小説置き場へ戻る   ホームへ戻る



 題名:「どこにでもありそうな?町おこしの一幕」
<三題噺テーマ @「アメコミ」「豆大福」「長谷川町子」:出題者 シンペイ様>

 某月某日・夕刻、とある商店街の一角。
 一階は空き店舗を改装した買い物客向けの休憩所を兼ねたフリーフロア。商店街セール時恒例のガラガラくじなども、よくここで行われている。
 その奥の扉から急勾配の階段を登った二階は、和室の六畳間をそのまま流用した商店街連合の事務局。そして、さらにその奥(つまり、二階の商店街側。フリーフロアの真上)にも六畳間がもう一つあり、一応、会議室と呼ばれていた。
 とはいえ、商店街連合主催のイベントで使用する(もしくはした)道具やらなんやらが雑然と置かれているため、商店街側の窓すら見えない有様で、まさしく会議室とは名ばかりの物置状態。
 そんな会議室は今、事務局との間の襖が閉められ、密室状態になっていた。
 そこに詰め込まれているのは4名の男女。
 頭に白いものの混じり始めた、少しいかつい面立ちの壮年の男。
 そして、ブレザーを着たままの女子高生、学生服姿の男子高校生、二人よりは少し年上の私服姿の青年。
 使い込まれ、マジックの痕が消え残っているホワイトボードの前にて傲然と腕組みをしている壮年の男の前で、正座の青少年たち三人は居心地悪そうにお互いをちらちらと見やっている。
「よくぞ来た、我が精鋭たちよ」
「意味がわかりません」
 壮年の男が発した言葉にすかさず言い返したのは、ブレザー姿の女子高生だった。
 黒ぶちの眼鏡をかけ、ポニーテールにまとめている少女は、警戒も露わに男を睨んでいた。
「親に言われたんで、仕方なく来ましたけど……どういう集まりなんですか、これ」
「あのー、僕は部活休んで来させられたんですけど。一大事だからって……なんか、町の」
 挙げたんだか挙げてないんだか、はっきりしない角度でおずおずと手の平を見せるのは学生服の少年。
 そして、ジーンズにチェックシャツという私服姿の青年も、いささか倦んだ表情で後に続く。
「大学のレポートの締切りがあるんで、手短にお願いしますよ? まあ、本町商店街連合会の事務局使ってるってことは、商店街がらみのことだろうとは思いますけど……。そうですよね、鈴木さん?」
「ふっ」
 鈴木、と呼びかけられた壮年の男は、我が意を得たりと言いたげに唇を緩め、頷く。
「いや、そんな小芝居いらないから。本屋のおっさんにかっこつけられても」
「まあ、そういきり立つなよ、真治。あ〜……真田玖実(さなだ・くみ)」
「はい?」
 女子高生が怪訝そうに鈴木を見やる。
「山本静哉(やまもと・しずや)」
「あ、はい」
 男子高校生は軽く頷く。
「そして、坂岡真治(さかおか・しんじ)」
 残る大学生は返事をしない。じっと鈴木を見やる。
「諸君らは選ばれたのだ。栄えある『長谷川町委員会』にな」
 得意満面に告げて、演劇ぶった動きで両手を広げる鈴木。
 三人はそれぞれに首をかしげた。
「ハセガワマチッコ?」
「委員会?」
「……俺、もう子供って歳じゃないんですが」
「堅いこと言うなよ、真治ぃ。まあ、手っ取り早く言えば、青年団の分室みたいなもんだ。ほれ、神戸じゃあ神戸生まれの神戸育ちの子供のことを『神戸っこ』って言うそうじゃねえか。それにあやかってだな」
 がはは、と笑う大人に、『長谷川町委員会』の面々はたちまち不服の声をあげる。
「意味がわかりません」
「語呂わるっ」
「そりゃまあ……俺は生まれも育ちも長谷川町だから、そう言われりゃそうなんだけど。二人も?」
 真治の問い掛けに、二人は渋々頷いた。
「はい。といっても、相川の方ですけど」
「僕は山下3丁目です」
「俺は本町だ。……要するに、この商店街だわな。ほら、ケンタの前のお菓子屋」
「ああ。坂岡さんって、あそこの……。学校帰りによく利用してます」
「それはそれは。毎度ご贔屓に。ありがとうね――じゃなくて」
 律儀に玖実に頭を下げた真治は、思い出して鈴木に向き直った。
「それで? だからなに? その長谷川町委員会って。どういう経緯でそんなもんが……っていうか、なんでそんなもんに俺達が選ばれたわけ? どういう基準? なにをさせるつもりなんだよ?」
「おいおい、そういくつも質問を並べるなよ。おじさんの口は一つしかないんだZE?」
