愛の狂戦士部隊、見参!!

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第一章 愛の狂戦士部隊 その日常  (その3)

 再び城。
 城の東脇には大きな塔が一つ建っている。一見、見張りの塔にも見えるその中の一室、分厚い本や怪しげな薬品類が所狭しと置かれた書斎机を挟んで、老人と青年が話をしていた。
 古びた革張りの椅子に座る白髪白ヒゲの老人こそ、レグレッサ最高の知識の持ち主であり、宮廷大魔術士でもあり、国王の相談役でもあるスターレイク=ギャリオートである。
 その向かいに立っているのは、黒のタートルネックセーター、足首で絞っただぶだぶの長ズボン、麻で織られたチョッキを着た若い農民――ではなく、スターレイクの弟子ストラウス=マーリンだった。
「――というわけでな。反乱の気配あり、と言うても北の果ての村のこと。わしが行くほどの騒ぎでもないようじゃから、お主らが監査官と協力して騒ぎを鎮めて来ればよいのじゃ」
 ストラウスは困惑気味に、艶のない黒髪をぽりぽり掻いた。
「はぁ……。でも師匠、騒ぎを鎮めるったって、どうしたらいいんでしょう? 魔法ばんばん使って、歯向かう奴らを片っ端から皆殺しにするんですか?」
「馬鹿者。そんなことをすれば陛下の名に傷がつくじゃろうが。そればかりか、他の領主まで愛想を尽かして叛旗を翻しかねん。考えて物を言え、未熟者」
 スターレイクは先端が瘤になった古い木の杖で、弟子の頭をぽかりとやった。
「よいか、交渉は全て監査官が行う。お主らはその陰で暗躍するのじゃ。監査官が必要とする情報を集めつつ、監査官の身柄の安全を図る。ただの衛兵にはできん仕事じゃよ。監査官の命令をよく聞き、迅速に事件を解決するのじゃぞ」
「はぁ……」
「何じゃ、覇気のない。……まぁ、仕事が順調に終われば、多少遊んできても構わんがの」
「いえ、そういうことではなく……何というか……」
 ストラウスは腕を組み、右手で顎を支えた姿勢で首をひねった。どうもわからない。
 師匠から受けた説明は以下のようなものだった。
 ミア地方の領主マイク=デービスに反乱の兆しあり、と隣接した領地の衛兵隊長から連絡があったのが今日。
 しかし、今ひとつ大雑把で詳細のつかめない報せのため、監査官を派遣し、状況を探ることになった。反乱が本当なら大変なことだし、ただの間違いなら、どこでそういう風に変わってしまったのかを調べ、指令・連絡系統を修正しなければならない。
 だが、『反乱』の一言が、ストラウスには納得いかない。
 ミア地方はレグレッサ王国の最北辺を東西に走る、ガイア山脈の中腹から麓にかけてに広がっている。麓の気候は比較的温暖だが、上に行くにつれて厳しくなる。そんな土地柄を考えて税の取り立てがもっとも緩やかな地域であり、反乱には縁遠いはずである。
 ふと、定期購読している雑誌を思い浮かべた。
(う〜ん、今年に入ってからの『月刊 土の友』でも、特に不作とか凶作の兆しは伝えてなかったし、去年は……豊作だったよな。じゃ、なんで?)
