愛の狂戦士部隊、見参!!
第三章 襲撃 (その1)
タールを塗りたくったような粘つく闇の中に、それはいた。
見えずともわかる、圧倒的な存在感。悪の気配。
「……閣下、おはようございます。この時間に起きておいでとはお珍しい。お休みになれませなんだか?」
同じく闇の中、少しくぐもったような老人の声。その口調には恐れとおもねりに満ちた卑屈さが感じられる。
「御気分が昂ぶっておられるようですな。ひひっ、昨晩の獲物がよほどお気に召されたようで」
――――。
「おお、そうでございますか。久々の乙女の生き血、さぞかしおいしゅうございましたでしょうなぁ」
――――。
「は? 城内の空気が、でございますか……いや、その……」
――――。
「も、申し訳ございません。その……ナーレム様とノルス様がひそかに進めていた計略が、失敗したようで……なにとぞ、ご寛大な処置を」
――――?
「いえ、そんなことは! もちろん閣下のお名前は出しておりませぬ。全てはあの二人が勝手に進めたこと。わたくしもお止めしたのですが……なにぶん、あのお二方はわたくしの言など聞き入れてくださいませんもので。何やら先ほども、デュラン殿とお話になっておられたご様子。何をお考えやら……」
――――。
「は? そんな時間に、でございますか?」
――――?
「いえ、まさかそのような。もちろん、閣下の思し召すとおりに。しかし、そうなればミアの村はひっくり返るでしょうな。あの男も黙ってはおりますまい? いかがなさいますか?」
――――。
「は、なるほど。確かに、約定は村の者に手出しをせぬことのみ」
――――。
「ふむふむ。なるほど、ナーレム様の失態を閣下自らで打ち消す……そこまで考えてのことでございますか。ナーレム様が聞いたらお喜びになるでしょう。いえいえ、もちろん閣下がそのような瑣末なことを気になさるなどとは。あくまでついででございますな」
――――? …………、――――。
「ええ? ……むぅ、それは……本当によろしいので? はい、ノルス様やマルムークは喜ばれるでしょう。わかりました、万事このロゲにお任せくださいませ。閣下のお休みの間に手はずを整えておきまする」
――――。
薄く忍び笑う気配だけを残し、闇の中の闇の気配は粘つく闇の彼方へと消えていった。
―――――――― * * * ――――――――
あまりに呆気ない幕切れから二時間後。
まだ時間的には早朝で、太陽はようやく山の縁に顔を出したぐらいだ。
デービス邸の応接間――地方領主の物とも思えないほど豪勢な調度品で飾り立てられている――に一同は会していた。
落ち込みぶりの激しいオブリッツ監査官、急遽呼び出されたストラウス、ゴン、キーモが金糸銀糸で編み上げたカバーの掛けられたソファに座り、黒装束のままのシュラは部屋の隅で壁に背を預けて腕を組み、何事か思案している。
そしてもう一人。鼻の下に口髭を蓄えた中年の男が扉の脇に直立不動の姿勢で立っていた。体つきや物腰からして、戦士系の職業についているように思える。
「ええと……どなた様?」
怪訝そうに眉をひそめたストラウスに、オブリッツ監査官がうつむいたままぼやくような調子で答える。
「……ミア地方の衛兵隊をまとめる、シュレーゲル衛兵長官です。今回の件で色々誤解があったようなので……」
シュレーゲル長官は一行に向かってビシッと敬礼した。
「はっ、事情は監査官殿から聞かせていただきました。皆様が国王陛下の特使とは露知らず、関所では本当にとんだ失礼を――」
「ほな、こいつがアレか。密偵を殺せとかなんとか抜かしとった大元か」
キーモの問いはストラウスに向けられたものだったが、たちまちシュレーゲルは表情を強張らせた。
「そういうことだよなぁ」
ストラウスは何の遠慮もなく頷く。
「関所でばれてたら、今ごろ打ち首になってたかもしらんわけだよな、俺たち」
「あ、いや、それは……その……こちらにも事情というか……」
「ほな、一発殴っといてええか?」
「え、ええっ!?」
「やめとけ。今は監査官さんの前だ。……後にしろ」
腕まくりをして立ち上がる目つきの悪いエルフを、ストラウスはにぃ、と酷薄な笑みを浮かべて止める。俺もやる、と言わんばかりの笑みだ。
「そんなことよりさぁ」
助け舟を出したのは、ゴンだった。もっとも、本人にそのつもりはないだろう。
「僕らなんで呼ばれたんですかぁ? ……僕、早いとこ寝たいんですけど。もー眠たくて眠たくて」
