愛の狂戦士部隊、見参!!

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第四章 混迷 (その4)

「そこで何をしている」
 静かな声がどこかで滴る水音しか聞こえぬ地下牢の空気を震わせた。
 ジョセフはひたすら息を殺し、通路からは死角になっている場所で身動き一つせずにいた。
「……皆が呼ばれて行った時に、一人残ったのか? それとも取り残されたか」
 再び声が響く。非常に落ち着き、感情の起伏を感じさせない女の声。
「それで隠れているつもりか。いくら息を殺したところで、お前達生者が放つ命の光は隠しきれぬ。出て来い」
 言葉は命令だが、口調は事務的であまり威圧感はない。
 ジョセフは観念して、陰から踏み出した。檻を挟んで声の主と向かい合う。
 通路に鎧に身を包んだ女が立っていた。最前、地下闘技場で見た時の兜は脱いでおり、背の中ほどまでに届く長い髪は灯火に照らされて緑に輝いている。
 美人だ、と思った。黒いナイトドレスの女とは違う、清楚でひそやかな雰囲気。同じ切れ長の眼でも、こちらは媚びるところのない、冷たい輝きを宿している。
 一瞬、婚約者のミリアと比べそうになって、慌てて首を振った。
「……ここなら盲点になると思ったんだけど……」
 不満そうにジョセフが言うと、鎧の女はほう、と少し驚いたようだった。
「残っていたのではなく、自ら戻ってきたのか。なぜ?」
「わざわざ自分から牢に戻る奴は、普通いないだろ。それに、俺達がここへ連れてこられた時、そんなに長く歩かなかった。だから、この近くに上へ上がる階段があるはず」
「なるほど。見事な推察だな」
「でも、見つかったら何にもならない」
 ジョセフは腰の剣をすらりと抜いた。
 女の眼が、すっと細められた。
「……やる気か?」
 放たれる冷気を感じ、額に玉の汗を見る見るうちに噴き出しつつ――ジョセフはにやりと頬笑んだ。

 ―――――――― * * * ――――――――

「そもそも亡霊(スペクター)は知っての通り、幽霊(ゴースト)、ホーント、ワイト、レイス等の非実体系統のアンデッド(蘇りし死者)の中でも上位の存在で、その知性や能力はヴァンパイアに次ぐほどだ。もっとも、【転生体】には及ばぬがな」
 ブラッドレイの説明に、ストラウスもゴンも頷いている。シュラが黙らされているので、話が進む。
「ただし、スペクターがヴァンパイアのように生前の意識をそのまま保っていることはまれだ。基本的には死の直前に抱いていた狂的な妄執を飽くことなく求める欲望の塊と化している。しかもそれは、おおむね邪悪に偏向しており、生者を憎み、殺し、生命力を奪うことだけを至上の喜びとしている。だから、一部の者を除いて単独行動が多い――ここまでは君達も知っているだろう」
「スペクターに生命力を奪い尽くされた者はスペクターになる、ということもね」
 ストラウスが補足すると、ブラッドレイも頷いた。
「そうだ。だが、亡霊騎士(スペクターナイト)は少し違う。彼らは壁抜けや物理攻撃無効化、生物からの生命力奪取などのスペクターの能力を持ちながら、主に仕え、命令あらば自らの欲望を抑えることさえしてみせる。なぜそんなことができるのかは、私も知らないが」
「確かに、あの赤いの……ネスティスって言ったっけ。あれはちゃんと話が出来たし、引き際も鮮やかだったなぁ。スペクターみたいな破壊と殺人衝動の塊には全然見えなかった」
 ゴンが腕組みをして納得していると、ストラウスは逆に首をひねった。
「俺が会った黒くてでかいのは、見るからにバカそうだったけどな。鎧の中身もないくせに、ミリアさんを裸にひん剥いて何をしようとしたんだか。――と、ごめんなさい」
 隣で頬を染め、うつむくミリアに頭を下げて慌てて口を閉じる。
 ブラッドレイは頷いて続けた。
「それは黒のマルムークだ。会ったのならわかるだろう。奴は――」

