フェアウエル20090426













GOSKIP























































































 夢を見た。
 古めかしい教会の、重くて大きな扉を開けるとそこは結婚式だった。
 真っ赤な絨毯の向こうに、ステンドグラスの光が落ちて、そこには幸せな花婿と花嫁がいて。
「麻尋君?」
 なのに僕の声は声にならなかった。もう一度呼んだ。やっぱり声にならない。駆け寄ろうとしたら、真っ赤な絨毯がぶかぶかと沈む感触に、慌てて一歩、後ずさった。
「麻尋君!」
 なのに僕の声は声にならない、僕の声が麻尋君に届かない、麻尋君に僕の声は聞こえない。麻尋君が行っちゃう、どこにかはわからない、誰とかもわからない。なのに僕の声は届かないから、麻尋君は……
「麻尋君!麻尋君!麻尋君!」
 何度呼んでも、僕の声は声にならない。
 麻尋君が、いなくなる。


 泣きながら目が覚めた。
 時計を見たら目覚ましがなる五分前。窓の外はまだ暗い。そっとカーテンを開けると今朝はよっぽど寒いのか、窓ガラスにびっしり結露がはっていた。
 濡れた頬が冷たい。寒い。それで少し落ち着いたので、僕は夢を思い返した。
 わからない、どうして声が出なかったのか。
 わからない、どうして一歩踏み出せなかったのか。
 わからない、麻尋君が誰と一緒にいたのか。
 それから、麻尋君が花婿だったのか花嫁だったのかも何故か思い出せなかった。
 でも、たったひとつだけわかったことがある。


 麻尋君と僕は、二年生になってクラスが一緒になって仲良くなった。
 それで一学期も二学期も、今の三学期も一緒だった。
 出会ったときから麻尋君を好きだったのも一緒で、麻尋君もそんな僕と一緒だった。
 だから僕ら一緒にいた、当たり前のように一緒にいた。
 けれどもたったひとつだけわかったこと。
 僕たち、いつか一緒にいられなくなる時が来るってこと。
 どうしよう、どうしたらいいんだろう。
 僕たちずっと一緒で、一学期も二学期も三学期も今まで一緒で。
 僕たち一緒にバレンタインデーのチョコを渡しあったじゃないか。
 それなのに、いつか一緒にいられなくなる時が来るなんて。
 じゃあどうしたらいいんだろう。
 僕は麻尋君と一緒にいたい。僕らずうっと一緒にいるんだ。
 ずっと、いつまでも、永遠に。



 放課後の教室。卒業式の予行演習で今日は部活もなかった。僕の隣で卒業生を送り出す時の「仰げば尊し」を歌う麻尋君の声は、風邪ではなくて声変わりの予兆で掠れていた。ああ、麻尋君は今までの麻尋君と一緒じゃないんだ。うっかり涙ぐんだのは、仲のいい陸上部の先輩が傍を通っていったからじゃない。そんな僕に麻尋君が言った。
「これでようやく夢乃君と一緒だね」
 声のことを言っている。
 うそつき。一緒だけど、一緒じゃなくなることを、多分麻尋君は知っているんだ。僕より声変わりの遅い麻尋君だけど、僕より先に知っていたんだ。
「ねえ」
 放課後の教室。みんな部活もなく授業がつぶれるこんな日は、さっさと帰って遊びに行くから、僕らの他には誰もいない。僕が声をかけると、麻尋君が振り返る。麻尋君はいつもと一緒ににっこり笑う。
「新学期も、僕たち一緒だよね」
 来年度からはいよいよ三年生。僕と麻尋君は公立志望で、うちの学校は中学から志望校別のクラス分けをするから、僕たち来年度も同じクラスのはずだった。
 けれども麻尋君はきゅうにその目を大きく見開いて、そして、しばらくの間を置いて、言った。
「……うん」
 うそつき、うそつき。麻尋君はやっぱり知っている。僕らがいつかは一緒にいられなくなることを。
 じゃあどうしたらいいんだろう。
 僕は麻尋君と一緒にいたい。僕らずうっと一緒にいるんだ。
 あの夢を見てから、僕はずうっと考えていた。夏休みに麻尋君を見るとドキドキする訳を考えたときよりも、バレンタインディにどっちから渡すかを考えたときよりも、そんな時よりもずうっとずうっと、考えた。
「麻尋君」
 だから僕は言った。
「結婚しよう」


 僕らずうっと、一緒にいたいのだから。
 一生懸命に考えた、どうしたらいいか考えた。
 それがどういう事だかわからない。どうすればいいのかわからない。
 けれども一緒にいたい、やめるときもすこやかなるときも。
 ずっと一緒にいたいんだ。
 そして僕はもう疑っていない。
 麻尋君も、僕と一緒だということを。