 HAHAHAと夜中にやってるテレビショッピングに出て来る外人みたいな笑い方をして、肩をすくめる40男。
 たちまち玖実は嫌悪を剥き出しにして、吐き捨てた。
「うっっざ。なにこのおっさん」
「なんだろう、このテンション……なんか、イラッと来る……」
「いいからさっさと説明しろ、おっさん。その調子で続けるなら、帰るぜ?」
「わ〜かったわかった。ったく、近頃の若い奴はノリが悪いな。――要するにだ、町おこしだよ」
 三人は顔を見合わせた。
 新たな質問の声が出ないうちに、鈴木は続けた。
「よそほどじゃないにせよ、うちの商店街にもシャッターやら空き店舗がチラホラある。このまま座していたら商店街もジリ貧だ。地元の人間に使ってもらうのは当然として、地元以外からもお客を呼び込まなきゃならん。そこで、まず第一段階」
 鈴木は、ホワイトボードを裏返した。なにやらポスターが貼ってある。
 海鳥のような形に切り抜かれた小学生、中学生、高校生の部活だか運動会だかの写真を背景に、【大きく翔け長谷川町】と文字がレイアウトされている。
「……これ、もろパクリじゃない? この前神戸行った時に、街角でこういうの見た覚えがあるよ?」
「おおきくはばたけはせがわまちっこ……語呂わる……」
「カモメ……? 海なんかねーじゃねーか、うちの町に。パクリ疑惑といい、どう考えても町の恥だと思うけど……これがなに?」
「長谷川町は子供に優しい町ですということをアピールし、流入人口を増やす。買い物してくれる人の分母を増やそうって魂胆だな。かてて加えて長谷川町の住民、特に子供を『長谷川町』と呼びならわして長谷川町への愛着を増させ、例え出て行ってもいつか戻って来るようにしようという――まあ、町内会会議で決まった町おこし戦略だ」
 三人ははあ、としか答えられない。
 鈴木はそこで座り込んだ。あぐらをかいて、少し前のめりの姿勢で三人を見やる。
「そして、第二段階。人を呼び込んだら、もてなさなきゃならん。楽しくもないのに人は来ないし、来たって楽しくなけりゃ二度と来ない。まあ、商店街でセールとかそういうのも悪くはないんだが、もっとこう……もてなしと情報発信を同時に行えるようなこと、つまりイベントを作る必要がある。そこで――お前らだ」
 企み顔で指を差す。
 たちまち、三人はまた顔を見合わせた。
「つまり、イベントを手伝えってことですか?」
 玖実の問いに鈴木は首を振った。
「作るんだよ。お前らでアイデア出して。ほれ、他のトコでもやってるようなゆるキャラとか、特産品開発とか、この町ならではの」
 露骨に引く高校生二人を見た真治は、ため息をついた。
「高校生と大学生に何を求めてるんだ。そんなもん、それこそ商店街連合とか町内会会議とか町役場の仕事じゃないのかよ。大人の仕事を子供に負わせるとか、どこが子供に優しい町だっつーの」
「大人の仕事なぁ……。その結果がこれだぞ?」
 いいのか? と微妙な表情で背後のポスターを示す。
 たちまち、真治はジレンマに陥った唸り声をあげた。
「ぬうううう……それを表に出すのは嫌だが……だからと言って、なんで俺たちが。この三人、今の今まで顔見知りですらなかったんだぞ。そもそも、どういう基準で選定したんだ」
「そうですよ」
 不満そうに玖実が真治の後を継ぐ。
「そういうの、やりたい人っているでしょう? 少なくとも、私はやりたい方の人間じゃないし、第一、そういうイベントって上からじゃなくて、下からこう、立ち上げてゆくものだと思いますよ。上から目線の押し付けのイベントなんて、碌なものにならないですって」
「……なるほど。同人誌即売会ってそういうもんらしいもんな。さすが、参加してるだけあってなかなか鋭いところを突くねぇ」
「……………………は?」
 凍りついた玖実に、残る二人も奇異の目を向ける。
「ちょ、ちょっと鈴木さん? ……でしたっけ? なななななにをおっしゃて……ええええと、あの、その」
 ひどく取り乱す玖実。鈴木を見たり、静哉と真治を見やったり、腰を上げたり下したりとなにやら慌しい。
「選考基準のその一は、オタクであることなんだよ」
 鈴木は涼しげにうそぶいた。その目の前には、人差し指が立っている。そして、次々と指が立ってゆく。