 しかも、民衆ではなく領主に反乱の気配有りとはどういうことだろう。
 自分たちの苦境を脱するための反乱ならわかる。租税を安くしろとか、食べ物をよこせとか……しかし、領主が反乱となると、ことは政治の色合いを帯びてくる。そこまで来ると、もはやストラウスにはわかりかねる。
(王家の方でミアの領主との間に何かあったのか、それとも国境の向こうに広がるアモン・ロード帝国の手先に……いやいや、落ち着け。一番ありそうなのは誤報じゃないか。『河川に氾濫の兆しあり』とかいう報告が、『叛乱の兆しあり』に変わってたとかいうオチじゃないだろうなぁ)
 悩むストラウスの心を見透かしたように、スターレイクが口を開いた。
「ここで悩んでおっても答えは見つからぬぞ、ストラウスよ。おぬしらに陰で動け、と言うたは裏で事件を操る者の存在も勘案に入れてのことじゃ。敵に手の内を見せずに事を運べば、いずれ尻尾を見せるじゃろう――ま、そんな者がおればの話じゃがな」
「はぁ、わかりました。……で、いつ出発しますか?」
「お主の仲間が集まって、陛下から今聞いたのと同じことを聞くはずじゃ。それから出発ということになるじゃろうから、もう今から用意をしておいた方がよかろう」
「はい。……では失礼します」
 深々と頭を下げて書斎を出、後ろ手に扉を閉める。
 途端に、ストラウスの口許に笑みがこぼれた。
(ぷぷぷっ、まあ、真相はともかく国から金が出るんだ。好き放題できるぞ。へっへっへ、遊びまくって全部必要経費で落としてやる)
 嬉しくてたまらないという様子で、スキップしながら薄暗い階段を降りていった。

 ―――――――― * * * ――――――――

 グラドス城、<会議の間>。
 装飾のない縦に細長い部屋の中央に、二十人ほどが向い合って着ける長いテーブルが置かれている。
 上座に他の物より多少立派な椅子が置かれ、その右手側にスターレイク、アレフ、ラリオスが着き、左手側にストラウス、ゴン、シュラ、キーモが着いて王の登場を待っていた。しきりに鼻くそをほじっては、テーブルの裏面になすりつけているキーモを除いて、全員神妙な面持ちで黙り込んでいた。
 ほどなく、レグレッサ王国国王ルーク=レグレッサ=グラドス=カイン3世が現れた。
 若い頃、第一位の王位継承権を持つ身でありながら、戦士として各地を渡り歩いた彼の肉体は、五十路を越えた今でも頑強そのものでほとんど老いが感じられない。
 上座に着いたカイン3世王は一同を見回した。いつもの顔ぶれに頷き、一つ咳を払う。
「皆揃っておるな。既に聞いた者もおると思うが、ミア地方の領主マイク=デービスが、叛意を示しておるとの報告が入ってきた」
 ストラウスが控えめに手を挙げて発言を求めた。
「あのぉ、それは具体的な証拠があるんですか? それとも報告だけ?」
 師匠の誰も、本来なら無礼極まりないその発言を黙認した。ラリオスなどは、さすが優等生、とでも言いたげに微笑を浮かべている。
 元より、"愛の狂戦士部隊"には、そのような堅苦しい作法をきちんと理解している者はいない。現にシュラも革のヘッドバンドを巻いたままだ。
 カイン3世は首を振った。
「報告では『デービスに叛意有り。傭兵を多数雇い、領内に兵舎を設営し訓練を行っている模様』としか伝えておらぬ。もしかすると、何かの手違いで、単に強力なモンスターが現れただけかもしれん。事の白黒が明白になるまで、こちらとしても迂闊な動き方はできぬ」
「で、もし叛意が明らかになったら? ……始末しちまいましょうか?」
 シュラが鋼糸を両手に持って、目の前で引っ張る。口許に薄く笑みを浮かべて。
 その途端、ラリオスの眉がわずかに持ち上がり、腕組みしたままの姿勢で人差し指が跳ねた。
 危ない目の少年は派手な音を立てて椅子ごとひっくり返った。その額――ヘッドバンドのわずか下、一番痛い部分――から小指ほどの小石がポロリと落ちた。
「短絡するな、馬鹿者」
 ラリオスが抑揚の無い声で言い、王の方に顔を戻す。
 カイン3世は少々呆れた面持ちで話を続けた。
「もし叛意があるなら、その理由をたださねばなるまい。わしの政策に不満があるのか、あるいは誰かにそそのかされたのか、さもなくば独立を望むのか……いずれにせよ、北方領域担当の監査官が動くゆえ、その者の詳細な報告待ちとなる」
「そこでおぬしらの出番じゃ」
 目の光も鋭く宮廷大魔術士が話を継いだ。
「現地では何が起こるかわからぬ。強力なモンスター、叛乱部隊の急襲……何があっても彼を守り抜き、グラドスまで連れ帰る。それが最も重要な任務となる。それ以外では彼が必要とする情報を収集し、その仕事を陰から助けるのじゃ」
