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 題名:「豆大福人間ダイマメフック 第32話 さらばライバル! 愛する人よ!!」
<三題噺テーマ C「介護」「モビルスーツ」「決死隊」:出題者 マサボン>

 荒野じみた採石場に、風が荒ぶ。
 正午の日差しが削り取られた地面と斜面を白く染め、薄青い空に千切れた綿のような雲が走る。
 決意を宿したまなざし、覚悟を決めた足取りでやってきた坂本 九(さかもと・ないん)は、採石場のほぼ中央で足を止め、周囲を見回した。
「来たぞ! 僕だ! 出て来い!!」
 声が空しく響き渡る。
『……待っていたぞ、ダイマメフック』
 どこからともなく響き渡る声は、深く静かに感情を秘める。
 坂本九の瞳が走り、断崖の上に現れた仇敵の姿を認め――見開かれる。
「お前は……!!」
「久しいな、ダイマメフック」
 崖の上から見下ろす黒いスーツ姿の人影に、坂本九は言葉を失っていた。
 豆大福人間として戦い始めてから、幾度となく戦ってきた強敵。
 だが、数ヶ月前の秘密結社シュレディンガーの猫による第三次液状化現象作戦を巡る決戦で、液状化した地面の下に飲み込まれていったはずの男。
「生きていたのか、草山次出(くさやま・つぐいで)……いや、クサヤ決死隊!」
「ああ。……もっとも、生き残ったのは隊長の俺だけだがな」
 にやりと笑う草山。その静かだが、残酷な言葉に混じる感情は恨みか、怒りか、悲しみか。
「ダイマメフック……貴様を倒すために地獄の底からよみがえった、この俺は」
 坂本九を指し示していた指を握り締め、拳を震わせる。
「もはやクサヤ決死隊ではない! 見よ! 俺の新たなる、そして決死の姿を!! ――変身!」
 自らの丹田を、両手で囲う。両手の間に、缶詰が現れた。
「缶……詰!?」
 クサヤ決死隊の時、そこから現れたのは干物だった。いったい、草山の身になにがあったのか。
 現れた缶詰をわしづかみにした草山は、それを高々と掲げ、そのまま握り潰した。
 缶の破裂とともに飛び散るのは、なにやら生々しい破片と粘り気のある液体。破片は肉片にも見える。
 それを全身に浴びた草山の姿は――