「んで、その二がコミュ障じゃないこと。その三、それぞれ後ろ暗いところがあること。その四、親が町内会や商店街連合会に協力的であること。以上をもって、君たち三人が選定された」
 三人はお互い顔を見合わせあったり、鈴木を見やったりとひとしきり混乱の体を為す。
 これ以上の暴露を避けるためか、本来いの一番に文句を言いそうな玖実は唇を噛み締めたまま視線を宙にさまよわせている。
「あの……」
 静哉が控えめに口を開く。
「みなさん……オタクなんですか?」
 玖実、真治はさっと顔を背けた。
 静哉はなぜか照れくさそうに頭を掻きながら続ける。
「あの、僕はその……あんまり実感はないけど、ゲームとか大好きだし、高校の部活も創作ゲーム部だし、結構そっち方面に詳しいので、周りには多分ゲームオタクと見られてるんじゃないかなーとか思うんですけど。みなさんは……」
 玖実は顔を背けたまま、ボソリと答える。
「……鈴木さんが言ったとおり、同人誌描いてるわ。それ以上は聞かないで」
 真治も苦虫を噛み潰しながら答える。
「俺は……オタクとは言われたくはないし、そこまで深みにはまってる自覚はないが、まあ、興味ない人から見るとそう評価されても仕方はないかもしれないぐらいには思っているかな。取り立ててどのジャンルってことはないけど、まあアニメとか特撮とか兵器とか、男の子として興味あること全般の雑学かなぁ」
「真治はうちでよく立ち読みしてたもんなぁ。色んな図鑑とか、小学生のうちから大人向けの渋い小説とかな。そうそう、おもちゃ屋のプラモの前で5時間悩んでたってのはもはや伝説だぞ」
「うるせーよ! 客の個人情報暴露すんな!」
「じゃあついでに、静哉の個人情報も暴露しとこうか」
「は?」
 急に変わった風向きに、気弱な少年の表情が硬張る。
「お前、十五の時から国道沿いのリエルテって書店で、大人じゃないと買っちゃいけない本を買ってるだろ。サングラスとマスクで顔を隠して。あんまり痛々しくて怖いって言ってたぞ」
 たちまち静哉の表情が青ざめた。
「ちょ……え? なんで? いや、それは」
「おま……いい加減にしろよ! なんなんだよ、それは!!」
 真治の怒りの声に玖実も顔を戻して、鈴木を睨みつける。しかし、鈴木はへらへらと笑っている。
「お前もだよ、真治。今はもう撤去されてなくなったが、県道のとこにあった自販機で雑誌買ってたよな。わざわざ夜中の3時に家を抜け出して」
「うげぇ!? な……なんでそれを!? 人目につかないようにしてたのに!」
「おいおい、お前ら……町内会の人の目と商店街の情報網舐めんな? お前らガキどもの小賢しい動きなんぞ、すぐ耳に届くんだよ。だから言ったろ? 後ろ暗いところのある奴を集めたって」
「ぐぬぬ……ネタ元は新聞配達か、牛乳配達か……」
「そういう粘着質なことやってるから、郊外の大型施設に客を取られるんですよ!」
「うぐっ」
 泣き怒り顔の玖実の放ったその一撃に、今度は鈴木の顔が硬張った。
「もーやだ! 私、もうこの商店街で買い物したくないっ!! はっきり言って、キモい! キモすぎるわっ!!」
「……でも、リエルテって一応国道の向こう側だから、隣の市のはずなんだけど……情報があるってことは……」
 不安そうな静哉に、鈴木は頷き返す。
「おう。まあ、商店街だけじゃなくて業種同士でもある程度情報のやり取りはあるからな。ここにいる三人には関わりないが、例えば万引きの防止ってのは商店にとっちゃ死活問題だからよ。一回目をつけたら、そいつはどこに行っても監視対象だ。それぐらいしないと守れないんだ。売り上げも、生活も」
「うえ〜。そういう生々しい話は聞きたくなかったぜ……ひょっとして、うちもそういうのあんのかな」
「ともかくだ」
 拍手を打つようにして両手を合わせた鈴木は、表情を引き締めた。
「お前らのオタクな知識を生かして、町おこしのイベントのアイデアをひねり出せ。そのために集められたんだ。ある程度のものが出ない限り、家には帰さんぞ」
「監禁罪で告訴します」
 死人のようなどんより濁った目で携帯を取り出す玖実。しかし、鈴木は動じず返す。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ! フゥハハハハ、ここの三人は両親が許可してるから、警察にタレ込もうったって無駄だぞ。外堀は既に埋めたっ!! つーか、さっきも言ったが商店街のネットワーク舐めんな? 逃げられると思うなよ?」
