愛の狂戦士部隊、見参!!
第7章 後始末 (その1)
その部屋は静寂に包まれていた。
あるのは、祈り。無言の祈り。
寝台に横たわる男の表情は穏やかだが、生気を失っていた。
そして、その男の傍らで手を握る娘の表情は険しく、不安げで、心配のあまり生気を失っていた。
彼らは長い間、そうしていた。
男は身じろぎもしない。娘も男の顔を見つめたまま動かない。
ただ、時間だけが過ぎていった。
―――――――― * * * ――――――――
その静寂は、唐突に破られた。
扉が開け放たれ、娘が驚いて振り返ると、切羽詰った形相のエルフがそこにいた。
エルフは部屋に飛び込んでくるなり扉を閉め、脇目もふらずに寝台の向こう側へ回り込むと、そこへ這いつくばった。
その意味不明の行動に娘が表情を曇らせると、這いつくばったままベッドの縁から覗き込んだエルフは、その釣りあがった目で娘を睨み、自分の唇に人差し指を当てた。
「しー……っ、わしがここに隠れてること、誰にもゆーたらあかんで」
「キーモ……さん?」
娘――クリスは複雑な表情を見せた。
何しろ、相手は最後の戦いの最中、『目立ちたい』ためだけにグレイの大事な剣を奪い、あまつさえ二人を踏み台にしてゆくような男である。
あの時、キーモにライフサッカーを奪われなければ、確実にグレイは死んでいただろう。ひょっとしたら自分も。そのことには感謝しなくてはいけない、とわかっている。
キーモ本人の意図せざることだったといえ、グレイがここで何はともあれ息をしているのも、こうして自分がその回復を祈っていられるのも、全てキーモのおかげだ。
だが……戦いの最中に死んだ振りをして機会を待ち続けたうえ、グレイと自分を踏んづけ、蹴飛ばしてまで手柄を横取りしたような、人として問題のある相手に好意など湧くはずもないことも確かだった。
出来ればこの先の人生で、関わりあいたくない相手、グレイを助けてくれた感謝の思いを心の隅に抱いておくだけで済ませたい相手であった。
にもかかわらず、このエルフはずかずかと近寄ってくる。クリスの表情も渋くなろうというものだった。
不意に、隣の部屋がなにやら騒がしくなった。声は聞こえないが、家捜ししているようだ。
クリスは怪訝そうにキーモを見やった。エルフはぴったり腹這いになって寝台の陰に身を潜め、娘に目顔で黙っているように、と頷く。
その真剣な表情に、クリスは村人に追われているのだ、と理解した。なにかやってはいけないことをやったのだろうと。
なにかの御神体を壊すとか、墓を掘り返すとか、村の娘に手を出したとか、無銭飲食とか、村長さんの頭をはたいたとか、村衆にケンカを売ったとか……まあ、ろくでもないことだろう。
やがて、この部屋も勢いよく押し開けられた。
この時を予測してあらかじめ扉を見つめていたクリスは、その侵入者に目が点になった。
入ってきたのは、子供。まだ十歳ぐらいの男の子。
男の子はそこにクリスがいることに驚き、さらに寝台で顔色の悪いお兄さんが寝ていることに気づいて、慌てて頭を下げた。
「あ……ご、ごめんなさい、です。誰かいるとは思わなくて……」
「どうしたの? さっき、隣でごそごそやってたのも、君?」
「あ、はい。ごめんなさい。あの……みんなでかくれんぼしてて……」
「かくれんぼぉ(↑)?」
明らかに怒りを含んだクリスの視線が、ちらりと背後の寝台の陰に走る。
「キーモ兄ちゃんが、こっちへ入っていったって、ラウルが」
「あー。はーん。ふーん。へー」
声に棘が生える。
それを自分に向けられていると感じた男の子は、再び頭を下げた。
「ごめんなさい、すぐ出て――」
頭を上げた男の子の前に、クリスは立った。優しく微笑みながら。
膝を屈め、目線を合わせてその頭を軽く撫でる。
「そうね、ここには怪我をしている人が寝てるから、遊ばないようにしてよね。……それでね、あのね、ちょっと外で待っててくれる?」
「え?」
目をぱちくりさせている間に、男の子は背中を押されて部屋の外に押し出された。
クリスが後ろ手に扉を閉めると、キーモはやれやれと立ち上がった。
「いやいやいやいや、助かったでクリス。あいつらしつこいし、見つけんのもごっつぅ早うてな。わしもグラドスのスラムでは『かくれんぼの鬼』と異名をとるぐらい、ちょっとしたもんなんやが。さすがに田舎の子供は、はしこいっちゅーかなんちゅーか。……あ、いやまあ、騒がせて悪かっ――」
にっこり笑いながら近づいて来るクリスのこめかみに浮かんだ青い血管。
キーモが顔をしかめた瞬間、クリスの拳が鼻っ面に叩き込まれた。