しきりに欠伸をし、目をこする。
「せやせや。あのデービスたらいうおっさん死んだんやろ? もう用はないんと違うんか?」
「……終わってねえよ」
えらく深刻な口ぶりで答えたのは、シュラだった。一同が壁際のシュラを見やる。
シュラは無愛想な――というより、不機嫌そのものの顔つきだった。
「本人は不自然な飛び降り自殺、屋敷の使用人は皆殺し、傭兵部隊の半分近くが吸血鬼になろうかってこの状況で、何をどう見たら終わりだっつーんだ」
「確かにな」
ストラウスが話を受けた。顎に指を当てて、横目で虚空を睨みやる。
「結局、黒幕が何者かわかってない。そもそも、デービスは闇の軍勢なんか作ってどうする気だったんだ? それに、何で身投げなんかしたんだ? 闇の軍勢を作ろうって奴が、身辺にそういう手ゴマを一匹たりとも連れてないなんてことがありうるか? 追い詰められたら屋敷の中におびき寄せて反撃を、ってのがこの手の悪党の常套手段だろうに」
「確かに変だよね。まだシラを切ろうとすれば、切れたのにさ」
「逆かもしれんな」
シュラが虚空を睨みながら、ボソリと告げた。一同が怪訝そうに顔をしかめる。
「逆?」
「奴の意思で集めたのでも、身を投げたのでもないってことだ」
「傀儡(かいらい)ってことか」
ストラウスが漏らした小難しい単語に、キーモとゴンが顔を見合わせる。
シュラは頷いて続けた。
「ああ。この件、矛盾が多すぎる。例えば、使用人皆殺し。俺達が屋敷を囲んで押し問答をしてたのは半時間かそこらだぞ。その間に、デービスはもうダメだって絶望して、使用人を皆殺しにして、わざわざ自分の寝室に戻って窓から身を投げたのか? 第一、半時間で屋敷中にいる使用人皆殺しなんて、俺でもなけりゃできっこない」
「アホ言え、俺でも出来るわい」
突然、キーモがむきになって抗議した。
「たかだか十数人の使用人やろが。五分で撫で斬りにしたらぁ」
シュラは大きくため息をついた。
「戦場と一緒にするな、単細胞」
「なんやと!」
「殺されたのは使用人や遊び女だ。ある程度腕に覚えのある兵士や戦士なら向かって来るかもしれんが、基本的にそういう人種はヤバイと感じたらまず逃げるんだよ。次に隠れる。抵抗するのはどうにもこうにもにっちもさっちも行かない場合だけだ。だが、現実にはその中の誰一人として、屋敷の外へは逃げてない」
「なんでや」
「逃げる暇がなかったんだろう。あるいは、殺されるまで気づかなかったか……。マイク=デービスに暗殺者の素養があったとは思えんし――」
「まあ、あったらその技術使って逃げるよな」
ストラウスの茶々めいた突っ込みに、シュラは少し笑って頷いた。
「そうだ。だから、屋敷の使用人を殺したのはデービスじゃなくて、他の奴だ。黒幕か手下かはわからんが」
「そうなると、デービス自身もそいつに殺された可能性が出てくる、か」
「多分、屋敷の中を捜索すれば他にも色々矛盾が見つかると思うぜ。この犯人、どうも素人っぽい。少なくとも犯罪行為を常習にしてる世界の奴じゃない。隠そうとして、逆に手がかりを大量に残すタイプの間抜けだ」
「……さすがですね」
それまで黙っていたオブリッツ監査官の声に、一同はそこに彼がいたことを思い出した。
太腿に肘をついて両手を組み、一同の話を聞いていた監査官は、手の指を組み直した。
「私一人では、その結論にはたどり着けなかったでしょう。シュレーゲル長官、あなたはいかがです?」
「は、はい。全く以って見事といいますか、流石といいますか」
監査官にじろりと見やられたシュレーゲル長官は何度も頷いた。
「証拠が残っているのなら、ミア地方にいる全衛兵を動員し、必ずその犯人を逮捕して御覧に入れます!」
「そうですね、よろしくお願いします。それから、この後ことですが……もっと日が高くなれば、村人も異変に気づくでしょう。村外れとはいえ、領主の屋敷周辺にこれだけ衛兵と傭兵がうろうろしていてはね。そちらの対応もお願いできますか?」
「了解しました! 村人には酔って窓から転落したということで」
「いえ。他の衛兵や傭兵達にもその理由で押し通してください。とにかく、彼の死の真相は我々の胸の内だけに収めておくこと。いいですね?」
ぐるりと見渡して念を押す。長官だけでなく、愛の狂戦士部隊の一行も、しっかりと頷いた。
「では、最後に――シュレーゲル長官。ここから先は、彼ら『愛の狂戦士部隊』を私の代理人に指名します。集まった情報は彼らへ。緊急時には彼らの指揮に従ってください」
