愛の狂戦士部隊、見参!!
第二章 デービスの叛乱(その2)
ミアのマイク=デービス領へ入る関所の一つ。
関所の門を守る若い衛兵ジョセフは悩んでいた。
事の発端は、十日前に遡る。急に訪れたオブリッツ北方領域監査官が去った後、彼は衛兵隊長に呼ばれ、いきなり訊ねられた。
「ジョセフ。つかぬ事を聞くが、君は国王の部下か? それともデービス様の部下か?」
直立不動の姿勢をとる彼に背を向け、窓の外を見ている隊長。彼は一瞬どう答えるべきか迷ったが、もとより彼は頭がよかった。
「自分は国王の臣下であらせられる、デービス様の部下であります」
隊長はなぜか鼻先で笑った。
「ふふん。なかなか模範的な回答だな。まあいい。実はな、緊急事態なのだ」
「緊……何が起きたんですか?」
「カイン3世陛下がデービス様を失脚させようとしているというのだ。わしの聞いた話によれば、どうも首都の貴族に分配する土地を確保するために、デービス様の領地を召し上げるおつもりだとか」
「国王陛下が……? そんな、まさか……!」
ジョセフは耳を疑った。
これまで国王の姿を見たことはなかったが、不作で苦しい時には税を軽減し、時にはモンスターの退治に兵を派遣してくれたこともある。少なくとも民のことを考え、こんな僻地にすらきちんと目を配ってくれている良君だったはずだ。にわかには信じがたい。何が起きているのだろうか。
「真相はわからん。だが、向こうではデービス様を失脚させるため密偵を放ったという。先だって急に北方領域監査官がやってきたのも、そのためらしい。連中はこの地の粗探しをし、デービス様の領地を――」
「しかし、今のデービス様は……」
「しぃっ……」
振り返った隊長は、自らの唇に指を当ててジョセフの言葉を封じた。
「どこで誰が聞き耳を立てているやもしれん。迂闊なことは言うな。それより、今は密偵だ。密偵を見つけ出し、始末せねばならん。お前が言いかけた通り、デービス様がアレだからこそ、我々がミアの秩序を守らなければならないんだ。わかるな? いいか、それらしき者を見かけたら、すぐ私に伝えるんだ」
「はぁ……」
頭がこんがらがって、思わずジョセフは曖昧な返事をしていた。
すると、隊長はさらに声を落とした。
「確か君はもうすぐ結婚するんだろう? もし密偵を見つけた時は臨時のボーナスがつくぞ。それに君の家とあの娘……ミリアだったか、の家の年貢の免除も取り計らってもらえる。……ただし、もちろんわかっているだろうが、この話は口外無用だからな」
何となくうそ寒いものを感じながら持ち場へ戻った彼は、その日からひどい違和感を感じ始めた。始終、誰かに見張られているような気がする。自分と同じような話を聞かされ、仲間の中に密偵がいないかどうか監視している者がいるのだろうか。
十日間、ジョセフは悩み続けた。
ボーナスは正直ありがたいし、年貢免除となればミリアも喜ぶだろう。しかし、釈然としないものが胸の奥でとぐろを巻いている。この話に乗っていいものか。
隊長の話が嘘か誠か、それはわからない。しかし、そもそもあんな話を持ちかけてくること自体が、何かが起きている証拠に違いない。
話を額面通りに受け取っても深読みしても、結論として出てくるのは結局、ミアと首都との間でなにやら不穏な動きがある、ということだ。それ以上のことは、ミア生まれのミア育ちのジョセフにはうかがうべくもないが。
問題は自分がどうするべきなのか、だ。デービス様の利になるように動けばいいのか、国王陛下の利になるように動けばいいのか……いや、答は初めから出ている。衛兵隊員として両者の利になるように動くべきなのだ。
ただ、そのためにどう動けばいいのかさっぱりわからない。何が起きているのかわからないのに、正しい選択が出来るはずもないのだが、
それに、怪しいと思い始めると関所を通る人間全てが怪しく思えてしまう。日頃付き合いの深い村人でさえ。そんな風に疑ってしまう自分が嫌で、そんな状況にもう我慢ならなかった。
