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2 Mustang Dance

 薄暗い巨大ガレージ。
 立ち並ぶ人型の巨体。
 それらを望む窓を背に男が一人、壁面の大型パネルモニターの映像を睨みつけていた。
 表示されているのは建物の見取り図。壁を表わす緑のラインのいくつかが赤く変色している。
「……やれやれ。予定の一割か。頑丈なことだ。何か、他の手を――」
 不意に、男の青い耐Gスーツの胸から呼び出し音が鳴り響いた。
 男は通信機を取り出しながら、モニターの映像を切り替えた。一面に広がる森林地帯の映像だ。中央にACが一機佇んでいる。
「――なんだ?」
『……東に機影確認。大きいわ。輸送機みたい』
 通信機から流れてきたのは、女の声だった。
「輸送機? ……ここらは航路でもないし、着陸できる場所もないはずだ。爆撃でもするつもりか?」
『…………ん〜……違うみたい。機影は一。核でも使うならともかく、単機で爆撃はないでしょう』
「いっそ核爆撃してもらった方が気が楽だな」
 弱音とも取れる男の言葉に、通信機の向こうで戸惑う気配が漂った。
『……ダメなの?』
「ああ。びくともしない。次の手を考えるしかないな」
『そう――で、とりあえず輸送機の方はどうする? 墜とす?』
「出来るか?」
『んー……と、ロケットでぎりぎり、かな。当たらないかも』
「わかった。出来そうならやってくれ。だが、無理はするなよ」
『了解』
 通信が落ちる。
 画面には鈍色地に紫と茶色の迷彩機体の脇で、こちらに向けて親指を立てている女の姿が映っていた。

 ******

「……私は何でこんなところにいるんでしょうか……」
 ラルフが呆然と呟く。
 周囲は所狭しと並ぶ計器の壁。鈍い振動にも似た響きが絶え間なく続いている。
「その問いはもう聞き飽きたし、答えるのも飽きた。いいかげん諦めろ」
 通路を挟んで反対側の席に座り、目を閉じていたアレックスは面倒臭そうに吐き捨てた。
「だって、私は単なる通信オペレーターなんですよ!? 危険な現場に出るなんて、ありえませんよ!! 何で私が調査員なんて……」
「ありえなくても、これが現実だ。受け入れろ。俺もそうした」
「冗談じゃありませんよ、死んだらどうするんです!?」
「死んだらそれまでだ。意識も消えてなくなるから、思い悩む必要はない」
「……そういう意味でなくてぇ〜」
 その時、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
 声の主は二人の前、並列操縦席に座るパイロット達だった。
「何がおかしいんです」
 パイロットは笑いに気づかれたことに気づいて、後ろを振り返った。
「あ、いや、すまん。聞いてると、まるで漫才の掛け合いみたいだからさ」
「失礼な。こっちは必死なんですよ!!」
「まあまあ。だいたい、そこのレイヴンのあんちゃんに言っても始まらないだろ」
「それは……そうですけど」
 すねた子供のように口を尖らせるラルフ。
「あと20分で目的地だ。そこまで行けば、とりあえず撃墜される危険はなくなるよ」
 もう一人のパイロットも調子を合わせて頷いた。
「そうそう。もし万が一墜ちるようなことがあっても、あんたと荷物は何とか無傷で降ろしてみせるさ」
「冗談でもそんな言い方、やめてください!! そういう事態が起きたらどうするんです!!」
 激しく首を振るラルフに、二人は大笑いした。
「この高度じゃミサイルも届かないよ。大丈――」
 突然、衝撃に突き上げられた。ずっと続いていた振動とは異なる、暴力的な揺れに機体が大きく震え、床が傾く。間髪入れず、耳障りな警報ブザーが鳴り響いた。
 何があったかを聞くより早く、二撃、三撃を受ける。そのたびに床が右に左に傾ぎ、ラルフは声も立てられずただ必死に座席にしがみついていた。
「バカなっ!? この高度まで届かせたのか? どんな方法で――とにかく上昇を!!」
「だめだ、1、2、4番が反応しない!! そっちから見えるか!?」
 パイロットの片割れがキャノピーから外を覗き見た瞬間、不気味な沈黙が漂った。
「……エンジンが…………やられてる……」
 悲鳴をあげかけたラルフの口を塞ぐように、再び衝撃が走る。新たなブザー音。
 今度は床が前のめりに傾いだ。
「ちきしょう、尾翼がやられたっ!! 凄ぇ腕だ!!」
「ヤバイな。このままじゃ頭から墜ちる――3番も停止させた方がいい。このままじゃ確実に機体がロールして制御できなくなる」
 外を覗いていたパイロットは、冷静に言いながら座席に腰を降ろした。
「どっちにしろ墜ちるんじゃないですかっ!!」
 前方への傾斜が酷くなり、席に座っていられず、前のパイロットシートの背もたれにしがみついて喚くラルフ。
 アレックスは対照的に落ち着いていた。パイロットシートの背もたれに足をかけ、バランスを保ちつつ、パイロットに聞いた。
「ACで出られないか?」
「無理だ。ジェネに火を入れて出る前に、こっちが着地しちまう」
「どーすんですかー!?」
 絶望に彩られたラルフの叫びに、パイロットは決断を下した。 
「……全エンジンを切り放そう! そうすりゃ、機体の重心バランスが崩れて、荷物の重さでケツが下がる!! 後は滑空して……森の木々がクッションになってくれることを祈るしかない!!」
「切り離すタイミングが大事だな。遅すぎればケツが落ちないし、早すぎるとケツから落ちちまう」
 二人のパイロットはお互いの眼を見つめあい、しっかりと頷いた。
 片割れが後ろを振り返る。
「すまんな、お二人さん。目的地にゃつけそうもないが、あんたらと荷物だけは必ず降ろしてみせる。俺達の意地だ――身体を丸めて衝撃に備えててくれ」
「そんなぁ……」
「黙ってろ。舌を噛むぞ」
 哀れな声を出すラルフの頭を、アレックスの手がむんずとつかみ、抑えつけた。
 座席の中で頭を抱え込み、身体を丸くした二人の頭上を、パイロットのやり取りが飛び交う。
「……3、2、1、今だっ!!」
「全エンジンパージ!! エアブレーキ全開!! バランスを確保しろ!!」
「いいぞ、機体が後方に傾き始めた」
「接地まで後200……100――」
 突然、青空を映していたキャノピーが、緑のまだら模様に染まった。
 続いて、凄まじい衝撃。いつ果てるともない地震めいた振動が続き、アレックスもラルフも座席から飛び出しそうなほど右に左に上に下に前に後ろに揺さぶられ続け――いつしか意識を失った。