「はぁ!?」
そう素っ頓狂な声をあげたのはシュレーゲル長官ではなく、指名された『愛の狂戦士部隊』の面々だった。
「ちょちょちょちょちょっと、どういうことですか、オブリッツさん!」
珍しく慌てふためくストラウスを、オブリッツは硬い表情で見据えた。
「申し訳ありませんが、私は二、三日村を空けます」
「な……なんで?」
「近隣のマジックギルドのある町まで行って、魔法で首都グラドスに連絡を取ってもらいます。とりあえず陛下にことの成り行きを報告して、指示を仰ぐ必要があると思いますので。あちらではまだ、デービスの叛乱だと思っているでしょうし」
「ああ、そうか。……でも、それは他の人ではダメなんですか?」
ストラウスは食い下がる。
「現場指揮官である監査官さんが今、ここを抜けるのはあまり感心できません。シュラが言った通り、何も終わってないわけだし。それこそ、僕とかがひとっ走り行って来てもいいわけでしょ? 足には自信ありますよ?」
ありがとう、と微笑んだオブリッツ監査官はしかし、その目でストラウスの申し出を拒絶していた。
「ですが、総合的に考えて、私が行くのが一番理にかなっています」
「そうですか?」
「ええ。まず、本件の黒幕探しには、あなた方の知識と経験と知恵と力が必要です。また、傭兵部隊を襲ったヴァンパイアと狼男の件もあります。傭兵部隊にしろ衛兵隊にしろ、今余分な人手は割かないにこしたことはない。ひるがえって、私は一官吏に過ぎません。交渉は得意ですが、非常事態に備えるのは苦手です。それに……わたくし官吏なもので、上からの命令無しには動けないんですよ」
照れ臭そうにはにかむオブリッツ。壁際でシュラはへっと鼻で笑った。
「よく言うぜ、傭兵部隊まるごと雇うなんて言い出したおっさんが」
「とにかく、わたくしが留守の間を凌いでいただければ。陛下の意思により派遣された皆さん以外に適任はおりません。どうかよろしくお願いします」
テーブルに額をこすり付けそうな勢いで頭を下げる。
ストラウスは困惑した様子で、同じ表情のゴンと顔を見合わせた。
「そこまで言うなら……」
「しょうがないかな」
「――ちょお待ちいや、おっさん!」
不意に、キーモが手を突き出して立ち上がった。
「わい、タダ働きはイヤやで!! 国王のおっさんとの契約にもそんなん入ってへん!」
「黒幕の情報収集は契約のうちだろ、キーモ」
ゴンがため息交じりに突っ込む。
シュラも蔑みの笑みを浮かべ、吐き捨てる。
「だいたい、誰もおめーに指揮とか情報収集とか、そんなややこしいこと出来るとは期待してねーよ。おめーは武器でも磨いてろ」
たちまちキーモのこめかみに青筋が走り、長い耳がぴくぴくと上下した。
「なんやと、シュラ。お前かて似たようなもんやろが!」
「お前と一緒にするな。俺はこう見えても盗賊上がりだ。情報収集はお手のもの、だ」
「シュラ……『こう見えても』の使い方間違ってるぞ。お前を見て犯罪者を思い浮かべないのは難しい」
ストラウウスの容赦ない突っ込みに、シュラは顔の真ん中を横断する傷痕を引き攣らせた。
「ストラウス、てめー……」
「はい、そこまでそこまで」
三人の対決が本格化する前に、監査官が大きく手を打った。さすがに三人の目も集まる。
「喧嘩は後で、大勢に影響のない程度に。とりあえず、何かグラドスに伝えるべきことがありましたら、聞いておきますが」
「何かある人ー」
ストラウスの問いかけに、キーモだけが手を上げる。
「報酬の上乗せー!!」
「はい却下。……他にはない? ないね? ――ないみたいです」
「わかりました。それでは、私は傭兵部隊の組頭達と話が済んだらすぐに発ちますので、後はよろしく」
「了解しました。――道中、お気をつけて」
ストラウスの挨拶に頷いて立ち上がる監査官。シュレーゲル長官がさっと敬礼した。
「ご苦労様でございます! どうかお気をつけて、オブリッツ監査官殿!!」
オブリッツ監査官は一同に軽く会釈を返して、部屋から出て行った。
―――――――― * * * ――――――――
ひとまず散会とあいなったものの、シュラとストラウスはシュレーゲル長官とともに屋敷へ残り、引き続き捜査を行うこととなった。
応接間のソファを独り占めして高いびきをあげているキーモはともかく、ゴンはモーカリマッカ神殿に戻ることにした。
「……君たち、元気だねぇ……」
玄関先でゴンがしみじみ漏らしたセリフに、シュラとストラウスは得意げに胸を張った。