そんなこんなで憔悴していた彼は、目つきの悪い男とプレートメイルに身を包んだエルフが関所の門の前でがなりたてるまで、その接近に気がつかなかった。
―――――――― * * * ――――――――
「お〜い、こら〜! 門を開けろぉ〜! 最強の傭兵、キモン=ケロ様のお通りじゃあ!」
「無敵の傭兵、シュラオウ=シュラシュシュシュがわざわざやって来たんだ! さっさと門を開けろ!」
偽名にしてはなんのひねりもない名乗りをあげて、キーモとシュラが人の背丈の倍ほどの高さの木柵の門の前でがなりたてていると、若い衛兵が慌てて脇の詰め所から出てきた。
年の頃はシュラ達より二つ三つ上……二十歳ぐらいだろう。革製の兜をかぶり、長袖のシャツの上から胴の部分だけを守るレザーメイル(革鎧)を身につけ、腰に剣を帯びている。兜の額と鎧の胸に入っている紋章はレグレッサ王国のものだ。
若い衛兵は完全武装のエルフを見てぎょっとした。それはそうだろう。
プレートメイルに身を固め、両脇に帯びた剣、背中にしょった弓に丸い盾、首からメリケンサックを下げ、手には身の丈より長いロングスピア(槍)を握っている、というだけでも充分奇異なのに、鎧の中身は金色の髪をなびかせたエルフである。デービス領から出たことのない彼にとってエルフはおとぎ話の中の存在に近い。
そのうえ、もう一人は顔の真ん中に禍々しい傷の走る、やたらと目つきの悪い少年だ。黒っぽい衣服の上からレザーメイルを着込み、腰に剣を帯び、皮製のヘッドバンドを額に巻いているその姿は――強盗とか追剥ぎ専門の悪党にしか見えないはずだ。
二人は檻に捕まった猿かなにかのように、門柵をつかんでガタガタ揺すった。
「さっさと開けろ〜!!」
「わしが一番に入るんやぁ〜!!」
若い衛兵は驚いて駆け寄ってきた。
「ちょっとちょっと、暴れないで。今はお昼時だから、もう少し待ってください。もうちょっとしたら皆さん戻って来られますから」
「ああん!? 待てだぁ!? ふざけんじゃねえぞこの野郎! 天下の往来をてめえらの都合で塞ぐたぁ、何様のつもりだ! ああ!? とっとと開けくされっ!」
「せやせやっ! このわいの行く手を阻むんやったら、この関所に火ぃつけたるぞっっ!!」
「え、ええ!?」
目を丸くする衛兵に、思わずシュラは振り返ってキーモの肩を叩いていた。
「いやいや、キモン君。それは言い過ぎや……さすがに捕まるぞ」
「ほーか。ほなちょっと手加減したろ。……ここでキャンプ・ファイヤー焚くど!!」
若い衛兵は困ったなーと怯む様子を見せたが、門を開ける気配はなかった。
「ほんの少しだけですから、おとなしくしててください。……あの、そうだ。お話でもしましょう」
きょろきょろと辺りを見回す。誰かに聞かれるのを恐れるようなその仕種に、シュラの表情が引き締まる。すっと親指で鼻の傷を撫でる。
(……こいつ、何かを知ってるな)
盗賊的習性が目を覚ました。情報が収集できるなら、しておかねばならない。
「お話だぁ? 若い娘相手ならともかく、なんでお前みたいなのとお話なんか」
あくまで表面上興味無さそうに、鼻をほじる。その仕草の意味をあらかじめ聞いていたキーモは、騒ぐのをやめてその場に座り込んだ。
「あーしんど。ちょっと叫び疲れたわ。話やったら勝手にせーや」
「ええ、あの……僕の方が聞きたいことがあって。ええと、まず、どちらからおいでですか?」
「グラドスだ」
シュラの簡潔な答に、若い衛兵の表情が目に見えて凍りついた。
「そ、そうですか。あの、実は僕、グラドスに行ったことないんです。向こうは今、どんな様子なんですか?」
シュラは少し考え込んだ。これは、情報収集だ。しかもえらく下手くそな。
プロフェッショナルの仕事とは思えないから、適当なことを吹き込んでおけば噂が広まってこちらも動きやすい状況が整うかもしれない。逆に情報を引き出すにもいい相手かもしれない。
