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屈辱の代償

 あの宣言以来、ミーカーはなかなか邸宅から出る機会がない。
 政治家や有力者が訪ねて来るためだ。相手が相手だけに、仕事を理由に断わるわけにもいかない。加えて、役職上作らねばならぬ書類が山ほどあり、書斎机から離れられない日々が続いている。
 これではユート居留地の見回りどころか、コロニー農場における作物の状況さえ自分の目で確かめる暇もない。
 一応、町の行政以外の雑務は手下を動かせば事足りてはいる。そうでなくとも、有能な秘書スティーブがきちんと差配して、ユート関連を除くトラブルらしいトラブルは封じ込めているから、心配することはないのだが……自分の目で確認できない歯がゆさは残る。
 そんなわけで、スティーブがノックして書斎へ入って来た時も、彼は机にかじりつくようにして内務省へ提出する書類を作成していた。
「何だ、スティーブ。新たなトラブルか? それとも、一昨日の今日で捜査がはかどったのか?」
 顔を上げようともせず、ペンを軽快に動かして書類作成を続ける。スティーブは唇の端を歪めた。
「ええ。“ANNA”ってのはナノ・ユートの……ほら、レッドフォックスの孫娘です」
「何?」
 ミーカーは手を止めて顔を上げた。
「レッドフォックス……あの小賢しい爺いか……。その孫娘だと?」
「はい」
「そうか……ふぅむ……」
 ペンを置いたミーカーは、腕組みをして椅子の背もたれに深く背を預けた。
 しばらくの沈黙。スティーブも口を開かない。無表情に彼が口を開くのを待っている。


 レッドフォックスとの因縁は、赴任当初の酋長会議以来になる。
 彼はミーカーの前任者よりも遥か以前に、連邦政府の要請に応じて真っ先に集落の定住に取り組み、農業も始めていた。その点では、非常に好感の持てる相手だと思っていた。
 しかし、実際はその名の通り、狡猾な老狐だった。
 自らの手先として他の集落の酋長も説得し、ユート全体の定住化と農民化を進めるよう命じたミーカーに、老酋長は軽く笑って言った。
「自由を何より尊ぶ合衆国、わしらはその気風が気に入ったのでお主らの法に従うことを決めた。じゃが、他の者はまだ納得してはおらんようじゃ。こればかりはわしが言って聞くことではないし、自由を尊ぶならなおのこと、彼ら自身の意思を尊重してやるのが筋ではないかな? ……焦りなさんな、長い目で見よ、ミーカー殿」
 その時、ミーカーは返す言葉を失ったまま帰途に就いた。そこではまだ、牙も爪も出す段階ではないと判断したからだったが、野蛮人、未開人、と蔑む相手に事実上の命令拒否をされたことは、実に屈辱だった。殺意が芽生えた。
 ミーカーはインディアンを合衆国市民だと考えたことはない。
 居留地に保護されるということは、動物と同じだ。市民の諸義務だって果たしてはいない。何より、この大地は白人のものだ。見るがいい、東洋人も黒人も、インディアンも一握りの白人が支配している現状を。アメリカは、白人のための国なのだ。
 東部の都市の片隅で細々と人目を忍んで生きている物乞いよりも下等な連中が、自分の命令を拒否するなどあってはならない。そう、白人様の言葉は、神の言葉に等しいのだ。
 だが、問題は相手が一応自分に従う素振りを見せていることにある。
 完全に敵ならば方策を選ぶ必要はない。先手必勝こそ最善の方策となる。しかし、形式上一番従順なレッドフォックスを何の理由もなく殺してしまえば、ミーカーに従属している他の集落の連中も反旗を翻すのは間違いないし、それこそミーカーが最も忌み嫌うあの男と同レベルに成り下がる。
 あの男――“陸軍始まって以来の超のつく大間抜け”J.A.カスター大佐と同じに。