 ******

「アレックス、起きてください!!」
 頬をぴしゃぴしゃと叩かれ、アレックスは目を覚ました。
 耐Gスーツに守られた身体はともかく、あちこちにしたたかにぶつけた頭が痛み、呻吟の声を漏らす。
「アレックス――よかった」
 目を開き、声をあげたアレックスに、ラルフは安堵のため息をついた。
「ラルフ……無事か」
「私は奇跡的に。でも、パイロットが……一人はお亡くなりになりました。もう一人も重傷です」
 ラルフの表情に陰が差す。
 見れば、コクピットは左前方がひしゃげていた。死んだパイロットは機器とシートの間で挟み潰されていた。あと2m後方までひしゃげていたら、間違いなくアレックスもパイロットシートとサブシートの間で潰されていただろう。
 アレックスは目を伏せ、命と引き換えに機体と自分達を救ったパイロットに黙祷を捧げた。
 もう一人、重傷の方はひしゃげた機器に幅寄せされた形で、胴部を圧迫されたらしかった。意識はなく、口から血を流している。腹部圧迫によって内臓がやられたか、肋骨が折れて刺さったか……。
「――足もやられているみたいです」
 パイロットシートを後ろに倒し、二人がかりで引きずり出したあと、ラルフが言った。
「折れてるのか」
「ええ、ぽっきりと」
「……下手に動くより、救難信号出して待つか」
 その途端、ラルフはぽかんと口を開け、呆気にとられた。
「まだ寝ぼけてるんですか!? そんな状況じゃないんですよ!?」
「はぁ?」
 今度はアレックスが呆気にとられた。
「私達は撃墜されたんですよ!?」
「あ…………」
 その表情がたちまち険しくなる。
「――しかし、ACは出せるのか?」
「ええ。墜ちる寸前にカーゴ室の後方ハッチを開けておいてくれてます」
「わかった。こっちは任せる。……通信機が使えるなら、回線を開いておいてくれ」
 アレックスは頷いて身を翻し、後方のカーゴ室へと向かった。