「どんな様子って言われても……いつも通りとしか。一体なにが聞きたいんだ、お前?」
衛兵の目が輝く。彼は門の柵をつかんで顔をくっつけた。
「は、はい、王様のこととか、ミアについてとか……」
「おいおい、ミアについては兄ちゃんの方がよく知ってるんじゃないのかよ。まぁいいや。王様は、いつも通りお元気だぞ。別段とち狂ったという話も聞かないし、グラドスも日々平和……とは言いがたいが、まあいつも通りだったな。俺が出てくるまでは。その後は知らん」
「あ、あの……」
少し勢い込んで声を出そうとした若い衛兵は、もう一度周囲を見回して声を思いっきり低く落とした。
「……国王陛下が、デービス様を失脚させようとしてるって噂が流れてるんですが……」
「はあ? そんな話、初めて聞いたぞ。なあ、キモン=ケロ」
振り返ると、完全武装のまま木登りをしようとしていたキーモと目がかち合った。
「……何をしとるんだ、お前は」
「あ、いや。珍しいクワガタがおったもんで。――ほんで、何や?」
「カイン3世がここの領主様を失脚させようとしてるんだと」
「ふぅん、そうなんか。わしは知らんけどな。わしはただ、傭兵を募集しとるっちゅうことやから来ただけやし」
「ああ、俺もだ。何でもでけえモンスターが出て、それの退治のために傭兵を募集してるってな話を聞いた。まさか、募集はもう終わりましたとか言わんだろうな」
「あ、いえ……担当の者がこの関所にもいますので、その話は後で……」
その時、二人の背後から何頭かの馬の蹄鉄の響きが近づいてきた。
若い衛兵の顔色が見る見るうちに蒼ざめた。
「オ……オブリッツ監査官……何であの人が、また……! それに他所の衛兵……!?」
監督官を四人の護衛が囲んでいた。レグレッサ王国の紋章入りレザーメイルに、レザーキャップ(革兜)、腰に剣、手にショートスピア(腕の長さほどの短い槍)――衛兵としては門の向こうの若い衛兵と同じスタイルだが、鎧の下にお揃いの制服を着ていることと、やたら威圧感を振りまいているため、まったく違う人種にさえ見える。
四人の護衛と共に門の前まで来たオブリッツ監査官は、馬上から門番の若い衛兵に微笑んだ。
「やあ、ジョセフ君。十日ぶりですね。あとどれくらいで開きます?」
「あ、はい……その、あと五分くらいです」
「……なんや、このおっさん」
奇矯なエルフの無礼千万な言葉に、周囲の護衛が鋭い眼差しを突き刺す。
しかし、キーモは嘲笑で軽く受け流した。
慌てたのは、若い衛兵ジョセフだった。
「ちょ、ちょっと……この方は、国王陛下から信任されている監査官殿ですよ」
「ははぁん……国王の犬か」
再び護衛の表情が引き攣る。
「そんなこと言ったら失礼ですよ。領地がきちんと治められているか調べる方ですから、その実権は領主様より強いんです。あまり無礼なことを言うと――」
「はん。わしはああいう馬の上でふんぞり返っとる奴は気に食わんのや。取り巻きぞろぞろ引き連れんと歩けんようなのは、特にな」
さらにキーモが何か言おうとしたとき、奥の詰め所から人影がわらわらと出てきた。その中の一人、やけにでっぷりと太った衛兵がジョセフに声をかけた。
「ほいジョセフ、ご苦労さん。もう門を開けてもいいぞ」
「あ、はい。じゃ、えーとシュラオウさんとキ…モンさんですね? お二方は、申しわけありませんが後になって下さい。オブリッツ監査官殿の方がチェックが早いんで」
「おいおいおいおい、ちょお待てやこら」
キーモがいきり立った。
「何でそないなるねん! わしらの方が早う来とったやんけ!」
「だから向こうのチェックが早いからだっつーとろうが。お前のその長い耳は木のうろか」
シュラオウの溜め息交じりの説得に、しかしキーモはさらに激高した。