「……だから、だから、田舎って……」
 心が折れた証か、四つん這いになってがっくり落ち込む玖実。
 その姿を横目に、真治はため息をつく。
「少なくともこの三人は一度街を出たら、二度と帰って来なさそうだな……」
「そんなこたーない。こういうネットワークを上手に使えるようになると、結構楽しいぞ? それにな、真治」
 鈴木がにたりと笑う。それは――堕ちた者の笑みか。
「俺も、それからお前の親父やお袋さんも、若い頃はお前みたいに思ってたんだぜ?」
 絶望が。真治の心をへし折った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「それで。具体的な話をするとして、だ」
 年長ということもあって、仕切り直しにあたって真治が口火を切った。
 鈴木は話に参加する気がないのか、雑具の整理を始めている。
「方向性とかテーマとか、どっから切っていったもんかね」
「……人を集めるんだから、目的になるようなものがいるんじゃないでしょうか」
 静哉の意見に、玖実は頷いた。
「そうね。月の石とか南極の氷とか、最近だったらイトカワのカケラとか? そういう珍しいものがあると、集まりやすいとは思う。あ、そうそう。神戸じゃあさ、等身大の鉄人28号見てきたよ? 行く前はモビルスーツとかに比べるとドラム缶じゃん、カッコ悪〜って思ってたんだけど、実際見てみると印象変わるよ? あのでかさはカッコいいの域に達してるって思った」
「へぇ〜、そうなんだ。じゃあ、うちでも等身大のなにかを作る方向で考えますか?」
「あと、同じ地区の商店街のあちこちに横山光輝先生の三国志の武将像があってね。関羽とかのさ。ロボとかモビルスーツの等身大は無理でも、武将像ぐらいはいけるかも」
「この辺に縁のある武将って、有名なのいたか?」
 考え込む真治に、玖実は首を振る。
「知らない。もう一番有名なところで徳川家康とかでいいんじゃない?」
「じゃあさ、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のトップ3を集めて並べるとかどうかな。三人一緒って、あんまり聞かないし。ついでに戦国武将系のゲーム全部集めて博物館とか――」
「アイデアは買うが、そのままじゃあちょっと無理があるな」
 ホワイトボードのパクリポスターを剥がして丸めながら、鈴木が口を挟む。
「長谷川町ってのは、昭和初期に原生林の山を切り開いて造られた街だから、歴史は浅いんだよ。この辺に縁のある戦国武将どころか、農民一人いやしねえぞ」
「え、そうなんだ」
「あれれ〜」
「マジか」
「おいおい。自分の町の歴史ぐらい学ばんのか、最近の若いもんは」
 驚く三人に、鈴木は深いため息をついて、丸めたポスターで自分の首筋を叩く。
「あとな、武将ってのは結構デリケートなネタなんだよ。愛郷心の象徴みたいなところがあるからな。下手に縁もない武将をネタにした町おこしなんか企画しようもんなら、その武将の地元の連中とかファンとかが怒りかねんぞ」
「それはそうよね。……背景や必然性のない話題性だけのカップリングなんて、元ネタへの侮辱であってオマージュやリスペクトどころか、パクリですらないもの。やるなら説得力のある濃い設定とかドラマを作らないと……」
「とはいえ、元々の歴史自体がないんじゃドラマの捏造も無理ってことだよな。となると……」
 真治は腕組みをして考え込む。
「現実に即して考えるか。長谷川町……子供に住みよい町……子供の逆は高齢者か。……ふむ、子供に加えて介護関係を厚くするとか?」
「それ……人が来ますか? それに、楽しいかって言われると……」
 玖実は渋い顔つきで首を振る。真治もまた頷き返す。
「だよなぁ。たとえ人が来ても、先は長くなさそうだしなぁ」
「……そんな発言、いいんですか?」
「うっせー、良い子ちゃんぶるなよ山本君。誰が聞いてるわけでもねーのに遠慮してて、アイデアなんか浮かぶもんかい。こういうのは過激なくらいでいいんだよ。あとは鈴木のおっさんどもが頼みもしないのに勝手にオブラートに包んでくれらぁ」
「そうそう」
