空の欠片/2
断片6:一日目
今日、ボクらは留学生として、リンドブルムへやってきた。
黒魔道士とジェノムの数はほぼ同数。
案の定、ジェノム達の間では、誰がリンドブルム行きの権利を手に入れるかで、ちょっとした争奪戦になっていた。彼らは近頃、黒魔道士の村での生活に慣れ、好奇心でいっぱいになっているところだったから。
それに対して、黒魔道士の皆はひどく緊張していた。このリンドブルムで、どう言う目で見られるんだろうという不安を、村の皆のためにも、しっかり知識を身に付けて来なくちゃいけないという気負いが、かろうじて押さえつけているんだと思う。宿屋の123号さんなんか、今日一日で5回もつまづいて転んでたくらいだ。
港に降りてからずっときょろきょろしているジェノム達と、がちがちになってぎこちない黒魔道士達は、とても対照的だった。
ボクらはまず、滞在場所として安く貸してもらえることになった旧兵舎へ様子を見に行ってから、これからお世話になる人達に挨拶に行った。
まず、こっちに来た中から数人が、操船や船の整備を習うことになるゼボルト機関士長さん達。ゼボルトさんは自分でも造船所を持っているけど、シド大公直属の飛空艇開発所の所長でもあるから、シド大公とは親しい。大体の事情は了解してくれているみたいだった。
「まあ、まかせんしゃい。霧機関や蒸気機関に比べれば、海洋艇なんぞちょろいもんバイ。しかし、案外とクラシックな趣味バイのー」
…ちょっと誤解があるような気がしたけど。
次に、ボクを含む残りの10名近くが“霧”や魔法科学について習う学院の学者さん達に挨拶に。こちらも霧機関開発の関係で、シド大公とはつながりが深いらしいんだけど、飛空艇そのものを開発する前の理論を研究するところだから、シド大公直属というわけじゃない。
だから、ゼボルトさんほど黒魔道士に対して理解があると言うわけじゃない。…ゼボルトさんの場合、理解があるというより、船以外の事はあまりこだわらないだけなのかもしれないけど。
協力を頼んだ時、シド大公は簡単な紹介状をくれた。
その内容は、大体「彼ら黒魔道士は友好を結ぶべき存在である。そのつもりで配慮されたし」という事だけ。襲撃を行った黒魔道士達とボクらがどういう関係なのかも、関係あるのかないのかさえも触れていなかったし、ボクらが何のために講義を受けに来たのかも、伏せてあった。
そこをどう説明するのかは、ボクら次第と言う事だ。
そして、192号さんと合成屋さんに行った次の日、リンドブルム城の仕官さんに立ち会ってもらって、学院の人とはもう講義の内容と計画について話し合って置いてある。
今日学院に行くと、その時話し合った人が出迎えてくれた。
前に会った時も思ったけど、おっとりした感じのおじさんだ。いつもニコニコ楽しそうで、人当たりのいい人。
その学者さんから、明日からの講義について説明を受けて、計画の細かいところを修正する話し合いをした。その後彼は、これからボクらに講義をしてくれるもう2人の学者さんを紹介してくれた。
一人は眼鏡をかけたちょっと若い男の人。この人はぼさぼさの髪でちょっと汚れた白衣を着て、眠そうに話していたけど、どういう人なのかは挨拶しただけじゃよく分からなかった。
3人目を紹介された時、ボクは少しぎょっとした。その人は、2人の中間くらいの年の、背の高いネズミ族の女の人だった。ブルメシア出身だって。ブルメシアも、…黒魔道士の襲撃を受けた国…。でも彼女は、きびきびとした口調で必要最小限の自己紹介をしただけ。じっとボクらを見る眼つきだけでは、何を考えているのかは分からなかった。
でもボクは、はっきり何か言ってこない限りは、何も気にしない事にしてた。だって、ボクらを憎んでる人がいたとして、ブルメシアやリンドブルムの襲撃のことで何を言えば良いんだろう?謝っても事情を説明しても、言い訳にしか聞こえないんじゃないのかな…。
ボクらを見てもらって、判断してもらうしかないような気がする。
一番最後にボクは、192号さんと2人で合成屋さんへ行った。
彼はこれからボクらとは別に、合成屋さんに住み込みで修行する。
192号さんも緊張しているみたいだったけど、他の皆とは雰囲気が違った。ぐいっと歯を食いしばって、時々ぶるっと震えていた。…怯えてるって言うよりは、武者震いだと思う。
合成屋さんにつくと、トーレスさんが出迎えてくれた。
「よう来たな」
