愛の狂戦士部隊、見参!!

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第 0 章(閑話 その4) 騎士 - Knight of Knights -

 立ちはだかるは、錆びつき赤茶けた鎧の壁。
 その腕に握らるるは、牛すらたやすく両断するであろう、巨大な戦斧(グレートアックス)。
 両側部から角の生えたヘルム(兜)のバイザーに開いた覗き窓から、濁った黄色の輝きが見下ろしている。
 実体のない亡霊に呼吸など必要ないにもかかわらず、やたらと息が荒い。
「……ネスティス殿、ここは私にお任せあれ。さすがにこればかりは、レディ・ファーストというわけにはいかぬゆえ」
 緑の鎧――デュランが笑いながら進み出た。小脇に抱えていたヘルムを被り、端正な素顔を隠す。
 ノスフェル伯爵の配下となって以来、デュランはネスティスを立てるように振舞う。
 対するネスティスは相変わらず感情の色薄く、ただ頷いて二、三歩後退した。

 ―――――――― * * * ――――――――

 かつてロンウェル王国の主城であったロンウェル城。そこに拠点を定めたノスフェル伯爵は、本格的な配下の獲得に乗り出した。
 とはいえ、もともと闇の領域に生きる者はそう多くはない。まして、将来的に捲土重来を期しているノスフェル伯爵にとって、連れて行くのにさえ難儀するような頭の悪いモンスターの類は、よほど強力でなければ配下にする甲斐がない。
 そして、そのような条件を満たす者はそう容易くは集められない――と思っていたところへ、新たな亡霊(スペクター)が飛び込んできた。
 怜悧なるネスティスとも、才知に長けるデュランとも違い、恐ろしく強力な破壊衝動の塊。
 何が気に入らないのか、ロンウェル城に侵入してくるや、手当たり次第に破壊を始めたため、何匹かの新参配下を送ったが、ことごとく返り討ちにあってしまった。
 そこで、ネスティスとデュランの出番が回ってきたのであった。

 ―――――――― * * * ――――――――

 デュランの剣技はことごとく弾き返された。
 腕組みをしてその戦いぶりを見ていたネスティスは唸った。
「実体のない霊体のくせに、剣を弾く? 何だ、こいつは」
 そこへ、グレートアックスに弾き飛ばされたデュランが戻ってきた。華麗に空中で反転し、楽々と着地する。
「……やれやれ、どうも生前に使用していた武具の類を核として存在するタイプのようですな」
 ネスティスの独り言を聞いていたのか、デュランは頼まれもしないのに解説した。
「我々とは違う、ということか」
「いえ、基本的には同じ亡霊(スペクター)です。ただ、我々は生前の執念のみにて生まれたる者。彼は生前の執念に加え、身近な武具という依り代を得ている分だけ、我らより現世への固定力が高い。その分、余った霊力を破壊に回せるから、純粋に強い」
「よくわからないな」
「我々はここにこうしているだけでも、それなりの霊力を必要とするのですよ。元々現世にはあってはならぬ存在ゆえに。その霊力を、依り代という形で省力している分、戦闘に注ぎ込める霊力は向こうの方が――ネスティス殿?」
 デュランの解説の間にネスティスは紅のヘルムをかぶり、剣を抜いて、踏み出していた。
「御託はいい。伯爵様のためになすべきは、ただ奴を止めること――依り代があるのなら、それを潰せばよい」
 吐き捨てるように言って、巨鎧の亡霊に挑みかかる紅の亡霊騎士。
 デュランは半ば感心、半ば呆れて嘆息した。
「いやはや……剛毅というか、盲目というか……騎士の鑑ですな、ネスティス殿は」

 ―――――――― * * * ――――――――

 敵の猛攻は凄まじかった。
 何しろ一振りで城の壁に容易く穴を開ける怪力に加え、無敵かと思えるほどの防御力を誇り、その上なにやら野獣じみた勘の鋭さすら備えている。
 既にネスティスは数度、グレートアックスの刃にかかり、一瞬ではあるが真っ二つにされていた。
「なんという……荒々しい戦いぶりか」
 ネスティスが感嘆とも分析とも取れる呟きを漏らす。
 真っ二つにされるたび、おのれの身体を構成する霊力とやらが蒸発するように消えてゆくのを感じる。
 にもかかわらず、敵はいまだ無傷。伯爵の魔力を剣に注ぎ込むやり方も、核となる鎧には届いていないようだ。
 途中から、形勢不利と見てデュランも加わった。しかし、相手には一体も二体も同じようである。歯が立たない。
 二人は一旦距離を取った。
 相手の唯一の欠点は足が遅いことだ。距離を詰めるのに時間がかかる。
「ネスティス殿、いかがなさる? 少々分が悪いようですが?」
 デュランの口ぶりには自嘲の響きがある。
 少し揺らぎ始めている自分の手を見ていたネスティスは、冷ややかに返した。
「デュランでもあれは倒せぬか」
「倒せぬことはありませんが……少々てこずりますな。お許しがいただければ、城の武器庫へ誘導し、我が魔術を以って千の刃を叩きつけます。九百九十九本が弾かれようと、一本が貫けば――」
「私の時に使った、四本の魔剣魔槍は使えぬのか?」
「使えはしますが、あの鎧を貫くにはやや心許ないですな」
「鎧を貫く必要はない。天才をうたうお前なら、鎧の隙間にねじ込むことぐらいは出来よう」
「…………何をお考えか、ネスティス殿」
 デュランの疑義に答えず、ネスティスは剣を一振りした。
「お前は奴の動きを止めよ。後は私がやる」
 一瞬、デュランは返答をためらったが、すぐに頷いた。
「心得た。――来い、我が手足よ!! 汝らの力を我に貸せ!!」
 四振りの魔剣・魔槍がデュランの背後に勢ぞろいする。
「奴の動きを止める。狙うは両肩、両足の継ぎ目!! 行けい!!」
 主の指示に従い、四本の武器は巨鎧の亡霊に襲い掛かった。

