愛の狂戦士部隊、見参!!

【一つ前に戻る】      【目次へ戻る】   【ホーム】



第二章 デービスの叛乱(その3)

 鋼の刃が空を裂く。
 鋭く、正確に、そして迷いなく――その刃は使い手の意思のまま、虚空を裂き続けた。
 バスタードソード(片手でも両手でも使える剣)を振るうその使い手は、二十代半ばの青年だった。ブレストメイル(主に上半身だけを守る板金鎧)に身を包み、足さばきも軽やかに身を翻す。その表情は岩のように硬く、額に浮いた汗は激しい動きに飛び散っている。
 ここは急ごしらえのロッジの裏手だ。目の前に広がっているのは奥深い雑木林。
 そろそろ日の暮れる時間帯のせいか、このロッジの裏手はもう薄暗さが漂い始めている。
 だが、青年は一心不乱に剣を振り続けていた。

 一通りの素振りを終えた時、誰かに呼ばれた。
「……ここにいるぞ」
 ぶっきらぼうに答えて、剣の切っ先を下ろす。深くゆっくりと息を吐く。
 やがて、ロッジの向こうから見知った顔が現われた。同じロッジに泊まっている傭兵だった。
 名はベリウス。軽装で二本の短剣を使って戦うのが得意な男だ――もしかすると盗賊稼業にも手を染めているのかもしれない。身のこなしはかなり軽く、その行動は抜け目がない。
 ベリウスは気安げに頬笑むと、近づいてきた。
「よう、グレイ。相変わらず精が出るな。……お前さんに面会だぜ?」
「面会?」
「ああ、かわいらしい娘さんだ。しかしなんだな。俺も戦場暮らしは長いが、あんな面会は――お、おい?」
 最後まで聞かず、グレイは駆け出していた。

 ―――――――― * * * ――――――――

「やはり……クリスか……っ!」
 ロッジの前で数人のがらの悪い傭兵に絡まれている娘を見るなり、グレイは吐き捨てるように呟いた。
 怒りの形相も露わに近寄ると、壁になっていた傭兵達を手荒に押し退けた。
「お、おおう。なんだ、グレイかよ。へっへっへ、ナンパは早いもん勝ちだぜ。邪魔をするなよ」
「邪魔はお前らだ。こいつはオレの、その……婚約者だ」
 グレイの一睨みで、男達は黙り込んだ。
 厚手の服の上に皮鎧をまとい、小剣を腰に帯びた娘――クリスは、グレイの姿を見るなり顔を輝かせた。
「グレイーーッッッ!! やっと会えたー!!」
 黄色い声をあげて、油断していたグレイの首にかじりつく。
「ぐ! お、おい、こら…………ちょっと、おい……くる、しい……」
 喉に入ったクリスの腕が、気管を圧迫する。ギリギリと締め上げてくる。
 クリスの囁きが耳に入った。
「――で、今の間はなんなの? なんで言い澱むわけ?」
「ちょ、ちょっと待て……なにを……それは、その、男の照れという、もので……」
 いつの間にか回りから口笛やら冷やかしが飛んで来ている。
「はっはーん、あたしが婚約者だと照れ臭いんだぁ。……だからなんでよ」
 十度ぐらい温度の下がった声に、グレイはおののいた。
「いや、だから……その……別にお前が、どう、こう、と……ぐぉおっ……言うわけでは」
「ふーん、そうなんだ。あたしじゃ自慢にならないんだ。仲間に紹介するのに恥ずかしいんだ」
「だ、誰もそんなことはっ!」
「じゃあなんなのよっ!」
「この……いい加減に……しろっ!!」
 力任せに腕を引き剥がしたグレイは、クリスをそのまま投げ飛ばした。
 空中で一回転させられ、お尻から落ちたクリスは、かわいい悲鳴をあげた。
「いったぁ〜い! ちょっとぉ、婚約者にそれはないんじゃない!?」
「じゃあ、婚約者を締め落とすのはいいのか」
 荒い息を整えながら怒りの混じった声でただすと、クリスは手を振って笑った。
「やぁねぇ、久々に会ったからスキンシップ、スキンシップ。そんなマジにならないでよ」
「いちいちスキンシップで締め落とされてはたまらん」
 吐き捨てて喉をさするグレイに、クリスはいたずらっぽく首をすくめてぺろっと舌を出した。