「俺は一週間寝なくてもいい訓練を受けてるしな」
「俺も、面白い本があれば三日三晩ぶっ通しで読んだりしてるし」
「……シュラはともかく、ストラウスはどうなのさ。それ」
しょぼつく目をこするゴンに、ストラウスは心底楽しそうに笑みを浮かべる。
「ふっふっふ、犯人の残した痕跡から敵を推理する。ちょっとした推理小説みたいなもんだ。こんな面白いこと、逃してなるかい――ああ、それからブラッドレイ司祭の件……」
「わかってる。急がないといけないしね……戻ってたら、ひとまずはこっちへ来るように伝えておくよ。あと、一眠りしたら、僕は山の傭兵宿舎の方へ行くから」
頼む、との声を背中に聞きつつ、ゴンは踵を返してデービス邸を後にした。
―――――――― * * * ――――――――
二十分後。物凄い勢いで、ゴンが屋敷に突入してきた。玄関の分厚い扉を蹴り破り、玄関ホールに雪崩れ込む。
「ス、ス、ス、ストラウス! ストラッ!! ウス!! スッ、トラウ、ス!!」
玄関ホールでこれまでにないほど取り乱した様子で喚くゴン。その表情は青ざめきっている。
「人の名前を変なところで切るなよ」
吹き抜けの最上階、三階から手すりに身を預けてストラウスが顔を覗かせた。
「何の騒ぎだ?」
一階、ホール脇の部屋からシュラも現われる。あっちこっちから衛兵も顔を出した。
「大変だ、大変なんだよ!! エライことになっちゃった! どうしよう!? どうしたらいい!?」
身も世もなく慌てふためくゴンに、ストラウスはあくまで冷静に応じた。
「いいから落ち着け。はい、息を吸ってー、吐いてー。……何がどうなったか説明しないと、答えようがない」
「クリスがっ!! クリスが噛まれたっ!!」
「クリスが……噛まれた?」
ストラウスとシュラが、三階と一階で顔を見合わせる。
肩をそびやかしたシュラが、苦笑しつつゴンの肩を叩いた。
「つーか、クリスって誰だよ? 噛まれたって、野犬か何かにか?」
「シュラッ!!」
細目をきらりと光らせたゴンは、シュラの襟首をつかみ上げた。たちまちシュラの足が床から離れた。
「そんな言い方は冷たすぎるんじゃないかっ!? 君、草原船で落ちそうになったところを助けてもらったじゃないかっ!」
言うなり首を渾身の力で締め上げる。頸動脈が、気管が本気で圧迫された。
「うげげげげっ! く、苦しっ、苦じいっ!ごほっ! 待で、俺が悪がっだ! がはっ!ぐふ! 離じでぐでぇぇ」
目を剥いて本気で悶絶するシュラに、さすがに見かねた衛兵が慌ててゴンとシュラを引き離しにかかった。
何とか頸動脈と気管が開放されたシュラは、激しく咳き込みながらその場に腰を落とした。
「げほ、げほっごほほっ……はぁ、はぁ…………あの……子か……」
「クリスって、クリス=ベイアードか。あの、関所でも会った」
激しく咳き込むシュラの脇に、いつの間に降りてきたのかストラウスが立っていた。
「……で、噛まれたって何に噛まれたんだ?」
衛兵四人がかりで羽交い絞めにされたゴンは、顔だけストラウスに向けた。
「彼女、昨日のパーティに来てたんだ……村の人もみんな帰った後だったし、泊まる場所もないっていうから、神殿の応接間に寝かせたんだ。その後、ストラウスが呼びに来て……で、さっき、モーカリマッカ神殿に戻ったら、彼女の首筋にヴァンパイアに噛まれた跡が……!」
シュラが鋭い眼をストラウスに向け、ストラウスもシュラを見た。二人の表情がたちまち緊迫の度を増す。
「ちぃぃ……ぬかった!」
悔しさを隠しもせず、拳を床に叩きつけたシュラに、衛兵たちが怪訝そうに顔を見合わせる。
ストラウスも拳を握り締めていた。
「予想されたことだったな。気づかなかったのこはこっちの落ち度だ……くそう、師匠に怒られる」
「そういう問題じゃないだろ!!」
吼えるゴン。
わけのわからぬ状況の衛兵を代表して、シュレーゲル長官がおずおずと切り出した。
「あのー……どういうことでしょうか?」
ストラウスの怒りを秘めた目が、シュレーゲルを射すくめる。
「……ヴァンパイアが、吸血鬼が傭兵部隊だけじゃなく、村人にも手を出したのだとしたら……。こういう田舎では、集落から少し離れた孤立した家も珍しくない。発見が遅れれば、犠牲者は新たなヴァンパイアになり、鼠算式に仲間を増やしてゆく。ミア地方は大騒ぎになる」
「あるいはそれが狙いかもしれないな」
シュラが低く怒りを秘めた声で応じた。