※テロップ:「撮影に使用した食品は後ほどスタッフが美味しくいただきました」

 ――たちまち姿を変えた。
「………………!! その姿は!?」
 驚く坂本九。それもそのはず、草山が変身した姿は、かつて見たクサヤ決死隊隊長の姿でありながら、全く別の姿になっていたからだ。
 魚肉を模した戦闘服姿は変わらない。だが、その全身を滴り落ちる粘液という光景は放送禁止レベルだ。
 さらに、これだけの距離が開いているにもかかわらず、風に乗って漂う凄まじい異臭。
「う……うぐっ…………こ、この腐臭は一体……!?」
「くくく……ダイマメフック。貴様、シュールストレミングというものを知っているかぁ……?」
「シュール……ストレミング、だと?」
 鼻と口を左手の甲で隠しつつ、じりじりと後ずさる坂本九。
 本能がやばいと告げている。これ以上近づけば、『もどす』――いや、それ以上だ。体中の穴という穴から、あらゆる体液を逆流させかねない。それほど危険な臭い。
 怪人は両手を広げて朗々と告げる。
「北欧のバイキングが好んだ、ニシンの発酵食品だよ! そして、人類が手にした最凶の異臭食品だ!! ふあははははは、この臭い、洗った程度では落ちんぞぉ!?」
「くっ……」
 坂本の焦りを嘲笑うかのように、風が荒ぶ。
「そう、俺はもうクサヤ決死隊などではない! 貴様に負け、再改造の地獄から蘇った俺は、俺の名は、シュールストレミング決死隊!! 覚えておけ、ダイマメフック! 貴様を地獄へ落とす者の名を!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 シュレディンガーの猫の秘密基地。
 暗がりの中に立つ数人の人影。そして、最奥にしつらえた玉座にて膝の上の毛並みの長い猫をゆっくりと撫でる人物。
 彼らは正面の空間に投影された、採石場の様子を見つめていた。
 人影の一人、若い男の声が呟く。
「……クサヤ決死隊から進化したシュールストレミング決死隊、か。その執念、いかほどのものか」
 それを聴いていた別の男が、だみ声で答えた。
「はっ、一度負けた奴が腐って出直し? 食品業界の面汚しだ。身に染み付いた負け犬根性、ぬぐえるものではあるまい。底が知れておるわ」
「腐敗ではなく、発酵」
 横槍を入れた玲瓏な響きは若い女性のもの。
「人が食べられる限りは、腐敗という言葉を使ってほしくはないわ。発酵食品全てを腐敗と言ってしまうのなら、お酒もヨーグルトも腐敗した食品になるわよ。あなた、お酒好きだったわよね?」
「……むぐ」
 黙り込んでしまっただみ声に構わず、女は歌うように続ける。
「でも、あの男……いや、彼の命は、おそらくもって今日一日でしょう」
「なんだと!? どういうことだ」
 だみ声が驚く。女は続けた。
「半月のマヒナが作った改造人間生成薬ストーリキ・ニーネの毒性は強い。その身に帯びてなお生きるのは、至難の業。我々の元にいる怪人たち……彼らはわずか10%の生存確率を生き延びた。だが、生き延びたとしても……この、食品の力と引き換えに得たその後遺症は、様々に我々を苦しめる。あの男は、それを承知で二度目の投薬を受け、そして、生き延びた。だが、それゆえにもう彼の命の力は……――そうよね、裏切り者、半月のマヒナ?」
 呼びかけられた人影は、空間に投影されている採石場の画面を突き抜けて出現した。
「……ええ。まさか、私が居ない間に二重投薬を行うなんて、思ってもいなかったけれどね」
 坂本九が覚悟を決めて阪丘庵を後にした直後、姿を消したはずの鍵屋麻比奈だった。
 真紅のドレスにみどりの黒髪、胸元で左右から回してきた髪を一くくりにするという独特の髪型。
 一堂の前まで進み出てきた麻比奈は、その場でくるりと一回転半した。シュールストレミング決死隊と向かい合う坂本九の映像に、眉をたわめる。
「九……」
「ふっ、裏切り者め。よくものこのこと顔を出せたものだ。あの豆大福人間同様、貴様も今ここで地獄に送ってくれる」
 ヒールを高らかに打ち鳴らして進み出る女幹部。
 その前に、突き出される品物。
「――むっ!?」
 女幹部は咄嗟に、大きく飛び退った。
 麻比奈が彼女の鼻先に突き出したのは――紙製の折り詰め。
「あら、どうしたの? 毒ガスでも撒き散らすと思ったのかしら」
「……………………」
 首領らしき膝に猫を載せた人物を背にかばい、女幹部は麻比奈と対峙する。
 二人の男幹部も、めいめいに後退っていた。
「そう心配しないで。これはただの豆大福よ。久々に帰ってきたから、お土産にと思って」
 敵意などひとかけらもうかがえない笑顔で、少し首を傾ける。
「本当においしいのよ? 阪丘庵の豆大福」
 紐で吊り下げた折り詰めがゆらゆら揺れる。しかし、場の緊張感は解けない。
 若い男幹部が静かに告げる。
「バカめ……裏切ったとはいえ、秘密結社屈指の化学職人、半月のマヒナが作った物など、危なくて食べられると思うか」
 しかし、麻比奈は哀しそうにため息をついて、首を振った。
「警戒するのはわかるけど……これは、阪丘庵のご主人が作ってくださった豆大福よ。確かに私はあの人に気に入られ、色んなお菓子を作らせてもらってるけれど、豆大福だけは頑なに作らせてはもらえない。職人の意地というのかしらね。でも、実際私にはこの味は出せないわ」
「なるほど。では、それは……あの」
「ええ。長谷川町でも指折りの菓子職人が作った、最高級の豆大福よ。どうぞ、召し上がれ。――テーブルかちゃぶ台を出してちょうだい」
 背後の入り口を固めていた戦闘員が麻比奈に命じられ、顔を見合わせる。
 若い男幹部が頷くと、二人は直ちに陰からちゃぶ台を引きずり出してきた。
 麻比奈は二人に礼を言ってちゃぶ台につくと、折り詰めを開き始めた。
「……長谷川町随一の豆大福か。確かにその味、興味はある」
 マントを翻して着座した若い幹部に続き、だみ声の幹部も席に着く。
「うむ。そういうことなら、ご相伴に預かろうかのぅ」
「あんたら……その女の言葉を信じるの!? 毒大福かもしれないのよ!?」
「気持ちはわかるが……半月のマヒナは裏切り者だが、優秀で頑固な職人でもある」
 差し出された折り詰めから豆大福を一つ取り上げた、若い男幹部はそれをじっと見下ろしながら告げた。
「職人には職人の矜持というものがある。たとえ敵とはいえ、人の口に入る物を、自らの師とも言うべき人間が作ったと偽ったり、それに毒を仕込むなどというのはおよそ職人の所業ではない。これまでの我々との戦いを見ても、彼女はその一線だけは守ってきた。至極天晴れ。ゆえに、俺はこれを食う」
「いやマジで美味いぞ、これ」
 空気を読まない発言に二人が見やると、既にだみ声の幹部は一つ頬張っていた。
「そうでしょ? 餡の甘味が控えめなのと、餅の柔らかさ、豆の香ばしさのマッチングが凄いのよ」
 麻比奈はにこにこしながら、戦闘員に持ってこさせた急須とポットでお茶を淹れていた。卓上には既に五つの湯飲みが揃っている。
「……あんたら」
 がっくり肩を落とす女幹部。
 若い男幹部はもう何も言わず、豆大福を口に運ぶ。
 そして――女幹部は不意に振り返った。驚愕の眼差しで。
「え? 大首領様も、あれを食べたい、と!? えぇぇ……いいのですか? ……はい。わかりました」
 渋々承諾した女幹部は、麻比奈を睨みながら折り詰めごと取り上げて、壇上に座る首領に差し出す。
 全ての指に指輪を嵌めた手が、豆大福を一つ、つまんだ。
 その様子を見ながら、麻比奈はふふっとはにかむ。
「私の裏切りの釈明と判決を受ける前に、二重投薬の怪人と私の育てた改造人間の戦いをゆっくり観ることとしましょう。お茶と豆大福をつまみながらね」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 採石場。
 崖から降りてきたシュールストレミング決死隊。
「くっ……変身するしかない!」
 相対する坂本九は、腰のポーチから豆大福を取り出した。
「チェンジ、マメフック!」
 父親手製の豆大福を頬張り、飲み下しながらジャケットを脱ぎ放つ。
 一瞬の変わり身で、坂本九は首から下を全身タイツ風の衣装姿になっていた。
 どこからともなく取り出したマスクをかぶり、顎下でバンドを止める。