 ―――――――― * * * ――――――――

 ミアの村は寒村だと聞いていたが、春真っ盛りの今はそうした陰鬱な印象は感じられない。
 山間の丘陵地に広がる畑、ポツリポツリと建つ農家、走り回る子供、今を盛りに咲き誇る野の花。
 平和な農村の風景が、そこにはあった。
 ゴンが二人の衛兵と連れ立って歩いていると、街道脇の畑で農作業をしている村人たちは皆、作業の手を止めて会釈してきた。よそ者であるゴンを見ても、さしたる警戒感も抱いていないように思える。モーカリマッカの司祭衣が効いているのか、衛兵と連れ立って歩いているせいか、それとももともとそういう村民性なのか。
(……確かに、叛乱が画策されている雰囲気じゃないなぁ。のどかなものだよ)
 などと思いつつ、村の中心へと向かう。
 村の中心といってもいくつかの辻ごとに村長宅、モーカリマッカ神殿、日用雑貨屋、酒場兼用の小さな宿屋『灰色の岩山羊亭』が建っているというだけの質素なものだが。
 宿屋の裏の馬小屋に、監査官の乗っていた馬がつながれているのを横目で確認しながら、ゴンはモーカリマッカ神殿へ向かった。

 ―――――――― * * * ――――――――

 モーカリマッカ神殿の主ブラッドレイ司祭は、五十代後半の禿げた頭のおっさんだった。キーモ並に背が高く、体格もがっしりしているが、実に人の好さそうな笑顔を浮かべているため、威圧感はない。
 ゴンからアレフの手紙を受け取ったブラッドレイ司祭は、その中身を一瞥して衛兵に微笑んだ。
「なるほど……グラドスのシュバイツェン最高司祭の紹介ですか。この筆跡、この封印は彼のものですね。わかりました、確かにこのゴン司祭は私のお客です。ご案内、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 ゴンも一緒に頭を下げると、二人の衛兵は敬礼を切って神殿を後にした。
 二人きりになると、ブラッドレイは懐にアレフの手紙を収め、ゴンに微笑みかけた。
「やあ、よく来たねゴン君。遠路はるばるご苦労さま。疲れただろう? ま、中に入りたまえ」
 ゴンの気安く肩を叩いて、神殿の中へと案内する。
 神殿は入ってすぐがモーカリマッカの像を安置した聖堂になっていた。その脇の扉から、奥の間に入る。
「――そうか。シュバイツェン最高司祭の弟子なのか、君は。すると、いろいろ苦労しているんじゃないか?」
 廊下を進み、応接室の扉を開きながらブラッドレイはからからと笑った。
「彼は実に革新的な男だからね。保守とか、伝統とか、馴れ合い、妥協を嫌い、厳格さと進歩を好む。私も昔、彼とはよく衝突したものさ。彼の考え方についてゆけない司祭もかなり多かったんだが、結局彼は登りつめた。まったく凄い男だよ、彼は」
 応接室には低いテーブルと、年代物のソファが据え付けられていた。
「師匠をよく御存知なんですね。ブラッドレイさんも昔はグラドスにいらっしゃったんですか?」
 ゴンはブラッドレイに勧められるまま荷物を脇に置き、ソファに身を沈めた。レンガ暖炉の上に用意してあったポットとカップを、司祭はお盆に載せて持ってきた。
「はっはっは、若いな君は。十年以上前、私は彼と最高司祭の座を争っていたんだぞ?」
「ええーっっ!!」
 叫んでしまってから、慌てて口を押さえる。
「あ、あの、ごめんなさい。今のは、そんなつもりじゃ……」
「いいさいいさ。世代が変わったということなんだろう。こういう田舎にいると、十年経っても何も変わっていない気がするものでね。すっかり隠遁者だよ」
 二人の前に並べたカップにハーブ茶を注ぐ。
 ゴンがいただきます、といってカップを口につけている間に、ブラッドレイは懐からアレフの手紙を取り出し、もう一度詳しく読み始めた。
 しばらく、沈黙が漂った。
 徐々にブラッドレイの表情が曇る。
「あの、なにか……」
