愛の狂戦士部隊、見参!!

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第 0 章(閑話 その3) SHIN-KA −進化・深化・真価・臣下・侵禍…−

 さらに半年が過ぎた。
 赤のネスティスという手駒を得たノスフェル伯爵は、いよいよ活発な活動を開始した。
 その目的は、新たなる配下の獲得とおのが力の増強、そしておのが乾きを癒すこと。
「ネスティス、うぬが人の身であればわしの牙の潤いとなれたものを。残念だな」
 放棄された小さな城の玉座に座り、冗談めかして笑うノスフェル伯爵に、ネスティスは頭を下げる。
「……御身のために働くという我が喜びに変わりはありませぬ。どうぞお気になさらず」
 律儀というか、面白みのない返答に伯爵は何ともいえない表情を作った。
「そういう時は、『私も残念です、伯爵様』と切り返すのだ」
「失礼いたしました。次からはそのように」
 再び頭を下げる。
 ネスティスはこの半年で、驚くべき成長を遂げた。実に豊かな応答を返せるようになっていた。しかし、まだ教えられたことを繰り返しているに過ぎない。自分で考え、自分で動くには、いま少しの時間が必要なようだった。

 ―――――――― * * * ――――――――

「我が名はデュラン。かつてこの地に栄えしロンウェル王国の騎士。そして――ロンウェル王国を滅ぼせし者なり!」
 ぼんやりとした瘴気を身にまとい、名乗りを上げる鎧騎士に、ノスフェル伯爵は薄笑みで応えた。
「ほほう、ロンウェルを滅ぼした騎士か。聞いたことがあるな」
「ほう、我をご存知か」
 デュランは嬉しそうに聞き返した。鎧と同じ黒くくすんだ銀色の兜が、くつくつと揺れる。
 ここは打ち捨てられた古城。もう何十年も人の訪れた気配のない、森の奥に隠されし城。
 旅の最中にここへ寄った伯爵とネスティスは、デュランの襲撃を受けたのである。
 今もネスティスは主人を守る忠犬の形相で、伯爵を背に亡国の亡霊騎士に剣の切っ先を向けている。
 その様子を頼もしそうに見下ろしながら、ノスフェル伯爵は続けた。
「もう百年も前の話だな。ロンウェル最強の名をほしいままにしていた天才的な技量を持つ騎士が、王家の妬みによって罠に嵌められ、刑死した。しかしその怨念凄まじく、死後亡霊としてよみがえり、王座に着く者に次々勝負を挑んでは殺していったと……高名な僧侶にも払うことはできず、ついにロンウェル王家は滅んだ。城は打ち捨てられ、城下からも人の姿は絶え、その領地も数十年前にアモン=ロード帝国に吸収された」
「その通りだ。……アモン=ロードの者は、私にこの城を与えると言った。ゆえに私はこの城の主。我が意に従え、訪問者よ」
 ノスフェル伯爵は久方ぶりに満面の笑みを浮かべた。
「面白い。うぬの意はわかっておる。その力量を見せよ、というのであろう? 良かろう、見せてくれる。だが、その前に我が配下と戦い、打ち破れればの話だがな」
「配下……その、女だてらに鎧を着た者のことか。ふん、あたら美貌を血に染めることもあるまい? それとも、それが貴族のたしなみとでも?」
「案じずともよい。こやつもうぬと同じ亡霊(スペクター)。手加減は無用ぞ」
「ならば……参るっ!!」
 デュランは真っ直ぐネスティスへと突進した。

