愛の狂戦士部隊、見参!!

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第 0 章(閑話) 墓場の出会い

 夜半過ぎにも関わらず、深い霧の立ち昇る森の奥にその墓場はあった。
 もはや訪れる者とてない、打ち捨てられた村の外れの墓場。
 そこを静かに進む人影があった。
 熊を思わせる巨躯、隙のない燕尾服の着こなし、赤い瞳――カイゼル=フォン=ノスフェル伯爵。
 スターレイク達に敗れて既に五年。しかし、その傷はまだ癒えてはいなかった。額にぽつんと空いた穴は塞がってはいない。そして、ずたずたにされた【転生体】のプライドも。
 ノスフェル伯爵は夜闇の中、ランタンも持たず墓場の中へと進んできた。
 酷い有様だった。まともな状態の墓石は一つもない。皆傾き、倒れ、壊され、砕け、苔むし、中には樹木に半ば取り込まれているものまである。
 墓場の中央まで来たノスフェル伯爵は、その場に膝をつき、土を一握りつかんだ。
 じっとりと湿った黒土だった。泥になる一歩手前の湿り具合、なんともいえぬ死臭漂う土を指先で潰してこすり合わせる。
 その頬に笑みが広がった。
「……ふふん、いい腐り具合だ。これならば代用品として充分使えよう。……む」
 何かに気づいた伯爵は立ち上がり、周囲を見回した。
「……泣き声か……? 女の声……」
 淫靡な笑みを浮かべ、舌なめずりをした伯爵は、すすり泣きの聞こえる方へと足を進めた。

 ―――――――― * * * ――――――――

 濃厚な血の匂いが漂ってくる。
 だが、伯爵は眉をひそめた。匂いに混じる汗臭さは、男のものだ。
 獲物の資格があるのは、美しい女かまだ穢れを知らぬ少年までだ。鎧を身にまとい、汗まみれで野外を活動する男など、配下にするつもりでもなければ近寄りたくもない。
 墓場の外、森の奥に広場があった。そこだけ霧が晴れ、月の光が落ちてきている。
「……あれか」
 伯爵の瞳が赤みを帯びる。
 広場の真ん中で女が一人、立っていた。
 周囲には鎧兜で身を固めた男たちが倒れている。伯爵には、そのいずれにももはや命の火が灯っていないことがわかった。
 ここいらに漂う、溺れるほどの血の匂いは、彼らが最前まで生きていたことを示しているが、食指は動かない。死体を貪るのは喰屍鬼(グール)の所業だ。闇に生きる種族の中でも高位にある【転生体】ヴァンパイアのなすことではない。
 女に近づく。
 女は、月を見上げていた。白い装束、白い肌、背中の中ほどまで流れる黒髪、華奢な肢体……だが、伯爵は違和感を覚えた。
 生の香りがない。月の光の下で咲く花のように儚げで、存在感が薄い。流れる血潮の温もりが感じられない。
 生者の女でなければ、獲物にはならない。
「うぬは……何者だ?」
 伯爵の声に、女はゆっくりと顔を向けた。その切れ長の両の瞳から、何かがこぼれている。
「……涙? 生者でもあるまいに、何を泣くか。惰弱な」
 伯爵の表情が汚らわしそうに歪む。
 ふん、と鼻を鳴らし、大仰に周囲を見回した。
「この有様は、うぬがやったのか?」
「私が……?」
 少し考える風に視線を外し、女はぽつりと言った。
「そう……私が……」
「面白い」
 にんまり笑う伯爵に、女は小首を傾げる。
「くっくっく。ただの幽霊(ゴースト)かと思っていたが……これほどの数の戦士ども手玉に取り、その命をことごとく奪うとなると、どうやら亡霊(スペクター)のようだな。よかろう、来るがいい。我が配下に迎えよう」
 マントを拡げ、招く伯爵。だが、女は不思議そうに首を傾げただけだった。
 伯爵の表情が強張る。
「来ぬ、というのか?」
「……あなたは……誰? 私は……」
 ぽつりぽつりと漏らしながら、一歩前に出る。
 会話のテンポが全く噛みあわない。伯爵は煩わしげに頬を引き攣らせる。
「我が名はカイゼル=フォン=ノスフェル伯爵。うぬの名に興味はない。これまでの名は捨てよ。どうしても欲しいのであれば……ネスティスと名乗るがよい」
「ネス……ティス……?」
 不思議そうに小首を傾げる。
 広げたマントが、意思を持つかのようにネスティスと名づけられた亡霊(スペクター)を巻き込んでゆく。
 月が翳った――ノスフェル伯爵とネスティスの姿が闇に沈む。
 伯爵が最後に一言、呟いた。
「わしがまだ人間であった頃飼っていた、ネコの名だ」


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