招き入れられて店に入ると、ウェインさんが仕事をしているところだった。
彼は前みたいに「帰れ」とは怒鳴らなかったけど、じろりとボクらを睨んだ。
「よくものこのこ来やがったな。親父が許したって俺は絶対許さねえぞ」
でも、192号さんはひるまなかった。
「君が許さなくたって、僕は帰らないからね。僕が弟子入りするのは君じゃなくて君のお父さんなんだから」
ばちばちと火花が散っている2人に、ボクはちょっと不安になったけど、トーレスさんが
「そんなに心配なら、時々様子を見に来るといい」
と言うので、とりあえず今日は帰ることにした。
…大丈夫かなあ。
断片7:2日目
あっという間に、一日が終わった。
講義組の方は、短期間でたくさんの知識を身に付けなくちゃならないから、結構進み方が早い。講義は夕方になる前には終わったんだけど、黒魔道士の皆は「始めが肝心」と、今日取ったノートと頭を付き合わせて復習を始めた。ジェノム達は、学院の見物も兼ねて、図書館へ行った。
操船組の方も似たようなものだ。ただ、あっちの方は実際の船に触って習うから、面白かったみたい。
とはいえ双方、慣れない事だらけでくたくただったんだろう。夕食が終わって間もなく、皆ベッドに入ってしまった。
でも、夕食の時に講義の内容とゼボルトさんの話でもちきりだったところを見ると、かえって緊張する余裕もなかったみたいだ。昨日なんか、皆もくもくと食事してたのに。
今までのところ、ボクらは学者さんや操船技師さん以外の人達と接する機会がほとんどなかったから、特別問題は起きていないように思える。
でも、ボクらに講義をしてくれている、ネズミ族の女の学者さんのことなんだけど。無駄話は一切なしの、きびきびとした口調の人で、…襲撃の事ですら何も言ってこないけど。宿屋の123号さんが、彼女を怖いって言うんだ。ボクらを見る目が冷たい気がするって。ボクも全く感じなかったわけじゃないけど…。もともと、彼は音楽や絵や読書が好きな大人しい人で、あんまり気が強い方ではないから、過敏になってるのかも知れない。でもあの学者さんが、ボクらの事をどう思っているのかは、やっぱりボクにはよく分からない。
合成屋さんにも、行ってみるつもりだったんだけど、皆と復習しているうちに日が暮れてしまった。昨日の今日ではあるんだけど、192号さん、あんなに力んでて続くのかなあ…ウェインさんのことも気になるし…。
ボクは頭を振った。「やってみなくちゃ分からない」、そう言って留学を提案したのはボクだ。
気になる事があったら、明日にでも確かめればいいんだ。
どうすればいいのか考えるのは、それから。
ジタンと旅をしている間も、いつだってそうしてきたんだから。
断片8:数日後
だいぶ皆、リンドブルムでの生活にも慣れてきた。操船組は、毎日楽しそうにしている。ゼボルトさんが面白い人なんだって。講義組の方も、やっと余裕が出てきたところだ。
でもそれとともに、今まで無我夢中の余り気に止めなかったリンドブルムの人達の視線を、少しづつ気にし始めたみたいだ。
実際には、城の兵士さん達にしろ、学院の人達にしろ、近所の町の人達にしろ、思ったよりはずっと好意的にしてくれる。最初は戸惑っても、しばらく話せばボクらに敵意がない事を分かってくれる人が多かった。
反面、やっぱり話すより先に逃げ出したり、警戒したりする人もいる。はっきり言ってこない限りは気にしても仕方ないからって言ってあるけど、やっぱりそわそわしてる。シド大公の膝元の水竜の門に通っている操船組はともかく、学院に通う講義組は特に、白い目を感じる事が多いみたいだ。
ジェノム達もそれは感じてる。彼ら自身はリンドブルムの人達に恨まれるいわれはないんだけど、ボクらと行動を共にしていると言うだけで巻き添えになってる。例えば、あのネズミ族の女の学者さんの冷たい視線のこととか。
彼女が怖いと言っていた123号さんは、
「村に残ってる皆も、お金を溜めるために頑張ってるんだから、僕も頑張らなきゃ」
って言ってるけど、今でも黒魔道士とジェノム以外とはあまり話せなくて、ちょっとふさぎこんでしまっている。特に彼女の講義だと憂鬱そうだ。
「あの人、隠してるみたいだけど、たぶんボクらの事を警戒してるんだよ。雰囲気が堅いんだ」
あの学者さん、弟さんがいるそうなんだけど。…その弟さんが、ブルメシアとリンドブルム、両方の襲撃で黒魔道士に襲われて怪我を負って、今学者さんの家で療養中なんだって。
