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 3 Hiding Hounds

 コクピット内に耳障りな警報が鳴り響いている。
 メインモニターの右下隅で、 【ARMOR POINT LOW】の赤い文字表示が点滅していた。
 画面上部に表示されたAPは一桁だ。
「……あ、あっぶねー……」
 アレックスは乱れに乱れた息と動悸を抑えながら、搾り出すように言った。震える手で警報を止める。
「あんな極端な武装のくせに……なんつー腕だよ」
 呟いている間に、迷彩ACのキャノピーが開き、中からパイロットが出てきた。
 長い髪、耐Gスーツに浮き上がる妙に凹凸のある体型……
「……女? ――と、そうじゃねえや」
 『ペイル・ホース』はマシンガン・SYLPHの銃口を女レイヴンに向けた。
『動くな。こちらは22位ランカーのアレックス=シェイディ。アークからの依頼で、この地方で起きている連続レイヴン消息不明事件を調査しにきた』
 外部スピーカーからアレックスの声が響き、女レイヴンが『ペイル・ホース』を見上げる。
 カメラアイがピントを合わせ、メインモニターにその様子が拡大表示された。
 片耳型のヘッドセットをつけている。年は30代半ばぐらいか。男を蕩かすタイプの美人ではないが、切れ味鋭い刃を思わせる冴えた容貌の女だ。
 特に目つきの鋭さは尋常ではない。レイヴン歴三年余りのアレックスにすら、女の戦歴が相当なものだとわかる。よくぞこの相手に勝利できたものだ、と苦い唾を呑みながら思った。
 女が口を開いた。
『……アーク?』
 通信機から感情を抑えた低い声が流れてきた。公用通信の周波数で通信を発している。アレックスも周波数を合わせて、外部スピーカーを切った。
「そうだ。レイヴンズ・アークだよ。いきなり襲ってきた理由は後で聞く。とりあえず、お前のパイロットネームを言え」
 アレックスは片手で機内に設置された携帯端末を開き、電源を入れた。
 本来ならACには積まれていないものだが、輸送機に積んだ本体が万が一使えなくなった場合に備え、非常用として積まれたものだ。それを扱うためのレクチャーも一通り受けさせられた。
「……ったく、何と勘違いしたのか知らんが、こっちはアークの依頼で調査員として来てるんだ。いきなり撃ち墜とす奴があるか。――ほれ、名前を言えよ」
『聞いてどうする』
「ああもうっ、お前もレイヴンなら素直に協力しろよな!! 今ここに、アーク所属の登録レイヴンを検索できる端末を積んでるんだよ! お前の名前を検索すれば、どんな依頼でここにいるかわかる! それならギリギリ守秘義務違反にはならんだろ。わかったか? わかったら、ほら、名前」
『無駄よ』
「ムダ? ええと、スペルは?」
『そうじゃなくて。私はグローバル・コーテックス所属のレイヴンよ。アークとやらじゃない』
「コー……テックス? なんだそりゃ。どこの企業だ? それとも反企業武装集団かなにかか」
『……コーテックスを知らない? 世の中も変わったもんだわ』
 女は表情を微妙に歪ませ、小さく溜息をついた。
『コーテックスはレイヴン斡旋機関よ。活動地域はレイヤード地方およびアナザーレイヤード周辺。……まあ、この辺は領域外なんだけど』
「はーん……要するによそ者のレイヴンってわけか――だったら名前はいいや。じゃあ、とりあえず聞きたいんだが」
 アレックスは端末を閉じた。メインモニターの女レイヴンに目を戻す。
「ここルスカ地方で、ミラージュの調査隊とレイヴンが四人ほど行方不明になってる。その消息を知ってるか?」
『ええ』
 あっさりと女レイヴンは頷いた。
『全員死んだわ。……悪いけど』
「……あんたが殺ったってことか」
『まあ、そう受け取ってもらって結構よ』
 画面上の女の表情は変わらない。こちらを値踏みするような眼差しをじっと向けている。
 アレックスは不満げに鼻を鳴らした。
「煮え切らねえなぁ。で? 一応聞いとこうか。何で殺った?」
『……………………』