「やかましわっ! どんな理由があろうと、わいは横入りされるんが一番嫌いなんやっ! 特に肩書にかこつけて先行くようなんはっ!!」
「おい、さっきから黙って聞いていれば……」
護衛の一人が剣を抜いた。関所の向こうの衛兵がどよめく。
キーモも危ない光を宿した目を、その護衛に向けた。狂犬の眼だ。
「なんや腰ぎんちゃく。やんのか。エルフ相手にするんや、覚悟して来いや?」
「あーちょっとちょっと。剣を納めなさい、大人気ない」
にらみ合う両者の間に、騎馬が割り込んだ。オブリッツ監査官だった。
「どちらにせよチェックが早ければ通過も早くなるんですから、ここはお二人に先に行ってもらえばいいでしょう。あちらの衛兵が一人しかいないわけじゃなし」
護衛の男は困惑げに振り返った。
「しかし、それでは我々の威厳が……」
オブリッツ監査官はきっと馬上の護衛の睨みつけた。
「わたくしは、威厳の無駄遣いを好みません。咎なき人に不快な思いをさせるような威厳など、本当の威厳ではないはず。今は順番を守れという彼の言い分の方が正しい。彼の言葉に従いましょう」
「……………………」
護衛は押し黙ったまま、馬を後方に退かせた。
「……へぇ。おっさん、話せるやん」
いいながら、にんまり笑う。オブリッツ監査官は、微笑み返しながら小さく頷いた。
「ほな、一番乗りはわしが――」
改めて振り返ると、既にシュラがボディチェックを受けていた。
「こ、こらぁぁぁぁ、おんどれなんでわしを差し置いて――」
首だけ捻じ曲げて振り返ったシュラは、にんまり笑った。
「早いもん勝ちだろ?」
「むきぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」
キーモの歯軋りめいたヒステリックボイスが昼下がりの関所に響き渡った。
―――――――― * * * ――――――――
監査官がほとんど顔パスで通って行った後も、二人の審問は続いた。
鎧まで脱がされた上での身体検査、名前と出身地(どっちもでたらめ)、領内へ入る目的などの聞き取り調査……それはもう嫌がらせかと思うほどの入念な検査で、特にエルフのキーモは珍しさからほとんど珍獣扱いを受け、キレる一歩手前までいった。
一方のシュラはそれなりの訓練を積んでいるため、さほど苦にもせずその試練を通過した――鼻の傷のせいか、指名手配犯との照合はやたら念入りに時間をかけられたが。
二人が何とか通過許可を得て、傭兵部隊入隊の手続きへ向かった頃、鎧を入れた袋を担いだゴンと伊達メガネをかけたストラウスも関所にやって来た。
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司祭衣をまとい、何やらガチャつく大きな荷物を背負ったゴンを、衛兵は胡散臭そうな面持ちで迎えた。
「名前と職業、出身地などを申告しろ。その後身体検査を行う」
「え〜と、私はモーカリマッカの司祭で、ゴンと申します。ミアの村の司祭、ブラッドレイさんに会いに来たのですが……」
内心突っ撥ねられるかなと思いきや、意外な反応が返ってきた。
衛兵は直ちに威儀を正し、言葉使いを直したのである。
「あ、ブラッドレイさんのお知り合いで? これは失礼を。では、すぐに村の神殿まで案内させましょう」
「あの、身体検査とかは……」
「いやいや結構です。ブラッドレイさんのお知り合いにそんな無礼な真似をするわけには参りません。その代わり、現地で本人確認をさせていただきますので、二名ほど同行させます」
「ええ、かまいませんよ。あ、あともう一つ――」
ゴンが続けようとした時、騒ぎが起きた。
見れば、娘が暴れていた。ブラウンの髪、素朴な顔立ち、切れ長の眼――厚手の服の上からレザーメイルを着込んではいるが、間違いなく船の上でキーモとシュラを助けたあの娘だ。何とか押さえ込もうとまとわりつく衛兵を、華麗な体さばきで躱し、叩きのめしている。一人で旅をしているだけあって、なかなかの腕前だ。
