愛の狂戦士部隊、見参!!

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第 0 章(閑話 その2) 戯れの輪舞(ロンド)

 肉を裂く鈍い音が静寂の廃墟に奏でられ、一つの命が終わりを迎える。
 心の臓を女性の腿ほどもある腕に貫かれた男は、小刻みに痙攣していた。
 生々しい音とともに腕が引き抜かれる。
 もはや物と化したその死体を、傲然と見下ろすのは二つの赤い輝き――ノスフェル伯爵だった。
「しかし、なんだな」
 嘆息気味に呟きながら、腕を振る。汚らわしき血にまみれた右腕は、いかなる魔術の仕業か、瞬時に元の清潔さを取り戻した。衣服にさえ一点の染みもない。
「ハンターだか冒険者だか知らぬが、こういう有象無象をわしがいちいち相手をするのも煩わしい限りだ。そろそろ配下を増やさねばならんな」
 ここはアモン=ロード帝国内の辺境。ガイア山脈の奥地を領地とするかの国は、死を超越したネクロマンサー(死霊使い)の女王が支配している、と聞いていたが……結局、噂に過ぎなかったのかもしれない。
 そのような闇の領域に踏み込んだ者が支配する国ならば、あるいは歓待を受けるかと思っていたが、これまでのところ同族に出会った試しはない。来るのは殺気を撒き散らすだけでまるで歯ごたえのない小虫ばかり。
(そもそも闇の領域に踏み込み、国の長にまで登りつめた者が、レグレッサやマクソンのような隣国を放置しておくわけがない。ネクロマンサーならなおのこと、死者が出れば出るほどその死者どもをゾンビやスペクター(亡霊)に仕立てることで、自らの軍を強化できるではないか。にもかかわらず、侵略戦争を仕掛けぬということは……所詮小物か、噂に過ぎなかったということだ)
 気づけばネスティスが足元にひざまづいていた。
 臣下の礼ではない。たった今命失った男のために涙を流し、その見開かれたままの目蓋を優しく閉じてやっている。
 この者が犠牲者のために涙を流すことには、もはや興味はなかった。聞けば、自分でもわからず泣いてしまうのだという。本人でもわからぬことを伯爵自身が理解する必要はない。
(なるほど……こやつに会ったせいで、わしはアモン=ロードの名に過度の期待をしておったのやもしれんな)
 伯爵はマントを翻し、自らの宿である棺桶の縁に腰を下ろした。
 静寂の中に、ネスティスのすすり泣きだけが漂っている。
 ここは打ち捨てられた村の教会だった。ステンドグラスはところどころ破れ、扉は蝶番が錆びついて――いや、最前飛び込んできた無礼極まりない冒険者が叩き壊したのだった。伯爵の背後、壇上の神像は腰から上が破壊されている。
 貴族であるノスフェル伯爵にとって、このような廃墟を宿とすることは屈辱ではあった。しかし、最近はおのれの敗北こそがその原因である、と半ば諦めている。一度落ちた者が這い上がるには、それなりの辛酸と時間が必要なのだ。
(とはいえ、このままでは忍耐力はつくかも知れぬが、腕は確実に鈍る。適当に強き敵と戦わねば……さりとて、あのような小物ばかりでは退屈――)
 ふと、ネスティスに目が止まった。すすり泣きながら、もはや命なき物体を優しく撫でさすっている。
 伯爵の頬に笑みが浮かんだ。棺桶から腰を上げ、ネスティスの背中に声を投げかける。
「ネスティス」
 白衣の女はゆっくりと振り返った。
「は……い……?」
 その涙で潤んだ眼前に、一振りの剣を差し出す。柄をネスティスに向けて。
 ネスティスはきょとんとして、その剣を見つめた。そして再び伯爵に目を戻し、小首をかしげる。
「取れ。うぬにこの剣を与える。わしの退屈を晴らしてみせよ」
 しかし、ネスティスはまだわからぬげに首をかしげていた。
 伯爵の表情が曇った。
「よもや、使い方を知らぬのか……? あれほどの男どもを殺しておきながら……?」
 退屈の気晴らしへの期待に、伯爵は口許を緩めた。
「……くっくっく、よかろう。では、そこから教えてやろう」