「黙秘か。……ま、大体わかってるけどな。口封じ――任務失敗で帰還したレイヴンにも、依頼主への報告義務があるからな。些細な情報もミラージュに与えないことで、後手を踏ませる。何のための時間稼ぎかは知らないが……で、俺達が五人目だと思い、撃墜した、と。おおかた、そんなところなんだろ?」
『……………………』
 推理の概要は出発前にラルフから聞いていたものだ。
 女レイヴンはそれを否定も肯定もしないが、その沈黙と強張った表情が裏付けているのだろう。
 アレックスはマシンガン・SYLPHの銃口を下ろした。
「やれやれ、もう仕事が終わっちまった。後は――」
『全然終わってませんよ〜』
 緊張感を根こそぎ吹き飛ばすその声に、アレックスはつんのめって危うく正面コンソールに額を打ちつけそうになった。
   女レイヴンの顔に驚きの色が走る。見えるはずもないのに、周囲をきょろきょろと見回している。
『あのね、アレックス。四人を殺害したのが彼女だとしても、その理由も状況も明らかになってないんじゃ、報告書も作成できませんよ?』
 アレックスは舌打ちした。わざと深くは聞かなかったのを、わかっていない。
「いいじゃねえか。うちのレイヴンが、たまたま何らかの依頼で来ていたコーテックスとかのレイヴンと、ここで鉢合わせした。んで、排除された。よくある話じゃないか。それ以上何が必要だってんだ」
『彼女がなぜ、四人を殺害しなければならなかったのか……口封じならば、何を隠すためだったのか』
「だーかーらー。それは依頼任務に関わることなんだから、言えば守秘義務違反になるだろうが」
『それが何だって言うんです。こっちはアークから全権を委任された調査員なんですよ? 公平中立無私の調査員に対して、守秘義務もクソもありますか。馬鹿馬鹿しい』
 ぷっつりと、アレックスの頭のどこかで糸が切れる音がした。
「じゃかあしい、調査員がどうした! こっちはレイヴンだっ!! てめえ、オペレーターのくせにレイヴン不可侵の原則も忘れたかっ!! アークがコーテックスだろうと、レイヴンの自由は最優先っ!! 言いたくないなら言わなくていい、それが自由ってもんだろうがよ!!」
『子供の使いじゃないんですから、四人とも強いレイヴンに殺されてました、私達も殺されるところでした――じゃ済ませられないんですよっ!! レイヴンの自由、守秘義務堅守の原則論も結構ですけど、そういうことは与えられた仕事をきっちりこなしてから言ってください!!』
「言いやがったな、てめえ!! 俺が何のために死ぬ気で戦ったか――」
『その死ぬ気で戦った結果を最大限に生かすために、聞かなきゃならないって言ってるんです! 今のままじゃ、あなた、アークに帰ってもいい笑いものですよ? 輸送機墜とされて、得た情報がこれだけなんて』
「ぐぬぎぐがごぐぬにぬな……」
 アレックスは継ぐべき言葉を失って歯軋りした。舌先三寸ではやはりラルフの方に分がある。
 そこで、ようやく女レイヴンが口を挟んだ。
『……弁が立つのはわかったけど、あなたは誰? アークのオペレーターって、戦場にも同行するの?』
『ああ、これは失礼。わたくし、ラルフ=ファエラと申します〜。ええと、アークから任命された調査員は私。アレックスはあくまで私のボディガードで予備でデコイで影で盾ですので、そこのところお間違えなきよう、よろしく〜』
 少し間が空く。アレックスは通信回線の向こうで頭を下げているラルフが容易に想像できた。
 女レイヴンも同じ想像をしたのか、視線を虚空にさまよわせたまま、少し会釈をしていた。
『で、ご質問の件ですが――そんなわけありません。私だってこんなところ、来たくはなかったんですが、調査員を拝命したばっかりにやむなく。案の定あなたに撃墜されるわ、パイロットの一人が死ぬわ、もう一人も重傷だわ、アレックスは口ばっかりで役に立たないわで……どうしてくれるんです』
 女レイヴンがふと『ペイル・ホース』を見上げ、なぜか頷いた。メインモニターに映る女の目には、哀れみとも同情ともつかぬ色が浮かんでいる。