 ******

「あら、動いてる?」
 迷彩ACのコクピットの中で、女は歌うように呟いた。手元のサイドモニターには撃墜した輸送機の位置が示されている。
「へぇ、輸送機ごと撃墜されて無事なんて、やるじゃない。油断できないわね」
 外部視界を映し出すメインモニターにはうっそうと茂る森が広がり、画面の右上に示されたレーダー上には敵機を示すオレンジ色の逆三角が浮かび上がっている。
「コンピュータ、モード変更。戦闘モード」
『了解。メインシステム、戦闘モード、起動します』
 通常モードでがっしがっし歩いていた機体に振動が走り、頭部カメラアイが光る。
 次の瞬間、機体はブーストダッシュを始めた。

 ******

『メインシステム、戦闘モード、起動します』
 コンピュータの音声を聞きながらブースターを噴かし、扉を失った後部ハッチから飛び出した。
 素早く周囲を見回す。
 周囲は森。その中を一直線に木々がなぎ倒された跡が続いている。
 幸い、その方向に敵機は視認出来なかった。かなりの広範囲をカバーするレーダー・SIREN4にも反応はない。
「墜ちたと思って油断してくれてるのか、それとも――」
 突然、敵機を示す逆三角がレーダー上に出現した。しかも、すぐ傍に。
「な――」
 躱す暇どころか、動く隙もなかった。
 衝撃が機体を貫く――装甲を削り取るような衝撃が、間髪いれずに二度。否、その直後にもう一発、鈍い爆発の衝撃が来た。
 警報が鳴り響き、画面上に示されたAPが半分近くまで落ち込んだ。
 一瞬でAPを3000以上持っていかれた――と瞬時に計算しながら、ブースターを噴かし、同時にターンブースター・ANOKUを発動する。
 次の瞬間、機体がメインモニターをよぎった。
 そのわずかな時間で得た情報は――
 敵は軽量二脚。
 なぜか森の中なのに灰地に茶と紫の迷彩塗装。
 背にロケット装備。
 両肩に三角定規めいた妙なエクステンションを装備。
 両腕に武器なし――というよりもあれは――
「デュアルブレードだと!?」
 離れろ、という本能めいた呼びかけに応じてブースターを噴かし、回り込みを試みる。
 画面上にロックオン表示が浮かび上がり――
 敵ACの両肩のエクステンションから、紫色の光が散った。
 ロックオン表示が消える。
「な――」
 絶句するのとトリガーを引いたのが同時だった。レーザーライフル・SHADE2から放たれた光が敵機に命中する。

 ******

「当てられた!? ち、CROWの発動が遅れたかっ!?」
 女レイヴンはしかし、全く慌てていなかった。すぐに離れようとする薄青い中量二脚ACの後を追う。

 ******

「どういうことだっ!? コンピューター、何でロックオンしないっ!!」
 機動性では軽量二脚にわずかに軍配が上がる。直撃こそは避けているものの、デュアルブレード二連撃と正確なロケットの攻撃は、そうそう避けられるわけではない。
 機体の挙動は知らず知らず、後退することが多くなってゆく。
『……何らかのステルス技術か高レベルECM装置が使われているようです。ロックオンできません』
 ブレードの赤い輝きが画面をかすめる。当たりはしなかったが、寿命が縮まる思いがする。
「ステルスだと!? どういうことだっ!!」
 ロックオン表示が出ないサイトの真ん中に、敵機がいる。迷わずトリガーを引いた。
 しかし、そのわずかな機動で、銃口はすぐ明後日の方向に向き、無駄弾を放ってしまう。
「くそったれ!!」
『敵はデュアルブレードとロケット砲による近接攻撃特化機体です。距離を保ち、遠距離からの狙撃をお勧めします』
 ロケット弾が機体の頭部をかすめる。ロックオンできない武器にしては、充分正確に過ぎる狙いだった。
「それが出来りゃあ、やってるよ!! そーゆーことはロックオンしてから言いやがれっ!! だいたいここがどこだと思って――ぬあ!?」
 突然、鈍い衝撃がして機体が動かなくなった。
 正面に敵ACが迫る。
「こな……くそぉっ!!」
 ブレードを振りかぶった敵ACに向けて、左トリガーを絞った。

 ******

 大木に引っかかって動きを止めた薄青いACに、女レイヴンの唇が歪む。
「もらったよ!」
 その瞬間、敵がブレードを振るった。
 こちらも振りかぶっていたところなので、躱しようがなかった。
 鈍い斬撃の衝撃がコクピットを震わせる。
「ちっ、やるじゃないのっ――」
 振り返った刹那、衝撃が貫いた。