「かくれんぼは外でやれーーーーっっっ!!!」
―――――――― * * * ――――――――
クリスの喚き声と、ガラスかなにかが割れる音。
それに建物が揺れるわずかな振動も、モーカリマッカ神殿の屋根の上で寝そべっていたシュラは感じていた。
上半身はシャツ一枚の姿で、頬や首筋にいくつもの絆創膏を貼り、右腕を三角巾で吊っている。
暦の上では初夏のはずだが、グラドスでいえば少し肌寒さを覚える春の中頃ほどの風が、ゆったり吹いている。
建物の下では、まだクリスが喚いている。あの声のほうが、よっぽどグレイの身体に悪そうだ。
シュラは興味なさげに大きく口を空けてあくびをした。
隣で、日向ぼっこをしていた野良猫もつられたようにあくびをした。
―――――――― * * * ――――――――
カイゼル=フォン=ノスフェル伯爵が灰と消えた直後、愛の狂戦士部隊はほぼ壊滅状態だった。
シュラが(実は)全身骨折の重傷。
ゴンは身に余る神の力を使った代償として、もはや動くこともままならず。
ストラウスもマルムークに斬られた怪我が癒え切っておらず、行動不能に。
グレイに至っては意識不明の重態。
クリスにしても気が抜けてしまったのか、放心状態でグレイの手を握っているだけ。
キーモを除く全員、麓まで下りるだけの余力が残っていないのは見た目にも明らかだった。
結局、キーモが一人山を下りた(ぶつくさ言いながら)。
そして、自警団と睨み合っていた傭兵団の残りと自警団、それに衛兵隊を率いて戻り、一行を運び出したのだった。
その間、ブラッドレイ司祭が持てる限りの回復魔法を使い、状態の維持に努めていたおかげで幸いにも愛の狂戦士部隊一行は、一人の欠員も出すことなくモーカリマッカ神殿へ戻ってくることが出来たのだった。
それから三日。色んな動きがあった。
村人による行方不明者の捜索。
それを襲うゾンビやスケルトンなど、伯爵が創り出し遺していったモンスター、魔物。
傭兵部隊による山狩り。
あちこちの村から届く救援要請。
走り回る衛兵と傭兵と自警団。
耳ざとく噂を聞きつけてやってくる冒険者たち。
そして起こる摩擦と騒乱。
……ミアの混乱は、未だ収まってはいなかった。
三日を経て、愛の狂戦士部隊は一応の復活をみていた。
疲労と擦り傷切り傷打ち身捻挫ぐらいの軽症で済んだキーモはともかく。
ストラウスは現場でゴンに治してもらっておいたのが効いたらしく、いち早く回復するや、グラドスへの報告のために朝早くから、マジックギルドのある近隣の町へ出かけていった。
シュラはブラッドレイの回復魔法により、驚異的な速度で骨折を癒されていた。
ゴンは三日三晩の泥睡から目覚めると、神の力が戻っていた。右腕の裂傷もブラッドレイによってほぼ癒されている。
そして――グレイ。彼ただ一人だけが、いかなる術をも受けつけず、ただ昏々と眠り続けていた。
―――――――― * * * ――――――――
「……ほんとにもう。なにしてんのさ、君は」
クリスをじと目で(多分。細いのでよくわからない)睨むゴンの左手が、グレイの額にかざされ、淡い光を放っていた。
ゴンの右腕はシュラと同じように、三角巾で吊られている。
クリスはしゅんとうなだれて、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。つい……」
クリスの足元には顔中腫れ上がって人相の変わったキーモが大の字で寝転がり、ゴンの傍では彼を呼んできた男の子が恐怖に怯えた面持ちでクリスとキーモを交互に見ている。
部屋の外にも、かくれんぼをしていた子供達が続々集まってきていた。
グレイの額が赤く腫れ上がり、その脇に分厚く硬い装丁の本があった。
「別に、キーモをどつき回すのはいいんだけどさ。それだったら、君こそ外でやるべきでしょ」
「はい、もう、ほんとに仰るとおりです」
「こんな大きくて硬い本を投げつけるのもさ……まぁ、キーモならいいけど」
クリスは意外そうに顔を上げた。
「え……それは、いいんだ?」
「そんなもんで死ぬほどやわじゃないからねぇ。師匠の技の方がもっと破壊力あるし、それをいつも食らってるし」
「はぁ」
「だけど、外した本をグレイにぶつけるのはどうかと思うよ。そもそも本ってのは投げちゃいけないものだしさ」
「…………面目ないです……ごめんなさい」
再びうつむく。
「僕に謝られてもね」
苦笑している間に、グレイの額についていたたんこぶは治まってしまった。
「これでよし。……それじゃ、わかってるとは思うけどもう一度言っておくよ? グレイは絶 対 安 静だからね?」