『過ぎたことを言っても仕方ありませんが、悪いと思う気持ちが少しでもあるなら、まずなぜ四人を殺害するに至ったか、その動機と各状況の詳細を説明してください。よろしいですね』
『それは――』
『【稲妻】、ここからは私が相手をしよう』
 突如、男の声が通信回線に割り込んできた。
 若くはない。だが、威圧感のにじむ、重みのある声だ。直感的に相手の格を感じ取とり、アレックスは思わず操縦桿を握る手に力を込めた。
『こちらはコーテックス所属レイヴン、【はぐれ】。そっちの女は【稲妻】だ。ラルフ=ファエラ、君に聞きたいことがある』
『はあ。なんでしょう』
『データベースやプログラムの解析などは得意か?』
『ん〜〜〜〜、まあ、ものによりけりですが、おしなべて人よりは詳しい方かと。一応オペですし、趣味で組んだ効率的なACアセンブラなんかも結構評判よくて、次期ハンガー整備計画に採用になったらしいですし』
 そんなことやっていたのか、とアレックスが呆気に取られていると、少しの沈黙の後、【はぐれ】は言った。
『君と取引がしたい』
 たっぷり数秒の沈黙。
「……はあ!?」
『……はあ!?』
 奇しくも、オペレーターとレイヴンの声が重なった。
「ちょっと待て、俺じゃなくてラルフと!? 何で? そいつはオペレーターだぞ!?」
『いや、私がどうこう言う前に、あなたが受けたら二重契約で重大な規約違反――いやいや論点はそうでなくて』
『二人とも、ちょっと落ち着きなさいな。……【はぐれ】、ほんとにいいの? こんな連中に』
『構わんさ』
 重い声には、いささかの揺るぎもなかった。その落ち着きぶりに、ラルフとアレックスも水をかけられたように黙り込んだ。
『話は全部聞いていた。少なくともレイヴンの方は信用できそうだ。オペの方も話せばわかるタイプと見た。そして、彼らは我々の助けを必要としている。我々も、彼の手が必要だ』
『えーと。私達が、あなた達の助けを……? なぜ?』
「おいおい、勝手なことを――」
『重傷のパイロットがいるのだろう』
 ラルフとアレックスは口をつぐんだ。
『その面倒を見よう。こちらにはフロート型の無人輸送車両がある。補給車だがな。我々の根城に来れば、簡単にだが診察と応急処置も出来るだろう。仕事が終わり次第、そのまま町まで連れて行く。……それともここから近郊の町まで直線で数十Km、道のりにすれば100Km。延々乗り心地の悪いACに載せてゆくか?』
『無理ね。確実に途中で死ぬわ』
 冷徹な女レイヴン【稲妻】の声。
 言われるまでもなく、アレックスにはわかっていた。ACには衝撃吸収技術が至るところに使われているが、それはあくまで戦闘行動中の過剰衝撃を緩衝するのが目的であって、乗り心地の良さを目指したものではない。
 ある程度の緩衝能力をセーブした通常モードでの移動中の乗り心地は、実は山道を走る四輪駆動車にも劣る。
 だが、アレックスは素直に頷けなかった。これでは、あのパイロットを人質に取られたようなものだ。
『とにかく、補給車を送る。弾薬貯蔵室を開けておく。そこに怪我人を乗せろ。ACのAPも回復できるだろう。弾薬はこっちに来てからになるが。……取引したくないのなら、使うな』
 それだけ言うと、男は一方的に回線を閉じた。とはいえ、受信状態にして聞き耳は立てているのだろうが。
 見れば、【稲妻】も再び迷彩ACのコクピットに戻っている。
 アレックスはレイヴンとオペレーター間でのみ使う通信回線を開いた。
「どうする、ラルフ?」
 即座に返事が返ってきた。
『どうもこうも、人命尊重、情報入手最優先です。あなたが行かないといっても、私は行きますよ。頼みにされているのは私ですしね。帰りたいならお先にどうぞ。私が無事帰ったあかつきには、きちんと報告させていただきますから』
「……誰も帰るなんて言ってない。一応そっちの意志を確認しただけだ。了解、正調査員殿の指示に従いますよ」
 アレックスは回線を落とし、受信モードにした。
 シートに深々と背を預け、大きく息を吐く。
 【稲妻】の駆る迷彩ACに勝ったはずなのに、なぜか敗北感のようなものが胸に渦巻いていた。