ボクがあの人の事を聞いたら、ちょっとためらいながらもおじさんの学者さんが教えてくれた。
『私は、襲撃の後にこの学院に入ったんだよ。正直、その辺の詳しい事はよく分からないんだけれど…本当は襲撃で被害を受けた人は講師からはずすつもりだった。でも、それだと講義できる人がいなくてね…だが彼女は理性的な人だよ。感情に走って君らを傷つける事はしないと思ったから、彼女に頼んだんだ』
襲撃の影響は、覚悟していた事だった。それより、学者さんがそこまで気を使ってくれてると思わなくて嬉しく思った。確かに、彼女の講義は一番分かりやすい。
でも、女の学者さんの心情を思うと、ちょっと落ち込んだ。どんなに敵意がない相手でも、身内を傷つけた者の同類と思うだけでこらえようもない嫌悪感を抱いてしまうことって、あると思うもの。
ボクだって、おねえちゃんのお母さんだって分かってても、死ねばいいと思うほど、ブラネ女王を憎んでたから。
その話をすると、123号さんは言った。
「彼女の表情が堅いのは、きっとものすごく我慢して講義してくれてるからなんだろうな…。身内が傷つけられたのに、そんなことが出来る、立派な人なんだね」
…ボクが望んだ事が、そんな人の傷をえぐっているのかもしれない。
192号さんは、とりあえず表面上うまくやっているみたいだ。
『トーレスさんは厳しいけど、好きな事だから、すごく楽しいよ』
彼は生き生きと言った。ただ、ウェインさんのことには全く触れなかった。あの様子だと、ウェインさんとは一言も言葉を交わしていないのかもしれない。それに、何だかお客さんが来たら192号さんは奥に引っ込むようにしてるみたいだし。…帰りがけに、彼は一度ボクを呼び止めた。
でも。
ぶんぶん首を振って、ぐっと胸を張ると、
「…何でも無い」
と言った。
多分、32号さんとの約束が、192号さんを支えてるんだ。
そう思ったら、どんな言葉をかけて良いのか、分からなくなった。
何だか無性に苦しくなって、帰ってからひたすら勉強した。他に何をすれば良いのか分からなくて、ランプの油が切れてしまうまで、ずっと。
断片9:ケンカ
リンドブルムへ来てから、2週間。
最近、講義組も操船組も、勉強が面白くなってきたと言って、夢中で打ち込んでいる子達がいる。何か本来の目的忘れてるみたいな節もなくはないけど…それでいい。特に黒魔道士の皆は。何かに夢中になっているほうが、きっと楽しいよね。
他にも嬉しい事がある。皆それぞれに親しい人が出来たみたいなんだ。それは、学院の生徒さんや、近所の商店の人とか、いろいろだけど。操船組のジェノムの女の子は、エリンさんと友達になった…らしい。
『らしい』って言うのは、二人の会話がなんか変だからなんだけど…。
「この飛空艇の先端にある像はなんだ?」
「船首像ですよ!かっこいいでしょ?」
「せんしゅぞう…?何の為にあるのだ?無駄としか思えないが…」
「無駄なわけないですよ!あった方が断然強そうじゃないですか!」
「せんしゅぞうがあると強いのか?」
「ええ!敵を威嚇する重要な武器ですから!」
「そうか、武器なのか。ならば必要だな…で、一番破壊力があるせんしゅぞうはどれだ?」
「それはもう、いっちばんかっこいいやつです!」
…微妙にすれ違ってる気がするんだけど…。
あれはあれで、気が合ってるんだと思う。
でもその反面、黒魔道士に対する冷たい目は、減りはしない。
今日、ジェノムの一人が学院の廊下で絡まれた。
偶然通りかかったブランクさんとマーカスさんが仲裁に入ってくれて、大事にはいたらなかったみたいだけど。
「ガラの良くねえのと掴み合いになってぜ」
そのジェノムを旧兵舎まで送ってきてくれて、2人は言った。
「あの無表情なのが、えらく目を吊り上げてたっスよ」
…多分、ボクら黒魔道士の悪口を吹き込まれて、怒ってくれたんだろう。
なんだか申し訳なくて、そのジェノムの子に謝ったら、
「何を謝る?無礼を働いたのはあの連中だ。ビビは何も悪くない」
むっつりとそう言った。
そういう小さな事が、予想以上に堪えているみたいだ。
123号さんは、最近ますます落ち込んでしまって、勉強も身が入ってない。ネズミ族の学者さんの事はもちろん、ボクらに対して好意的にしてくれている人とでさえあまり会いたくないらしくて、授業以外は旧兵舎から出ない。それでも講義を休もうとはしないけど。
どうしたらいいんだろう?