 ―――――――― * * * ――――――――

 十人ばかりの衛兵、傭兵、村人が一団となって狭い通路を進んでゆく。
 目指すは迷宮の最深部。
 緑の灯火が灯っていった方向こそ、あの地下闘技場から離れてゆく方向と考えた彼らは、ノルスの言葉に一縷の望みを託した。
 彼らでさえよく知らぬ深部へ入り込んで追っ手を撒くと同時に、好機あらば脱出路を探す。全員、その方針が無謀で危険極まりないことはわかっていたが、闇の住人にされてしまう恐怖に比べれば、まだ自らの命を自らの意志で左右できるだけ、ましだと考えていた。
 灯火が途切れたときのために、魔法使いもいる。思わぬ敵との遭遇に備え、回復魔法の使える司祭もいる。危険を察知し、罠をかいくぐるための盗賊もいた。
 しかし、それらの策は斧の一振りで潰えた。
 盗賊が殺気を感じて注意を促すより早く、突如石壁が粉砕された。そこから出現した巨大な斧刃は、隊列を組んでいた一行の右側半分を立ち並ぶ葦でも刈り取るかのように、真っ二つに寸断した。
 恐怖の悲鳴も、苦鳴もあがりはしなかった。そんなものをあげる前に、絶命していた。
 隊列の左側にいた者達も撒き散らされる石礫(いしつぶて)と肉片、そして血飛沫に視界を塞がれ、さらには礫(つぶて)の直撃を食らったり、石の塊の下敷きになったりして動けなくなった。
 緑色の光に照らされて、もうもうと立ち込める粉塵の中に、黒く巨大な影がのっそり動く。
「ぐふふふふふ……皆殺しだ。皆殺しだ。ぐふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ皆殺しだぁぁぁぁ」
 側頭部から角の生えた兜の内で、黄色く濁った輝きが揺れている。
 生き残った者全てが呆然としていた。目の前で起きたことが信じられない。隣に部屋があるわけでもない壁を、内側から破壊するとは。
 そして、立ちはだかり哄笑するまさに悪魔のごとき黒の鎧騎士。そのごつく巨大な鎧は、素人が見ても人が着用して活動できる限界を遥かに超えた代物だった。
「……神よ……」
 誰かが呟く。生き残った者全ての心の声を代弁して。


 数分後、その場に生命の息吹は残っていなかった。
 全ては崩落したかのように通路を閉ざす瓦礫の下に――……

 ―――――――― * * * ――――――――

「――奴は半端な相手ではない。あの巨大な戦斧の一撃は、いかに堅牢強固な城壁といえどもぶち抜くだろう。その破壊力だけなら、伯爵に匹敵するやもしれん」
 ゴンは不味い物でも食べたかのように顔をしかめた。
「うぇ……ってことは、そいつも『ストラングル・ウェブ』を引き裂くんですか? なんだかなぁ」
「小さな町が奴のために完全な廃墟――人がいないという意味ではなく、動くもの一つとてない瓦礫の山と化したという話だ。実際、四ヶ月前に伯爵の城に呼ばれた時、奴が二抱えもありそうな柱を一本片手で粉砕してみせたのを見た」
 ひゅう、とストラウスとシュラは同時に口笛を吹いた。そのおどけぶりに気を悪くしたのか、ブラッドレイが睨む。
「君達ごときの小賢しい知恵や小手先の技など、あれには通じんぞ。圧倒的な力の前には、全ては無力だということを思い知らされるだけだ」
「………………っっ!!」
「いやいや、待て待てシュラ」
 たちまち歯を剥きかけるシュラを、ストラウスが絶妙のタイミングで制する。
「司祭の言うことはもっともだ。お前は見てないからわからんだろうが、俺だってあれとぶつかるのはできれば御免こうむりたい」
「………………っっ!!」
 シュラの怒りの矛先はストラウスに向かった。のしかかるようにして何事か呻く。
 ストラウスは苦笑しながら、両手を突き出してシュラをなだめにかかる。
「わかってるって。ま、でも状況をきちんと把握しないとね。――で、司祭、そいつが三体のスペクターの中で最強なんですか?」
「一番下だろう」
 ゴンだけでなく、シュラまでもがその一言で、動きを止めた。目を見開いてゆっくりとブラッドレイを見やる。
 ストラウスだけが答えを知っていたかのように、唇の端を歪めていた。もちろん、なだめるためにシュラの方を向いていたので、ブラッドレイにその表情は見えないが。
「確かに力という点においては、マルムークは最強だろう。だが、緑のデュランは――」