「はい…………あの、やっぱり怒ってる?」
頷きながらも、恐る恐る訊く。
一瞬、虚を突かれたようにびっくりしたような顔になったゴンは、すぐに首を振った。
「あ……いや、全然。怒るなら、このバカに、だろうし」
脇で気を失っているキーモの片足をつかみ、そのままずるずる引きずりながら部屋を出てゆく。
「じゃ、この粗大ゴミも引き取っていくから。――お大事に」
その横顔に差す陰は光の加減だろうか。
ゴンの見せる妙な表情を訝りながらも、クリスは再び静寂を取り戻した部屋の中で、眠れる戦士の手を取って祈り始めた。
―――――――― * * * ――――――――
昼過ぎ。
黒い突風が関所を吹き抜けた。
その姿を目視出来たのはただ一人、前もってその速さで走れる人間がいる、ということを目撃したことのあるジョセフだけだった。
昼飯時の交代にやってきた中年の衛兵が、少し訝しげにジョセフに訊ねる。
「おい、ジョセフ。今……なにか通らなかったか?」
ジョセフは笑って言った。
「ああ、マーリン監査官代理が。……まさに風ですね、彼は」
その言葉の意味がわからず、衛兵はぽかんと風のゆきすぎた方向を見やった。
―――――――― * * * ――――――――
「てーへんだてーへんだてーへんだてーへんだてーへんだっ!!! てーへんだぁぁぁぁぁぁーーーーっっっっ!!」
喚きながら近づいてくる風。屋根の上でシュラは面倒臭そうに身を起こした。
関所の方から、濛々たる土煙を背後に立てて一陣の黒い風が突っ走ってくる。
「なんだなんだ。ストラウスの奴じゃねーか。なにをあんなに――」
「みんなああああっっ、エラいこっちゃの大変――」
三段飛ばしで神殿前の階段を駆け上がったストラウスは、最後の段を越えそこねて突っかけた。
そのまま、子供の投げたボールみたいに何度か弾みながら神殿の中へと転がり込む。
「どわあああああああああああっっっっっ!!!!」
どてぽきぐしゃ、とか何とか、椅子やらなにやらを薙ぎ倒す派手な音が鳴り響き、建物が微妙に震える。最後の硬い音は祭壇にでも頭をぶつけたか。
――と思ったら、さらにもう一つ。鐘を鳴らしたような音。
「……祭壇にぶつかって、倒れてきた神像の直撃……か。ったく、なにしてんだ。あのバカ」
やれやれ、と呟いたシュラは、身を起こし、地上へと身を躍らせた。
―――――――― * * * ――――――――
奥から出てきたゴンは、不心得者が天罰を喰らったその現場を見るなり溜め息をついた。
金色に輝く老人の像――モーカリマッカの神像の下で押し潰されたストラウスは、馬車かなにかに踏み潰された蛙を思い出させる。
「まったく、なにしてんのさ。ここには重態患者もいるってのに。はしゃぎすぎだよ、ストラウス」
神像を左手一本で抱え上げて祭壇の上に戻す。
「だいたい、今日は監査官として師匠たちに報告しに、近所のマジックギルドまで行ったんじゃなかったの?」
その途端、ストラウスががばっと跳ね起きた。
「――そーだよ!! 報告しに行ったら、エライことになったんだよ!」
「……って、もう行ってきたの!? 早っ」
「それどころじゃないっ!!」
そこへ、シュラも入って来た。頭をぽりぽり掻きながら呑気なあくびを一つ。
「ぎゃーぎゃーうるせーな。ふわわ……ぁ、あふ。伯爵倒したのに、これ以上エライことなんかあるか。落ち着け、お前らしくもない」
「師匠たちが来るんだぞっ!!」
頭を掻くシュラの手が止まり、間の抜けた顔が凍りつく。
ゴンの表情もみるみるうちに固まった。
「……師匠って……誰の?」
「全員だっ!! うちのじじいも、そっちの性悪関節技マニアも、お前んとこの暴力司祭もだっ!」
突然、ゴンは振り返って神像にすがりついた。
「ばばばばばばばばかななんであの人がこんなところに……」
「パニクってる場合かっ!!」
一喝したのはシュラ。
「風呂だよっ! 風呂が先だっ!! いや、そうじゃないっ! ええと、まずお手手を洗って、ミルクは人肌――」
「お前が落ち着け」
ストラウスのチョップがシュラの額にジャストミートする。
目を閉じて何度か深呼吸を繰り返した二人は、なんとか正気を取り戻した。
「……よく考えたら、僕ら今回思いっきりがんばったんだし、褒められこそすれ怒られることはないんじゃ……」
「そ、そうだな。確かに、何はともあれ黒幕を倒したんだしな。びびることないよな」
「甘いぞ、二人とも」
ストラウスは顔を歪ませながら、人差し指を立てた。
「今回の件、死人がどれだけ出たと思ってる」
「あ」
「げ」
再び蒼ざめる二人。