 J.A.カスターはインディアンであれば女子供だろうと無抵抗だろうと容赦なく殺戮し、その髪型から『ロングヘアー』と呼ばれ悪魔のごとく恐れられた陸軍大佐だ。
 しかし1876年、リトル・ビッグホーン河畔に陣取っていたスー族、シャイアン族連合軍三千に対し、わずか二百五十六名で突撃を敢行して返り討ちに合い、文字通り全滅した。
 当時、まだニューヨークにいたミーカーは、この報せに非常な衝撃を受けた。インディアンが白人を殲滅したことにではない。インディアンごときに殲滅される間抜けが、合衆国陸軍で大佐の肩書きを持っていたことに驚いたのだ。
 それ以来、インディアン殲滅を声高に叫ぶ連中とは距離を置いてきた。
 連中は何もわかってはいない。連邦政府はインディアンを根絶したいのではない。支配下に置きたいのだ。それは、遠くローマ帝国を知る者を祖先に持つ、白人の自然な欲求だ。
 だからこそ、ユート・インディアン監督官にもなった。彼らを屈服させられないで、アメリカを従えることは出来ない、と考えたからだ。
 だが、その前に立ちはだかったのがレッドフォックスだった。
(狐……奴の考え方に同調するユート族が増えれば、それだけ政府の計画、ひいては私の計画が大きく狂ってくる。ああいう扱いにくい輩は早めに排除する……未開人種はしょせん、我々の支配を受けずには生きてゆくことさえできないことを思い知らせてやらねばならない)
 そう考えてはいたミーカーではあったが、差し迫った脅威でないことが災いし、このところの忙しさにかまけて、スティーブがその情報を持って来るまで完全に忘れていた。その辺りもレッドフォックスの策略なのだろうか。


(……狐め……尻尾を出したか? 孫娘に保安官を殺させて何を企んでいる? 殺られる前に殺ろうとでもいうことか?)
 ここに来てレッドフォックスが見せた言行不一致。その狙いが読めない。
(しかしこれは、神の下されたチャンスかもしれんな)
 ようやくミーカーは身体を起こした。
「わかった。――ところでスティーブ、拳銃の方は特定出来たのか」
 ようやく物思いから戻ったミーカーに合わせ、不動の姿勢をとっていたスティーブも身を乗り出してきた。
「三人を撃った拳銃ですが、口径は四一口径だそうです」
「それだけか?」
「あと、拳銃使いと“ANNA”は別人です。“ANNA”を追い詰めたマイク達の後から現場に現れたようですね」
「ほう。なぜわかった?」
 スティーブは脇に抱えていた書類の束を置いた。
「本件の詳しい報告はここに」
 ミーカーは書類を取り上げた。一枚ずつ繰りながら、顔をしかめる。
「ふむ……面倒だな。説明しろ」
「はあ。では――あそこは、こう、崖の一部が突き出しているんですが……」
 スティーブは手袋を脱ぎ、指でデスクの上に崖の俯瞰図を描いた。指先の脂がこすりつけられて形を浮き出す。
「その先に別の血痕がありました。三人のやられ方から見て、それは三人のものじゃない。殺された三人がユートの娘を追って行ったのを住民が見ていますから、おそらくその血は“ANNA”のものです。三人はここで“ANNA”を追い詰めたんでしょうな」
 報告書を脇に置いたミーカーは、神妙な顔つきで頷く。
「しかし、マイクとボブは頭を川側に向けて仰向けに倒れていました。つまり、彼らを撃った五人目の人間は彼らが背中を向けていた森、もしくは上流側から来たと推測できます」
「五人目? なぜ一人だとわかる。三人を相手にしてるんだ、複数かもしれんだろう」
「現場に残っていた馬の数は四頭でした。崖から落ちたらしいのが一頭いるので、全部で五頭。三人と“ANNA”がそれぞれ乗っていたことを考えると、辻褄の合わない一頭に乗っていた誰か、ということになります。多くて二人ですが、四頭のうち誰のものともわからぬ馬は、旅の荷物を載せてました。その量から見て一人。中身から見て、男――書物も入ってましたから、おそらく教養のある白人です」