 玖実は何度も頷いた。その表情には今日初めての笑みが浮かんでいる。
「どーせ押し付けられた役目なんだし? やる気なんかこれっぽっちもないけど、この会議自体をやらなきゃならないなら、せめてずばーっと弾けたイベント考えて、こんな無茶振りしてきた大人に、無茶振り倍返しするくらいでちょうどいいのよ。どうせイベントの成否なんか、私達の責任じゃないわけだしさ」
「そうなんですかね……」
「あったりまえじゃない! 高校生を監禁してイベントのアイデア出させた挙句、失敗したら責任かぶせるなんて話になったら、私マジで今すぐこの町捨てるわ。そんなの、イベントどうのこうの人集め云々かんぬん以前に、人の暮らす町として終わってるわよ! ――あ」
 熱弁を振るっていた玖実が、ふと動きを止めた。つつっと虚空に視線を走らせ、思考を巡らせる。
「……ずばーっと弾けて無茶振りで思いついた」
「お? なんだ?」
 身を乗り出す真治に、玖実はにまーっと企み顔で頬笑む。
「ちょっと二人とも、耳を貸して。こんなのどう?」
 耳打ちされた二人は、凄まじく渋い顔になった。
「……おい、それは」
「僕も名前だけは知ってますけど……ヤバくないですか?」
「いやでもほらさ、イベントするならやっぱインパクトないといけないでしょ」
「とはいえ、なぁ」
 渋る真治を鼻で笑い、玖実は鈴木を呼んだ。
「ふっふーん。……ねえねえ鈴木さん鈴木さん。新聞どころかニュースになりそうなイベント思いついたッ!」
「……男二人の反応が気になるが。聞かせてもらおうか。言ってみな」
シュールストレミングの大食い大会!!」
「シュール…………………………って、あの臭いのか!? 却下だ、アホウ!」
「えー!! せっかく考えついたのに! 絶対話題になるよ!! 好きな人は好きだから、参加者なしってこともないだろうしさ!」
「テロにも匹敵するあれを、こともあろうに大食いだと!? 参加者はともかく、町の人間が許すわけなかろうがッ!! お前は長谷川町を地獄に変えるつもりか!!」
「ちぇー」
 唇を尖らせる玖実に、苦笑いの静哉。真治もため息を一つ。
「面白そうなっていうか、その話を聞いた時に興味を引かせるだけのインパクトがあるって言う点では、良いアイデアなんだけどなぁ……まあ、二回目がなさそうだっていう予想が出来るからな。つーか――おい鈴木のおっさん。今思ったんだけど、そもそもうちの地域の売りってなんだよ?」
「ん〜……?」
 鈴木は即答しなかった。そのあたりにうずたかく積まれた道具の中から、なぜかの着ぐるみの頭を取り出して、ためつすがめつして十秒ほども考え込んだ挙句――
「……豆大福?」
 の着ぐるみの被り物と一緒に小首を傾げる。
「なんで疑問形なんだよ」
「いや、俺が好きだから。特にお前んちで売ってるの」
「毎度お買い上げありがとうございます――って、そうじゃなくて。他になにか特産とかねえのかよ」
「ふむ」
 の頭部を元に戻した鈴木は、腕を組んで小首を傾げる。
「……………………。うん、やっぱり聞いたことねえなぁ。さっきも言ったとおり、元々なにかしらの地場産業があって町になったわけじゃないからな。ま、逆に言やぁ、お前ら次第で新しいなにかを特産品にでっち上げるのもありだってことだ」
「それで、豆大福ですか?」
 静哉は乗り気でない様子だったが、真治は頷いた。
「ん〜……そうだな。菓子屋の息子的にはそれでもいいけどな」
「特定の業種に偏ったイベントにしちゃうと、他の業種から苦情が来るんじゃないかな」
 玖実の指摘に、悩ましげに眉根を寄せて真治は首を傾げる。
「それもそうだが……イベントって食べ物関係のが一番やりやすいんだよな」
「でも、長谷川町が豆大福の発祥の地というわけでもないし」
「それ言ったら、歴史のない長谷川町でイベントなんか出来ないぞ? ……ああそうだ。いっそ同人誌の即売会でもやるか?」
「どうっ……じょ、冗談じゃ……嫌です! あっても、私は参加しません!」
 結構真面目な表情で聞き返した真治に対し、玖実はまなじりを吊り上げてきっぱり否定した。
「顔見知りが山ほどいる地元で、商店街主催の同人誌即売会とか、なんの公開処刑ですか!?」
「公開処刑て……真田さん? 中身は知らんが、もの作りしてるんだからもっと堂々とすりゃいいんじゃないか? 好きでやってることなんだろ?」