マイク=デービスの件から数えて、傭兵部隊壊滅、さらわれた村人もほぼ全滅……目の届いてないところのことを考えれば、百人近い死者を出した計算になる。
続けて中指が立った。
「そのうえ、監査官を守り抜くのが最重要事項だって、あれほど念を押されたのに、死なせちまった。マイク=デービスもだ……マイクの件に至っては、なにがあったのか証言してくれる証人が誰一人いない。叛乱だという証拠も、そうでないという証拠も全くないんだぞ」
「あわわ」
「ヤバイ、ヤバイぞ……」
二人に震えが走り始める。
そして、薬指が立った。
「そして最後に……ノスフェル伯爵ってのは師匠たちの仇敵だった。伯爵自身が言ってたろーが。十年前の因縁がどうのこうのって」
ゴンがふと顔をしかめた。
「ちょっと待って。それは別に問題ないんじゃないの? てか、なにが問題?」
「そうだよな。十年前に負けたのは伯爵だから、伯爵はこだわってたかもしれんが……」
「バッカお前、師匠たちからすりゃ取り逃がした獲物だぞ。それを横取りしたようなもんじゃないか。顔も知らない誰かならともかく、毎日顔を合わせてる弟子に横取りされたとなると……」
「でも、そこまで子供かなぁ………………子供か……」
「……う゛う゛。目に浮かぶぜ。十年来の仇敵を葬った俺達の実力を試すだのなんだのと色々難癖をつけられて、結局修行にかこつけていたぶられる俺……ああああ……」
二人は同時にうなだれ、唸った。
「――では、どうする?」
その問いに、三人は同時に頷いた。
「逃げるしかないな」
「賛成」
「異議なし」
「――どこへ?」
「それが問題なんだよな……グレイもいるわけだし」
ストラウスが腕組みをして考え込むと、ゴンは奥へと続く扉を見やった。
「いいんじゃないかな、ほっといても。グレイたちには逃げる理由がないだろ。そもそも、彼の存在は師匠たち知らないはずだし」
「あ、そうか」
とシュラも手槌を打つ。
「むしろ、置いてった方がいいんじゃないか? アレフのおっさんなら、グレイも治せるかもしれない」
「それはありえるな」
ストラウスも頷く。
「………………」
ゴンは微妙な顔つきで、目を逸らした。
「――その、グレイってのは何者なんだ?」
「アホか。グレイだよグレイ。一緒に戦っただろうが。クリスの許婚者(いいなずけ)じゃねーか。ったく、さっきから人の後ろでごちゃごちゃうるせー……」
不意に、シュラは表情を凍りつかせた。
ゴンとストラウスは目の前にいる。では、今の声は誰だ。キーモではない。声も違うし、スラム訛りがない。
シュラの不自然な沈黙に、ストラウスとゴンも異常に気づいた。
恐る恐る振り返った一行の前に、男が一人立っていた。
溢れる金髪、精悍な顔つきにニヒルな笑みを宿し、一行を見据えるその男は――
「アアアアアアアアアアアレフ師匠ーーーーーーっっ!!!????」
ゴンがエビのように2mほど飛び退り、
「うわああああああああああっっ!! で、で、出たああああっっっ!!!」
シュラが真っ青になって祭壇の裏へ飛び込み、
「……一体、どこから……」
逃亡をいち早く諦めたストラウスが頬をひくつかせて訊ねる。
アレフは唇の笑みをさらに深く刻みながら、バカ弟子の坊主頭をむんずとつかんだ。
「その『どこ』というのは、場所のことか? それとも、どこから聞いていたのかという意味か?」
ストラウスは悟った。アレフは判っている。判っていて訊いている。
「前者の意味なら、グラドスからギャリオート師の『テレポート』の呪文で、ついさっきな。師とラリオスはそのまま現場検証……伯爵の城に向かった。後者の意味なら」
ゴンの抵抗を軽くいなし、あっという間に羽交い締めに極める。
ゴンは慌てて、これ見よがしに三角巾の右腕をブンブン振り回した。
「ちょちょちょ、ストップ、ストップです、師匠! 師匠、僕まだ右腕が――」
「――『暴力司祭』の件辺りからかなぁ」
アレフのこめかみに青筋が走る。
ゴンの顔に『ああ、もうダメだ』という諦めの笑みが広がり――
「飛龍固め投げっ!!」
羽交い締めを極めた格好のまま、真後ろへの反り投げ。受身のとれない危険な投げ技の前に、ゴンはあえなく撃沈した。
「……腕は後で治してやる。気にするな」
手を軽く叩き、次いで祭壇に瞳を向ける――。
隠れていたシュラは、自由になる左手を突き出して押しとどめようとした。
「ま、待った! 暴力司祭とか言ったのはストラウスで、俺じゃないっ!! ですっ!!」
「ああ、その件じゃないから、安心しろ」
「え、ええっ? じゃ……じゃあ、なに? かしら」
獅子が獲物を狙うような眼に気圧され、動けぬシュラの左手をアレフはつかんだ。