 ―――――――― * * * ――――――――

 暗い通路を進むと、広場のようになっているところがあった。
 地下闘技場のように周囲に観客席があるわけではないし、舞台らしきものももない。
 ただダンスホールほどのだだっ広い空間が広がっているだけだった。
 傭兵達は、そこで待ち構えていた。数にして七人。
 そして、現われた。壁をすり抜けるようにして、鎧の騎士が。
 その鎧は壁際で燃えるいくつもの緑色の灯火に照らされて、さらに深く緑に輝く。
 立ち塞がる一行の姿に、緑の騎士は間合いを保って立ち止まった。
「……何だ。逃げるのはやめ――」
「それはずるいんじゃないか?」
 騎士の問いを遮って、傭兵の一人が言った。
 緑色の兜が少し傾く。
「ずるい? 何のことだ?」
「きちんと通路を通らず、壁の中を通ってくるのがだ。せっかく迷路になっているのに、追っ手が道に惑わされないのでは逃げる甲斐がない。追いかける方だって、面白味も何もあったものではないだろう」
 言葉を放つ男は、傭兵の中でも体格ががっしりしており、リーダー格の落ち着きを持っていた。他の六名はその背後でいつでも戦闘態勢に移れる状態を保っている。
「……………………」
 しばらく首をひねっていた緑の騎士は、大きく頷いた。
「うむ。確かに、汝の言うことはもっともだ。たかだかこの程度の遊戯で、壁抜けはフェアではないな。わかった、では我は開始地点からやり直そう」
 そう言って踵を返す緑の騎士に、リーダーは苦笑した。
「ああ、いいんだいいんだ。今のは冗談だ。元からお前達化け物がフェアにやるなどとは思ってない」
「それは聞き捨てならんな」
 振り返った緑の騎士の声に、怒りが混じる。
「我は騎士――かつては誇り高きロンウェル王国の、今はノスフェル伯爵の騎士だ。我が名にかけて、卑劣卑怯な振る舞いはせぬ」
「そうかい。ま、どっちにしろ俺達はこれ以上逃げる気はないしな」
 ぱちんと指を鳴らす。リーダーの背後にいた三人が剣を抜き、その後ろの三人が呪文を唱える。四人の剣は白く光り始めた。
「……聖属性付与魔法『ゴッド・ブレッシング』か。それとも魔力付与魔法『エンチャント』か。いずれにせよ……我と立ち会うというのだな」
 緑の騎士は腰の剣をすらりと引き抜いた。
 リーダーを中心に、後ろの二人が左右に広がり始める。
「お前達を一体ずつ倒し、その後ゆっくり出口を探す。七対一だが、悪く思うな。こっちも必死なんでな」
「構わぬ――丁度よいハンデであろうよ」
 緑の騎士は肩をすくめ、真っ直ぐ立てた剣を顔の前で捧げた。
「元ロンウェル王国騎士、デュラン――参る!!」
「うらあああっっ!!」
 剣を振りかぶったリーダーの背後から、光の尾を引いてマジックアローが飛んだ。
 左右からは回り込んだ司祭達がリパルス・アンデッドの光を放つ。
 その全てを、デュランは躱した。
 鎧を着ているとは思えぬ身軽さで空中へ飛び上がり、伸身で後方宙返りを決めつつ、天井の中へと沈む。
 高速で飛来した数本のマジックアローは寸瞬の差で天井に炸裂し、リパルス・アンデッドの輝きも無駄に辺りを照らし出しただけに終わった。
 すぐさま、リーダーが指示を下す。
「ちぃ……背中合わせに立て! ボリス、エルグ! 『イビルシーク』だ!」
 戦士達は一斉に全方位を見張れる位置に二人づつ背中合わせで立ち、司祭と魔法使いは三人で背中合わせになる。
 名前を呼ばれた司祭達はそれぞれ新たな呪文を唱えると、周囲を見回した。
「……天井だ! 隠れた場所から動いてない」
「いぶり出せ!」
「リパルス・アンデッド!」
 二つの光源が天井を照らし出す。
「動いたっ! 左へ……天井の中に潜んだまま離れて行く!? 追うのかっ!?」
 背中合わせの戦士たちが警戒態勢を解き、光源が照らす天井を睨んで追おうとする。
「動くなっ!」
 リーダーの声が、予想外の動きに浮き足立ちかけた一行を引き締める。
「姿が見えているのなら、慌てる必要はない! 落ち着け」
「しかし、仲間を呼ばれたら……」
「奴はそんなことをせん。騎士を名乗る者は、他の者の援護には回っても自分が援護されるのは我慢ならんタイプが多い。必ず出てくる」
「……よくわかっている」
 司祭達が睨んでいる天井に、デュランがぬぅっと生え出るように姿を現わした。天井に足首を沈めた逆様の格好で立っている。
「我ら闇の者を見つける邪悪探査魔法『イビルシーク』、咄嗟の指示に従う連携ぶり。即席にしてはよくできている……どうやら、前もって取り決めておいたか。汝は人を率いる才があるようだな。名は?」
「ガルブス。ゲオルグ=ガルブス」
 呼び掛けられたリーダーは顔色一つ変えない。
「ガルブスか……だが腑に落ちぬな、ガルブス」
「なんだ」
「それだけの才を持ちながら、なにゆえこの城に連れて来られた。汝の力量なら、そう易々と囚われの身になるとは思えぬ。囚われる前に牙を剥き、返り討ちにあうか、もしくは撃退するかのどちらかのはず。生きておめおめ虜囚の辱めを受けるなどという半端な結末は、汝には似合わぬ。あるいは……伯爵様を屠るために、あえて虎口へ身を躍らせたか」
 その問いに、ガルブスだけでなくその場の七人全員が頬を染めて、目をそらした。
「……聞くな」
 引き攣る頬に無理矢理な笑みを浮かべ、ガルブスは吐き捨てた。
「ただ……男にはわかっていてもどうにもならぬ敵がおのれの内にある、とだけ言っておく」
「意味深だな」
 少し考えたデュランは、不意に得心したらしく、深く頷いた。
「ああ。汝ら、ナーレム殿に――」
「言うなっ! その先は言うなっ!! 男の情けだっ!! ……理由がほしければ、今のそれでいい。伯爵とやらを葬るためだ」
「むぅ……わかった。そういうことにしておこう」
 苦笑の気配をにじませながら、花弁が舞い落ちるように、優雅に天井から床へ舞い降りる騎士。全身を覆う鎧を身にまといながら、全く音がしない。
 戦士達が一斉に剣を構え直し、デュランを包囲するように左右へ広がってゆく。その外側にさらに司祭と魔法使いがつく。
 その動きをちらりとうかがうように、兜が動く。
「……なるほど、隙のない包囲だ。だが、ガルブス。無駄なことだ」
 ガルブスは易い挑発と受け取ったか、反応を返さない。
「教えてやろう。世の中にはいかなる作戦も意味のない相手がいることを――」
 ヘルムのバイザーの奥の暗闇に灯る紅の光が、ひときわ明るさを増した。