「それは……っっ!!」
 玖実は絶句した。羞恥と怒りと恐れと絶望と悲しみと哀切が複雑に入り混じった表情が、百面相のようにくるくると変わる。
「……その………………勘弁して下さい……スミマセン……ホント、スミマセン…………」
 玖実は全身を震わせながら深々と頭を下げた。正座をしながら、さらに両手を前に出している――つまり、土下座。
 真治と静哉の表情が硬張る。
 女子高生が土下座。
 今日会ったばかりの相手に土下座。
 一体何を描いているのか。気になりはするが、これ以上聞いてはいけないことなのだと二人は理解した。
「……いやその、ごめん。真田さん。とりあえず、顔を上げて」
「そそ、そうですよ。もう聞きませんから」
「…………………………大福……」
 重く沈み切った呟きが、畳に押し付けられた玖実の顔面の隙間から漏れて来た。
 がば、と跳ね起きるようにして顔を上げた玖実は、耳まで真っ赤にして涙目のまま拳を突き出した。
豆大福押しで行きましょう! こうなったら、ヤケです!」
 唐突な宣言に、男二人は目をしばたかせる。
「あ、うん」
豆大福、いいんじゃないかな。なにも発祥の地にこだわることないですよね、坂岡さん?」
「うんうん、発祥の地じゃなくても美味い豆大福のある町ってことでアピールして――」
「甘い!」
 バン、と玖実の手が畳を叩く。部屋の隅で、ダンボールの中身のなにかがかたりと崩れる音がした。
「そりゃ、豆大福には餡が入ってるから甘かろう――」
「誰がそんなこと言っていますか! 大福餅なんて、どこで作っても大差ありません! オリジナル豆大福とか作っても、すぐそんなの真似されて全国に拡散、長谷川町なんか忘れられるに決まってるじゃないですか! イチゴ大福がいい例です!」
「あー。まー確かに、あれもどこが元祖かもうわからなくなってるからなぁ。……うちですら作ってるぐらいだし」
「じゃあ、どうするの? そんなんじゃ豆大福で町おこしなんて」
 困惑顔の静哉に、玖実は人差し指を立てて、左右に振った。
「関連がなければ、関連を作ってしまえばいいのです! 嫌がる豆大福をムリヤリ手篭めにするかのごとく!」
 恥ずかしさが吹っ切れたのか、頭のどこかが切れたのか。妙な迫力で二人に迫る玖実。
「ムリヤリ手篭めって……もう少し具体的に」
「しょうがないなぁ。えーと――鈴木さん、ホワイトボード借りますよ」
「どうぞどうぞ」
 立ち上がった玖実は、マジックでホワイトボードに豆大福と書き付けた。そして、二人に向き直って、キャップを戻したマジックの先端でコツコツとその文字を小突く。
「モノとしての豆大福に関しては、坂岡さんの得意範囲でしょうけど、あくまで食べ物です。町おこしにこれを使う場合、バリエーションを広げる方向は間違ってません。餡の代わりにクリーム入れたり、豆を他のものに変えたり、地域の店全部が豆大福しか売ってないという状況にするのも面白いですよね」
「ああ、その辺のことは親父と同業の人たちに言えば乗ってくるだろうな。けど……」
「そう。さっき私が提起した問題に戻りますけど、それだけだと広がりがないんですよね。他の業種に。そこで、鈴木さんが一番最初に口走った案――『ゆるキャラ』という手段があります」
「ああ、なるほど」
 静哉がぱっと顔を閃かせた。
豆大福をキャラクター化することによって、そのキャラを使った産業自体を作り上げていこうってことね。となると、そういうゲームとかを作って、ネットでダウンロードできるようにするのも面白いかもね。東●みたいに、版権・商権フリーにはしないけど二次は自由とかにすると、ひょっとするとちょっとしたブームには出来るかも」
「それ、採用」
 ぴっとマジックの先で静哉を指した玖実は、すぐにホワイトボードに書き込んだ。
「ゲーム、イラスト、アニメ――本気で町おこししたいなら、メディアを使わない手はない。っていうか、メディア使わずに出来るわけがない。けど、地方テレビ局の夕方ニュースとか新聞の地方版にちらっと乗る程度じゃあ、とてもじゃないけど人は来ない。継続的に人を集めるなら、最低限ゲームやコミック、アニメで言う聖地扱いにならないとね」
「じゃあ、コミックは真田さんが描くということで」
「え?」