「そちらの対応に衛兵や傭兵部隊の手が取られれば、黒幕探しは出来なくなる。まして、この土地をよく知っていて、かつ本来なら敵対勢力排除の陣頭指揮を行うはずの領主マイク=デービスが死んじまって頭のない状態となれば、こっちはどうしても後手に回らざるをえない」
「敵戦力の分散、個別撃破、味方戦力の調達確保を全て同時に出来る策ってことか……なかなかどうして切れ者じゃないか、この黒幕」
食いしばる歯の軋みが聞こえそうなストラウスの形相。衛兵たちも青ざめて顔を見合わせている。
「だーかーらー!!」
ゴンが叫ぶ。
「クリスはどうすんだよっ!!」
「どうもこうもあるかっ!! 落ち着けっ!」
ストラウスの一喝に、ゴンは目をぱちくりさせる。
「とにかく、状況を見ないと何も言えん。処置するか、処理するかも。神殿へ行こう。――シュレーゲル長官」
「は……はっ!」
「残念ですが、捜査は中断です。この屋敷は閉鎖してください。今はミア地方の住民の無事を確認・確保することが先決。傭兵部隊の組頭にも協力を要請してください」
「りょ、了解しました……おい、みんな。聞いたとおりだ! 急げ!!」
長官の命令に従って、十数名の衛兵が騒然と動き出す。
シュラが立ち上がった。
「ストラウス、俺はキーモを叩き起こしてから行く。ゴンと二人、先に行ってくれ」
「ああ、わかった」
シュラはキーモを叩き起こしに応接間へと姿を消した。
ゴンは既に玄関から外へ出ている。
その向こうに山の稜線が見えた。黒い雷雲が広がりつつある。
「おいおい、マジかぁ……冗談じゃないな。宿屋の親父の言った通り、嵐になりそうだよ」
げんなりしながら、ストラウスは胸中にも沸き上がる不安の黒雲を感じていた。
―――――――― * * * ――――――――
「彼女の異変を見つけたのは、私だ」
ブラッドレイ司祭が、固い面持ちで呟く。
モーカリマッカ神殿奥の応接間。ブラッドレイ司祭と愛の狂戦士部隊四人はテーブルを囲んでいた。
「今朝方帰ってきたら、このソファで見慣れぬ娘が寝ていたので、起こしてやろうとしたら……首筋の跡に気づいた」
「よもや神の社にまで侵入するとは……豪胆っちゅーか、恐れを知らんちゅーか、舐めてるっちゅーか……」
キーモさえ呆れ果てている。
クリスは今、来客用寝室に安置されている。
「さて、どうしたものかな……」
ブラッドレイ司祭は腕を組み、大きく深呼吸した。
ゴンは勢いよく立ち上がった。
「どうしたもんかな、じゃないでしょう! 彼女を救う手立てを! 早く!!」
「興奮するな、ゴン。彼女が目を覚ますぞ」
ストラウスの一言でゴンは息が詰まったように立ち尽くす。そして、どっさりソファに腰を落とした。
「幸い、彼女はまだ血を吸い尽くされたわけではない。ならば、彼女を救う手立ては三つある。処理、処置、そして退治」
ブラッドレイ司祭は右手の人差し指、中指、薬指を順番に立てて見せた。
そのうち、人差し指を残して他の二本を曲げる。
「一つ目の『処理』は彼女を殺してやること。一番危険がなく、簡単ではある」
無感情なブラッドレイの物言いに、ゴンがまた立ち上がりかけた。その服をシュラがつかむ。ゴンが彼を睨むと、シュラは首を横に振った。
ゴンは下唇を噛みながら座り込んだ。それを見て、司祭は中指を立てて話を先へ進める。
「二つ目の『処置』は、それ以上ヴァンパイア化が進まぬよう、何らかの手を打つこと。よくあるのは司祭、神官など僧侶が回復呪文をかけて、癒してしまうこと。また、そういう呪文が使える者が居ない場合に行われているのは、犠牲者をがっちり守ってヴァンパイアを寄せつけないというやり方だ。奴があきらめれば、彼女は少なくとも次のヴァンパイアになることはない。しかし……」
「……喉の傷痕は消えないし、いつまた狙われるかわからない」
ストラウスが司祭の濁した言葉を引き継いだ。ゴンは右拳を左の掌に打ちつけた。
「三つ目は……」
「奴を滅ぼす、やな」
キーモがいつもの脳天気さで言った。だが、司祭はかぶりを振った。
「君らは本当のヴァンパイアの強さを知らん。そう簡単にできるものではない」
「せやけど、俺ら今まで三人ほど倒したで。あ、いや昨日の夜のを入れて、四人か」
相変わらず、ソファの背もたれに腕を回して脳天気に言う。司祭は、ほうと感心したが半信半疑のようだった。
「だが、それは『犠牲者』だろう。本物は君らごときにどうにかなる相手ではない」
その決めつけにキーモの表情が曇った。