ため息をついて顔をあげて、ふとブランクさんと目が合って気がついた。
あれ?そう言えば、ずいぶん久しぶりだけど、今日はどうしてここへ?
「おっと、忘れるとこだった。ボスからこれを預かってきたんだ」
そう言ってブランクさんが差し出したのは、今劇場区の大劇場で上演されてるお芝居「星に願いを」のボクら全員分のチケットだった。
「『せっかくリンドブルムに来て、芝居を見ないで帰るってのもねえだろう』ってよ」
嬉しくってありがとうって叫んだら、照れたようにブランクさんは頭を掻いた。
「今からなら夕方の上演に間に合うっスよ」
何しろ、お芝居なんて初めて見るものだから、あの表情の乏しいジェノム達でさえ、せかせかと準備を始めたくらいだ。大劇場でお芝居が見られると訊いて、123号さんも、久しぶりに笑顔を見せて、うきうきしてた。
それを見てボクも嬉しくなったんだけど。
192号さんも誘おうと思って行った合成屋さんで、浮き上がりかけた気分がぺしゃんこになった。
192号さんが顔に大痣を作って、土埃だらけになって出てきたからだ。
びっくりして「どうしたの」って聞くと、彼はむっつりと答えた。
「ウェインの奴と取っ組み合いになった」
その言葉どおり、192号さんの後から出てきたウェインさんも、やっぱり顔に擦り傷を作って土埃だらけだった。
事情を聞こうにも、2人ともぴりぴりしてて聞き辛いし、あいにくトーレスさんも留守だった。
「せっかく誘ってくれたのに悪いけど、今日忙しいんだ」
そう192号さんに断られて、ボクはほとんど追い出されるような格好で店を出た。
しぶしぶボクは劇場区で皆と合流して大劇場へ行ったけれど、椅子に座ってもとても落ち着け無かった。
大劇場の暗めの照明の中では、お互いの姿もあまり見えないから、123号さんも周りがそんなに気にならなくてほっとしたようだった。お芝居が始まると、みんなあっという間に劇に夢中になったみたいだったけど。
ボクだけはせっかくのお芝居にも入り込めずに、大劇場のクッションの効いた椅子の上で、まんじりとも出来ず考え込んでいた。
そして結局、あと一幕で終わりと言う所で、ブランクさん達に皆のことを頼んで、ボクは席を立った。
断片10:呪い
「あいつなら、出てったよ」
素っ気無くウェインさんに言われた瞬間、ボクは全身の血の気が引いた。
「行き先?知るもんか、人殺しのくせにって言ったら、すっ飛んで行っちまったんだ!」
そう言われた時には、足元がぐらぐらした。
『目覚めた時、足元に血まみれの人が倒れていた』
『何だか怖くなって、僕はその場から逃げ出したんだ』
そんな288号さんの言葉を思い出した。
何でそんな事言ったの?思わず沸いて出たその言葉は、のどでつっかえて、止まってしまった。
ウェインさんはきっと、「ボクら」が彼の父親を傷つける瞬間を、そして人を殺す姿を、その目で見ていたに違いないから。
彼は、唇をかみ締めて、力任せに槌で剣を殴っていた。
その彼に言うべき言葉が見つからなくて、ボクは店を出て行こうとした。すると、いつの間に戻ってきていたのか、トーレスさんが店の入り口に立っていた。
「ウェイン」
トーレスさんの声に、ウェインさんがぴくりと槌を止めた。
「仕事を失ったわしを思いやってくれるのはありがたいよ。だがな、誰を責めても済んでしまった事は戻らないんじゃ。そんなことで目を曇らして、賢者の杖さえ呪いの棍と同じに見て、打ち捨てるようなことはするなよ。お前と取っ組み合っても、あやつは黒魔法を使おうとはしなかったんじゃろう?」
すると、ウェインさんは槌をたたきつけて、店の奥に入っていってしまった。
「すまんのう、坊主。せがれは若い分、わしより記憶力がよくてな。まだ振り下ろされた棍の呪いを腹の中に溜め込んだまま、忘れる事ができんのじゃよ」
そう言ってトーレスさんは、ボクの頭を撫でてくれたけれど。皮の手袋をはめたその手は、ひどく不器用な動きだった。
おなかの中に、ずしんと冷たいものが落ちた。
そうか。きっとウェインさんもあの、女の学者さんと同じなんだ。彼も、あの人と同じように、許せないのを精一杯我慢していたんだ。どうしてそれをもっと早く思いやれなかったんだろう。
ボク、192号さんの事ばかり考えてた。
やっぱり、こんなこと、皆傷つくだけだったのかな…?