 真治の一言で、玖実はきょとんとした。真治はにやりと笑みをたたえる。
「言いだしっぺの法則ってのがあってねー」
「あ……」
「まあ、真田さん以外の人を巻き込んで描いてもらってもいいけど、町に縁のない人に描いてもらうと、後々版権問題とかで色々ややこしくなると面倒だし、初めからさっき山本君が言った二次利用自由をきちんと理解している人に描いてもらいたいね」
「そうですねぇ。ゲームの件は、学校の部活でそういうプログラムとか得意な人がいるので、その人に協力してもらって作るのは難しくないです。けど、その前にこのプロジェクトなりイベントなりがしっかり固まってくれないと、作った後で版権問題でいざこざって言うのは嫌ですね。滋賀のゆるキャラ騒動みたいなのもありましたし」
 静哉の話を頷きながら聞いていた真治は、ぽんと膝を打って玖実を見やる。
「まー、そういうわけだ、真田さん。悪いけど、絵心あるのはこの中で君だけだし、描いた版権は君が握るということで。――鈴木さんも、それでいい?」
 部屋の端で小首をかしげながら話の成り行きを聞いていた鈴木は、頭をぽりぽりかきながら唸った。
「う〜〜〜〜ん。版権・商権は委員会で持ちたいんだがなぁ。当たれば結構な収入になりそうだし」
「ふーん。おいしいところだけ持っていくつもりなんだ」
 ジト目の玖実。
「まあ、イベント発起人がこういう連中なら、イベントは端から成功しないのも目に見えてるな」
 腐ったものを見つめるような眼差しの真治。
「だったら最初から僕らなんか集めずに自分たちで考えりゃいいのに」
 静哉も失望を隠さない。
 そして、三人揃って告げた。
「「「だから大人って汚いよな。やる気なくすわ〜」」」 

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 坂本 九(さかもと・ないん)。
 長谷川町の和菓子屋『阪丘庵』の一人息子である。
 彼はある時、何者かによりストーリキ・ニーネという薬の混入された豆大福を食べたことにより、生死の境を彷徨う。
 折りしも金環日食の時、その不思議な力を得て蘇った彼はしかし、もはや普通の人間ではなくなっていた。
 豆大福の力を使うことのできる、豆大福人間となってしまっていたのだ。
 その秘密を抱えながらも、人として生きてゆく坂本 九

 ある時、彼は町で連続する液状化現象の影に秘密結社『シュレディンガーの猫』の存在を知る。
 町を守るため、隠してきた豆大福の力を使って戦い、秘密結社の改造人間部隊テラフォーマーズを辛くも倒したものの、意識を失って倒れてしまう。
 そんな彼を助けたのは一人の少女・鍵屋 麻比奈(かぎや・まひな)。
 失った記憶を求めて旅をしているという彼女は、なぜか和菓子職人として相当な腕を持っており、坂本 九の両親に請われる形で『阪丘庵』に居候をはじめる。
 彼女は様々な豆大福を開発し、『阪丘庵』を盛り上げるとともに、秘密結社と戦う坂本 九をサポートする。
 こうして長谷川町を守るため、豆大福人間・ダイマメフックの戦いは始まったのだった。

 その熾烈な戦いの中、重大な事実が明らかになる。
 実は鍵屋 麻比奈は秘密結社の幹部、化学職人『半月のマヒナ』だったのだ。
 坂本 九がかつて口にした豆大福に入っていたストーリキ・ニーネは、彼女が作り、仕込んだものだった。そして、彼に協力していたのも、実はより強力な改造人間を作り出す情報収集のため。
 だが、『阪丘庵』での日々に安らぎを見出し、坂本 九を愛し始めていた鍵屋 麻比奈は、その愛を、そして今や居場所となった『阪丘庵』を守るため、愛する者を異形にしてしまった責任を果たすため、たった一人で秘密結社の本部へ乗り込む。
 折りしも、ダイマメフックは最大のライバル・シュールストレミング決死隊との決戦に赴いていた。
 裏切り者と認定されてしまった鍵屋 麻比奈は生きて戻れるのか。
 そして、ダイマメフックはクサヤ決死隊から恐るべき進化を遂げた最凶異臭人間シュールストレミング決死隊の『移臭』攻撃の猛攻をかいくぐって、鍵屋 麻比奈との特訓で編み出した愛の必殺技『スペース1999』を放てるのか。

 次回、豆大福人間ダイマメフック 第32話 さらばライバル! 愛する人よ!! にチェェェェンジ・マメフック!!!