 ガルブスの号令と共に三人の戦士が打ちかかった。一瞬遅れてガルブスも加わる。
 だが、三人の攻撃は迎え撃ったデュランの剣の一振りで弾かれた。くるりと一回転した刃がガルブスの剣を受け止め――デュランの左腕が閃いた。立てた人差し指が、ガルブスの左右の肩に突き刺さる。
 剣を取り落とし、顔を歪めてたたらを踏むガルブスの太腿を踏み台に、空中へと跳び上がったデュランが今いた空間を神の光が薙ぐ。
 そして、宙に舞うデュランを襲う新たな光。
 しかし、デュランはありえない動きでそれを躱した。何の支えも反動もつけられぬ空中で、真横にスライド移動したのだ。
 驚きに揺らぐ司祭の背後に着地したデュランの剣が、肩から首を真一文字に切り裂く。
 血を噴出すこともなく、前のめりに倒れる司祭――その陰から飛び出した、数本の光の矢がデュランに命中した。
 否。命中したのは、デュランが体の前で回旋させた剣だった。デュラン自身には一撃も当たっていない。
 その見事な技に一同は一瞬気を飲まれ、動きが止まった。
 その時、勝負はついた。
 棒立ちになった戦士たちの間を、雷閃のごとき太刀筋を振るいながら踊るように駆け抜け、もう一人の司祭の肩と首を一閃。戦士と司祭が床にくずおれる前に、魔法使いも餌食になった。
 倒れ伏す傭兵達。しかし、その身体に傷一つない。ただ、両手足が動かない。
 司祭や魔法使いにしても、もがいてはいるが外傷は受けていない。緑の灯火揺れる広間に、亡者の怨嗟に似た呻きが漂う。
「……な、何をした……何のつもりだ……」
 ガルブスが動かぬ手で落とした剣をつかもうとしながら呻いた。
 剣を腰の鞘に戻し、デュランは答えた。
「肉を斬らず、斬ったところ、触ったところから生命力を少しいただいた。唱える者どもは両肩と喉、汝ら剣持つ者は両手足。二、三日は動かせまい」
「なぜ、殺さない……」
「まったくだ」
 デュランはため息をついた。
「本来ならその命、我が糧としていただくところだが……汝らをこの城へ連れて来たナーレム殿は、非情に気性の激しいご婦人でな。勝手に手を下すと我がなじられる。ここはこれで満足しておこう。いずれにせよ、汝らは負けたのだ。この後の運命、甘んじて受け入れるが敗者の習い。それが嫌なら……舌を噛んで自害するがいい。止めはせぬ」
 それだけ言うと、デュランは敗者に背を向け闇に融けた。

 ―――――――― * * * ――――――――

「――緑のデュランは、天才剣士だった。かつて、ロンウェル王国を一体で滅ぼしたというが……騎士であることと、強さに並々ならぬこだわりを持っているようだ。私が会ったときも、彼は実に紳士的だった。伯爵から紹介されて、初めてスペクターだと知ったほどだ」
「じゃあ、敵としてはあまり問題ないのでは?」
「いや、どうかな」
 ゴンの少し安堵したかのような発言に、ストラウスが首を振る。
「マルムークのような破壊力を生み出す狂気の源を、そんな風に理性的な態度で包み隠していること自体が、スペクターとしては本来ありえない。それこそ恐るべき意志の力、というべきだろう」
「どういうことさ?」
「狂人が一般人のふりをする労力を考えてみればいい。奴の中にスペクターであるための欲望や狂気がないはずはない。現に国を一つ潰しているんだからな。普段は抑えているんだろうよ。そうして抑えられた欲望や狂気が解き放たれたら……」
「そうか。一旦キレればどうなるかわからない、ということだね」
「そういう手合いの方が、常時暴走中のバカより怖い。うちで一番怖いのがキーモやシュラじゃなくて、お前だってのと同じだ」
「どういう例えだよ」
「………………っ!!」
 おそらく『誰が常時暴走中のバカだ』とか、『キーモなんぞと一緒にするな』と喚いているらしいシュラの抗議をおざなりな態度で押しとどめつつ、ストラウスはブラッドレイを見やった。
「で、最後の一人、ネスティスってのはさらにその上なんですか?」
「……赤のネスティス、か……。あいつは――」