 ******

『固定終了しましたよ〜』
 パージした拍子に、なぎ倒された木々の間にはまり込んだブレード・ELF2をようやっと回収した時、ラルフの通信が入った。
 二人のレイヴンが自分の機体の整備に追われている間に、ラルフは送られてきた補給車の空きスペースへ、ストレッチャーを固定する作業を行っていた。
『パイロットの意識は未だ戻っていません。……大丈夫でしょうか……。そちらはどうです?』
「ああ、こっちも今ブレードを回収したとこだ。【稲妻】、あんたの方はどうだ?」
『ちょっと待って……』
 擱坐した迷彩ACの復旧作業を行っている【稲妻】の姿が、開け放たれたコクピットの中に見える。
『……オッケー。通常モードで移動できるようには復旧したわ。ブーストダッシュは出来ないけど、軽量機体だからついていけるはず』
「へぇ、すげえな。自分でそんなことできるんだ」
 アレックスの混じりっけなしの感嘆に、一瞬通信回線が沈黙する。
『出来ないんですか、アレックス!?』
『出来ないのか? レイヴンなのに?』
「やかましいっ! 二人同時に突っ込むなっ!!」
『だって、普通はACの基本OSの再起動手順ぐらい覚えてるものでしょう!? 任務中にそういう状況になったらどうするんです!?』
『……私はそんなレイヴンに負けたのか……』
「うるせーよ! そん時はそん時でなんとかすらぁ!! んなことより、動けるようになったんだから、さっさと出せ!!」
 アレックスの叫びに呼応するように、補給車が浮揚した。
『……さすがに対ミサイル戦術を避ける、隠れる、撃ち落とす、で片付ける人ですねぇ』
「ラルフ! うるせえ、しつこい、黙れ!!」
 流れるように走り出した補給車の後ろを、二台のACが追って走り始めた。

 ******

『――動き出したな』
 レーザー通信特有のクリアな音声が入る。
 男は閉じていた目を開いた。視界に情報が流れる。
 墜落した輸送機、確認できるACその他移動体が、網膜モニターの広域レーダー画像に映っている。
『こちらも動くか? 今なら連中をひねるのは――』
「……まだだ。【軍】からの指令は、【遺跡】の位置確認を最優先せよ、だ。奴らの殲滅は後だ」
『へっ、慎重なことだな。そんなもん、連中を叩きのめして聞きゃあいいんだよ。結果が出りゃ上も文句言うめえよ』
 通信相手がそろそろ痺れを切らしつつあるのが、手に取るようにわかる。元から短気で粗暴な男だったが、調整されてその性向が強まっているようだ。
 もっとも、戦いを求める気持ちがあるのは自分も変わりはないから、彼だけを悪し様に言うことは出来ない。
 それでも、それは今ではない――戦いを始めるべき時期を見極められるのは、AIと人間の最大の違いだ。そして、それゆえに自分達はAIよりも、人間よりも強いのだ。
「よせ。敵はレイヴンを四人葬っている。それに、聞いた通りアークの調査員もいる。ここは作戦通りにゆく」
『生身のレイヴン四人なんぞ、物の数に入らねーよ。俺もあんたも、そこいらのレイヴンなんぞ四人が十人でも敵じゃあるめーに。調査員も消しちまえばいい。幸い、連中が輸送機ごと墜としてくれたんだ』
「数の問題じゃない。……通信の最後に出てきた【はぐれ】と名乗る男。味方らしい【稲妻】が窮地に陥っても動かなかったことといい、相手の性格をつかむまで一言も発さなかったことといい、只者とは思えない」
『それがどうしたよ。だからといって、AC戦に強いとはかぎらねえぜ』
「何事につけ慎重な相手ほど、こちらも慎重を期す必要があると言ってるんだ!」
 つい荒げた声に、通信相手は黙り込んだ。
「こういうタイプは、自分自身の弱点も知り尽くしている。それを補う策を用意しているだろうし、ずさんな作戦が通用する相手ではない。今回の作戦、もし失敗すれば【軍】の威信を失墜させることになるんだ。それに、今回の件は政治的にも大きな意味がある。連中を一人でも消しそこねたら、ミラージュはアークを敵に回す可能性さえある。そうなれば本社は俺達を切り捨てるだろう。一部の者の暴走としてな」
『やれやれ、キナくせえ話だな。面倒くせえことだ』
「……ようやく……ようやく本社の方でも我々の力を認め始めたところだというのに、ここで全て無に帰すわけには行かない。いいか、後戻りは出来ないんだ。慎重に慎重を重ねる――もちろん、アークの調査員も消す。確実にな」
『りょーかいりょーかい。上官はあんただ。じゃあ、やるときになったら呼んでくれや――ナインソード大尉』
「わかった」
 通信回線が落ち、男――ラシュタル・G・ナインソードは目を細めた。
「……そうとも……俺にはもう、これしかない。愛すべき者も……憎むべき者も失った俺には……【軍】の中で強化人間の地位を向上する。それしか……」