「そういうことだ。それでは、"愛の狂戦士部隊"の諸君、ミアへ行ってくれるな?」
 カイン3世の真剣な眼差しが四人を見つめる。
 いきなりキーモが立ち上がった。人差し指を左右に振りながら、ちっちっち、と舌を鳴らす。
「おっちゃんおっちゃん、人に物を頼むときはまず、先立つもんやで」
 にひっと下品な笑いを浮かべて、親指と人差し指で輪っかを作った。
「キーモ、貴様――」
 無礼講にもほどというものがある。殺気を孕んで立ち上がりかけたアレフを、しかしカイン3世が止めた。
「ああ、よいよい。いちいち怒っておっては身が保たぬぞ。よいから座っておれ」
「王様話せるやん。わい、そういう人好っきゃわぁ」
 カイン3世はにっこり笑って続けた。
「もちろん報酬は忘れておらん。成功報酬として一人に金貨五百枚、必要経費として百枚を別に出しておこう」
 四人は思わず唸った。金貨五百枚、全員で二千枚。小さな国の年間支出を軽く上回る額だ。今まで何度か国王の依頼で冒険してきたが、今回の額は破格だ。それだけ重大かつ重要な事件なのだ、と四人は(キーモですら)感じた。
 だがカイン3世はその後すぐ続けた。
「あ〜、ただしキーモ=ヤーンは、わしをおっちゃん呼ばわりしたので百枚引きな」
 と、付け加えた。
「な、なんやそれ、ずるいど、おっさん!」
 キーモは思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「え〜、おっさん呼ばわりでまた百枚」
「あ、あ、あ」
 目を白黒させている。下手なことを言えばまた減らされるので、言葉を探している。カイン3世の精悍な顔にはまるでガキ大将のような意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「何だ、言いたいことがあるのなら聞くぞ。わしは話せる王様だからな。さあ、何なりと言いたいことを言え」
「あ、ああう、あうあうあう」
 キーモは救いを求めてその場を見回した。しかし、口許をほころばせた師匠達は、目が合うと露骨な仕種で視線を外した。
「目上の者に対して敬いの気持ちもなく、思ったことをそのまま口に出すからこういう目に遭うんだよ。馬鹿だな」
 ゴンがおかしがりながらキーモに忠告した途端、アレフが不敵な笑みを浮かべた。
「ほほう……ゴン、その言葉、覚えておくぞ」
 ゴンの顔から血の気がなくなる。それを見て今度はシュラが笑う。
「藪蛇薮蛇。かかか、思ったことをそのまんま口に出してんのはお前もだろうが、馬鹿たれ」
「全くだな。その言葉、よぉく胸にしまっておけよ、シュラ」
 ラリオスの言葉に今度はシュラが青くなる。
「バカのドミノ倒しじゃのう、相変わらずおぬしらは。ほっほっほ」
 笑いながらスターレイクが弟子の方を向くと、弟子は慌ててカイン3世に視線を向けた。
「あ、あの王様、で、いつ頃出発すればいいのでしょうか」
 その言葉を聞いて、諦めて無念の表情で座りかけていたキーモが再び立ち上がった。
「ちょっと待てストラウス! わいはまだやるなんて言うてへんど!」
「ほぅ」
 カイン3世がわざとらしく、さも驚いた顔をした。
「お前はやりたくないのか。それならそれでも構わぬぞ。今すぐスラムに帰れ。お前の分の報酬は、他の三人に分けてやるとしよう」
「がっ……!」
 キーモは絶句した。その動きが凍りつく。
「……わ、わかった、やる。やるさかい、もう下げんといてくれ……」
 ほとんど半泣きで折れるキーモ。しかし、カイン3世は手を緩めずに続けた。
「やる? それではまるで、わしが無理強いをしているようではないか。嫌ならいいのだ、別に」
「わぁぁっ! い、行きます、行かせてもらいま、いや、ぜひ行かせてんか!」
 キーモはとうとう屈服した。場に漂う、終焉の気配。しかし、実はまだとどめがあった。
 カイン3世は腕組みをすると、感慨深げに頷いた。
「ぜひ、と言われては断れんなぁ。そんなに行きたいのなら、報酬なしでもよいな?」
「げげぇっ! そ、そんなんありかぁっ!」
 エルフの端正な顔がこれ以上ないというくらいに青ざめ、歪む。
 その顔に思わずカイン3世と師匠達が爆笑し、シュラ達も笑いを噛み締めていた。
 ひとしきり笑ったカイン3世は、キーモに忠告を与えた。
「最後のは冗談だ。まぁ、言葉の使い方を間違うと、今のようになるということを肝に銘じて覚えておきなさい」