「ん? ああ。この内容を、君は知らないのか?」
「はあ……。グラドスを発つ前に手渡されただけで、内容までは」
 ブラッドレイは少し考え込んで、手紙を再び懐に収めた。
「ふむ……ま、概要としては君を頼む、ということだ。他にも個人的なことが書いてあったがね。彼とは過去のいきさつがあるから、ちょっと顔が険しくなったかな?」
 ゴンの不安を吹き飛ばすように明るく笑って、ブラッドレイは自分のカップに口をつけた。
「ブラッドレイさんは、その……アレフ師匠を恨んでおられるんですか?」
「恨む? ……まあ確かに、こんな田舎に飛ばされたときは、そういう気持ちがなかったといえば嘘になる。まして……いや」
 カップの水面を見ていたブラッドレイは、不意に顔を上げた。ゴンを真っ直ぐ見つめて、微笑む。
「ミア地方は当時、酷いところでね。一冬の飢えをしのぐために、親が人買いに我が子を売り渡す、そんなことが日常的に起きていた。人がそういうことをするのを見ていなければならないのは、辛いものだ。グラドスで生まれ育った私は、こここそが地獄だと思ったよ」
 ゴンはカップを両手で支えたまま、黙って頷いた。
「もう一杯、どうだね?」
「あ、すみません。いただきます」
 ゴンが差し出したカップと自分のカップに、ハーブ茶が注ぎ足された。
「……だが、すぐに私はここに派遣された意味を理解した。シュバイツェンの意図を」
「アレフ師匠の?」
 ブラッドレイは一息つき、カップの縁で唇を湿らせた。
「司祭、神官というのは特別な職業だ。それは人の心の支えになる、ということだけじゃあないし、回復呪文などの独特の魔法を使えるからでもない。もっと大事なことは、信仰している神の尖兵であるということなんだよ」
「神の……尖兵?」
「君のような若い司祭はまだその力を扱うことに必死で、その自覚はないだろうがね。実は、神の力を借りる司祭・神官はどの宗派であれ、その場にいるだけで、ある程度神の影響を周辺に与えるものなんだよ。たとえば、グラドスだ。レグレッサなどという大陸の歴史上、割と年若い国の首都がなぜあれほど交易で繁栄していると思う? そこにモーカリマッカの総本山があるからなんだよ」
「そうなんですか!?」
「もちろん、レグレッサという国を建て、グラドスという首都を造り、交易のために幾多の犠牲を払ってきた先人、そして今も戦い続けている人々の不断の努力に勝るものではない。けれどね、その背中をそっと押すぐらいの影響はあるんだよ」
 ブラッドレイはそっと両手でモーカリマッカ特有の印を切った。
「神々は自らの信仰篤きところに、より強く自らの力をお顕わしになる。『結果論ではあるが、後から考えるとそうとしか説明出来ない』という不思議が、そこには次々と現われる。奇跡と呼べるほどのものじゃあない。ただ、巡り合わせが少し神の思惑――教義に沿った方向へ転がってゆきやすくなる。そして、モーカリマッカ神は金を巡らせる神様。金の巡りがいいということは、経済状態が良くなるということだ」
 わかるかね、と問い掛けてくるブラッドレイに、ゴンは頷いた。
「そうして力を示すことで神は多くの人々に信仰され、さらに力を増す。神が力を増せば、更なる力が司祭や神官たちに与えられるようになる。グラドスという土地は、それが非常に上手く転がっている場所なんだよ。そして、そういう意味で我々は神の尖兵なんだ」
「へぇぇぇ……」
「彼と最高司祭位を争った私がここへ派遣された意味、それはもう言わずもがなだろう?」
 含み笑ってカップをあおる。そして、応接室の窓から外に広がる田園風景を見やった。傾きかけた陽射しが、緑の野を染めている。
「見たまえ。かつての寒村も今では豊かな農村になって、その収穫の一部ははるばるグラドスまで流れて行くほどになった。もちろん、いまや子売りの必要も無い。それもこれも、シュバイツェンが私をここへ派遣したおかげだ」