その腕を自らの首の後ろに回し、シュラの右足に自分の右足をかける。その素早い動き、まさに絡みつく大蛇。
「毒蛇固めっ!! ……これは、お前の師匠からかけておいてくれと言われてな」
ゆっさゆっさと大きく揺さぶる。
「ぐあああああああああああああああっっっっ!!!」
癒えたばかりの全身の骨を軋ませる荒業に、シュラが思わず声を上げた。技のかかり方が半端ではない。この技だけでいえば、師匠のラリオス以上かもしれない。
「む、なんだその悲鳴は。暗殺者がそんなこらえ性のないことでは困るな。ほれほ〜れ」
「ぎゃああああああああああっ、……ぎ、ギギギギギブ、ギブギブ……ギブアップ……!! ぐあああああ」
白目を剥くシュラをさらにひとしきり揺すっておいてから、解放する。
振り返った視線の先に、ドキッとした表情のストラウスが。
しかし、アレフは恐れおののく魔法使いの弟子を鼻先で笑った。
「お前は後だ。うちのじじい発言に、性悪関節技マニアに、暴力司祭……とりあえず三発な」
「あの、とりあえずって……」
にじり寄る金髪の鬼を前に、じりじりと後退る。
「ここでなにが起きたのか聞かせてもらおう。その事と次第によっては、さらに増える可能性がある」
ストラウスの表情が情けないぐらいに崩れた。
「……ああ、今日が俺の命日かぁ……あは、あはははは…………はぁぁぁ〜〜」
―――――――― * * * ――――――――
とりあえず腰を落ち着けて話を聞く、ということになって一行は応接室へと移動した。
ゴンが先に立って奥へ進み、応接室の扉を開けた時、並びの扉が開いてクリスが顔を覗かせた。
「どうしたの、さっき大きな音……誰?」
クリスの目はゴンたちの後ろに立つ、アレフに注がれていた。
「あ、この方はグラドスのモーカリマッカの最高司祭で、僕の師匠のアレフ=シュバイツェン……様です」
アレフは先ほどとは打って変わった柔和な笑みでクリスに会釈した――陰でシュラがそっぽを向いて小さく鼻を鳴らす。
「モーカリマッカの……最高司祭様?」
目を丸くしたクリスは慌てて扉から出て、深々とお辞儀をした。
「あ、ああの、あたしクリス=ベイアードっていいます。イークエーサの宿屋の娘で……ええと、ゴン君、じゃなかった、ゴン司祭にはこのたびお世話になりまして――」
「いえいえ。こちらこそ、うちの不肖の弟子が何かとお世話をかけたのではないですか? お役に立てたのならよいのですが……」
にこやかに微笑んで応対するアレフの背後で、シュラがストラウスに囁きかける。
「……いつも思うんだが、あの変わり身の速さはどうなんだ?」
「相手見て対応変えるのは商売の基本みたいなものだからねぇ」
そっと溜め息をつくストラウスに、ふとアレフが振り返った。何も言わず、三本立てた指を四本に増やし、再びクリスに向き直る。
ストラウスはこの世の終わりのような顔をして、がっくり肩を落とした。その肩を限りない同情のこもったシュラの手がのせられる。
「あ、そうだ」
ふとあがったクリスの声が、一行の注意を惹き戻した。
クリスはアレフを横目で見ながら、ゴンに向かって手を合わせるような仕草をした。
「……ゴン司祭、グレイのこと診てもらえるように頼んでくれないかな?」
なぜか、ゴンは一瞬異物を飲み込んだような顔になった。
答えるより早く、アレフがゴンに訊ねる。
「ゴン司祭。さっきも言っていたようだが、そのグレイというのは?」
「あの、そのぉ……」
言い渋るゴンに代わって、クリスが答える。
「ゴン司祭たちと一緒にノスフェル伯爵を倒した、あたしの許婚者(いいなずけ)です。みんな回復したのに、なぜか彼だけまだ……お願いです、診てくださいませんか?」
「いいですよ」
なぜか顔を背けている弟子に構わず頷いた師匠は、クリスの出てきた部屋の中へと入った。
三人もぞろぞろついて入る。
寝台に横たわっているグレイの姿を見たアレフの顔に、僅かな訝しみが走る。
「彼ですか……ふむ。ゴン司祭?」
アレフは困惑げに、ゴンを振り返った。
「は、はい」
ゴンは背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取る。先ほどからの異常行動に、ストラウスとシュラも怪訝そうにしている。
「これは、私が診るまでもないと思うが……?」
クリスが小首を傾げ、ゴンが俯いたまま視線をそらす。その額に汗が浮き出し始めている。
「彼は、すでに死んでいる」
静寂の帳が落ちた。
―――――――― * * * ――――――――
山の中腹に建てられた城の最奥。
