう。あれを絶対的な力だと信じている者にはわからないだろうが……あんなものはただのオモチャだ」
 アレックスは頬の逆十字を引き攣らせ、歯を剥いて唸った。
「オモチャ……だと? 俺はここへ来る前に、そのオモチャにコテンパンにしてやられた! 真っ当にレイヴンとして生きてきた俺が、まるで子ども扱いされたアレがオモチャだと!!」
「それは、単にお前が未熟だっただけの話だろう」
 生々しい傷口をさらに抉るような一言。
「……………………!!」
「笑わせるなよ、若造」
 身を乗り出しかかったアレックスを、【はぐれ】は一睨みで押しとどめた。
「全く無駄のない戦いをしたつもりか? 完璧な攻撃に完璧な防御をしてみせたつもりか? そんなはずはあるまい。AC戦闘とはそんな浅いものではない。機体の相性、距離の相性、武器の相性、乗り手の相性、戦闘フィールドとの相性、あらゆる要素が渾然として、常に流動している。最強など存在しないし、完璧な機動など言葉の上だけのものだ。現実にはありえない――そう、機械の力を借りてさえ、そんなものは存在しない」
 【はぐれ】は返す言葉もなく歯軋りしている後輩から、一時たりとも目を離さない。
「お前がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかは知らん。だが、強化人間と戦ったのは初めてだったのだろう? 今は頭を冷やすんだな。よく見て戦えば、奴らなど恐るるに足りん。人間には、本来それだけの能力がある。ただ、それを引き出すには経験と運、そして少々の頭脳が必要だ」
「それじゃ、答えになってませんよ」
 黙り込んだアレックスに代わり、ラルフが口を差し挟んだ。
「なるほど、あなたにとってはオモチャなのでしょう。……【稲妻】さんはともかく、あなたの腕の程は知りませんが」
 嫌味も忘れない。
「アレックスが知りたいのは、なぜあなた方がこの技術・情報を人知れず葬りたいのか、です。私も興味が出てきましたよ、今の話を聞いてね。『強化人間』をオモチャと言い切るあなたが、なぜそのオモチャを作り出す技術を必死になって消そうとしているのか」
 黙っている【はぐれ】に向けて、指をぴたりと突きつける。
「依頼だから、なんて言わせませんよ? それにしては必死すぎる。矛盾していませんか? 彼らを簡単に倒せるなら、そこまで必死になる必要はないはず。一旦退却して、専門家を連れてくるという手もありますよね」
 アレックス、ラルフの眼差しが【はぐれ】を見据える。
「簡単に倒せるとは言っていない。恐るるに足りん、と言ったまでだ。そして、私がこの件に対して必要以上に熱心なのは、理由がある」
 頭を掻きながら言った【はぐれ】は、一呼吸置いて重々しく答えた。
「レイヴンの自由のためだ」
 ベテランとは思えぬ青いセリフに、アレックスとラルフは目を丸くした。
「は?」
「はい?」
「……『強化人間』、『ファンタズマ』、それに【OP−INTENSIFY】。全て、レイヴンの翼を奪うものだ」
「レイヴンの……」
「翼を奪う……?」
 【はぐれ】は席を立ち、窓際へと歩いていった。そこから見える光景――無骨なACが黙然と立ち並んでいる様をじっと見つめる。
「『強化人間』の力と引き換えに、レイヴンは自由を奪われる。比喩ではない。精神的には依存という形で、肉体的には――む?」
 突然耳障りなブザー音が鳴り響いた。
 【稲妻】が即座に手近な端末に取り付く。
「……警戒エリア内に侵入者。西側の林道をこっちへ近づいてる――映像を出すわよ」
 正面大モニターに映像が出た。
 狭い道の両側に生い茂る潅木をキャタピラで押し潰し、道幅を広げながら白い戦車型ACが迫ってくる。両肩の武器マウントを塞ぐ超高出力エネルギーキャノンに、右腕にはエネルギースナイパーライフル、左腕に実弾スナイパーライフル。まさに動く砲台。
 大モニターの周りに並ぶ小モニターにも順次、異なった角度からの映像が表示されてゆく。
 アレックスがぼそりと呟いた。
「……30%が当たったな」
「そうですねぇ。あのアホ企業、本当に見境なしなんだから……で、この映像はどうやって?」
 ラルフは【稲妻】のキーボード操作と画面を見比べながら聞いた。
「この【遺跡】を中心に、持ち込んだ各種監視装置を設置してるから。情報はこの施設のレクテナで受信し、ここへ表示してる」
「へぇ?」
 不思議そうに顔をしかめたラルフは、チェアを回して端末に向かった。