 解説せねばなるまい!
 これこそが鍵屋麻比奈の開発したMobile suit(モバイルスーツ:携帯式戦闘時体型補正衣)・Ver.MOTICO(モチコ:MOTIon-COnditioning――動作状態調整型)である。
 豆大福を摂取することで豆大福人間へと変貌した坂本九は、豆大福の特性をその身に宿す。そう、搗き立ての餅のようになんにでもへばりつきやすい餅肌になるばかりか、その体までも大福のように柔軟不定形になってしまうのだ!
 しかし、mobile suitの一種であるMOTICOスーツを身に纏うことにより、その柔軟性を大幅に抑えることが出来、体形変化による重心変化に悩まされずに済むばかりか、スーツの任意の場所を開くことにより、粘着能力を発揮して壁に手で張りついたリ、天井から逆様にぶら下がったりも出来るのだ!

「――行くぞ、シュールストレミング決死隊!」 
 腰の両側に下げた携帯重箱から豆大福を取り出す。手の指の間にそれぞれ一つずつ。両手で計八個。
「美味の絶頂の中で黄泉路に至れ! ダイマメチアノーゼ8(エイト)!!」
 投げ放った八つの豆大福が、シュールストレミング決死隊の口へと襲い掛かる。
「部下たちを倒した技か。豆大福を喉に詰まらせて倒す? ……笑止な」
 たちまち、シュールストレミング決死隊のマスクの口が閉じた。飛来した豆大福は、マスクに阻まれて地に落ちる。

※テロップ:「撮影に使用した食品は後ほどスタッフが美味しくいただきました」
※テロップ:「おもちを喉に詰まらせると命の危険があります。良い子は絶対に真似しないでね」

「くっ……! ならば――! ダイマメデスフィンガー!!」(BGM:燃え上●れ闘志 忌まわ●き宿命を越●て)
 腕を組んで立つシュールストレミング決死隊に向かって、ダイマメフックが走り出す。振りかぶった右手の平が開き、もちもちした地肌が剥き出しになる。
「ふふ、愚かな」
 シュールストレミング決死隊の頬が嘲りに歪む。
「その突進、覚えているぞ。かつて、この俺を葬った必殺技だな?」
「たとえマスクで口元を覆おうとも、マスクごと口鼻を封じてしまえば呼吸はできまい!!」
 避けることもなく、真っ向から受けて立つシュールストレミング決死隊。
 確実に、ダイマメフックの右手はシュールストレミング決死隊の口と鼻をマスクの上から覆い隠した。
 