 ミーカーの表情が途端に険しくなった。
「白人!? 白人がインディアンと結託して、保安官を殺したというのか! 誰だ、その裏切り者はっ!」
 少々被害妄想的なその発言に、スティーブは苦笑した。
「ミーカーさん、それは早合点というものです。現実的に見て、偶発的な事件ですよ、これは」
「偶発的な事件……事故に近いということか? 保安官が死んでいるんだぞ?」
 ミーカーが訝しげに眉をひそめた。
「保安官を狙って殺したものではなく、たまたま死んだのが保安官だったと私は睨んでます。この違い、わかりますか?」
「詳しく説明しろ」
「これから話すのは、あくまで私の推測にしか過ぎませんがね」
「かまわん」
「それでは……現場の様子から見て、連中は“ANNA”を崖っぷちまで追い詰めた。まあ、相手が相手だし、連中も連中だ。何かよからぬことを考えていたのかもしれません。ところがそこへ、ひょっこり拳銃使いが現れた。奴らはそこで思わず撃鉄を上げたままの銃をそいつに向けちまったんでしょう。バツが悪いと、とかくそういうことになりがちですし」
「よからぬこと、だと? ……なんだ?」
 スティーブは少し肩を落として頭を掻いた。言外ににおわせた淫靡な意味を、ミーカーは全く感じ取れなかったらしい。
「ああ、その、まあ……連中は男ですから。しかもかなり荒っぽくて頭の悪い」
 ミーカーはようやく理解して、汚らわしそうに顔を歪めた。
「……インディアンの小娘を襲おうとしたというのか。何を考えているんだ。恥知らずめ」
「皆がミーカーさんみたいにもてるわけでもないですし、白人の娘を襲うわけにはいきませんから」
「娼館があるだろう! 娼婦を買えるだけの給金も与えてないのか!?」
「いやまあ、若い盛りですし……話がそれてますよ。ミーカーさん」
「む、そうだな。……続けろ」
「三人とも眉間を撃ち抜かれている。相手は相当な腕の持ち主です。普通、眉間なんか狙ったってそうそう当たるもんじゃありません。しかもマイクは撃鉄を起こしておきながら、引き金を引く時間すら与えられていない。ボブとチャーリーにしても銃に空薬莢が一つずつ。ボブはもう一発撃ったようですが……それだけ短い瞬間の勝負だったということです」
 ミーカーは渋い表情で頷く。
「これが初めから三人を始末するつもりだったなら、背後から撃っているはずです。それこそ、マイクごときに撃鉄など起させずに。だが、実際は振り向くのを待ってから撃っている」
「なぜだ?」
「詳しくはわかりません。撃った本人か、その場にいて遺体の残っていない“ANNA”に聞いてみないと。状況は色々考えられます。恐怖に引き攣る顔を見てから殺すのが好きな殺人狂だった、という可能性もありますが、まあ、一番ありえるのは“ANNA”の危機を見て咄嗟に声をかけて止めたものの、マイク達が逆上して銃を向けたため、やむなく応戦、というパターンではないかと。いずれにせよ、計画的なものではなく、偶発的な事件です」
「チャーリーにトマホークが刺さっていた件は?」
 スティーブは両手を広げて肩をそびやかした。
「さあ。それも本人に聞いてみないと。“ANNA”に特別侮辱的な言葉を吐いたんで、死んだ後に復讐されたのかもしれません。医者は、致命傷になったのは額の銃創だと言ってます。トマホークじゃない」
「ふ〜む…………それで、その白人の目星は? 行方不明なのだろう?」
「まあ、本件最大の謎はそこなんですがね。“ANNA”ともどもどこへ行ったのやら……馬と一緒に谷底へ落ちたのかもしれませんな。もっとも、何でそんな状況になったのか、まったくわかりませんが」
 眉をひそめ、腕を組んで考え込むミーカーに、スティーブは肩をそびやかした。