「――ええと……はあ? あらら、これは凄いや。ほんとにレイヤード製のソフトがきちんと動いてる。普通ありえないんですけどねぇ。ま、いいや。【稲妻】さん、ちょっとこっちで触ってみます。いいですか?」
「出来るの?」
「私、オペレーターですよ? ソフトさえきちんと動くなら――ほら」
 旋律を奏でるかのごとき指の動きに端末が応え、モニターに様々な情報が表示されてゆく。
 ACの進行予測、機体データ、各種環境データ、その他気候予測から、全てUNKNOWN表示の無意味なACパーツデータ一覧まで。
「あっららぁ〜……さすが本職。凄いわ」
「ラルフ、奴の左肩の装甲エクステンション――エンブレムが見える。わかるか?」
 背後から身を乗り出したアレックスに指摘され、ラルフは軽やかに指を躍らせた。
「え〜と、どれどれ……」
 ACの上半身が拡大され、次いで左肩へズームインする。薄青いダイヤ型のエンブレムにヘビの絡んだ図柄。
「あー確かに。これは……ミラージュのエンブレムですね。ちょっとアレンジが加わってますけど」
「つーことは、アークのレイヴンじゃないな。ミラージュの専属か」
「おそらく。私達の撃墜を知って救援に来たにしては、時間的な辻褄が合いませんし、知らないならそもそもアークがここへ新たなレイヴンを派遣するわけもないですし」
「説得や交渉は通じないってこったな」
「無理でしょうねぇ……十中八九、『強化人間』でしょうし」
「え?」
 【稲妻】が表情を曇らせた。アレックスも驚いて身を乗り出した。
「何でそんなことがわかる!?」
「簡単な推理ですよ。四人ものレイヴンを撃破され、ルスカ探索自体もOAE預かりになって、私達が派遣されている……この状況で兵力を派遣するには、必ず満たさなきゃならない結果というものがあります」
「障害の排除……そして、先遣部隊、あなた達の殲滅ね」
「ええ。にもかかわらず、送り込まれたのがあの一機だけということは、ミラージュがあの機体にそれだけの力があると判断している証だといえます。現時点でその判断を下せるだけの戦力といえば――」
「アザル=ゼール……『強化人間』か」
 ラルフの肩をつかんだアレックスの指に力がこもる。知らず、その頬に仇を前にしたかのような、凄絶な笑みが浮かんでいた。
『いずれにせよ、やることは一つだ。奴を排除する』
 スピーカーを介した【はぐれ】の声に、三人は思わず周囲を見回した。
 いつのまにか、【はぐれ】の姿は管制室内から消えていた。
「――【はぐれ】、あなたいつの間に」
 小モニターの一つに、ACのシートに座った姿を見つけた【稲妻】は苦笑した。
「それに、相手は遠距離戦機体よ? CROWを積んだ私の『ラファール』の方が、相性がいいはずだわ」
『お前はさっき戦ったろう。まだ機体の診断・修繕が終わっていない。それに、この見通しの悪い場所で遠距離戦仕様の『強化人間』相手では、射撃のタイミングが計れない分、『ラファール』には荷が重い』
「おい、待てよ!」
 少し不満げに唇を尖らせた【稲妻】を押しのけ、アレックスが叫んだ。
「『強化人間』には借りがある。俺が――」
『奴は今のお前より強い。そこで戦い方を見ていろ』
「なんだと! おいこら、言うに事欠いて!!」
 アレックスの怒声を気に留めず、【はぐれ】は機体状況を確認し、出撃の準備を進めてゆく。
『今、【稲妻】が言っただろう。先遣部隊の殲滅が奴の受けた指令の一つなら、確実にお前を葬れる実力を基準に選ばれたはずだ。意地もプライドも結構だが、その前に現実を冷静に計算できないようでは、いくら吼えてもたかが知れる――出るぞ』
 叫び喚くアレックスを置き去りに、ガレージの隅に佇んでいたACが動き出す。
 海を思わせる深い青と黒のカラーリング。背にレーダーと小型ミサイル、エクステンションにANOKUと同型のターンブースター、左腕にブレードを装備した中量二脚AC。
 AC用銃架にかけられていたKARASAWAのグリップをつかみ、頭部を管制室に向ける。
 その立ち姿に、ラルフは妙な既視感を覚えた。
(あれ……あのAC……? どこかで……)
 【稲妻】が窓の向こうのACに向かって軽く手を上げた。
「……【はぐれ】、気をつけて」
『ああ。わかっている。こっちは頼む。確率は高そうだ』
「ええ。了解」
 【稲妻】が頷くと同時に青いACは踵を返し、破壊孔から出ていった。


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