 ―――――――― * * * ――――――――

 ジョセフは抜いた剣の刃を、自らの首に押し当てた。
「貴様らに血を吸われて、化け物の仲間になるくらいなら死んでやる。絶対に、この手でミリアを襲うような真似だけはしない!」
「そうか」
 女騎士はそう言ったきり、じっとジョセフを見つめている。
 最初こそ相当の覚悟で首に刃を押し付けていたジョセフだったが、女の冷たい眼差しにだんだん我に返ってきた。首を切ったときの痛みや、死について考えているうちに手が震え始める。
「……と、止めないのか?」
「なぜ」
 不思議そうに小首を傾げる。
 問い返されて、ジョセフは言葉に詰まった。
「いや、だって、それは……ここで俺に死なれたら、連れてきた意味がなくなるだろう」
「だが、お前は死にたいのだろう? お前を連れてきたナーレム様やノルス様ならともかく、私には別に止める理由はない。好きにしろ」
 今度はジョセフが首をひねった。
「なんか……今の言い方、俺のことなんかどうでもいいって感じるんだけど」
「ああ。お前を殺せとは命じられていないし、ナーレム様たちの考えたゲームにも興味はない」
「だったら、どうして俺を陰から呼んだんだよ。無視していけばいいじゃないか」
「いるはずのない場所に、何者かがいたから声をかけたまで。お前が脅威でないとわかった以上、もはやどうでもいい。隠れたいのなら引き続き隠れていればいい。私は行く」
 足音も立てず、鎧のがちゃつく音も響かせず、女騎士は歩き始めた。
 緊張に身体を強張らせるジョセフの横を通り、奥へと進んで行く。
「ちょ、ちょっと待った!」
 ジョセフは思わず振り返って呼び止めていた。
 女騎士も足を止め、振り返る。
「なにか」
「俺のことがどうでもいいんだったら、俺がここから出て行くこともどうでもいいんだよな」
「知ったことではない」
 相変わらずぶっきらぼうで、感情のこもらない声。
「じゃあ……出口を教えてくれ」
 女は固まった。ジョセフをじっと見つめたまま、微動だにしない。
 しばらくして、頷いた。
「ふむ……いいだろう。ついて来い」
「ほ、ほんとにいいのか?」
 喜びと不安をにじませつつ、ジョセフは先に歩いてゆく女騎士の背中に向かって走り始めた。