 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 秘密結社シュレディンガーの猫の秘密基地。
「――勝負あった!?」
 思わず身を乗り出す麻比奈。
 しかし、若い男幹部は首を振った。
「いや。ダイマメフックの能力では奴には勝てない。相性が悪いのだ」
「相性だと?」
 三つ目の豆大福をほおばりながら、だみ声の幹部が聞き返す。
 その隣では、女幹部がひとかじりだけした豆大福を小皿に載せたまま、お茶をすすっていた。
「……そうね。少なくともあの技は通じない。彼を前のままだと考えたダイマメフックの負けよ。地獄から甦ると豪語するのは、それほど生易しいものではない。そして……接近戦に持ち込んだ時点で、残っていたわずかな勝ち目も完全に消えたわ」
 その頬に浮かぶのは、勝利を確信した者の笑み。そしてその眼差しが見つめるのは、裏切り者の青ざめた横顔――
 否。麻比奈は顔色を変えてはいなかった。決着がつかなかったことに少し残念そうではあるものの、ショックは受けていない。
 話を聞いていなかったのか、それともまだなにか知られざる力があるのか。
「ふん」
 再び茶をすすりながら、女幹部はその横顔が惨めに歪む時が楽しみだわ、と心の内で呟いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「とったあああああああっっ!! ――あ!?」
 ぬ゛る゛り゛。
 つかんだはずの右手が滑った。粘着して剥がれないはずの右手が、マスクにへばりつくことなく、空に逃げる。
「なん……だと……!!」
「粘液が、貴様を拒むのだっ!!」
 驚愕で我を失った一瞬をつかれ、シュールストレミング決死隊の拳が腹部にめり込んだ。常人なら内臓破裂を起こすその威力に、ダイマメフックの体がくの字に曲がり、MOTICOの背中に一瞬拳の形が浮かび上がる。
「ぐふぁっっ…………!!!」
 20mは飛んだだろうか。
 地面にニ、三度叩きつけられながら転がったダイマメフックは、すぐに立ち上がった。
「くっ……」
 しかし、追撃はなかった。シュールストレミング決死隊は元の位置のまま、動かずにいる。
 再び開いたマスクの口元に、明らかな嘲りの笑み。
「くっくっく……貴様のその右手はもはや役には立たぬ」
「なにをっ! ……地獄を見たのはお前だけではない! 豆大福の力が通じないなら、他の――」
「ほう。その右手で、取り出すのか?」
 言われて、ダイマメフックははたと右手に目を落とした。手の平に、凄まじい臭気を放つ粘液がこびりついている。そして、さらに気づく。腰の携帯重箱にもべっとりと粘液がまみれていることを。殴られた時についたのか。
「なにぃぃいっ!? こ、これではっ!!」
「ふははははは。シュレディンガーの猫を甘く見たな、ダイマメフック! 貴様の戦い方は研究済みだ! その手では特殊能力を得るための様々な豆大福も食べられまい。シュールストレミング味の豆大福? くくく、食せるものなら食してみるがいい!」
「うううっ!!」
「さあ、次はどうするのだ? 来ないのなら、俺から行くぞ!」
 シュールストレミング決死隊が歩き出した。ダイマメフックは、じりじりとあとずさる。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 秘密結社シュレディンガーの猫の秘密基地。
「これは勝負あったな。……あ、麻比奈。お茶おかわり」
「はいはい」
 だみ声の幹部が突き出した湯飲みに、急須でお茶を注ぐ麻比奈。
「私もいただこうか」
「ついでだし、私のも入れてよ。――大首領様もいかがです? あ、豆大福ももう一つ? はい。お待ちくださいね」
 次々に出される湯飲みに順次お茶をついでゆく。
「それにしても、強いわね。あの二重投薬怪人。……シュールストレミングが良かったのかしら。それとも二重投薬?」
 他人事のように呟く麻比奈。
 さすがに呆れた様子で、男幹部二人は麻比奈を見やる。
「おいおい。自分の仲間がやられそうだってのに、えらく呑気じゃねえか」
「……敵方の私が言うのもなんだが、少々冷たいのではないか?」
「あら。優しいのね、二人とも」
 それぞれの湯飲みにお茶をつぎ終わり、豆大福に手を伸ばした麻比奈はしかし、動じた様子もなく薄く笑う。
「忘れてるみたいだけど、元々私の目的は強い怪人を生み出すことにあったのよ? こちらの意図に反して生まれた、あの不思議な個体ダイマメフックを研究するために、私はここを離れた。確かに、阪丘庵で過ごして、怪人を生み出すことはもうやめようと決心したけれど、だからといって興味まで失ったわけじゃない。……この辺は職人や科学者の難儀なところかしらね」
「ふぅむ」
「そんなもんかいな」
「ちょっと、あんたたち!」
 納得している風な二人の頭を、大首領に湯飲みを持っていっていた女幹部がはたいた。
「なにを呑気なこと言ってんの! 今こいつ、怪人作りはやめるって宣言したのよ!? 裏切り確定じゃない!!」
「まあまあ、そういきり立つな。そうだとしても、今こいつがどうこうできる状態ではない。ダイマメフックの最期を見てからでも遅くはあるまい」
「そうだぞ。美味い物を食ってる時に、あんまりカリカリするな。がっはっは。――いやしかし、本当に美味いなこれ」
 女幹部の握り締めた拳がぶるぶると震えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 採石場。
 歩を進めるシュールストレミング決死隊。あとずさるダイマメフック。
「くっくっく……ダイマメフック。時に貴様、メイルシュトロームという言葉を知っているか」
「メイル? シュトローム?」
「渦巻きという意味だが……メイルシュトロームとシュールストレミング、似ているとは思わんか?」
「………………。ルとシュとトが入ってるだけの気がするが。どっちかというとシュールなレミングスの方がまだ――」
「さあ、味わえ。俺の必殺技。メイルシュトローム・シュールストレミング!」
 シュールストレミング決死隊はその場で両手を左右に広げ、コマのように回転を始めた。
「こ、これはっ!!」
 体にこびりつく粘液を飛ばしながら回り続けるシュールストレミング決死隊。同時に、立ち込めるシュールストレミングの臭いがさらに濃度を増してゆく。
「ふははははははは」
 回転しながら高笑い。
「貴様の愛する鍵屋麻比奈が得意とする、気化薬品を周囲に撒き散らす必殺技ヤック・デ・メイルシュトロームを俺なりに身につけたのだ。半径10mに渡る高濃度の異臭は、もはや結界! そこに居る者・ある物全てに生半可では落とせぬシュールストレミングの臭いを移す! 少しの隙間でもあれば、忍び込むぞ! さあ、このかぐわしき芳香に包まれて黄泉路へとつくがいい!」
 回り続ける怪人。
 濃度を増す臭いに、ほうほうのていで距離を置くしかないダイマメフック。鼻と口を押さえたくとも、右手は既に粘液まみれ。左手だけでは守りに足りない。
「うううっ、こ、これでは近づくことさえ出来ないっ!!」
「ふははははははははは! どうしたどうした!」
「ど、どうすればいいんだ!? ……こんなときに、麻比奈の助言があればっ!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 秘密結社シュレディンガーの猫の秘密基地でも、異常事態が起きていた。
 三幹部が全員、ちゃぶ台に突っ伏していた。
「う、ううっ……なんだこれは……。体が、重い……目が、かすむ。耳が……聞こえづらい……」
「体の節々が痛い、力が入らん……病気か、これは……?」
「マ……マ、マヒナァァァアっっっっ!! あんた、やっぱり豆大福に毒を……!」
 ただ一人、ぴんぴんした笑顔で三人を見ている鍵屋麻比奈。
 女幹部の恨みに満ちた瞳も、驚愕に揺れる若い男幹部の瞳も、混乱しているだみ声幹部の表情も、全て研究素材を見つめるかのように冷徹に観察している。
「あの豆大福は阪丘庵のご主人が作ったもの。私は一切手伝っていないし、手も加えていない。職人の肩書きに誓って、嘘はついてないわ」
「じゃ、じゃあどうして……だいたい私、一口しか食べてないのに……」
「手を加えたのはお茶の方よ。……みんな、あんなにがぶがぶ飲むんだもの」
 くすりと笑う魔女。その笑わぬ瞳が冷たく光る。
「な……」
 三人の顔が驚愕に歪む。それもそのはず、お茶は麻比奈が持ってきたのではなく、秘密基地備え付けのものだったのだから。
「ううっ、戦闘員! ま、マヒナを……」
「無駄よ」
 麻比奈に勧められて一服してしまった戦闘員たちも、すでに昏倒している。
「うふふ……化学職人を甘く見たわね。あなた方に気づかれず薬を混入するなんて、朝飯前よ。