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「これで、どうよ!!」
 時刻は昼前。
 三人が嫌々ながらもゆるキャラの設定を考え出してから十数時間。
 徹夜であーでもないこーでもないとやりあう三人に一切口を出さず、隣の事務局で惰眠を貪っていた鈴木は、叩き起こされて、数枚の紙を突きつけられていた。
 玖実の突き出したそれを受け取り、中身をざっと見た鈴木は、難しい顔をしながら頭をぽりぽりかいた。
「……徹夜明けのテンションだってのは理解するつもりだが……32話って。――いや、そもそもゆるキャラを作るんじゃなかったっけ?」
「子供に受けのいいヒーローものにして、テレビ番組化と映画化を目指そうという話になりまして」
 そう答える真治の声に、もはや覇気はない。
 というか、三人ともどろんと澱んだ眼差し。睡魔と戦っている顔だ。
 その顔を見ていると、ダメとは言い辛い。
 親達から許可を得て缶詰にしたとはいえ、実際このまま缶詰にしておくのは問題がある。特に年頃の玖実ちゃんは。
 ここらが帰し時だろう。そう思っていると、玖実が続けた。
「どうせ版権そっちに取られるんなら、もうこっちは無責任だし、徹底的に凝ってやろうと思って。ただ、ゆるキャラに関しても考えています。これがダイマメフックの元の姿のイメージ画なんですけど」
 そう言って差し出された別の紙には、ダイマメフックの詳細なイメージ画が描き込まれていた。流石に同人誌を書いているというだけあって、上手い。全身タイツ系の姿で、マスクのうち口元は見えているデザイン。主に武器ではなく、身体を使って戦うタイプのヒーローだが……。
「これ、この隅っこで肩組んでるのス●イダーマンにスー●ーマン? なんで?」
「どうせならハリウッドに通用するアメコミ流ヒーロー像で行こうかと」
 どうです、すごいでしょうと言いたげな玖実の笑み。
「ああ、確かにこのイメージ画もそんな感じだな。リアル系で。でも、ストーリーはどっちかというと日本の特撮だと思うんだが」
 そこで静哉が口を挟んできた。
「そこは演出と脚本次第ってやつですよ。虚●玄とか引っ張ってきて、すっごいハードな脚本書いてもらえば、向こうのヒーローにも遜色ないのが出来ますって」
「……その脚本家が何者かは知らんが、そもそも長谷川町の中で完結させるって話はどこ行った」
「まぁまぁ、それはともかく。ゆるキャラに関しては、これを二〜三頭身にしたものをこっちに」
 さらに一枚の設定書。可愛いキャラが色々描き込まれている。こちらはマスコットキャラとして使えそうではある。とはいえ、これだけをゆるキャラとして作っても、まったくなんのことやらだが。
「あ〜……わかった。一応、アイデア出したら帰してやるって約束だしな。今回はこれで終わりにしとこう」
 鈴木のその言葉を聞いた途端、三人はがっくり崩れ落ちた。
「……やったァ……」
「ご苦労様、真田さん」
「山本君もな。……これでようやく帰れるぜ」
「じゃあ、来週はこれをたたき台に実際のイベントの方向を考えてゆくからな」
 事務局のコピー機で設定書をコピーしながら、鈴木が告げる。
 たちまち、三人は顔をはねあげた。
「え?」
「うそ」
「まだやんのかよ!?」
「まだって……まだキャラクターの設定がやっとこ出来ただけじゃねえか。これをどうやって町おこしにつなげるかを考えないとな。ま、もう少し冷静な目でこれを見られるようになってから、次の話をしようってことだ。豆大福モチーフのヒーローもの……うん、方向性は悪くはないと思うぜ、俺は。――っておい」
 完全に力尽き、崩れ落ちた三人はそのまま寝息を立てはじめていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 この後、当然といえば当然ながらダイマメフックのアイデアは町内会・商店街連合から没をくらい、お蔵入りする。
 しかし、真田玖実が描いたオリジナル同人作品のハードさと、その設定を忠実に守った山本静哉の属する高校創作ゲーム部が作った同人ゲーム、作品内で登場した様々な豆大福を実際に販売している坂岡菓子店がカルト的な人気を集め、図らずもダイマメフック発祥の地として長谷川町を聖地化してゆくうねりが起きてゆくのだが……

 それはまた、別の話である。

 終

あとがきへ


小説置き場へ戻る   ホームへ戻る