「なんでやねん。俺らが全員一緒に戦ったらドラゴンでも倒せるねんで」
ストラウスも怪訝な顔をしていた。
「なにか、知ってるような口ぶりですね」
「……君らは知らんだろうが、ここには昔、カイゼル=フォン=ノスフェル伯爵というヴァンパイアがいた。十年ほど前に冒険者に倒されたそうだが、私はその強さ、恐ろしさを十分に知っている。もし……もし、彼が倒されておらず、戻って来たのならば……君らに勝ち目はない」
「なぜ?」
「彼は【転生体】だ」
キーモの表情は理解できないのを如実に表していたが、ストラウスはたちまち顔面蒼白になって思わず立ち上がった。
「て、【転生体】!? あの、暗黒の秘呪法を用いて生まれ変わるという最強のヴァンパイアか!!」
「そいつ、ドラゴンより強いんか?」
袖を引っ張るキーモに、ストラウスは引き攣った笑みを口元に浮かべた。
「強いとかそういうレベルを超えてる。ヴァンパイアは大きく分けて五種類いる。まず、暗黒の魔道を極めて秘術を用いて転生するタイプ。次に暗黒神や魔神に魂を売って転生したタイプ。そして生まれつきのヴァンパイア。それからそれらに噛まれた犠牲者。五つ目はそれらのどれにも当てはまらないちょっと特殊なタイプだ」
ストラウスの説明に、ブラッドレイ司祭を除く一同はふんふんと頷く。
「【転生体】ってのは、そのうち最初の二つを指す。グレーターとかロード、あるいは真祖とか呼ばれるそのクラスのヴァンパイアは、元が魔道を極めてたり、神と交信できるレベルの司祭だったりするもんだから、その強さは時に神に等しいとさえ言われている」
「せやけど、それは魔法の話とちゃうんか? ドつきあいまで無っ茶強いんか?」
「魔力も鍛えれば、肉体にさえ影響を与える。魔道を駆使するまでもなく、通常武器の無効化は言うに及ばず、肉体強化、魔法防御さえ身につける。聞いた話では、ドラゴンの成体とも素手で渡り合えるとか。それほど強い」
応接間に沈黙が漂った。
「……わかっただろう。もしも――」
「ちょっと待ったりぃや」
ブラッドレイ司祭の声を遮って、キーモが怪訝そうに立ち上がった。
「おかしいやんけ。そんな奴が、何でわざわざ獲物置いていくんや? 力づくでも連れて行けるやろうに」
「ああ、それね。まぁ、一種の病気みたいなものかなぁ」
「病気?」
キーモだけでなく、シュラも首をひねる。ゴンも怪訝そうにしている。
「生まれつきのヴァンパイアと【転生体】は、自分達のことを【貴族】って名乗るんだが、それに相応しく振舞おうとするクセがある。だから、獲物に口付けを与え、自分の支配下に置いておいて後から迎えに来る。それが貴族のたしなみだと思ってるのさ。あるいはそんな振る舞いに酔ってるのかもな」
「逆に、そうだからこそ付け込む隙がある、ということか」
シュラが頷く。
「君たち」
ブラッドレイ司祭は渋りきった表情で割り込んだ。
「隙は付け込めてこそ隙だ。彼らの頬に一発平手打ちを見舞ったところで、次の腕の一振りで殺されるのでは隙をついたとは言えないだろう。悪いことは言わない、そんな馬鹿なことは――」
「どっちにしても、あのクリスたら言う娘、このままでは助からんのやろ? せやったらやったろうや。一応借りもあるしな」
「……吸血鬼のねぐらの宝物が狙いか」
シュラの指摘にキーモがぎょっとする。
「な、なんでやねん。わし、なんもゆーてへんど!!」
「おのれの顔に書いてる」
お約束のように自分の顔を両手で覆い、ごしごしこするキーモ。
「つくづくわかりやすい性格してるな、キーモ」
その場を引き取ったのは、腕組みをしたストラウスだった。
「そうだな……ここで彼女を処理したとしても、ブラッドレイ司祭の回復呪文で癒してしまったとしても、次の犠牲者が生まれるだけだ。そして、それが早期に発見できるとは限らない。ここで見つかったのはむしろ幸運だと思うべきだ」
「おいおい、ちょっと待てストラウス。お前何を……」
シュラが顔をしかめる。ストラウスは構わず独り言のように続けた。
「いずれにせよ、俺たちがここに居る限り、彼女の血をすすった奴とは遠くない将来に戦うことになる。なら、今は彼女をそのままにしておいた方が、接触はしやすい」
「ちょっと待ってよ! それって……クリスを囮に使うってこと!? ブラッドレイ司祭の力ならすぐに治せるのに!?」
ゴンは細い目を最大限剥いて叫んだ。