 ―――――――― * * * ――――――――

「――あいつは、正直わからぬ」
 ブラッドレイはため息をついた。
「謎というより、つかみ所がないと言った方がよいのかもしれない。能力、実力、性格などは一切不明だ。だが、ノスフェル伯爵が最も信頼する部下であるからには、そう言わしめるだけの実力があるのだろう。本人自身も絶対の忠誠を誓っておるようだしな」
「外見は女性でしたよね……理知的で、狂気めいたものは感じられなかったけど」
 ゴンが記憶を反芻しながら呟くと、ブラッドレイは頷いた。
「あるいは彼女のスペクターとしての執着は、伯爵自身なのかも知れぬ。彼への忠誠こそが、彼女を現世に縛り付けているのやも知れぬ。その忠誠心がどこで発生したのかは、私にも全くわからないが……」
 その一言に、ストラウスは怪訝そうに眉をひそめた。しかし発言はせずに、目を閉じて考え込む。
 その沈黙を逡巡と受け取り、ブラッドレイは続けた。
「わかっただろう。普通なら単体でもてこずる相手が五体もいる上に、その上にはそれを遥かに超える【転生体】ヴァンパイアがいるのだ。それに、有象無象の敵だって山ほどいる。君達ごときの実力では、かなう相手ではない。君達のためにも、我々ミアの民のためにも、伯爵と事を構えないのが一番なのだ」
「相手がこちらのことなどもはや歯牙にもかけていないのに? 歯向かおうと歯向かうまいと、彼の気まぐれ一つで村が……いいえ、このミア地域が死の国と化すかもしれないのに?」
「そうだ」
 ゴンの問いに、ブラッドレイはためらいなく頷いた。
「たとえそれが恐怖の支配者だとしても、我々はそれを受け入れたのだ。彼の下で粛々と生をつなぐことを。……力無き者には、それしか道はない」
「……アレフ師匠達に助けを求めないのはなぜです? プライドですか?」
「バカを言うな。アレフ達でも勝てまいからだ。十年前、彼らは伯爵を滅ぼし損ねた。伯爵はその時より確実に力を増している。アレフ達がそれより強くなっているとは思えぬ。まして、その弟子に過ぎぬ君達など」
 ゴンはじっとブラッドレイの眼を見ていたが、その言葉に嘘はなさそうだった。少なくとも、ブラッドレイ本人はそう信じている。おそらく、何を言ってもその考えが覆ることはないだろうし、どうやら伯爵に約定を破られたことも不問に付すつもりのようだ。
 訊くことが無くなって、ゴンはストラウスを見た。ストラウスはソファにどっかり背を沈め、目を閉じ、腕を組んで考え込んでいる。
 隣ではシュラがもう噴火寸前の態で、顔中を引き攣らせている。
 ミリアは味方になるはずのストラウスが黙り込んでいるので、不安げにちらちら隣をうかがっている。
 沈黙を納得と受け取り、ブラッドレイは一堂をゆっくり見回し、最後にゴンで目を止めた。
「それから、ゴン司祭。ミンク村のことを黙っていたのは悪かったが、決して――」
 その時、廊下を走るバタバタという足音が聞こえたかと思うと、応接室の扉が勢いよく開けられた。
 開けたのは、シャツにチョッキという平服姿の中年農民。よほど慌てて走ってきたのか、汗だらけで息を荒げていた。
「てぇへんだ、てぇへんだ、司祭様! エルシナんちが襲われて、ミリアちゃんが行方不明――いぃ?」
 ブラッドレイの脇に座って目をぱちくりさせているミリアに気づいて、男も目をぱちくりさせた。
「何だぁ? ミリアちゃん? あららら、無事じゃないか。よかったぁ……いやー、てっきりなんぞモンスターにやられちまったもんかと……」
 大袈裟なほどの安堵の吐息を吐いた男は、しかしすぐに顔を上げて首を傾げた。
「しかしまた、なんでこんなとこに? それにその格好」
「あ、あの、その……」
 体格に合わぬ司祭衣に身を包んだミリアはうろたえた。何と言って説明したものか、ストラウスを見るやらブラッドレイを見るやら。
 答えを口にする前に、男は続けた。
「ああ、ま、とにかく、お父さんもお母さんも、村のみんなも心配して走り回ってるから、早く帰ってあげな」
「は、はい」
 頷くミリア。男は頷いてブラッドレイに目を戻した。
「それと司祭様――ええと」
 ストラウス達の姿に気兼ねしたのか、耳打ちしたそうに上目遣いで口ごもる。
 察したブラッドレイは、立ち上がりながら言った。
「かまわん。言いたまえ」
「へえ。そんじゃ、あの……襲われたのはエルシアんちだけじゃねえようなんで……あちこちで人がいねえって、大騒ぎなんでさ。そんで長老連が寄り合いを開くって言ってますんで、至急村長んちへおいでくださいまし」
「わかった。すぐに向かう――諸君、聞いた通りだ」
 ブラッドレイはソファに座る一同を見やった。
「村のことは村でなんとかする。君達の手出し、口出しは無用。それとミリアちゃん。今日のことは――」
「僕が一緒に行って、口裏合わせておきますよ」
 ストラウスが腕組みを解いて、目を開けていた。
「僕もあそこにいたはずの人間ですから。雨こそ降らなかったけど嵐が来そうな天気だったし、突発的な竜巻だの何だの、適当に言いくるめておきますよ」
「……………………」
 あまりに物分りの良すぎる返事に、ブラッドレイは疑わしげにじっと見つめる。
 だが、ストラウスは頓着無く続けた。
「あと、傭兵の方もなんとか押さえてみますね。一応、監査官から職務を引き継いでいますんで……なんなら、長老会とやらにも出席させていただきましょうか? 代理として」
 挑むように見返し、にやっと笑みを浮かべるとブラッドレイは即座に首を振った。
「それには及ばん。むしろ早く村を出て行ってもらいたい」
「監査官が戻ってくるまではそういうわけにも行かなくて。何しろ、国王命令のようなものですから」
 先に部屋を出た男の急かす声が聞こえる。ブラッドレイはふん、と鼻を鳴らして身を翻し、部屋を出て行った。