「ほんとに凄いですねぇ」
「ああ、全くだ。当時の私は最高司祭位を手に入れ、我が身の権勢を高めることしか考えていなかったのというのに、彼は三十にもならぬ身でこの国全体を見ていた。本当に凄い男だよ。アレフルード=シュバイツェンという男は」
「あ、いえ。僕が言ったのは師匠ではなく、ブラッドレイ司祭のことです」
 ゴンはにっこり笑ってカップに一口つけた。
 ブラッドレイは一瞬、不意打ちされたような顔になった。
「私が? いやいや、お世辞は――」
「お世辞じゃありませんよ。だって、そうじゃないですか。派遣したのはアレフ師匠でも、この村を飢えから救うために尽力なさったのは、他ならぬブラッドレイ司祭なんですから」
「だが、それに十年以上かかった。彼ならその半分で成し遂げられただろう」
「そんなの、わかりませんよ。アレフ師匠はやってないんですから。ここで苦労なさったのはブラッドレイ司祭、あなたのはず。師匠もいつも言っておいでです。誰が働いたかをきちんと見なさいって。それが何より、その人へのお礼になるって……だから、僕はあなたにお礼を言います。ありがとう」
 カップを置いて、頭を下げるゴンにブラッドレイは顔をしかめた。
「……ありがとう? なぜ君が?」
「実はここだけの話なんですけど……僕、この辺の生まれなんです。ミアの外れのミンク村……ご存知ですか?」
 照れ臭そうに頭を掻くゴン。
 ブラッドレイは再び呆気にとられた。ミンク村なら知っている。いや、知っていたというべきだろう。
「君が……ミンクの?」
「ええ。6歳の時に買われまして。グラドスに連れて行かれて、気がついたら師匠の下にいました。もう十年以上前のことです」
「そうか……まさか君があの村の生き残りだったとは……」
 ブラッドレイの表情に苦渋がよぎる。
「……実は、ミンク村はもうないんだ。村の跡地はあるが、もう人は住んでいない……そこに住んでいた人たちは姿を消し、どこへ行ったのやら。私がもっと早く赴任し、手を打っていればあるいは……」
 ゴンは微笑んで、首を振った。
「ああ、お気になさらないで。売られた時に、もうお互いに死んだものと思えって言われましたし。もし両親家族が健在でも……かえって顔を合わせにくいですしね……」
「ゴン司祭……」
「それに、今の僕には師匠が親だし、仲間が家族みたいなものです。ろくな奴らじゃないけど……身の上は似たようなものなんです。だから、大丈夫。ほんと、気になさらないで下さい。今回だって里帰りのつもりなんかこれっぽっちもないし、変に気を使われる方が困りますから。ただ、生まれ故郷がいい所になっていてくれて、素直に嬉しいだけです」
 ブラッドレイはカップをあおるゴンをじっと見ていた。その口元が優しく緩む。
「君は……実にいい人柄をしているな。将来が楽しみだ。ここの人たちとも仲良く――ああ、そうだ」
 不意にブラッドレイは膝を叩いて立ち上がった。
「君の歓迎会をしよう。近所の人たちを呼んで」
「え、ええっ!?」
「正式な挨拶回りは明日以降にするとしても、今日顔合わせをしておけば回りやすいだろうし、向こうも気安いだろう。ああ、そうだ。それがいい。では、早速村の衆に知らせてくるとしよう」
「ブ、ブラッドレイ司祭、僕はそんな大げさなことは――」
「何が大げさなものかね、君はこれから彼らと一緒に暮らすんだ。顔合わせは早い方がいいに決まっているじゃないか。私はこれから出てくるから、君は待っていてくれたまえ」
 ソファを回ってコート掛けから帽子とコートを取り上げたブラッドレイは、扉の前で足を止め、振り返った。
「ああ、そうそう。君の部屋だが、この部屋を出て、奥に向かって右側の奥から2番目を使ってくれたまえ。じゃ、悪いが留守番も頼むよ。ま、こんな貧乏神殿に盗みに入る奴はいないと思うがね」
 からからと笑いながら、ブラッドレイは部屋から出て行った。