 ―――――――― * * * ――――――――

 半年が過ぎた。
 闇夜に剣戟の音が響く。
 今夜は新月。ただ闇の中に打ち合わされる鋼と鋼の音だけが、不気味に響き渡る。
 永劫とも続く剣戟は、夜明け前にようやく一声の唸りとともに終焉を迎えた。
 少し白んだ空の明かりが、墓場で向かい合う一組の影を浮かび上がらせる。
 ノスフェル伯爵とネスティス。両者とも、凍りついたかのように動かない――ネスティスの剣の切っ先が、ノスフェル伯爵の喉元に突きつけられていた。
「……く、くくく……腕を上げたな、ネスティス」
 ネスティスは剣を引き、黙って頭を下げた。白い衣が風に吹かれ、なびき波打つ。
 半年前までのどこかぼんやりとした、恍惚境にあるような表情はほとんどない。いっぱしの剣士らしく、目の光も表情も引き締まっている。
「新月の夜、明け方近くでわしの力が最も衰える時とはいえ、一本取るとは。よくやった。ふふ……もはやお主にその装いは似合わぬな」
 伯爵が指を鳴らした。
 途端に、ネスティスは身をよじって悲鳴を上げた。
 白い衣が霧のように形を失ったかと思うと、血を思わせる紅に染まってゆく。それは霧が彼女の血を貪っているようにも見えた。もっとも、人ならぬその身に血など流れてはいまいが。
 初めて聞くネスティスの女らしい声に、伯爵は相好を崩していた。
「ほう、おぬしでも悲鳴をあげられるか。それとも、わしの魔力がおぬしを変えたか?」
「伯……爵、様……何を……」
 霧を払いのけようと髪を振り乱し、腕を振るう。しかし、形のない霧は振り払えない。
「この半年間、うぬと剣を打ち合わせるたびに、わしの魔力をうぬに与えておったのだ。今や、時は満ちた。その魔力が形となる――ほうれ」
 やがて霧は形を持ち始めた。
 腕、肩、胸、背、胴、腰、大腿、脛、足……それは鎧だった。血の紅に染まった、禍々しきプレートメイル。
 暴れるのを止めたネスティスは、赤い板金に覆われてしまった自分の身体を呆然と見下ろしていた。
 手足を動かせば、かすかに軋むが本物の鎧のようにうるさくない。何より、重さがないに等しい。まるで自分の体の一部のようだ。
「……これ、は……」
「我が魔力が、おぬしの中にある負のエネルギーと結合して創り上げた、世に二つとない鎧よ。今日の日の祝いに、その鎧をおぬしに与える。これよりうぬは亡霊騎士(スペクターナイト)・赤のネスティスとして我が手足となり、戦うのだ」
 ネスティスは伯爵の言葉を聞いているのかいないのか、物珍しそうに篭手(手の部分)に包まれた自分の両手をためつすがめつしている。
 たちまち、伯爵は渋い茶でも口に含んだような顔になった。
「……おい、ネスティス。そういう時は膝を着き、頭を垂れ、胸に手を当てて、『ありがとうございます。この身命に代えましても、お仕えいたします』と言うのだ」
 少し小首を傾げたネスティスは、言われるままに両膝を着き、両手を胸のふくらみに当てて、頭を地面に押しつけた。
「ありが……とう、ござ、います。このしんめーに……かえ、ましても…………おつかい……いたしまぅす」
 風変わりな土下座に、棒読みの方がまだましな口上。伯爵は思わず虚空を見上げた。
「次は礼儀作法と教養を教えねばならんか……これは剣術より厄介かも知れんな」
「つぎ、は……れえぎさほーお……」
「あああ、もうよい! そこは繰り返さんでいい!!」
 胸を押さえたまま上体を起こしたネスティスは、なぜ伯爵が怒っているのかわからぬ様子で、小首を傾げた。


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