屋根のない謁見の間は燦燦と輝く太陽光に溢れていた。
そこに、いささか不釣合いな老人が一人で立っていた。身の丈を越える長い杖を携え、星型がいくつも縫い込まれた三角帽子をかぶっている。
分厚い黒のローブに身を包み、長い白髭を空いた手でしごいているのは宮廷大魔術師スターレイク=ギャリオート。
辺りの惨状を一通り見回したスターレイクは、ふむと唸って溜め息をついた。
「いやはや、派手にやったもんじゃのう。ふっ飛ばした跡、斬った跡、砕いた跡……溶けた跡まであるか。やれやれ、エライ騒ぎじゃわい。一体、どうやってこんな芸当をしたのやら。よもやストラウスの仕業ではあるまいが……」
ふと床に視線を落とし、身を屈める。
「……この辺かのぅ」
人差し指で床を少し擦る。そこについているのは灰か、埃か。
面白くなさげな面持ちで親指と人差し指で擦る――ふと、その指先が止まった。
悲鳴……いや、悲嘆にくれる女の泣き声。
「ほぅ。……この声……バンシーかの」
老魔術師の視線が走った先――玉座の前に、白衣の屍衣をまとった長い黒髪の女が座り込んで、すすり泣いていた。
―――――――― * * * ――――――――
「死んでいるって……」
わなわなとクリスが震える。ゴンは唇を噛んでいた。
「その様子だと、判っていて告げなかったな。ゴン司祭? ブラッドレイ司祭も同じか?」
答えず、ただ小さく頷く弟子に、師匠は天井を見つめて小さく一つ溜め息をついた。
それから、混乱覚めやらぬクリスに視線を戻した。
「正確に言うなら、ほぼ死んでいる、もしくは、後は死を待つだけ、だな」
「どういう……ことなんですか……? だって……だって、グレイの手はまだ――」
「命は尽きている。常人の命の総量を百とすれば――まあ、命の総量なんて考え方はあまりすべきではないんだが、我々司祭にある程度わかってしまうその感覚を、判りやすく言うとそうなる――彼はもう一も残ってない。意識を保つには最低二十は必要で、意識や体力の回復を待つには十が限度だ。彼は、もう回復できない」
「そんな……そんな……」
腰砕けに崩れ落ちるクリスを、ゴンが慌てて支えた。
「一つ明るい材料があるとしたら、まだ魂が抜けていないことだけだ。だが、それも時間の問題。……ここにはどのくらい?」
「三日です」
瞳の焦点を失い、いやいやと首を振るクリスに代わって、ゴンが答える。
アレフは少し驚いて、グレイを見やった。
「……それ自体が一つの奇跡だな。よほど強い思いに縛られているのか……このまま死んだら、アンデッドになりそうだな」
「師匠!!」
不謹慎にも皮肉な笑みを浮かべた師匠を弟子がたしなめる。
アレフは傍にあった椅子を引き寄せてそこに座った。
「さて、本来宗教とはこういう場合に逝く死者、残される遺族、双方の苦しみを和らげるためにあるわけだが……ゴン司祭、彼はどういう人物かね?」
「師匠……」
嗚咽を漏らすクリスを腕に抱いて、ゴンの細い眼が師を睨む。
しかし、師匠は涼しげに笑みさえ浮かべて重ねて問うた。
「ゴン司祭。もう一度聞く。彼はどういう人物かね?」
少し唇を噛んでゴンは答えた。
「わかりません。僕らは……いっしょに戦ったけど、そんなに長くいたわけでも、そんなに深く語り合ったわけでもありませんから」
「けどまあ、バカだよな」
茶化すように笑いながら口を挟んだのは、シュラ。
「クリスを救うために命を賭けるって言って、本当に賭けちまったわけだしな。少なくとも、悪い奴ではないと思うぜ」
なぁ、と同意を求めて隣を見やると、ストラウスは頷いた。
「確かにシュラよりは人間的に遥かにましってのは、同感だね」
「誰がそんなこと言ったよ!!」
拳を握り締めたシュラだったが、アレフのふむ、という一言で即座にそれを引っ込めた。
アレフは何かを見透かそうとするかのように目を細めて、グレイの寝顔を見ていた。
「では、その辺りの話も含めて聞かせてもらおうか。今回の件の詳しいところを」
―――――――― * * * ――――――――
「お主、前からここにおるのか?」
傍で腰を屈めた老魔術師の問いにバンシーは答えず、ただ悲嘆の嗚咽を漏らすばかり。
スターレイクは杖の先の瘤で、自分のこめかみをゴリゴリと掻いた。
「はて……以前来た時には、おらんかったと思うのじゃが……。なにゆえ泣いておる? ここで失われた者の魂を悼んでおるのか、それともこれから失われる命を予言しておるのか?」
答えはない。
「むぅ……やはり、バンシーとの意思の疎通は難しいか。ま、よいわ」
立ち上がったスターレイクは、腰の骨をコキコキ鳴らした。