※テロップ:「食品や飲料に後から薬品を混入するのは、その量や効果に関わらず犯罪です。良い子は決して真似しないでね」

でも、安心なさい。命に関わるような毒や病気ではないわ」
「では、これは……なんだというのだ……くっ、目の焦点が……合わない……色も褪せて……」
 若い男幹部が頭を振り振り呻く。その声もしゃがれて老人のようになっている。
 うふふ、と嬉しそうにほくそえむ麻比奈。科学者はいつだって、自分しか知らないことを他者に開陳するのが嬉しくて仕方のない人種なのだ。
「今、あなたたちはおおむね介護度5の状態。つまり、寝たきり老人に等しい感覚を味わっているの。殺しはしないわ。一応、元の仲間ですものね。情けをかけてあげる。でも、しばらくは誰かの介護が必要よ。もちろん、その状態じゃあ私相手でも勝てはしないわよ」
「ううっ、なんということを……魔女め……」
「……はて、麻比奈さんや。わしゃ食事は食べたかのぅ」
「大、大首領様……お逃げ下さい」
 女幹部が這いずって壇上の人物を守ろうと動く。
「逃がさないわ」
 その横を、軽い足取りで通り過ぎてゆく麻比奈。くるり、くるりと舞いながら。赤いワンピースの裾がふわりと広がる。
「――これ以上、長谷川町を混乱に陥れないために。そして、九を戦いの運命から解き放つために……大首領、あなただけは、ここで死んでもらう」
 歌うように告げ、壇上の玉座に迫る麻比奈の右手に注射器が現れる。
「せめて、楽に死なせてあげる。さあ――」

 麻比奈は戦闘員ではない。

 必殺技を持っているとはいえ、戦うためではなく効率的に薬品を撒き散らすのが目的だ。だから、今この瞬間、この場に動けるものはないと思い込んでしまったのは致し方ないだろう。
 だが、それこそが致命的な間違いだった。
 いきなり、大首領の膝の猫が跳ねた。驚いて身を躱す麻比奈。だが、その右手首に猫の爪跡が走り、注射器が落ちる。
「あっ……あ?」
 かくん、と膝が砕けた。体に力が入らない。
 仰け反るようにして床に倒れながら、麻比奈は思い出していた。
 あの猫。
 そう。
 秘密結社に志願した最初の時、自らの能力を大首領に示すため、超即効性の麻痺毒を爪から分泌するように改造した猫。
 だが、麻比奈も化学職人である。抗体は体内にある。こんな麻痺など一瞬で――
「一瞬で十分だ」
 聞いたことのない、重い声が耳を打つ。
 ほぼ同時に、驚きに開かれたままの麻比奈の口に、何かが飛び込んできた。
「……んもぐ!?」

※テロップ:「おもちを喉に詰まらせると命の危険があります。良い子は絶対に真似しないでね」

 麻比奈の舌が、それをすぐに餅粉まみれの餅だと判別した瞬間、何者かのごつい手がその口を塞ぐように覆い、わしづかみにした。
(こ、これは!?)
 脱力して床に倒れるはずだった麻比奈を、その一点で支える力。首を横に振るっても剥がれることのない粘性。口元にへばりつく搗き立て餅の感触。

 ダイマメデスフィンガー。

 気づけば、目の前に一体の怪人が出現していた。
 筋骨隆々たる体格を除けば、その姿はダイマメフックにそっくりだった。しかし、ダイマメフックの着用しているMobile Suit Ver.MOTICOとは違い、全身に設置してあるモーションセンサーを兼ねる豆粒ほどの突起がない。
 口を封じられていては、誰何は出来ない。
 怪人は麻比奈の口をわしづかみにしたまま、マスクから覗く目を愉悦に歪めていた。多くの怪人たちが見せる、一般人を蔑む眼差し。
「半月のマヒナ。最強の怪人に興味があると言っていたな? ならば、喜べ。俺がそうだ」
 低い声には高い知性は感じられない。だが、自分の力に絶大なる自信を持つ者特有の力強さに溢れている。
「……ダイモチフック・ツブァイン。まだ殺すな」
 怪人よりさらに低く重々しい――そして、麻比奈の薬品の影響を感じさせないその声こそは、大首領の声。
 いつの間にか膝の上に戻った猫の背を撫でる指輪だらけのごつい指。
 猫が鳴いた。愚か者、と哂うように。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 採石場。
 逃げ回るしかないダイマメフックを、確実に、ゆっくりとして動きで追い詰めてゆくシュールストレミング決死隊。
「ふははははは、どうした。かつて俺を葬った貴様は、この程度か」
「………………! くそ、こうなれば――」
 携帯重箱の中に収めてある全ての種類の大福がダメになるのを覚悟で、煙幕大福を取り出す。
 それを、足元に叩きつけた。

※テロップ:「撮影に使用した食品は後ほどスタッフが美味しくいただきました」
※テロップ:「煙幕大福は食品に模した道具です。また、食品は食べるものです。良い子は絶対に真似しないでね」