 麻尋君はやっぱり驚いていた。そのまんまるな目をもっと見開いて。僕はその目から一瞬たりとも目をはなさなかった。
 すうっと、麻尋君の目が細くなって、そして
「……」
 わらった。とろけそうに、うれしいという笑顔だった。
 僕は麻尋君を抱きしめた。
 麻尋君は言った。
「じゃあ、結婚指輪は?」
「え?」
「ないの?」
 僕は慌てた。そうだ、そうだよね、結婚するには、何か誓いの証が必要なんだ。ああ、なんでそんな事に気付かなかったんだ、何も用意してない、持ってきていない。どうしよう。そしたら麻尋君、やっぱり結婚しないって言うだろうか、神様の前で僕たち一緒に誓うはずなのに、麻尋君は真っ赤な絨毯を駆け去っていってしまうだろうか。ああ、どうしよう、どうしたら?
 けれども麻尋君は更に続けた。
「しょうがないなあ」
 そう言って、麻尋君は、僕にキスをした。
 ああ、そうか。「誓いのキス」。
 卒業式の予行演習の日、夕日の差し込む教室。古めかしい教会ではないけれど、ステンドグラスも、真っ赤な絨毯もないけれど、それが僕らの結婚式だった。



「そんな事もあったねぇ」
 目の前の麻尋君は、新郎姿。それで僕はようやく思い出した。十年前、あの日見た夢の麻尋君はウエディングドレスを着ていたんだ。なんて今は言えないけれど。
 あれから十年、突然麻尋君からきた結婚式の招待状。
 僕らが最後に会ったのはあの教室の結婚式。翌日、麻尋君は何も言わずに突然転校していってしまった。後で聞けば、本当にお父さんのお仕事の都合で突然で、でも突然すぎて何も言えなくて、僕にはもっと言えなくて「言えなかった、自分がどうなってしまうかわからないから」と。あの時僕がどれだけ泣いたか麻尋君は知らないし、それで後ろめたくてその後も連絡が取れなかったというのも今聞くまで知らなかったし。麻尋君は多くは語らないけれど、多分、おうちの事で色々あったのだとなんとなく知ってしまった気もするし。
「でもよく来てくれたね、来てくれないかと思っていた」
 そして十年の後の再会も結婚式だなんて、ちょっと出来すぎているんじゃないだろうか。
 不意に麻尋君が手にしていた煙草を、携帯灰皿でもみ消した。僕も気付いて慌ててそれに倣う。
 今は式も無事に終わり、披露宴は小さなレストランでのガーデンパーティ。
「駿君」
 いそいそと駆け寄ってくるまっしろな花嫁。
「もう、主役がこんなところにいちゃダメじゃない。皆さんあちらで待っているのに」
 小さくてかわいい、麻尋君のお嫁さん。もう早く来てよね、と言うだけ言ってまた風のように去っていった。
「いいの?いかなくて」
「うん、あれはあれで楽しいんだよ。もうウチの人ったらほんとマイペースだから、っていいふらしてさ」
 そう言う麻尋君の目がとても優しい。
「夢乃君も、奥さん連れてくればよかったのに」
「ほんとうはそのつもりだったんだけど、今日はつわりがひどくて。残念がってたよ」
「でもすごい偶然だよね、夢乃君とこもだなんて」
 麻尋君のお嫁さんも、大きなおなかをしていた。マタニティウエディング。麻尋君は、ちょっと予定外だったんだけどね、デキ婚だなんてカッコ悪いと笑っていたけれど。
 けれどもすごく幸せな結婚式で、麻尋君がどれだけお嫁さんを好きか、お嫁さんがどれだけ麻尋君を好きか、そんな事一言も言っていないのに、僕の耳には二人が好きだという声が聞こえてきて。感動のあまり僕は泣くのをこらえるので精一杯だった。  そして僕も声にならないぐらい麻尋君が好きだと思った。
 そして今すぐ家に帰って僕の奥さんにも好きだと伝えたかった。
 不思議だった。
 もう好きだったことも忘れかけていたのに。
「そんなこともあったねぇ」と笑い合うほどなのに。
 本当は、どうしてあの時黙って行ってしまったの?と怒ってもいいはずなのに。
 僕の中には麻尋君を好きという気持ちと、もうすぐ僕の子供を産む僕の奥さんが好きという気持ちが、まったくせめぎ合うことなく、むしろふたつの好きがどんどん大きくなって、僕の心はどんどん押し広げられて、ひろがればひろがるほど、しあわせがどんどんしあわせになっていく。
 あんなに好きだった気持ちも、今こんなに好きな気持ちも、ただ僕をひたひたに満たすばかりで。
 麻尋君が言った。
「夢乃君」
「なに?」
「僕、夢乃君の事が好きだよ」
 そういう麻尋君の顔を見ればわかる。麻尋君は僕と同じ事を思っている。好きだった気持ちも、今こんなに好きな気持ちも、ただ、ただ僕らをひたひたに満たすばかりで。

 たったひとつだけわかったことがある。
 僕らやっぱり一緒だったんだ。今までもずうっと。だから。


 きっといつまでも、僕ら一緒なんだ。












END

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夢乃×麻尋の中学生日記ファイナル。
第一弾第二弾

夢乃君の奥さんはアヲノで、麻尋君の奥さんはせあらです。
何が書きたかったかというとマタニティウエディングのせあらです。なんの根拠もないけれど多分似合う……っ!







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