「ストラウス、馬鹿なことを言わないでよ! 僕ら仲間内ならともかく、彼女は関係ないんだよ!? 冒険者や傭兵ですらない。それに、彼女はグレイっていう婚約者が居るんだ! ストラウスだって知ってるだろう!? 彼になんて報告するんだよ!!」
シュラとキーモは顔を見合わせた。
「グレイって……あいつか? そうだったのか?」
ストラウスは苦笑気味に頷いた。
「そうらしい。……どっちにしても、噛まれた姿で俺たちの前に出てきたからにはもう無関係じゃない。そのヴァンパイアと戦わず、早々にここを立ち去るというのなら話は別だが。どうする?」
三人を見回す。
最初にキーモが手をあげた。
「わしはストラウスに賛成やな。ここでケツまくるわけにはいかんやろ。それに、別にあの娘を見捨てるて言うてるわけやあらへんしな」
「俺もストラウスに賛成だ」
シュラも続く。
「傭兵部隊の件といい、ここで吸血鬼の親玉が暗躍してるのは確からしい。なら、それとの決着をつければ、全部片がつく」
「……大丈夫なんだろうね」
ゴンは疑いの眼差しでストラウスを見やる。
「勝ち目云々の話じゃなくてさ、彼女が完全に吸血鬼になるような事態だけは、絶対に避けてくれるんだろうね」
「ああ、その件なら大丈夫だ。彼女が吸血鬼になっちまったら、その時点で俺たちは負けてる。大丈夫云々の話じゃない。順序の問題として、だ。おそらく、生きて彼女のヴァンパイア化を見ることはないよ」
安心させようと思ってか、にっこり微笑むストラウスに、ゴンはたちまち複雑そうに顔をしかめ、腕を組んだ。少し小首を傾げる。
「な〜んかやな保証の仕方だなぁ」
その時、不意にブラッドレイが腰を上げた。そのまま部屋を出て行こうとする。
「あの、ブラッドレイ司祭?」
ゴンの不安げな声に、一旦はノブを握ったブラッドレイ司祭はぴたりと動きを止め、振り返った。
禿げた頭をするっと撫で上げ、小さく首を振る。
「君らには付き合っていられん。人の話は聞かんし、勝手に先走るし。何も相手が伯爵だと決まったわけではなかろうに」
じろっと一瞥された一同は、改めて気づいたように目を逸らした。
ブラッドレイは小さくため息をついた。
「頭を冷やすか、一眠りして落ち着きたまえ。昨日から寝てないのだろう? 部屋はこの部屋と廊下の右側の部屋を自由に使っていいから、休むといい。とにかく、私の力は今必要なさそうだから、山の傭兵宿舎とやらに行ってくるよ。ついでに村人達にも事情を話しておく」
「それは構いませんが……ヴァンパイアの件は……」
司祭はストラウスを睨んだ。
「その件を話すも話さないも、私が決める。君の指図は受けない。ここは私が守ってきた村で、私自身、村の顔役の一人なんだ。彼らのことはよ〜くわかっている。それより、君達こそいらぬ心配の種をまいてくれるなよ?」
「はあ……」
煮えきらぬストラウスの答を背に向け、ブラッドレイは応接間から出て行った。
「なんや、あのおっさん。急にキレおって」
「いや、あの人の言う通りだよ。色んなことが起きすぎて、混乱してる部分が僕にもある。一休みさせてもらっていいかな」
ゴンは急に緊張の糸が切れたように、両手で顔を覆い、どっかりソファの背もたれに背中を預けた。
シュラは皮肉っぽく唇を端の持ち上げて笑った。
「俺は別に混乱してないがな。どちらにせよ、黒幕なりヴァンパイアなりを倒さないとこの件は終わらない。それはもう決まったことだろう。後はその方法の問題だけだ」
パン、とストラウスが手を打って注目を集めた。
「そうだな。だが、シュラはともかく、みんなのコンディションが低下してるのも確かだ。ヴァンパイアも日中には活動しないだろうし、ここは一旦解散して、夕方に集まろう。みんな、それでいいな?」
「当分夜の活動メインになりそうだな」
と嬉しそうに笑うシュラに対し、ゴンはげんなりした顔になる。
「ほんと、元気だねぇ……。じゃあさ、クリスのことを婚約者のグレイに伝える件、頼んでもいいかな」
「ああ、いいぜ。だが、遠まわしに言うのは苦手だからな。ずばっと言っちまうぞ。それでもいいなら」
「もういいよ、何でも。……ぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ……ふ。あ゛〜、もうダメダ。ネムタイ……オヤスミィ……」
ゴンは苦労して身体を起こすと、足を引きずり引きずり、応接間を出て行った。
キーモはソファにどっかり座ったまま、仰向いて既に高いびき。
「いつの間に寝てたんだ、こいつ」
苦笑して、ストラウスも立った。