 ******

 ブレードダッシュによって相手の脇をすり抜ける形で攻撃を避け、ターンブースター・ANOKU発動で急旋回、敵ACの右後方を取ったのとほぼ同時に、ロックオン機能が復帰した。
「ロックオンさえできればっ!!」
 ためらわずにトリガーを引く。引く。引く。
 二発当たり、三発目は躱された。同時にロックオン表示が消える。
「くそっ、またかよっ!! ――って、奴は」
 画面上、レーダー上から敵機の痕跡が消えていた。
 周囲に広がるのはなぎ倒された木々と、それを押し包むように広がる鬱蒼たる森。
「消えた……?」
 不安を表わすようにACを左右に旋回させる。
 視界から消えても、普通ならレーダーに映る。しかし、この状況では――
「……え〜と、レーダーに映るまで待つか……?」
 鈍い衝撃が機体を貫き、機体が前のめりにつまづく。
「ぬおっ!! ……向こうが待ってくれるわきゃーないわなっ!!」
 慌ててターンブースター・ANOKUとブースターをふかし、その場を離れる。
 方向・方角など全く感知せず、ただひたすら森の中を駆けずり回る。
「――わかったことがいくつかあるっ!!」
 アレックスは忙しくレバーやペダルを操作しながら、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「奴のステルスは時間制で、恐らく回数制限制だっ!!」
 眼前を怪しい影がよぎった――と思った瞬間、デュアルブレードの赤い光芒が煌いた。まとめて数本の木を切り倒し、迷彩ACが迫る。
「ぬがぁっ!!」
 装甲を切り裂くおなじみの衝撃が響く――
『AP50%。機体ダメージが増大しています』
「るせー!! わかってるよぉ!!」
 左トリガーを引き、二撃目のブレードを弾く。合わせて、右のトリガーも引く。
 レーザーライフル・SHADE2の光芒が真正面で棒立ちになったACに命中した。

 ******

「うあっ……くそ、反撃を食らうとは――え?」
 画面上、森の中へ沈んでゆくように薄青いACが後退してゆく。
「ち、逃がすか――うあっ!!」
 真正直に追いすがろうとしたため、レーザーライフルの二撃目、三撃目を食らった。
 慌てて横っ飛びに逃げる。
「……ち、APが50%を……あのAC、よくやる」
『……助けがいるか?』
「聞いてたの!?」
 唐突に通信機から流れてきた男の声に、女レイヴンは頬を赤らめた。
『一応状況はモニターしている。苦戦しているようだな』
「腕はあるわ。状況判断も的確――ちょっと甘さはあるけど。昔のあなたみたい」
『なるほど、強敵だな』
「でも、大丈夫。まだCROWの回数は残ってるし、久々に血が騒いできたから。あれは必ずしとめるわ」
『わかった。……無理はするなよ。必要なら、出る』
「ありがとう。でも、ほんとに大丈夫」
 通信回線が落ち、女レイヴンは再びレーダーを睨んだ。

 ******

「……落ち着け、落ち着け。奴の機体はデュアルブレードとロケットだけだ」
 息を整え、潜めるように呟く。
 機体は木々を押しのけ、押し倒しつつ、森の中を踊るように突き進んでいる。
「要するに、視界内に敵がいなければ、攻撃は出来ない。この森の中じゃ視界が利かないから、ロケットでの狙撃は難しい。ということは、だ――」
 メインモニターに映る正面映像とレーダーを睨んでいたアレックスの表情が、にやりと緩んだ。
 レーダー上にオレンジの逆三角形が映った。右側面から近づいてくる。
「待ってりゃ近づいてくるってことだろうがっ!!」
 ターンブースター・ANOKUを噴かし、右を向く。久々にサイトの中にロックオン表示が出現した。
「お待ちしてましたっ、と!!」
 レーザーライフル・SHADE2が光を放ち、茂みに向けて撃つ――
 茂みを『掻き分けて』というより『突き抜けて』、迷彩ACが飛び出してきた。
 オーバードブーストによる接近、体当たり。
 『ペイル・ホース』の機体がぐらりと傾ぐ。当然サイトも外れる。
 そこへすかさず二連斬撃、ロケット追い討ちがまともに入った。
「なんだとおおおおおおおっっっっ!!!!?」
 見る見る下がるAP、上がる熱量、鳴り響く警報。
 おびき寄せたという昂揚感は、一瞬にして氷点下まで下がった。
 ゼロ距離からの嵐のような集中攻撃。
 距離が近すぎてロックオンが出来ない。
 咄嗟に後方へ跳び退ってロックオンしようとしても、すぐさまステルスが発動する。そのタイミングは悲鳴をこぼしそうなほど見事だ。ついでにロケットの追い討ちを食らえば、もう叫ぶほかはない。
「くっそぉぉぉぉ、卑怯くせえぞこらぁっ!!」
 ほうほうのていで距離を取ってレーザーライフル・SHADE2を撃っても、こちらの射撃タイミングを読んでいるかのような、ゆらゆらした動きで全く当たる気配もない。
 アレックスは背筋に忍び寄る敗北の気配を感じ始めていた。
「何かないのか、何か手はぁっ!!」