「ただ、目星はつけられると思いますよ。真正面から抜き撃ちで額を撃ち抜く。これほどの腕の持ち主は、そうざらにはいません。……そうですね……賞金首ではニューメキシコで今噂のビリー・ザ・キッド、カンザスのジェシー・ジェームズ、それから賞金稼ぎですがサンダーボルト・ジェラードってところですか。まぁ、他にも早撃ちや腕のいいので有名な奴が地元にいないか、調べさせています」
「わかった。そっちの捜査は引き続き任せる。だが……出来るなら抱き込みたいところだな」
「御期待に沿うよう努力はしてみますが、どうとも保証は出来かねますな」
 すまなさそうなスティーブに、ミーカーは思わず鼻で笑った。
「かまわんさ。今はお前がいるからな。だが、いずれ中央へ戻るとき、お前には本当の秘書を務めてもらうつもりだ。その時、今のお前の部下を任せられる奴がいればと思っただけだ」
「有難いお言葉ですな。私からは何も出ませんよ」
 言いながらもスティーブはまんざらでもない表情で頭を掻いていた。
「……ところで、本件の決着についてだが」
「はっ」
 不意に真面目な表情に戻ったミーカーに、スティーブも神妙な面持ちで姿勢を正した。
「保安官殺害の犯人を“ANNA”と断定し、逮捕する。私も同行する。その際、ユート族の妨害がある」
 断定的な口調だったが、スティーブは黙って頷いた。
「危険にさらされた我々を、たまたま近くへ来ていた軍隊が助けてくれるだろう。公務執行妨害に加えて、合衆国市民の生命の危機だ。東部のインディアン擁護派も文句は言えまい。たとえ集落が全滅するような悲劇が起きたとしてもな。その場合でも泥を被るのは軍だ」
「はぁ。……しかし……」
 少し顔色を曇らせた秘書に、ミーカーは鋭い眼を投げかけた。
「しかし、なんだ?」
「あの集落の連中はユートの中でも従順な方です。そこまでしなくとも……それに、今、ユートを変に刺激しない方がいいのでは?」
「従順? あの爺いが従順だと? 奴はこの私の命令を一笑に付したんだぞ。どこが従順だ!!」
 ミーカーは机を叩いて立ち上がった。
「白人の真似をすれば、それだけでアメリカ人になれると思い込んでいる猿に、現実の厳しさを教えてやるのだ。我々と奴らが対等になることなど、絶対に、永遠にないと、骨身に刻み付けてやる。それに、他の反抗的な連中への見せしめでもある。あの小賢しいレッドフォックスですら逆らえばこうなるということを示せば、いかに猿でも私の言葉は絶対だと理解するだろう」
 ふぅっと息を吐いて、ミーカーは椅子に腰を落とした。興奮して少し血走った眼を、じろりと立ち尽くすスティーブに向ける。
「……それに、今のままならいずれ衝突は起こる。最近ビッグオークの活動が活発になっていると、お前が報告したんじゃなかったか? 戦うならば先手必勝だ。カスターごときの失態を勝利と勘違いして酔うバカどもに、我が陸軍の真の恐ろしさ、思い知らせてやる」
「何か策がおありのようですね?」
「ああ。だが、それはお前が気にすることじゃない。軍隊のすることだ。もう、その話はいい。とにかく大佐が到着したら……」
「わかりました。ソンダーク大佐の部隊をレッドフォックスとのダンスパーティーにお招きします」
 スティーブはにんまり頬笑んで、恭しく頭を下げた。
「うむ。天気の状況と現地の状況を見ながら、三日後ぐらいに動く。準備を頼む」
 それからふと壁の時計に目をやった。
「そういえば、大佐の到着が遅れているようだな。予定では昨日か今日だったと思うが」
「そうですね。ユニオンパブリック鉄道が遅れているのでは? 結構ルーズですからね、機関車って奴は」
「いつ到着してもいいように、お前の手下共にも用意させておけ」
 その時、書斎のドアがノックされた。
「入れ!」
 命令調で入室を許したミーカーは、ドアが開いた瞬間に表情を輝かせた。