「なんだ、どうした?」
ゴンの応対をしていた衛兵までもが腰を浮かせた。
顔を殴られた衛兵が、頬を押さえてやってきた。
「なんだもかんだも。傭兵部隊のグレイって奴に会わせろって……だから身体検査しようとしたら、この騒ぎだ。くそう、こうなったら――」
話を聞いていたゴンは小首を傾げた。
「あの……年頃の女の子の身体検査をさ、男がやったらまずいんじゃないの? だから嫌がってるんでしょ?」
同時に振り返った二人は、ポン、と手槌を打った。
「ああ、まあそりゃ確かにそうだわな」
「しかし、うちには女の衛兵なんぞおらんし、他に方法が……」
「一つ方法があるよ」
心の中で舌を出しながら、ゴンはしれっと言った。
「僕の連れでマーリンって魔法使いがいるんだけどさ。ええと……多分その辺で検査受けてるはずだよ。そいつの魔法で危ない物持ってないか、調べてもらったらいい」
「そんなことができるのか!?」
「僕は魔法使いじゃないからよくは知らないけど、本人に聞いてみれば? 彼を連れて来る間に、僕が彼女を説得するよ」
ゴンは立ち上がり、娘の方へと歩いて行った。
―――――――― * * * ――――――――
その頃、ストラウスは衛兵に持て余されていた。
ジョセフと同い年くらいの若い衛兵は、困惑しきっている。
彼の前に差し出された申告表には以下のように書かれていた。
○名前 さすらいのマーリン
○年齢 不詳
○職業 さすらいの農耕技術伝道師、人呼んでアグリカルチュリスト・マーリン
○出身地 故郷は捨てた
○来訪目的 あてはないが、大地の呼ぶ声が聞こえた
こんなものをそのまま提出したら、間違いなく隊長に怒られる。
しかし、出した本人は飄々として、時折ずれるメガネを指先で戻しながら、一心に所持品の鍬の柄をしごいている。
「あのね……君。こんなので通れるわけないだろう。本名は? 年齢はともかく、故郷は捨てたってなに? だいたい、来訪目的がこんな馬鹿げた理由で、誰が通してくれると思ってるの」
「誰であろうと、大地の呼び声を妨げることは出来ない。君たちが通してくれないとなれば――」
不自然に言葉を切り、レンズ越しに衛兵をじっと見る。衛兵は気圧されたように息を飲み込んだ。
「――この関所の外を開墾してやる」
がくっと体勢を崩した衛兵に、間髪いれずストラウスは身を乗り出した。きらりん、とメガネのレンズが光を弾く。
「いいかね、衛兵君。そもそも、ミアという土地はその土壌からして、他の土地とは違い――」
「ちょっとちょっと、私がそんな小難しい話聞いてもわかるわけないだろう。私は道具屋のせがれなんだから」
「いいから聞け。よそでは銀貨一枚払わなきゃ聞けない、ありがたい講義なんだ」
「いやだから私が聞いても――」
そこへ、別の衛兵がやってきた。
「ああ、クレイグ。ちょっとすまん。――君がストラウス君? ゴンという若い司祭に聞いたんだけど、君、魔法使いなんだって?」
「は?」
肩を叩かれたストラウスは、きょとんとした。
(な……なんでわざわざこちらの正体を明かしてるんだ、あの馬鹿チン)
「実は、ちょっと困ったことが起きていてね。助けてくれないか?」
「ええと……」
上目遣いでストラウスに見られた衛兵クレイグは、犬でも追い払うようにしっしっと手で払った。
「あー、もういいから行け行け。きちんと出来たら、そのまま行っていいから」
「ああ、そりゃ助かる。じゃあ、大地とともに君に感謝を」
立ち上がったストラウスは鍬を両手で捧げ、ぺこりと頭を下げた。
―――――――― * * * ――――――――
近づく衛兵を皆叩きのめしていた娘が、腰に帯びた小剣の柄を握った。
「……例え衛兵でも、これ以上あたしの身体に触ろうとしたら、容赦しないわよ!」
娘を囲む衛兵がどよめき、それぞれの得物をつかむ。二十にもならぬ小娘に公然と叩きのめされていた衛兵たちは、いい加減殺気立っていた。