 あんこ色の赤黒い煙幕が辺りに広がり、立ち込める。
「煙幕だと? 滑稽だな、なにをするつもりか知らんが――メイルシュトローム・シュールストレミング!!」
 回転とともに噴き出す臭気が風となって、たちまち煙幕を蹴散らす。
 既にダイマメフックの姿はなかった。
「む、どこへ……あそこか!」
 気配を感じて見やった崖の上に、走り去るダイマメフックの背中。
「くく、無駄なことを。逃しはせん。……俺には、もう今日しかないのだからな」
 回転を止めたシュールストレミング決死隊は、逃げたダイマメフックを追って、悠然と歩き出した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――
 
 採石場外の雑木林。
 よろめく足取りで進み続けるダイマメフック。
「はぁ、はぁ。……くっ……こんなにも、空気がおいしいなんて……」
 やがて、倒れ込むように膝を突いてしまった。その息は荒く、目に見えて疲れている。
 右手の粘液こそ、そこらじゅうになすりつけてほとんど除去したものの、異臭は消えていない。この右手で大福を食べることは出来ないし、さっき煙幕大福を取り出す際に、携帯重箱の中を相当汚染してしまった。
 草もち、きな粉もち、コーヒー豆大福、大豆豆大福、うぐいす豆大福、白餡豆大福、塩豆大福、カスタード豆大福、いちご大福に、パイナップル大福……貯蔵してある全ての大福・もちの類はもう食べられない。いや、食べること自体は問題ないだろうが、この臭いは体が受け付けない。
「このままでは……奴には、勝てない。もし、奴を倒せる可能性があるとしたら――」

 スペース1・9・9・9。(ワン・ナイン・ナイン・ナイン)

 だが、まだ麻比奈との特訓で成功しただけの必殺技だ。
 それに、この技を繰り出すには奴の足を完全に止める必要がある。
 植物を操る特殊能力を得る草もちがダメになった以上、足止めできる方法は一つしかない。
 しかし、それは非常に危険な賭けだ。麻比奈にも厳重に止められている。
「どうすればいい。どうすれば――く、これも、これもダメだ。こいつも臭いが染み付いて……」
 携帯重箱から使えなくなった大福や餅を取り出してゆく。

※テロップ:「撮影に使用した食品は後ほどスタッフが美味しくいただきました」

「はっ……!」
 携帯重箱の最後の段を開いた時、ダイマメフックは動きを止めた。
 そこに入っていたのは、二つ。
 ラップで包まれ、さらになにかを書き付けたメモで巻いて、輪ゴムで止めてある三色団子。

 もう一つは、家を出る時に今日のおやつと言って祖母から渡されたプラスチックパッケージのお菓子――表面には『雪見だ●ふく』と書かれている。
 パッケージのおかげで移臭攻撃の難は逃れているようだが、父親と麻比奈手製の豆大福ではない。能力は発動しない……はずだ。試したことはないが。
 それでも、食べてみることにした。あの酷い異臭を逃れた今、一息つくために、そしてただ単純に甘い物が食べたかった。
「いただきます……」
 パックを引き開き、左手で二つ並んだアイスの求肥包み菓子の一つを取り出し、口に放り込む。
 口の中に広がる甘味とバニラの風味。
 それらは父親や麻比奈ら職人手製の品と比べれば、乱暴なまでに強いと言わざるを得ない。だが、今はその乱暴なまでの甘さが、香りが、心地よかった。
 心が落ち着いてゆくのを感じながら、三色団子に巻きつけてあるメモを読む。
 そこには見慣れた麻比奈の筆跡が走っていた。

 大事なものなので、ラップで包んでおきました。
 がんばれ、ないん

 と書かれていた。名前の後に、彼女自身の可愛いイラストつきだ。
 たったそれだけの文なのに、なぜか心が奮い立つ。耳元で、彼女に囁かれた気がした。
「ありがとう、麻比奈。諦めはしない。まだ、俺にはこれがあるんだ」
 ラップ包みの三色団子を掲げ、目を細めて微笑む。
 その時――突如、大音声が雑木林を揺らした。
『……聞こえるか、ダイマメフック』
「!?」
 シュールストレミング決死隊の声ではない。聞いたことのない、低い男の声だった。
『貴様の大事な大事な鍵屋麻比奈は、我らの手に落ちたぞ』
「なに!?」
 慌てて三色団子を携帯重箱に戻し、もう一つの雪見だい●くを口に放り込み、辺りを見回す。
 折り重なる梢の彼方、採石場の方角の空に、どこからともなく投射された映像が浮かび上がっているのがちらりと見えた。
 映像に向かって駆け出す。空が開けたところまで来ると、画像には麻比奈が移っているのが見えた。両手を頭上で鎖に繋がれ、ぐったりとうつむいている。
(麻比奈……! どうして!?)
『もし、このまま逃走を図るようなら、この女を――』
(くそ、誰が逃げなど――)
「ふざけるな、なんのつもりだ! ダイモチフック!」
 危うく採石場の崖の下へ飛び出しそうになったダイマメフックを止めたのは、シュールストレミング決死隊の怒りに満ちた声だった。
 崖の傍まで近寄って見回すと、彼はいまだ崖下におり、虚空の映像に映る人影を睨みつけていた。
(なんだ? 仲間割れか……? ダイモチフック? 誰だ?)
 シュールストレミング決死隊は拳を振り上げた。
「今さら人質など不要だ! 奴は、ダイマメフックは、俺がこの手で必ず倒してみせる!」
『くく……その意気は買う。だが、お前にはタイムリミットがあるはずだ。ここで逃げられては、意味があるまい』
「……………………」
 今の話のどこにやり込められる要素があるのか、ダイマメフックにはわからない。だが、シュールストレミング決死隊は黙り込んでしまった。
 その沈黙を是と受け取り、画像の声が続きを告げる。
『……さあ、聞こえているはずだ。ダイマメフック。出て来い。出て来て、そこの男と決着をつけるのだ。さもなくば、この女から先に処刑する。だが、出てきた時は貴様の息の根が完全に止まった後で、この女を処刑してやる。そして……もし万が一、そいつを倒せたならばこの女は返してやろう』
 ダイマメフックは唇を噛んだ。
 卑劣な罠だ。奴らが約束なんか守るわけはない。
 だが……。
 唇を噛んだまま天を振り仰ぎ、目を閉じる。
「俺は……」
 数秒の静止。
 こんな時、彼女ならなんと言うだろうか。
 いや、そんな答えはわかりきっている。わかりきっているからこそ、自分が出すべき答えも一つしかない。
 ダイマメフックは腹の底からその答を搾り出した。
「……それでも俺は、麻比奈を見捨てることはでき――」