 あまりの安堵に大きく息をついて、椅子に倒れ込むキーモ。その肩は荒い呼吸に合わせて大きく上下し、目の焦点も合っていない。他の三人は横目で惨めな敗北者を盗み見ながら、必死で笑いをこらえ続けていた。
 カイン3世は一つ咳を払って、話を本題に戻した。
「出発の件だが、事が事だけに今日にでも出発してもらいたい。すでに先遣を出し、諸事手配はつけておる」
 続けて、スターレイクが引き継ぐ。
「北方領域担当の監査官は、名をオブリッツと言う。本来なら北方諸領を巡回しておるのじゃが、今回は緊急事態ゆえ、マジックギルド(魔法使いの職業互助協会)を通じて連絡をつけておいた。ハブラ・ビンにて合流し、その後の動きについて協議せよ」
 あまり耳なじみのない地名に、ストラウスは小首を傾げた。
「ハブラ・ビン……ああ、アルゴス大草洋の真ん中の。なぜ、そんなところで? 現地に着いてからではいけないんですか?」
「陰で動けと指示したじゃろう。現地で合流などして、デービス配下の者に知られたらどうする。本当なら、確実に安全を見込めるカムン砦まで呼びつけたいところじゃが、さすがにそれでは合流してからミアに着くまで時間を食うでな」
 キーモを除く一行はふんふんと頷く。
 さらにラリオスが話を引き継ぐ。
「ま、たとえデービスに叛意があって諜報の網を広げていたとしても、領地内とその周辺までがせいぜいだろう。さすがにハブラ・ビンまでは届くまい。逆にそこまで網を広げられているとしたら、もう監査云々以前の問題だ。相手は領内に入った途端に行動を起こしてくるだろうし、そうなればお前達はただ監査官を守って、グラドスに戻ってくることだけを考えればいい」
「そういうことだ。いかなる手を使っても、な。それこそ、お前達の得意領分だろ?」
 くく、と腕組みをしたアレフが笑う。
 頷いて、ストラウスが立ち上がった。
「わかりました。では、今から準備します」
 そして、仲間へ振り向く。
「昼過ぎに城門前に集合でいいな」
「おう」
「りょーかい。……おいキーモ、返事」
「……へ〜い」
 ゴンに促され、まだへたっていたキーモは嫌々ながら声を出した。
 そこへ、アレフがふと虚空に視線を彷徨わせた。
「――ああ、そうだ。ゴン、後で渡しておきたい物がある」
「はぁ。なんですか?」
 一瞬、ゴンの表情に嫌そうな陰がよぎる。
「心配するな。紹介状だ。ミアの村にはブラッドレイというモーカリマッカの司祭が駐在している。私とは古い付き合いでな。彼にそれを渡してくれれば、少なくともお前の活動拠点はミアのモーカリマッカ神殿に置ける」
「ああ……はい。じゃあ、後でいただきにあがります」
 師弟の話が終わったのを確認して、ストラウスはカイン3世を見やった。
「では王様、行ってまいります」
「うむ、くれぐれも事を荒立てぬように頼むぞ」
 キーモ以外はそれぞれに頷き、"愛の狂戦士部隊"の一行は、ぞろぞろと<会議の間>から出て行った。

 ―――――――― * * * ――――――――

 四人がいなくなると静寂が訪れた。
 その静寂を最初に破ったのはラリオスだった。椅子の背もたれに身体を預け、顔だけカイン3世に向ける。
「王よ、やはり私も密かに出ておいた方がいいのでは……?」
 だが、カイン3世より先にアレフが答えた。
「いや、連中に付き添うのは私の予定だった。交渉時における中立の立会人としてな。そのために私もここに呼ばれたんだ」
「アレフが? 中立の立会人? ……悪い冗談だ。アレフが立会いで黙っているはずがない」
 ラリオスの鋭い指摘に、アレフも苦笑する。
「まあ、それはともかくだ。デービスなどよりもっと厄介な事件が起きそうなんでな。わざわざお前とスターレイクのじいさんにも、この場に出て来てもらった」
「地方領主の叛乱騒ぎより? 何だそれは」
 ラリオスが怪訝な顔をすると、アレフは急に表情を引き締めた。戦いを前にした戦士のように。
「奴が、帰ってくる」
「奴? 誰だそれは。俺達に恨みを持って帰ってきそうな奴はごまんといるぞ」
 笑いながら、ラリオスは頭の中の人名録をめくっていた。
(――とはいえ、アレフにそこまで緊張させる者といえば……)
 ぎょっとしたように、笑顔が凍りつく。
「まさか……奴か!!」
 跳ね起きたラリオスはアレフを見つめる。返事の代わりにアレフは口元を歪め、頷いた。
「ふむ。カイゼル=フォン=ノスフェル伯爵か。【転生体】のヴァンパイア……しかも、十年前より確実に力を増しておろう。厄介な相手じゃのう」
 スターレイクは他人事のように呟いて、杖の先の瘤で頭を掻いた。
 カイン3世も緊迫した面持ちで、深く頷く。