 ―――――――― * * * ――――――――

 戦いは教えられたことを繰り返すだけでは、決して勝てない。
 自ら選び、失敗から学び、新しいやり方を考え、それを実行に移す――その繰り返しが勝利を引き寄せる。
 デュランとの三日三晩に渡る壮絶な戦いにおいて、ネスティスはその才能を一気に開花させた。
 最初は受けるばかりで、攻めに転じても簡単にいなされていたのが、一日目の最後にはいなし方を覚え、二日目にはデュランの動きを見切り、三日目にはデュランと伯仲した。
 驚いたのはデュランである。お互いそう簡単に消滅するような存在ではないため、思い切り良く攻め立てていたが、たちまち窮地に追い込まれてしまった。ネスティスの物覚えの良さには戦慄すら覚える。まるで自分の百年以上に渡る戦いの経験を全て吸い取られてゆくようだ。
(こ、こやつ……このままでは、凌がれる!!)
 デュランは腹を決めた。天才とまで呼ばれたこのデュランが、こんな女騎士ごときに負けるわけにはいかない。だが、こいつの背後にいる貴族用に隠しておいたとっておきを使うしか、もはや勝ち目はない。
 剣を打ち合わせ、お互いに弾き飛んだ刹那、デュランは左手を頭上に突き上げた。
「来い、我が手足よ!! 汝らの力、今こそ借り受ける!!」
 どこからともなく、一振りの剣と二本の槍、一本のポールアックス(柄の長い斧)が飛んできた。
「ネスティスよ、汝の強さは身に染みた。だが、我は負けぬ。剣の扱いは同等ならば、これはどうかな?」
 デュランがつかんだのは剣だった。両手に剣――二刀流である。しかも、後からつかんだ剣は仄かに光っている。
「この魔剣は無銘だが、魔法で切れ味を強化してある。たとえ汝が我と同じく命持たざる存在だとしても、この剣は切り裂くぞ」
 ネスティスは全く表情を変えない。じっとデュランを凝視している。
「よかろう、覚悟はある、ということだな。汝を見くびったことは謝ろう。汝はわが生涯に二人となき騎士なり!!」
 口上が終わるや否や、ネスティスはその懐に飛び込んでいった。
 デュランが迎え撃つ。
「けぇいっ!!」
 ネスティスが一つ目の剣を受け流した刹那、反対側から魔剣の刃がネスティスの右わき腹から左肩へ、斬り抜けた。
 紅の鎧に斬撃の痕が刻まれる。
 追い討ちの三撃目を食らって跳ね飛ばされたネスティスは、表情を変えずに剣を構えた。
「……伯爵様からの賜り物に傷を……」
 戦いが始まって以来、初めて漏れるネスティスの声にデュランは、さらなる追い討ちをためらった。
(雰囲気が……変わった。何だ?)
 構えを解いて背を伸ばし、腕を体の横にだらりと下げるネスティス。
「許さない」
 殺気。
 これまでの気迫が清清しく感じられる、空気が澱むような気配。
 デュランは両手の剣を後ろへ放り投げ、槍の一つを取った。
(同じ武器を使い続けるのはまずい。適宜変えてゆく)
 両腕で構えた槍をネスティスの心臓目掛け、一気に突き込む。
 ネスティスは避けもせず、その穂先を受けた。突き抜けた穂先が、背中にかかる髪の間から突き出している。
「な……なに!?」
 一瞬の動揺。槍を抜く間を与えず、ネスティスの剣が一閃した。
 穂先をネスティスの胸に残し、槍の柄が真っ二つにされた。
「おおっ!? 馬鹿な、こいつも魔法の付与を受けた槍だぞ! 正気か!?」
 叫びながら、飛び退り、次の槍をつかむ。虚空を裂く槍の穂先に、黒雲のような瘴気がこびりついている、いかにも禍々しい槍だ。
「これでどうだ!!」
 先ほどの轍を踏まぬよう、貫くのではなく突き削ることに重点を置いた連続突き。
 だが――澄んだ金属音とともに、またしても槍は真っ二つになった。
「なんと!?」
 諦めない。ポールアックスを振るい――ネスティスが動いた。
 懐に入られれば、ポールアックスはただの棒と化す。
「おのれぃっ!!」