 ぱき。ぱきき。ぴし。

 なにかが割れるような音。
 辺りを見回した後、違和感を覚えた右手に視線を落とす。その瞳が、驚愕に見開かれた。
 無意識に、怒りのままに握り締めていた麻比奈からのメモが――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 秘密結社シュレディンガーの猫の秘密基地。
 採石場を映している空間投影映像を見ながら、ダイモチフック・ツブァインが不敵に頬笑む。
 首領は猫の背を撫で、しんどそうな三幹部は猫背でちゃぶ台に肘を預け、成り行きを見ている。
 そして……玉座脇の通路へ続く入り口にもたれるように潜む、もう一人の人影。
 その姿は、体型こそ大分スリムではあるものの、ダイモチフック・ツブァインと全く同じ姿をしていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「とおっ!!」
 空中で前方一回転をして、崖下に着地する。
 現れた仇敵を前に、シュールストレミング決死隊は嬉しげに頬を歪めた。
「逃げずに来たか、ダイマメフック!」
「逃げずに? だと?」
 片膝をついた着地姿勢から、伸び上がるようにして立ち上がってゆく。
「勘違いするな。俺はただ、お前のおかげで使い物にならなくなった食品を処分していただけだ! それを、人が居ないと思って内輪で盛り上がりやがって……!」
「さっきまで逃げ回るだけだった奴が、大層な口の利き方だな」
 迎えるシュールストレミング決死隊は、最前のごとく腕組みをして傲然と立ちはだかる。
「……だが、そのおかげで思い出したことがある」
「ほう?」
「南極では、食品が腐らないそうだ」
「なに?」
 負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべるダイマメフックに、話が見えないシュールストレミング決死隊の眉間の皺が深まる。
「腐敗や発酵に必要な微生物が、あまりの極寒ゆえに活動できないからだという」
「……………………。それが、どうした」
 発酵食品の力を見に宿した改造人間の表情が、ぴくりと動いた。
「北欧もまた寒い。微生物の働きが弱ければ発酵は遅れ、その臭気もここまで酷くはならないだろう。……そう。おばあちゃんが言っていた。腐りものは冬の方が食べやすい、と。前にお前を――クサヤ決死隊を倒した時のことだ」
「だからどうした。今は残暑も厳しい晩夏だ。お前の言うとおりだとしても、寒気の助けなど得られは――」
「俺は大福に秘められし力で戦う、豆大福人間。メーカーメイドといえども、大福の名を持つこいつで……勝負だ!」
 既に封の開けられたプラスチックパッケージを顔の前でひけらかし、手首を返す。(BGM:仮面ラ●ダーク●ガ・激闘)
「……それは! 雪見だいふ●だと!?」
「チェンジ・マメフック!」
 叫んで、パッケージを格好よく肩越しに放り捨てる。

※テロップ:「不要なパッケージはゴミ箱へ。ポイ捨てかっこ悪い」

 ダイマメフックの白を基調としたMobile suit Ver.MOTICOから、わずかに青みを帯びた白色光があふれ出した。
 そして、空中になにかきらきら輝くものが舞い始める。
「これは…………ダイヤモンド・ダスト……なのか!? くっ……メイルシュトローム・シュールストレミング!!」
「やらせるかっ! フローズンバイト!」
 ダイマメフックの突き出した手の平から、吹雪が吹き荒れた。

 解説しよう!
 フローズンバイトはダイマメフックが雪見●いふくを食べて得た、雪と氷の力の必殺技だ!
 その温度は非常に低く、あらゆる微生物の働きなど完全に止めてしまうほどなのだ!

 その凍気はたちまちシュールストレミング決死隊の足を氷塊に包み込む。結局、回れたのは一回転だけだった。
「な、なにぃぃいいい!?」
「なるほど、さすがにメーカーメイドはピーキーだぜ! こんな凍気、制御できそうにもない!」
 噴き出し続ける白い凍気の奔流は、シュールストレミング決死隊の足元の氷塊を徐々に育ててゆく。足首からすね、すねから膝、膝から太腿へと……。
「ぬ、ぬううう、なんという凍気……だが、これしきで俺は倒せん! 今は晩夏! 氷は解ける! そして、この氷塊が解けた時、封じられた臭気が爆発して――」
「安心しろ、これで倒そうなんて思ってねえよ」
 敵をほぼ全身を霜だらけにして、下半身を完全に氷塊へと沈めたダイマメフックは、凍気の噴出を止めた。
 そして、今度はシュールストレミング決死隊のお株を奪うように両腕を伸ばして回転を始める。
「メイルシュトローム・シュールストレミングは麻比奈の技を真似たと言ったな。だが、俺のは麻比奈直伝だ! うおおおおおおおおおおおっっっ!!」
 ダイマメフックの両腕から、皮膜のようなものが広がり始めた。