その時、呑気な声が包囲の外から聞こえてきた。
「あーだめだめ、それ以上やったらしゃれにならないよ。双方武器を抜くのだけはだめだよ」
包囲を掻き分けて現われた司祭衣の少年に、娘が殺気を放つ。
「ふん、あんたが一番手? ……あれ?」
ゴンの顔を見た途端、娘の殺気が霧散した。
「あんた、確か船の……。なんであんたが……」
「それはこっちのセリフだよ。まあいいや。とにかくもう暴れるのはなしね」
「そう……あなた、そっちにつくのね。いいわ、だったらあなたから――」
途端に、目を凶悪に光らせた娘に、ゴンは慌てて両手を突き出して制した。
「ちょっとちょっと、何でそうなるのさ。僕は仲裁に来ただけ。とにかく、この場は僕があずかるから、まず武器から手を離して。関所で抜いちゃったら、殺されても文句は言えないんだよ?」
娘は油断なくゴンを凝視している。
ゴンは肩をすくめて背中を向けた。今度は衛兵たちに話しかける。
「ほら、こんな風に包囲してたら、こっちの娘さんも気が抜けないじゃないか。とりあえず担当の人だけ残して、後は解散してくれない? それがダメなら、あと十歩下がること」
「おい、何だお前はいきなり」
「なんのつもりだ?」
「その娘とグルか」
「……彼はモーカリマッカの司祭ゴン。ブラッドレイさんのお客だ。ひとまず彼の言う通り全員下がろう」
ゴンを連れてきた衛兵の説明に、ざわめきが広がった。
「しかし、その娘の身体検査やら何やらが……」
「それは手配済みだ」
その衛兵が他の衛兵を説得している間に、ゴンは娘に近寄って行った。衛兵には聞こえない声で囁きかける。
「――もうすぐ船の上でも会った魔法使いの彼が来る。適当に話を合わせて」
「……いいの?」
娘はようやく警戒態勢を解いた。
「船の上での件のお礼だと思ってくれれば。……あの時は余計な事を言ってゴメン」
「あ、いや、私こそ……つい頭に来ちゃって。頭に血がのぼりやすくてねぇ」
「そうみたいだね――あ」
「……それが余計だっていうのよっ」
娘はゴンの上腕の肉を軽くつねり上げた。
「いてて、ゴメンゴメン」
「じゃあ、後は任せるから。よろしく」
「はいはーい」
などと言っている間に、どこからどう見ても土着の農民としか見えない若者がやってきた。しかし、メガネをかけているのが酷くアンバランスだ。
ストラウスは娘を指差すと、自分を連れてきた衛兵に聞いた。
「……で、容疑者はこれ?」
その無礼な物言いに、娘がぶすっと頬を膨らませる。
「容疑者って、あのねえ――」
「まあまあ。わざとだから。……たぶん」
娘の背後に立ったゴンがとりなしている間に、ストラウスは衛兵と聞こえよがしに会話をしていた。
「で、何がわかればいい? 怪しい奴? 怪しいっていう定義は何? 『定義』の意味がわからん? いやあのね……ん〜と、どういう質問すれば怪しい奴だってわかる? はあ? 人に指示しといてわかんないの? んん〜……じゃあさ、ここへ来た目的がわかればいい?」
ストラウスがちらっとゴンを見た。
「嘘ついたら光るって魔法使ってみようか。それじゃ――」
娘の方に振り向いたストラウスは、手の平を向けて呪文を唱えた。
「エーケ・エルナ・レレ・ソリステ・ネア。……じゃあ、質問するから、とりあえず嘘ついて。君は男だよね?」
「……はい」
その瞬間、娘の背後に立っていたゴンが無言で回復呪文を使った。
嘘に対して走った閃光に、周囲の衛兵からどよめきが漏れる。さすがに田舎だけあって、こういう類の魔法には免疫がないらしい。完全にそういう魔法だと信じ込んでいる。
ストラウスは振り返って衛兵に訊ねた。
「ご覧の通り。これでいい?」
「ああ、見事なもんだ。助かるよ」
「ほんとはこんなことに使いたくはないんだけどねぇ。私は農業技術伝道師だから。ほんじゃま、質問にいこうか。名前、職業、生まれ、ええとそれから……ここを訪れた目的を述べたまえ。嘘が入ってたら、その時点で光るからそのつもりで」