「その泣き声、あやつへの鎮魂歌となろう。好きなだけ泣いておれ……二度とここへ人が来ることはあるまいからのぅ」
「ギャリオート師」
呼ばれて振り返れば、謁見の間の入り口に黒装束のラリオスが立っていた。
「城内を一通り見てきましたが、特に何も。いくらか亡者どもがいましたが、全て排除しておきました」
「ご苦労」
スターレイクは満足げに頷いた。
「じゃが、亡者の残りがおるとは……やれやれ、ストラウスたちもまだまだ詰めが甘いのぅ。そういえば、あやつの話によれば、地下に通路があるそうじゃが?」
ラリオスはスターレイクの傍まで寄って来た。
「入り口は見つけました。全てを探るには時間がかかるやも知れません。連中に話を聞いてから、再度入ったほうがよいかと」
「そうじゃの」
なぜか溜め息をついたスターレイクは、歩き始めた。
「……ま、次の復活にはまだ当分時間はあるじゃろうしの」
「復活?」
スターレイクの後について歩きながら、ラリオスが聞き返す。
「あなたの話では、ストラウスが棺も壊し、土も浄化したと……」
スターレイクは足を止めた。ちょこちょこっと残骸を避けて、壁際の破壊孔の傍まで寄って行く。
「ヴァンパイアが棺に詰める土は、どういうものか知っておるか?」
「生まれ故郷の土だと聞きましたが……」
「おのが先祖の眠る墓地の土よ――あれじゃ」
背後までラリオスがやってきたのを確認して、スターレイクは杖の先で破壊孔の外を指し示した。
城の裏庭――立ち並ぶノスフェル家代々の墓石。それを抱く湿り気を帯びた黒土。
「ヴァンパイアというのはなにより血というものを重視する。血を吸うという行為はその顕れの一つに過ぎぬ。奴らは自らの血に固執するがゆえに、家族・係累というものを非常に大事にする。したがって、失われた魔力を回復するのにも、墓地の土に染み込んだ先祖の血が力を貸すと考えておるのよ。あるいは大量の血が流れ、怨念の渦巻く場所の土とか、のぅ」
「初めて聞く話ですが……それが?」
「棺の中の土は浄化したかも知れぬが、土はほれ、まだあそこにあるではないか」
ラリオスの表情が曇る。
「………………では、あそこを浄化しなければ、と?」
「そうではない。ま、それも重要じゃがな。それはアレフにやらせるとしよう」
再び杖の先の瘤で頭をゴリゴリ掻きながら、スターレイクは踵を返した。
「【転生体】ヴァンパイアの最大の武器は、その膨大な魔力ではない。金縛りや変身、闇を見通す目や復元能力などの数々の特殊な能力でも、怪力でも、そのカリスマでもない」
「では、なんなのです?」
「ここじゃよ」
スターレイクは瘤でこめかみをこんこん、と叩いてみせた。
「禁忌の魔道に手を染め、なおかつそれを理解し、実行し、成功させるここのキレこそが、もっとも厄介でもっとも恐るべき武器なのじゃ。その狡猾さ、用心深さはいっそ異常ともいえる。普段は尊大な態度を取っておるがゆえに、そうとは感じられまいが……ストラウス達が知らぬ場所に別の棺が用意されておっても、別段不思議ではない」
「それは……あるとしたらどこに?」
やる気満々で殺気を放つ暗殺者。
老魔術師は首を振った。
「わからぬ。非常時の隠れ家なれば、魔法での探知もできにくくしておるじゃろうしの。地道に探してゆく他はないわい。時間がかかる作業じゃ。マジックギルドにでも命じて調べさせておくとしよう。……あまり期待は出来ぬがな」
「なんとしぶとい……。では、我々もこれまで以上に警戒を――」
「放っておけぃ」
「は?」
「ここまで完膚なきまでにやられれば、少なくとも数十年単位で復活は出来ぬよ。魔力が大きいほど、それが戻るまでの時間が長くなるのじゃ。それに、奴が本当に代わりの棺桶を用意しておったかどうか。案外、脇の甘い男じゃったゆえ、用意し忘れて完全に滅ぼされたということも、ありえぬ話ではない――」
謁見の間の入り口まで戻ってきた老魔術師は、ふと背後を振り返った。
玉座の前ですすり泣く女は、ちょうどその姿が消えるところだった。
それを見送りながら、少し目を細める――
「あのバンシーが泣いておるのは、つまるところそういうことなのかもしれぬ」
―――――――― * * * ――――――――
「……なるほど」
ゴンにストラウス、シュラから事の顛末を洗いざらい聞き終えたアレフは、頷いた。
シュラとストラウスは壁際で腰を下ろし、クリスも落ち着きを取り戻してグレイの手を握っている。
アレフはしばらく腕を組み、横目で虚空を睨んでいた。
何を考えているのか――しばしの沈黙が流れる。
「……色々突っ込みたいことはあるが――」