「十年前、お前達でも倒しきれなかった仇敵、か。それで、そやつは今どこに?」
 その質問を受けたアレフは、バツが悪そうに下を向いて頭を掻いた。
「はぁ、実はそこをモーカリマッカ様に聞きそびれまして」
「なんだ、それは。それでは何の意味もない」
 ラリオスの叱責に、アレフは睨み返した。
「うるさいな。ゴンのバカがあそこで飛び込んで来なければ、ばっちりきっちり訊けてたんだよ」
「は?」
「ああ……いや、こっちの話だ」
 アレフは首を振って話を戻した。
「とにかく、可能性としては、十年前に根城にしていた古城のあるミアが高い」
「ミア……偶然か? ――よもや……スターレイク、今回の件は奴の画策ではあるまいな?」
 カイン3世はスターレイクの表情をうかがった。
 相談役は、首を振った。
「それはなかろう。奴の性格からして、地方の領主を煽って叛乱を起こさせたり、人間の兵隊を集めて訓練したりなどと回りくどいことはせん。準備が整い次第、自らグラドスへ来るであろうよ。奴の第一の目的はいまや、国盗りではなくわしらへの復讐のはずじゃからな」
 アレフは頷いて、虚空を睨んだ。
「そうだな。私が奴なら、直接グラドスへ乗り込み、貴族街かスラム街で仲間を増やす。両方とも国の治安機構の監視が届きにくい地だけに、そこで増殖されれば手の打ちようがなくなる」
「となると、迂闊にグラドスを空けるわけには行かぬか……」
 呟いて、拳を握り締めるラリオス。
 アレフも思いつめた表情で同意する。
「ああ。何としても私たちの総力を以って、奴の侵入を阻止せねばなるまい。私は、レグレッサにいるあらゆる宗派の全神官に協力してもらおうと思っている。この状況だ、多分快く協力してくれるだろう。【転生体】の恐ろしさは、皆知っている」
「やれやれ。ならばわしは、マジックギルドにもう一つ、頼みごとをせねばならんかの」
「では、俺は盗賊ギルド(高等技術犯罪者による職業互助協会)へ」
 三人がそれぞれ頷き合う。
「では、わしもグラドス衛兵隊に報告を密にするよう命じておこう。何か異常があれば、おぬしたちに伝える手はずを整えておく。しかし……何とか犠牲者の出る前にけりをつけたいものだな」
 カイン3世の額に統治者としての苦悩の皺が刻まれる。
 アレフは冷淡に首を振った。
「おそらくそれは無理でしょう。奴もバカではない。それに、犠牲者が早期に見つかることもそうそうあるものではありません」
「歯痒いな」
 ラリオスの漏らした一言は、その場にいる者全ての心中を語っていた。
 アレフが苦々しげに頷く。
「全くだ。私も攻めには自信はあるが、守りはがらじゃない。……居場所さえ判れば、こちらから乗り込んでやるものを」
 そんな彼らを見かねたスターレイクは、白ヒゲをしごきながら諭すように言った。
「若いのう。ほっほっほ……『せいては事を仕損じる』と言うてな。犠牲になる者達にはかわいそうじゃが、防ぐ術がない以上、それぞれが背負える以上の責任なぞ感じておってもしようがないわい。今はそのようなことにくよくよしておるよりも、奴の尻尾をまずつかむことに全力を傾けるべきじゃ。無用の悩みや心配なんぞで心を曇らせておっては、それこそわずかな違和感を見逃しかねんぞい。」
「わかっていますよ、スターレイク師」
 ラリオスは低く、唸るように言った。その表情はまるで何の装飾もされていないお面のように無表情だが、目には明らかに怒気と殺意が宿っている。
「だが……あの時、奴を完全にしとめておけば……」
「それこそ、意味のない後悔というもの。第一、あのときの最大の失敗の責は、黒焦げで意識を失っていたおぬしではなく、わしとかアレフ、ここにはおらんがアーノルドが負うべきものじゃ。のう、アレフ」
「それを言いますか」
 アレフが渋い顔でため息をついた。
「今度は取り逃がしはしませんよ。たとえラリオスが黒焦げになっても、奴の消滅に全力を注ぎますよ」
「馬鹿言え、二度とあんな無様をさらしてたまるか。今度は魔法を使う暇など与えん。その前に、奴の心臓へ銀の針を突き立て、銀の糸で粉々に切り刻んでやる」
 むきになって言い返すラリオス。指先で回す長い針が眩しいきらめきを放つ。
 スターレイクは愉快げに目を細め、何度も頷いた。
(そうじゃの。こちらも十年前とは違う。少年ゆえに手加減を知らぬ、残忍な暗殺者であったあの頃のラリオスとはもはや違う。単純に力を増しただけでは、伯爵……おぬしはまたしてもラリオスにやられるだけじゃぞい)


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