 解説しよう!
 豆大福の力をその身に宿した豆大福人間ダイマメフックは、その柔軟性と粘着性を押さえ込んで人の姿を維持するためにMobile Suit Ver.MOTICOを着用している。だが、完全に柔軟性を失っているわけではない。
 今、ダイマメフックは高速回転することで、遠心力によって餅と化した肉体を腕に集め、唯一開口している手の平から外へと伸ばしているのだ。

「ブルスキンホールド!!」

 ブルスキンホールド。
 それは先ほど解説したとおり、手の平に集め、さらに遠心力で引き伸ばして皮膜状にした餅を敵に絡み付け、その全身の動きを止める技だ!
 まさしく自らの肉体を削って放つこの技は、一度使うと最大で体重の15%を失うほど危険なんだ!
 そして、シュールストレミング決死隊の身体は粘液だらけで本来絡みつきにくいが、先にフローズンバイトで凍らせておいたため、粘液もその粘性を失っているんだ!

 薄く引き延ばした餅皮(求肥)に包まれたシュールストレミング決死隊は、それを引き剥がそうともがく。しかし、強靭な餅皮は完全にその動きを抑え込んでいた。
「ぬうううううっ! これではっ! 臭いも放てぬか!! ……だが、ここまでの強靭さでは、貴様の攻撃とて!」
「シュールストレミング決死隊……お前ほどの相手は、俺自身命懸けでなければ倒せない。覚悟は……決めたぜ」
「なに!? なにをする気だ、ダイマメフック!?」
「麻比奈と二人で特訓した新必殺技だ」
 三色団子を取り出し、ラップを引き剥がす。
 そして、赤白緑の三色団子を一口にほおばり、一気に串を引き抜いた。
 口の中に残っていた団子をよく噛み、飲み込む。すると、ダイマメフックは三体に分身した。Mobile suit Ver.MOTICOのデザインはそのままに、基本色赤、白、緑の三人に。
「とぉっ!」
「たぁっ!」
 赤と緑がジャンプし、シュールストレミング決死隊を重心の位置に置いた正三角形の頂点にそれぞれつく。
 白いダイマメフックは手の中の串を軽く指先で跳ね上げ、落ちてきたところをぱしりとつかんだ。
「俺の奥の手だ。シュールストレミング決死隊。もし、これを耐え切れれば……俺の負けを認めよう。後は煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
「ぬうっ!?」
「――いくぞ! スペース1!!」(BGM:明鏡止水〜されどこの掌は烈火の如く〜)
 手の中の串を足元の地面に突き刺す。
 すると、そこからレーザー光のようなものが左右の赤と緑のダイマメフックに伸びた。
「9!!」
 赤が叫ぶ。
 三体を繋ぐレーザー光が正三角形を描き、それぞれの体が激しく三色の明滅を始める。
「9!!」
 緑も叫ぶ。
 三体は一斉にダッシュした。お互いを繋ぐレーザー光に引き寄せられるように、重心位置のシュールストレミング決死隊へと尋常ではない速度で突進してゆく。
「9!!」
 白が吼えた。
 九発同時の白光を曳いて、必殺パンチがシュールストレミング決死隊に襲い掛かる。
 九発同時の赤光を曳いて、必殺キックがシュールストレミング決死隊に襲い掛かる。
 九発同時の緑光を曳いて、必殺チョップがシュールストレミング決死隊に襲い掛かる。
 三方向から同時に九発同時の攻撃を叩き込む。
 それがダイマメフック最大の必殺技スペース1・9・9・9。
 放った本人の体への負担は大きいが、その威力は従来の攻撃の729倍。(麻比奈調べ)
 逃げ場のない衝撃は体内で指数関数的に威力を増して跳ね上がり――相手は砕け散る。

 一体に戻り、片膝をつくダイマメフックの背後で大爆発が起きた。 


 第32話 終わり

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 次回予告

 新たな敵、ダイモチフック・ツブァインの手に落ち、刻一刻処罰の時を待つ鍵屋麻比奈。
 新必殺技スペース1・9・9・9でシュールストレミング決死隊を倒したダイマメフックだったが、体力を出し尽くして放つその技は坂本九の心身に深刻なダメージを残していた。
 見るも無残に痩せこけ、ベッドから立ち上がるにも苦労しているにもかかわらず、それでも彼女を救出するために豆大福を食べようとする九。しかし、身体が受け付けない!
 九が自らの無力に打ちひしがれ、麻比奈が覚悟の微笑を浮かべる時――新たな戦士が降臨する。

「――兄さん、僕らのこの力は世のため人のためにこそ使うべきなんだ」
「惰弱なり、弟よ。こし餡ではつぶ餡に勝てぬ。勝てぬわけがあるのだ」

 次回、豆大福人間ダイマメフック 第33話 新たなる戦士 その名はクォーシアン! にチェェェェンジ・マメフック!!!



 おまけ。
 ダイマメフック50の秘密 その32

 坂本九の名前はダイマメフックを考えた原作者の三人、『坂』岡真治・山『本』静哉・真田『玖』実からそれぞれ一文字ずつとって作られたものなんだ!
 特に坂岡真治さんの実家では、ダイマメフックが食べている色んな豆大福を実際に作って、売っているんだよ!

 じゃあ、まった見てね〜(坂本九と鍵屋麻比奈が手を振りながら)



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