 ―――――――― * * * ――――――――

 さすがに天才を自称するだけあって、デュランの攻撃はいとも容易く巨鎧の動きを封じて見せた。
「……ぐががが……無駄、だ……」
 侵入してきて以来、初めて漏らす意味ある言葉。濁りきった沼が発するガスのような、聞きにくい声だった。
「しゃべった!? 意識があるのか!!」
 デュランが動揺する。
 だが、ネスティスは無視して床を蹴った。真っ直ぐに突っ込んでゆく。
「貴様らの脆き剣では、この鎧は貫けぬわ……」
 ごぼごぼと嗤う巨鎧。瘴気じみたものが、鎧の正面に集まってゆく。
 ネスティスの剣が魔力の輝きを放ち、虚空を一閃した。甲高く澄んだ金属音が鳴り響く。
「ぬ……ぬぉっ!?」
 ごどん、と鈍い音を立てて落ちたのは鎧ではなく、グレートアックスの刃。
 背後でデュランが感嘆の声を上げる。
「おぉぉぉのれぃ!! だが、これしきで……見よ!!」
 瘴気の塊が落ちた刃を包み込み、持ち上げる。そして斬られた柄にくっつけようと運んでくる。
「愚かなり」
 魂の底まで冷え切ったような声で、ネスティスが呟く。
 次の瞬間、魔力を帯びた刃が瘴気の薄れた鎧を真正面から打ち貫いた。
 たちまち、獣そのものの叫びが響き渡った。
「うがががぐごがごおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!」
 ネスティスは剣を柄まで突き込みながら、吐き捨てた。
「……力は強かろうが、貴様のは戦いではない。ただの破壊だ。貴様のように見境のない愚かな輩など、伯爵の御前に引き出すまでもない。私がここで――」
「待て」
 どこから現われたのか、ネスティスの肩に分厚い手が置かれた。
 途端に電気のようなものが走り、ネスティスは動きを封じられた。
「は、はく……伯爵……様……?」
「それを決めるのはうぬではない。思い上がるな。――どいておれ」
 伯爵の腕が振るわれ、ネスティスは軽々と後方に吹っ飛ばされた。
 避ける暇のなかったデュランが受け止め、そのまま尻餅をつかされる。
「なんと……」
「伯爵……様……」
 絶句する二人に背を向けた伯爵は、刺さったままのネスティスの剣を握った。
「答えよ、うぬの名は?」
「名などいらぬ……我が欲するはただ破壊のみ……破壊はかい破壊ハカイはかい――」
 叫びというより咆哮だった。震える空気に、壁が呼応し、周囲に転がる小石さえ動き出す。巨鎧が開けた破壊孔からは、ひっきりなしに細かい石の粒が落ちている。
「望みは破壊のみか。なるほど、亡霊(スペクター)の模範たる破壊欲の権化。面白い。ならば、わしが名づけてやろう」
 剣を通して伯爵の魔力が流れ込む。
 たちまち巨鎧の亡霊は陸に揚げられた魚のように暴れ始めた。
「なん……げブぶ…………入って来るな……ぐごボばガぼ……ヨせ……がぶ」
 赤錆、緑青だらけのまだら模様だった鎧が、たちまちつやも鮮やかな黒一色の鎧へと変わってゆく。
 力の限り暴れる巨鎧を剣一本で押さえ込み、伯爵は邪悪そのものの笑みを頬に刻んだ。
「くっくっく、貴様は黒か……。よかろう、これからは黒のマルムークと名乗るがよい。その破壊の力、我が下で存分に振るえ。そして、それ以外の楽しみも徐々に教えてやろうぞ。くっくっく、ぐははははははははは」
 黒のマルムークのあげる悲鳴じみた咆哮を聞きながら、ネスティスとデュランはあれが仲間になるのかとただ呆気に取られていた。


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