娘は少し考え込む素振りを見せてから、諦めたように口を開いた。
「あたしは……クリス。クリス=ベイアード。イークエーサ生まれの宿屋の娘。ここへ来たのは、グレイがここの傭兵部隊に入隊したって聞いたから。彼に会いたいの。それから……危険な物と言えば、この武器装備だけ。見えないところには隠してないわ」
当然ながらクリスから光は放たれず、衛兵たちは納得したようだった。とりあえず頷き合って、その場から立ち去る者もちらほらいる。
ストラウスを連れてきた衛兵が訊ねた。
「そのグレイとの関係は」
「婚約者よ」
「グレイ……待てよ。ああ、あいつか」
「知ってるの!?」
叫ぶなりクリスは衛兵に歩み寄り、その襟首をつかみ上げた。
「どこ!? グレイはどこにいるの!? お願い、教えて!」
「おおをあぉう、うあわおうあ」
必死の形相でぐわんぐわんと首を揺するクリスを、慌てて傍にいた別の衛兵たちが引き離す。
解放された衛兵は首をさすりさすり、咳き込んだ。
「ちょ、ちょっとは落ち着きたまえ。けほ。――あいつは頭も回るし腕も立つから、確か傭兵部隊の……第3部隊隊長に任命されたと聞いている。傭兵部隊の兵舎は、ここからもう少し奥へ入っていかなきゃならんが……」
「いい! 行く! 連れてって! さもなきゃ教えて!!」
「わかったわかった。それでは、傭兵部隊の受付まで案内しよう。そこからは今日新規に入隊した連中について行くといい。こっちだ」
衛兵が踵を返すと、クリスはゴンとストラウスに向いて一礼した。
「二人とも、いろいろありがとう。じゃあ、元気でね」
手を振りながら駆けてゆく娘の背に、ゴンもニコニコしながら手を振り返す。
「うん、元気でね〜」
ストラウスは軽く手を挙げて応えたものの、小首を傾げていた。
「あんな調子で、よくここまで来れたもんだ」
「いいじゃないの。婚約者に会いたい一心なんだよ。ま、相手はできる人みたいだし、この先は心配ないでしょ」
「こっちもそんな心配してられる立場じゃないしな。……さて、行くか」
「そうだね、そろそろ案内の人が――」
話していると、衛兵が四人やってきた。
うち二人はゴンの前で敬礼をして、踵を打ち鳴らした。
「ブラッドレイ司祭のいらっしゃるモーカリマッカ神殿まで案内を承りました。どうぞこちらへ。案内いたします」
「ああ、ご苦労様です。じゃあ、よろし――え?」
「な、何だお前たち!? なんのつもりだっ!」
にっこり笑っていたゴンの隣で、ストラウスは残る二人に両側から腕をがっちり固められていた。
衛兵は不気味な笑みを浮かべながら言った。
「あの娘以外にも、この関所を通る女は多い」
「いちいち身体検査で手間を取るのは面倒なんでな。協力してもらう」
メガネが斜めにずり落ちる。
ずりずりと引きずられながら、ストラウスは叫んだ。
「ちょ、ちょっと待て! 約束が違う! これがきちんと終わったら行っていいって!」
「だから、"これ"はまだ終わってないんだよ」
「まあ、俺たちも鬼じゃない。今日一日だけで勘弁してやる」
「そうそう。まあ心配するな。どうせあてのない旅なんだろ? 泊まるところもこっちで手配してやるからよ」
「さ……詐欺だぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
からからと笑う衛兵。ストラウスは離れてゆくゴンに救いを求め、手を差し伸ばそうとした。
「ゴォォン、何とか言え! 助けろ、ゴン!」
「たまにはまっとうに働くのもいいものだよ。関所ならいろんな話も聞けるだろうしね。じゃ、がんばって〜」
にこやかに笑って手を振る。
「ゴォォォォン!! てめえ、後で泣かすー!!」
「おたっしゃで〜。……じゃ、行きましょうか」
ゴンは二人の衛兵と連れ立ち、村へと続く街道へと歩き出した。