 ******

「く、まだ逃げるか。しつこい」
 薄青いACはレーザーライフルを乱射し、追跡を振り切って再び森の中へ姿を消した。しかし、レーダー上にはしっかり映っている。
「……けど、相手ももうAPが底をつくはず。次で決めるわ」
 女レイヴンは唇の端を持ち上げて笑い、オーバードブーストを使った。

 ******

 オーバードブーストの突進中を狙われた先ほどの轍を踏まぬよう、あらかじめステルスを発動しておくだろうとアレックスは読んだ。
 そしてその読み通り、敵はこちらの射程外からステルスを開始した。
 消える寸前までの位置は、レーダー・SIREN4がしっかり拾っている。それはつまり、相手が来る方向も概ね読めるということだ。
 予想通り、木立が数本、ブレードの輝きにまとめて寸断された。
「そう同じ手は――食うかっ!!」
 オーバードブーストで加速したまま、右後方の茂みから飛び出してきた迷彩ACを、『ペイル・ホース』は横っ飛びに躱す。  ブーストダッシュで距離を置くが、案の定ロックオンはできない――まだ今は。
「……ここで決着をつけてやる!!」
 アレックスはパージボタンに指を伸ばした。

 ******

「く、躱されたっ!? ……ここはっ!?」
 飛び出した先は開けた空間だった。
 川のように無数の木々が同一方向へなぎ倒されている。
 輸送機の墜落跡だった。
 体当たりを躱した薄青いACは、もう森に入ろうとはしなかった。その代わり、右腕のレーザーライフルと左腕のレーザーブレードをパージした。
「な……降伏のつもりかっ!!」
 虚をつかれた。
 その刹那。武器を失ったそのACの両手に新たな武器が握られた。
「え……――」

 ******

 こちらの両腕武器パージに、迷彩ACが明らかに怯んだ。
 ACの機動は人間のようにはいかない。一度動きを止めてしまうと、再び動き出すのにタイムラグが生じる。
 そのわずかな静止が、アレックスにとっては絶好の好機となった。
 ステルスの効果期間が終了し、ロックオン機能が復帰する――同時に両トリガーを引き絞った。
「食らえ、ダブルトリガー!!」
 サイトの中で、マシンガン・SYLPHの弾雨に撃たれて踊る迷彩AC――

 ******

「何よそれぇ!!!!! あんた、武器捨てたんじゃないのっ!?」
 叫んでいる間に、まさに弾幕と呼ぶに相応しい弾丸の雨が降り注ぎ、APが見る見る削られてゆく。
 咄嗟にCROWを発動させたものの、マシンガンの弾幕は収まらない。
「くそこのっ!!」
 女レイヴンはオーバードブーストを発動させた。

 ******

 オーバードブーストで突っ込んで来たACは弾幕をものともせず
 マシンガン・SYLPHを撃ち続けるACは怯んだものの引き金を放そうとせず
 飛びながらロケットを当て
 姿勢が崩れても銃口を修正し
 体当たりし
 体当たりされても引き金を放さず
 デュアルブレードが薄青い装甲を切り裂き
 迷彩塗装の装甲に弾痕がいくつも刻まれる
 追い討ちのロケットが炸裂する
『うわああああああああああああっっっっ!!!!』
「うおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 そして、機体が火を噴いた。
 片膝をつき、頭を垂れるAC。
 コンピューターが静かに告げる。
『……防御力低下。作戦中断。帰還します』


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