 開かれたドアの向こうに紳士が立っていた。がっしりした体格を黒い礼装に包み、高価そうなシルクハットをかぶったその男は、金縁の眼鏡をかけ、右手にステッキを、左手に皮製のトランクとコートを下げている。どこから見ても旅行中の資産家だった。
 見知らぬ顔に警戒の表情を浮かべるスティーブを無視し、紳士は大股でミーカーに近づいてシルクハットと白い手袋を取った。
 ミーカーも腰を浮かせて来客を迎えた。その顔は不敵に頬笑んでいる。
「ようこそ、大佐。遅かったですな」
 ソンダーク大佐は足元にトランクを置き、その上にコートをかけた。
 ミーカーの差し出した右手を取って熱烈な握手をする。
「やあやぁ、ミーカー殿。久しぶりですな。ユニオンで少々事故がありましてな。部下はおいおい集まってくるでしょう」
 その姿はどこから見ても旅の資産家だ。体格は、言われてみれば軍人だが。
 スティーブは二人の傍らで不安そうに顔をしかめていた。
「……スティーブ、何だか疑わしそうな目だな。何か言いたいことがあったら言ってみろ」
 はっとしてスティーブは、瞳に意地悪そうな光をたたえて笑うミーカーに目を向けた。
「まあ、言いたいことはわかっているぞ。こんな服で戦場にやって来る男に指揮がつとまるのか……そんな面だな」
 スティーブは観念した様子で、首を振った。
「まったく。あなたの差し金ですか」
「ああ。大佐にこんな格好をさせたのは私だ。彼の部下も農民や猟師や商隊のようなふりをしてここへやってくる。どうしてか、わかるな?」
「……ユートの目を眩ますために、ということですね」
「君が『シークレット・スティーブ」か。何が秘密なのかは知らんが、噂はかねがね聞いてるよ」
 ソンダーク大佐は右手をスティーブに差し出した。よく見れば、資産家ではありえないほどごつごつした岩のような手である。呆気に取られていたスティーブは、諦めた様子でがっちり握手を交わした。
「わしらはこの土地に不案内だからな。生活や案内は君に任せにゃならん。何ならうちの部隊、農作業にも使ってくれてもいいぞ。腕力には自信があるんだ。がははははははは」
 感情を爆発させると地が出るのか、おとなしそうだったソンダークは突然豪快に笑った。
 それが少しスティーブの神経に障る。彼の後ろでは同じ思いらしく、ミーカーが眉を寄せて不快の意を示していた。
「……はは、では遠慮なく」
 ぎこちなく笑いながら、スティーブは握手を解いた。
 ミーカーがすかさず口を挟む。
「スティーブ、大佐を客室へお連れしろ。二階の突き当たり、一番南の部屋だ。――そう、丁重にな」
「悪いな、ミーカー殿。部下が集まるまで借りるとするよ。なに、明日の夜までには集まって来るだろう」
 振り返って謝意を示すソンダークに、ミーカーは書斎机に腰を預けたまま、女殺しの営業スマイルを送り返した。
「わかりました。どうぞごゆっくり」
 もう一度軽く会釈して、ソンダークは部屋を出てゆく。
 スティーブもソンダークのトランクとコートを持ち、ミーカーに頭を下げた。
「では、ミーカーさん。私もこれで」
「ああ、ご苦労だった。――そうだ、明日にでもユートとのダンスパーティーについて大佐と話し合っておけ。内容はお前に任す」
「はっ」
 頷いてスティーブは部屋から出て行った。
 書斎の分厚いドアが閉まると、ミーカーは大きく溜め息をついた。
「とりあえず役者は揃ったな……」
 ふとデスクの上の書きかけの書類が目に止まった。その紙切れをわしづかんで握り潰す。
「……どうせ新しい報告書を書かねばならなくなる。一週間ほど遅れても構うまい」
 呟きとともに、部屋の隅の屑箱にその紙屑を放り込んだ。


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