 乾坤一擲、デュランが放った一振りはネスティスの残像を切り裂き、床を叩き割った。
「は、早――」
 冷たい金属が腹に突き刺さる感触。この百年味わったことのないその感覚に、デュランは混乱した。混乱しながらも、ポールアックスを諦めて投げ捨て、さっき投げ捨てた魔剣を呼び、握る。
 しかし、その腕が斬り飛ばされた。
 ありえない。亡霊(スペクター)には、身体という実体はない。だから、これだけ長い間戦い続けても疲れることもないし、普通の武器では一切ダメージを負わない。まして、たとえ魔法の武器であろうとも、特定の部位を切り離されるなどということは普通ありえない。切れ味が少しいいぐらいで、霧や靄を固体のように切り分けることは出来ないからだ。
 だが、ネスティスはやってのけた。
 転がるデュランの左手と無銘の魔剣。たちまち左手の方は霧散して消えた。
 残る魔剣をネスティスが拾い上げ、デュランの胸の中央に突き立てた。天才の名をほしいままにしたデュランさえ思わず唸りを漏らす、流れの中での一撃――さっきとは逆に、今度はデュランの背から魔剣の先が突き出す。  ネスティスはそのままデュランを押し込み続け、城の扉に突き刺した。
 さらに昆虫標本のように縫いつけられ、動きが取れなくなったデュランの腹に、自らの剣を突き刺す。
 そのときになって、デュランは理解した。魔剣でもないネスティスの剣が、なぜ自分の腕を切り飛ばしたのか。そしてなぜ実体にあらざるこの身が、冷たい金属の突き刺さる感触を感じたのか。
「そうか……貴様…………自分の魔力を、剣に……」
「私のではない。伯爵様の魔力だ。かつて、伯爵様はこうして私に魔力をお与えになった」
 デュランの胸に頬を押し当て、まだ剣の切っ先を奥へ奥へと埋め込もうとしているネスティスを見下ろし、天才騎士は薄く笑った。
「見事……。私の……負けだ。だが、この勝負……引き分けのようだな。汝の足が……消えているぞ」
 言われて自らの足を見下ろしたネスティスは、少しだけ顔をしかめた。確かに自分の足が、煙のようにゆらゆら揺れて心許なくなっている。だが、同じようにデュランの足も消えつつあった。
「お前も消えている」
「汝のせいだ。汝のおかげで、全ての力を使い尽くした……実に、腹立たしい……まあ、汝を道連れにできるのだ、よしと――ぬおっ!!」
 突然、デュランの顔面を大きな手がつかんだ。
 ノスフェル伯爵だった。悪鬼もかくや、という形相で嬉しげに笑っている。
「くくく、ロンウェルを滅ぼしたる亡霊騎士か。我が配下に相応しい」
「う、うおおおっ、なにを……!!」
「消滅などさせぬ。我が魔力で再びよみがえるがいい。そして、我が野望のために働くのだ」
 空いた手で、デュランの身体に突き刺さっている剣を引き抜く。その間に、デュランの鎧が色を変えつつあった。黒くくすんだ銀色から、森の奥にひっそり佇む底なし沼を思わせる深緑へと。
「うぬには亡霊騎士・緑のデュランの名を与えよう」
 やがて、ノスフェル伯爵が手を離すと、デュランはその場にひざまづいた。
「……御意。我が主君よ。あなたにいただきたるこの命を以って、最期までお仕えいたします」
「ふん。せいぜい期待しよう。精進するがいい。――さて、ネスティス」
 振り返ったノスフェル伯爵。ネスティスはもう腰の辺りまで消えつつあった。
 デュランにしたのと同じように、顎をつかんで魔力を供給する。たちまち消えていた下半身が再び現われ、紅の鎧も新品同様に戻った。
「うぬにもまだまだ働いてもらうぞ。我が野望はまだ、やの字すら達成しておらぬ」
 ネスティスはデュランと同じように片膝をつき、頭を垂れた。
「ありがとうございます。我がなすべきは伯爵様の御心のままに」


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