低い声に、シュラとストラウスが顔を見合わせ、がっくり首を折った。
「それは後に置いておこう。とりあえずは、この男だな」
アレフの視線は、クリスに落ちた。
「娘さん。クリス……ベイアードさんだったね?」
「……はい」
すがるような目でアレフを見返す。その脇で、ゴンも同じ目をして師匠を見つめていた。
「君、いくらある?」
「は?」
「これ」
にっこり笑ってアレフは親指と人差し指で輪っかを作り、掌を上に向けた。
「これって……お金ですか?」
「そう。君が今持っているお金だけでなく、君が自由にできるお金は、どれくらいある?」
たちまちクリスの眼に疑いの黒雲が立ち込め始めた。大事な人が死にかけているのにそれを救う話をせず、金の話を先に持ってくるなど、どういうつもりだという眼差し。
「それが……何の関係があるんですか?」
声にもとげがある。
しかし、アレフは動じなかった。
「知っての通り、うちは金儲けの神様でね。善意だけで人を救う教えというのはない」
「金を積めば、助けてくれるって言うんですか?」
「んー……ニュアンスは違うが、まぁ、簡単に言えばそうなるね」
「本当……本当に?」
クリスの表情は、わかりやすすぎるほどに揺れ動いていた。疑惑と希望の間を行ったり来たりしながら、すがるようにゴンを見やる。
しかし、当のゴンにもアレフの狙いが読めなかった。
不意の死に見舞われたのであれば、『蘇生』の呪文の出番であろう。
しかし、それも肉体の方に生きようとする力が残っていればの話である。グレイの場合、それが枯渇している。通常の呪文ではもはや救えないことは明らかだ。
積んだ金額次第でそれなりの願いを叶えてくれるモーカリマッカの秘呪文でさえ、生命そのものの枯渇に影響を及ぼせるかどうか、怪しいものだ。モーカリマッカは金儲けの神様に過ぎないのだから。
しかし、ゴンは頷いた。アレフ師匠は、こんな重要な場面で馬鹿げたことを考える凡百の宗教家とは違うはずだ。なにか勝算があって、クリスに語りかけている……はずだ。
そして、その頷きを見てクリスも覚悟を決めた。
「……わかりました。ゴン君の……ゴン司祭の先生だもの。信じます。お金なら、いくらでも用意します。ですから、グレイを――」
「ああ、それじゃあダメだ」
「え?」
アレフは身を乗り出した。頭を下げかけていたクリスの肩を両側からしっかり支える。
「いくらでも、ではダメだ。君が用意できる額をきちんと考えたまえ。もう一度言うぞ。うちは金儲けの神様だ。君は宿屋の娘だと言っていたから、少しはわかるだろう。金儲けというのは弱みに付け込んで、むしり取れるだけむしり取ることをいうのではない。強盗や恐喝、詐欺とは違うんだ。きちんとしたお金のやり取りが出来てこそ、初めてお金儲けというものは成立する」
クリスはなぜ今そんな説教を受けているのか理解できなかったが、とりあえず頷いた。
「いいかね。取引をする時に言い値でよろしいなんてのは、誠意にならない。私はこれだけのお金を用意することが出来ます、そのうちのこれだけをお支払いいたします、それが私にとってのこの取引の価値です――ここまで示してこそ、誠意だ。君がこれから取引する相手は、私ではなく、神様なのだぞ。全財産を賭けたいのなら、きちんとそれを示したまえ。それで足りるかどうかを判断するのは、君でも私でもなく、神様だ」
再びクリスは考え込んでしまった。
そして、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「あの……今持っているお金とか財産だけしか、ダメなんですか?」
アレフは微笑んだ。出来の良い生徒を前にしたように。そっとクリスの頭を撫でる。
「いや。将来に渡って確実に入ってくる財産にも、我が神の力は及ぶ。だが、一度それを誓約してしまえば、私ですら取り消すことは叶わない。だから、それを口にするなら慎重のうえにも慎重を重ねなければならない」
唇を引き結んだクリスは、またしばし考え込み、やがて大きく一つ頷いた。
「わかりました……。それで、具体的にどうすればいいんですか?」
迷いを吹っ切ったクリスの頭をもう一度、軽く撫でてアレフは立ち上がった。グレイの横に立ち、両手を軽く広げる。
「では、はじめよう。成功の確率はあまり高いとはいえないが……あとは君の誠意と熱意次第だ。君はただ、自分の願いと支払う財貨の範囲をしっかり念じていればいい。後は、私がやる」
クリスが頷いてグレイの手を取り、それを額に押し当てて祈りはじめた。
その隣でアレフが目を閉じる。
ゴン、シュラ、ストラウスはごくりと息を飲んだ。