 ******

 15分ほどの行軍の後、アレックス達一行は目的地を視界に納めた。
 鬱蒼と茂る森に押し包まれた建物が、ひっそりと佇んでいる。
 ACの腕ほどもある極太のツタが建物の壁面を這い、完全にカムフラージュされている。
「……何だこりゃ?」
 思わず呟きが漏れる。アレックスにはカムフラージュというより、建物が森に呑み込まれているように見えた。
『古い……かなり古い建物ですね』
 通信回線から、ラルフの感嘆の吐息が聞こえた。
『絡み付いている植物の状態からすると、数十年やそこらのスパンじゃないようですよ? でも……』
『そうね。私たちがレイヤードから解放されたのが三十年程前。だとしたら、建物のこの有様はありえないわ』
 通信を通して感じられるラルフの惑乱ぶりに、【稲妻】が愉快そうに応える。
『つまり、私達より先に地上へ進出した人たちがいた……?』
「……企業の実験失敗で植物が異常繁殖しただけかもな」
『さあ、どうなのかしらね……』
 物思いに沈んでいるような静かな【稲妻】の声に、アレックスは眉間を曇らせた。しかし反問する暇もなく、機体は建物の一面に開いた破壊孔から中へと入って行った。

 ******

『ナインソード大尉!!』
「……聞こえていた。位置はつかめたか?」
『ああ。今の通信の発信点だ。データをそっちへ送るぜ』
 待つほどもなく、視界に浮かぶ半透明のルスカ地方の地図の一角、広大な森林のほぼ中央に光点が現れた。
『じゃあ行くか』
「待て。……まだだ」
『なにぃ!?』
 回線の向こうで、彼が目を剥いたのがわかった。
「これが本当に【遺跡】の位置かどうか、わからない。今のが追っ手を撒く、もしくはおびき出すための偽装通信とも考えられるし、建物というのもただのランドマークかもしれん。もう少し様子を見る」
『まだまだこのままじっとしてろってのか』
「いや。少尉には陽動をやってもらおう」
『陽動?』
「そうだ。大きく迂回して、連中と近郊の町への間に陣取れ。そして、私の合図で攻め込むんだ」
 地図上にカーソルが現れ、触れもしていないのに大きく湾曲したラインを書き込む。それは森林地帯を大きく外側に迂回していた。そのデータを向こうへ送る。
『…………そうか、町へのルートが押さえられれば』
 ラシュタルは頷いた。
「レイヴンはともかく、戦闘能力の無いオペレーターは反対側へ逃げ出す。逃げ出さなくても、【遺跡】の守りは薄くなる。私は機を見てそれを押さえる。そっちへ行ったレイヴンは任せる――生身のレイヴン四人が十人でも相手じゃないんだろう?」
『ああ、俺はあんたほど頭が回らないからな、暴れられる方がいい。ありがとよ。じゃあ、よろしく頼むぜ』
 小躍りしそうなほど嬉しそうな声。サイドモニターに表示されていた重量戦車型ACが、巨体を震わせ起動する。
 これで当分の時間は稼げる、とラシュタルは少し安堵した。我ながらあしらいがうまくなったと思う。
「……では、通信を切る。以後の緊急連絡と開始の合図は、軍用の衛星通信回線で行う。作戦開始まで現地で待て」
『了解。出るぜ』
 重量戦車型ACが、動き出す。心なしか足取り――キャタピラの回転も軽そうに思える。
 そんな感傷を抱く自分を鼻で嘲い、ラシュタルは再び地図上の光点に視界の焦点を戻した。


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