 ―――――――― * * * ――――――――

 村はずれのデービス邸。
 田舎領主でありながらグラドスの王城にも引けをとらない、三階建て白亜の屋敷の前にオブリッツ監査官一行の姿があった。
 だいぶ陽が傾いている。もうかれこれ二時間は門の前で待ちぼうけを食っている。
 山の稜線に沈みかかっている夕日を眩しげに見やりながら、衛兵の一人が毒づいた。
「こちらは国王陛下の特使だというのに、何だこの扱いはっ!! これでは叛意ありと見られても――」
「迂闊なことを言わないで下さい」
 馬上にあるオブリッツ監査官の一言で、衛兵は一応口をつぐんだ。しかし、その表情はありありと不服を述べている。
「二時間が二日でも待つ。それが外交官というものです」
「外交……? ここはレグレッサ領内ですよ?」
「しかし、ほぼ自治領にも等しい。陛下の権威がここで意味を持つかどうか、わかりません。地元の人たちにとっては遠くの名君より、身近な良君の方がいいという例は枚挙に暇がないですしね。予断は厳に慎むべきです。待ちましょう。まずテーブルにつかなければ、何も始まりません」
「しかし……」
 衛兵は刻一刻紅の度を深めつつある太陽を、再度見やった。
「もうすぐ日が暮れます。さすがに監査官殿をこのまま夜まで留め置くことは、警護の観点から言っても……」
「ふむ、それは一理ありますね。……では、太陽が完全に没したら、今日のところは引き上げましょう」
「わかりました。あと一時間というところですね」
「何とかそれまでに、話し合いの場を持つことができればいいのですが」
 監査官は目を細め、オレンジ色に染まりつつあるデービス邸を見やった。

 ―――――――― * * * ――――――――

「デービス様。オブリッツ監査官はいまだ門の外に。そろそろまずいのでは……」
 手を揉むようにして、へこへこと頭を下げる執事に、デービスは鼻を鳴らした。
「放っておけ。あんな羽虫がいくら騒いだところで、何も動きはせぬわい。それに、奴があそこで立ち尽くしていれば、それだけ時間が稼げるというものよ」
 書斎の長椅子にどっかりと腰を下ろしているのは、白髪交じりの五十代の男。しどけないバスローブ姿で、その両側に美女を侍らせ、それぞれの肩に腕を回している。酒を飲むのも、果物を食べるのも、その二人の美女が口まで運んでいた。
「しかし、もし怒り出して、国王にいらぬことを吹き込まれては……」
「そうびくつくな。国王の耳に奴の報告が届くまで、どれだけ急いでも二十日はかかる。場合によっては届かぬ場合さえあるのだ。そうだろう? モンスターに追剥ぎ、強盗、戦に不思議な失踪……旅というのは実に恐ろしい」
 くっくっく、といわくありげに含み笑うデービスに、美女が両側から頬を摺り寄せる。
「デービスさまぁ、なんだかワルっぽくて、かっこいいわぁ」
「うふふ、素っ敵ぃ。国王陛下さえ、デービス様の前では子ども扱いなのね」
「むははははは、今さら今さら。――おお、そうだ。明日から関所を全部閉めてしまえ。名目は適当な指名手配犯が潜り込んだことにしてな。あいつをここから出さなければ、報告も出てゆくことはなかろう。うむ、妙案だ。ビクトル、その旨、各関所に伝えておけ」
 指を差されて命じられた執事は、深々と頭を下げた。
「ははっ、では早速」
 部屋から出てゆくビクトルの背に女達の嬌声が響く。
「やぁだぁ、デービス様ったらぁ。どこ触ってんのぉ」
「よいではないかよいではないか」
「ぅんん。まだ日が高いですわぁ……あぁん」
 後ろ手に扉を閉じた執事は、ひっそりため息をついた。
「ちくしょう、うらやましいなぁ」


【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】