 ―――――――― * * * ――――――――

「さて――もういいぞ」
 ブラッドレイが神殿の外へ出て行く気配を探っていたストラウスは、シュラの口の封印を解いた。
 途端にシュラはストラウスの胸倉をつかみあげた。隣でミリアが悲鳴をあげる。
「ストラウスっ!! てめえ何だあの物分りのいい物言いはっ! あんな、人を盾にてめえだけ安全地帯でのうのうとしてんのが当たり前みたいな臆病者の腰抜けの卑怯者のチキン野郎の――」
「落ち着け。方便だよ。逃げるつもりもない。クリスもジョセフさんも助けに行く」
 きょとんとするシュラ。たちまち喜色を浮かべるミリア。
 ストラウスはシュラの手を外しながら続けた。
「ただ、ブラッドレイ司祭がそれに快く協力してくれるとは思えなかったんでな。必要な情報を引き出すために、わざと向こうに合わせたまで。多少頭に血を昇らせた方が口も滑らかになるんで、約定の件ではちょっと煽ったけど」
「はん、回りくどいこった。――で、その必要な情報とやらは手に入ったのか。傍で聞いてたが、俺にはそれほど大事な話とは思えなかったぞ」
 むすっとした表情で、ストラウスを見やる。理解はしたものの、納得していない様子だった。
 ストラウスは皮肉っぽく頬笑んだ。
「いや、結構色々わかった。もっとも、伯爵がブラッドレイ司祭をたばかってる可能性も捨てきれないから、どこまで信じていいものか不安はつきまとうけどな」
「どういうこった?」
「敵の幹部が本当に残り五体がどうか。それに、三騎士が本当にスペクターかどうか……特にネスティス。特定の人物への執着が勢い余ってスペクターにまでなっておきながら、それを忠誠に昇華するなんてのはちょっと嘘臭い。普通そういうのは相手をとり憑き殺すもんだし、忠誠心が勢い余ってってんなら、まずスペクターになんぞならんだろ」
「そうだね」
 先ほどからずっと何かを考えていたゴンも、唐突に同意した。
「それに、伯爵と彼女には僕の『リパルスアンデッド』が効かなかった」
 悔しげに、唇を噛む。
「最低の効き方だとしても、相手をある程度の距離まで遠ざけることができるはずなのに、伯爵とネスティスには一切通じてなかった。伯爵の方は単純に格の差だとしても、ネスティスまでそうだとは思いたくないな。もしそうだとしたら、今回の戦い、僕は役立たずかもしれない」
「あー、それは大丈夫だ。もっと役立たずがいるから――こいつ」
「は?」
 怪訝そうに眉をひそめたシュラに、ストラウスの指が向けられていた。
「お、俺!? バカ野郎、なんで俺なんだよ!」
「聞いた通り、向こうは全員ヴァンパイアとスペクターだ。なのに、シュラには魔法の武器もなけりゃ、銀の武器もない。魔法も使えない。それでどうやって連中と戦う?」
「う、ぐ」
 シュラは胸を一刺しされたように、動きを止めた。頬がぴくぴくと引き攣る。
「ゴンの魔法『ゴッド・ブレッシング』だっていつでもかけられるわけじゃない。俺の『エンチャント』もそう。キーモはまだ魔法を使える分、シュラより立ち回れるだろうけど」
「お、俺が……足手まといだってのか」
「現状では、こと戦闘においてはね。それとも、先行潜入偵察だけで満足できるか?」
「くそ」
 がっくり肩を落とし、ソファにへたり込むシュラ。
「まあ、向こうが俺達の師匠をご指名のようだし……いっそのこと、呼ぶか?」
 冗談めかして言うと、たちまちシュラは吠えた。
「ふざけんな、冗談じゃねえ! そんな無様なこと、できるかっ! 傭兵兵舎の件、マイク=デービスの件、クリスの件、雷撃のお返し……奴らにゃあ山ほど借りがあるんだ。絶対に俺達の手で決着をつけてやる!」
「同感だね。ブラッドレイ司祭が何をどう言おうと、ここまでコケにされて黙って退いたんじゃ、『愛の狂戦士部隊』の名がすたる。それに、尻尾巻いて逃げ帰った日には、師匠からどんな嫌味地獄を味あわされるやら」
 思い当たる節があるゴンとシュラも一緒に重いため息をつく。
 その時、それまで少し斜め上方の天井を見つめていたミリアが、控えめにストラウスの肩を指先でつついた。
「あのー……銀の武器って、メッキでもいいんでしょうか?」
 唐突な質問に、ストラウスは二、三回瞬きをした。
「いえ。できれば純正がいいけど……純銀のメッキなら使えないわけじゃない。何か心当たりでも?」
「あの、心当たりっていうか……村の外れ――あ、うちとは反対側になるんですけど、銀細工職人の方が。さっきの話で思い出したんですけど、以前、『昔、この村に来た冒険者に銀の針を作ってやったから、この村は救われたんだ』とかなんとか酒場で自慢してたのを、司祭様にかなり厳しい調子でたしなめられていたんです」
「銀の!?」
「針ぃ!?」
 身を起こしたシュラと、ストラウスはぱっと顔を見合わせた。
「その時は二人の話がなんのことなのか、さっぱりわからなかったんだけど、ひょっとして……」
「シュラっ!!」
「おうっ!」
 勢いよく立ち上がったシュラは、喜色を満面に浮かべていた。
「そいつのところへ連れてってくれ! 頼む!」
 手を握られ、頭を下げられたミリアは、少し頬を染めてストラウスを見た。