「じゃあ、シュラ。俺も一旦宿泊先に戻って、一休みする。一晩中空けて、その後も帰ってこないんじゃ多分心配するだろうし」
シュラと並んで応接間を出、廊下を進み聖堂へと向かう。
「何かあった際の連絡はどうする?」
「この集落から歩いて十分ほど北へ行くと、エルシナという農家がある。そこに泊まらせてもらってる。一軒家だし、すぐわかるよ」
「ああ、わかった。俺は伝言が済み次第、ここへ戻っておく」
「じゃあ、頼む」
聖堂の中ほどでシュラはふと足を止め、訊いた。
「ちょっと待て。その徒歩十分てのは……お前の足でか、常人でか?」
―――――――― * * * ――――――――
傭兵部隊での組頭たちとの面談を終えた監査官一行は、関所を抜け、隣村を目指して街道を南へ進んでいた。
左右は鬱蒼と茂る森。その中をすっぱり切り拓いた街道を、馬に乗った監査官と徒歩の衛兵二人がとぼとぼ進んでいる。
馬上から頭上の黒雲を見上げたオブリッツは顔をしかめた。
「……あの雲は……嵐になりそうですね。この辺りで、雨宿りできそうなところはありませんし……少し急ぎましょうか」
お供の衛兵たち二人も頷いた。
「そうですね。その方がよろしいでしょう。急げば、昼過ぎには着けるでしょうし」
「なんでしたら、監査官だけでも先に隣村まで――」
「そうはいきませんよ」
オブリッツは首を振った。
「第一、街道沿いとはいえ、わたくし一人が先行してモンスターに襲われたらどうするんです。あなた方がいてこそ、わたくしは旅が出来るんです。あまりわたくしを過大評価なさらないでください。ろくに剣も振れない、単なる官吏に過ぎないんですよ?」
笑いながら肩をそびやかす。衛兵たちも思わず破顔していた。
そこへ――
『過ぎたる謙遜は美徳ではないな。……鼻につく』
少しくぐもった、しかし妙に響く声。
監査官を背に乗せた馬がぴたりと足を止め、耳を伏せた。大きな瞳をきょろつかせ、しきりに怯えて、来た道を引き返したがる素振りを見せる。
「だ、誰だ!」
「姿を見せろ!」
衛兵二人が、監査官の左右に分かれ、周囲を警戒する。
そして小さな声で囁いた。
「オブリッツ監査官、状況を見て駆け抜けてください。ここは我々が」
「しかし……」
「あなたのお命をお守りするのが、我々の使命。なにとぞ」
決意を固めた衛兵の表情に、監査官は頷く他なかった。
『ふふふ……その意気やよし。だが、お主らに用はない。命惜しくば退くよい」
不意に声が現実味を帯びたと思った刹那、そいつは馬の前方に現われていた。どこかからやってきたのではなく、まさしくそこに現われたのだ。
緑の鎧。頭の先からつま先まで全身を板金で守り固めたその姿からは、男か女か、いや、人間であるのかすら判らない。顔は金の象嵌装飾の施されたフルフェイスヘルム(全頭兜)に覆われて窺い知れず、ただ目の辺りに開いた覗き窓から赤く光る瞳らしきものが見えているだけ。さらに不気味なことに、陽炎とも煙ともつかぬものを全身にまとっていた。
二人の衛兵は剣を抜き放ち、鎧の左右から備えつつ馬を後退させる。
「何者だ……? その出で立ち、山賊とも思えぬが」
「山賊? 我を野良犬風情と一緒にするなど、笑止千万。我は元誇り高きロンウェルの騎士なり。今や――様の配下、緑のデュラン」
「なに? 誰の配下ですって!?」
まるでその監査官の声を合図にしたように、衛兵二人は鎧の騎士に襲い掛かった。
「遅い、醜い、そして――愚かなり」
緑の鎧はまるで流れの中で障害物を避ける魚のように、二人の間をするりと抜けた。まるで重みを感じさせない、そして鎧をガチャつかせもしない、流麗な動きだった。
衛兵二人がわき腹を切り裂かれて、ばったり倒れた。絶命の断末魔さえもあげず。
「……汝らの衷心に免じ、一撃で心臓を切り裂いた。死すら気づかず、安らかに逝くがよい」
さて、とデュランは剣を納め、馬上のオブリッツ監査官を見やった。
赤い瞳がオブリッツの心を撃ち抜き、動きを封じた。手綱を握る手の指一本動かせない。
「汝がナーレム殿の言質通り、真に切れ者か否か、この場で証明してみせよ。さもなくば――死すると覚悟せよ」
言っていることの意味がわからない。この者は何をしたいのか、何を聞きたいのか。交渉の術はあるのか。
馬は恐怖に硬直し、ただぶるぶると震えている。馬首をめぐらすことも、駆け抜けることも出来ない。
進退窮まり、オブリッツはおのれの死期をうっすらと感じ取った。
(……皆さん……申し訳ない、わたくしは――)