 ストラウスが頷き返すと、ミリアの表情がふっと緩み――頬に雫が伝った。
 シュラがその涙に気づいて、きょとんとする。
「……よかった……。私……ジョセフを助けるために…………できることがあった……よかった……」
 はらはらと頬を伝う雫。
 安堵と喜びに咽ぶ娘の肩を軽く叩いて、ストラウスはソファを立った。
「じゃあ、一旦家の方に帰りましょうか、ミリアさん。お父さんお母さんを安心させておきたいし――その間、シュラはどうする?」
「何を作ってもらうにしろ、材料がいるだろ。それを掻き集める。まーその辺は俺の専門だし、心配するな。ついでに、村の状況も見てきてやる」
 しれっと危ういことを口走ったが、ストラウスは聞き流してゴンを見た。
「ゴンはどうする?」
「僕? 僕は……留守番してるよ。グレイが戻ってくるかもしれないし、ブラッドレイ司祭が戻ってくるかもしれないし。司祭なら適当にごまかしておく」
 親指と人差し指で輪を作り、掲げながらにっこり笑う。少し気弱に。
「頼む。んで、キーモだけど――」
 のけぞった姿勢のままのエルフに、注目が集まる。
 その右腕がすっと上がった。
「……わしは特にやることもないさけ、山にでも行ってみよか。傭兵部隊とグレイがどないしとるか」
「起きてたの?」
 ゴンが呆れたように呟くと、キーモはがばっと跳ねるように身を起こした。
「寝たふりしとったんや。訊いとっても眠たなる話やし、口挟んだろかと思とったらシュラが口封じられよって、起きるタイミング失うてもてな。……それでも途中ちょっと意識途切れたわ。まあ、あのおっさんの言うこともわからんでもなかったけど――ふわわ……」
 まだ眠気が残っているのか、軽いアクビを漏らす。
 珍しく他人への寛容さを見せたエルフに、ゴンだけでなくシュラとストラウスも軽い驚きを見せた。
「へぇ。キーモはシュラと同じ意見かと思ってたよ」
 途端に、キーモはぶすっと不機嫌な顔になった。
「あほう。かっこつけのシュラと一緒にすんな。人を盾にのうのうとしてんのも、人の命を勝手に売っ払うのもスラムでは日常茶飯事やんけ。ほんなもんでいちいち怒っとれんわ。わしかて必要があったらやるつもりはあるさかいな。ただ、やんのとやられんのと見とるだけでは、それぞれ話は違うてくるわな。今回、わしらはやられる方におるわけやし、正義は我にあり、や」
「ねーよ、そんなもん」
 シュラがうんざりした顔で突っ込む。ゴンも頷いた。
「まあ、ブラッドレイ司祭の言いなりになる理由はないってことが言いたいんだろうけど、使い方間違ってるよ」
「ただの冒険者だしな、俺達。今回の件も国王直々の依頼と監査官の職務代行がなけりゃ、別に放って帰ってもいいんだけど――」
 ストラウスは言いながら、ちらりとミリアを窺った――何を言い出すのか、ときょとんとしている。
「ミリアさんにもクリスにも世話になったわけだし、このまま見捨てて帰るのも人としてどうかと思うし」
「わしはエルフやから構へんけどな」
「そんなわけあるかっ!」
 両側からゴンとシュラの突っ込みが入る。
「ま、なんにせよ直接喧嘩も売られたわけだし……やるってことで」
 ストラウスがすっと拳を立てて出した。
 シュラがその上に拳を重ねる。
「……やられっぱなしは性に合わねぇ。絶対あのクソ吸血鬼に後悔させてやる」
「ま、人のために働くのが司祭の務め。目の前で助けを求められてるわけだし、仲間だって――」
「長いんや、クソ坊主」
 ぱん、と膝小僧を叩いてキーモは立ち上がった。そしてシュラの上に拳を重ねたゴンの拳の上に、勢いをつけて拳を乗せる。
「一言でええんや。――邪魔するもんは、ぶっ飛ばす」
 おう、と応えて四人は一斉に頷き――そこへ、白い手がかぶせられた。
 ミリアだった。まだ頬に涙の跡を残しつつも、思いつめた顔つきで一堂を見渡す。
「皆さん、お願いします。……ブラッドレイ司祭はあんなことおっしゃってましたけど、やっぱり吸血鬼なんていない方がいいと私も思うから……」
 しかし、ストラウスは空いている手で指を左右に振った。
「ちっちっち。そうじゃありませんよ、ミリアさん。伯爵をぶっ飛ばすのは過程の話。あくまで目的は、ジョセフとクリスの救出。ただ、そうすると絶対伯爵と対決することになるから、そういう話になってるだけ。僕達は村のために行くんじゃない。村の総意はブラッドレイ司祭の言葉なんでしょ? それをあなたが無視しちゃいけません」
「え……でも」
「そうそう」
 ストラウスの言葉を、ゴンが引き取る。
「僕らは捕まった二人と、それを心配してる人のために行くだけ。お世話になったお返しにね。だから、事がどういう結果に終わっても、これは僕らが勝手にやったこと。ミリアさんは何にも言ってない。何にも頼んでない。いいですね?」
「ま、あんたは祈ってなってことさ」
 鼻の下を親指で軽くこするシュラ。キーモも自信に満ちた――邪悪な笑みを頬に刻む。
「そうそう、泥舟に乗ったつもりでおったれや」
「それじゃ沈むだろっ!」
 お約束の突っ込みが左右から入り、ミリアの屈託ない笑い声が響いた。



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