断片11:実態
おなかの中に冷たいものを抱え込んだまま、ボクは旧兵舎に帰ってきた。
もう日は暮れていたし、192号さんの行き先なんて、ここくらいしか思いつかなかったから。いなかったとしても、皆に彼を探すのを手伝ってもらわなくちゃ。
そんな事を考えながら、扉を開けたんだけど。
ボクは、部屋の有様を見てどっと力が抜けた。
「フルハウス」
「すごいや、また勝ったよ!」
「ああっ絶対ツーペア留まりだと思ったずらにっ」
「今ので最初の勝ち分皆取り返されたでよ」
「卑怯でよ、ジェノムも黒魔道師も表情が分かりにくいでよ」
「誰ずら、初心者カモって儲けようなんて言ったのは〜!?」
「シナが自分で言ったでよ」
「…アニキ、そろそろ2瓶目空くっスよ」
「おまえ意外と強いな…」
「そうなの?お酒って初めて飲んだんだけど…」
「おまえら…なんでこんなものを平気な顔をして飲んでられる…?」
「そんなに具合悪いの?こんなにおいしいのに」
「馬鹿を言う…私の知る限り最悪の毒だぞこの飲み物は…」
お芝居の後、送ってきてもらったんだろう。そのまんま居着いてしまったタンタラスの皆と、遊んでいたらしい。テーブルではシナさんやゼネロさん達とポーカーをしてるわ、床に座り込んでブランクさん達と呑み比べをしてるわ。
あんまり皆楽しそうにしてるから、おなかの中の冷たいものが、がらがらっと崩れて流れてしまった。
しかも案の定、192号さんもそこにいたんだ。
「あ、ビビ君。おかえり!」
彼はボクを見つけると、フォークを置いて立ちあがった。…ご飯を食べてたところだったみたい。
ほおばったものをもぐもぐ噛んでる彼を見たら、なんだかもう、どう声をかけたら良いのか分からなくなって、「…それ、おいしい?」なんて聞いてしまった。
「うん、おいしいよ。ビビ君も食べる?」
けろっとした顔で言われて、ボクはふと自分もおなかが空いてるのに気がついた。
頷いてテーブルにつくと、192号さんは言った。
「お店へ行ってたんだってね。ごめんね、心配してくれてたんでしょ」
無事だったんだし、それはもう良いんだけど、それより。
「ああ、ご飯がすんだら、お店に帰るよ」
さらりと言われて、ボクはちょっと目を丸くした。
「仕事、やりかけでほっぽり出してきちゃったからね。あーあ、きっとトーレスさんにお説教されるんだろうな」
192号さんは、お茶をすすりながら顔をしかめた。
部屋では、さっきポーカーは止めになってゼネロさん達の当てっこをしてたんだけど、いつのまにか黒魔道士の番号当てに変わっていた。
「そうじゃないでよ、もっと早くスリ代わらないとバレるでよ」
「そうそう、そうやってタイミングを合わせるんでよ」
「あんまり指導するなずら〜、ますます分からんずら〜!!」
「何で分からなくなる?全然似てないだろう」
「四六時中一緒にいるような奴と一緒にするなずら〜!」
その様子を見ながら192号さんはしばらく笑ってたけど、やがて自分の食器を片付け始めた。
それを手伝って台所へ行くと、彼は「帰るよ」と言い出した。
「楽しそうなの邪魔しちゃ悪いから、皆によろしく言っといて」
そこで、もう日が暮れてるから、ブランクさんにだけそっと抜けてきてもらって、彼を送るのに付き合ってもらうことにした。
夜道を3人で歩きながら、ボクは思いきって口に出した。
…「ホントに大丈夫?」と。
「…ウェイン君の事?」
頷くと、彼は沈黙した。ちょっと俯いて、首を傾げて、それから星空を見上げた。何をどう説明したらいいのか、迷っている風だった。
ボクは黙って、彼が口を開くのを待った。
そしてしばらくして、彼はゆっくり話し出した。
「今まで、ずっとあいつとは口も聞かないで、お互い無視しあってたんだけど…今日、あいつと遣り合ってみて、何となく思ったんだ。あいつとは、もっとちゃんとケンカしなくちゃならないって」
ケンカ、しなくちゃならない?
「うん。さっきは、カッとなって飛び出してきちゃったけどさ。いろいろ考えてみたら、このまんま逃げて、結果的にあいつの言葉を認めるような形になっちゃうのは、絶対駄目だと思ったんだよ」
彼は、ボクに向き直ってこう続けた。
「だって、僕は大好きな合成を修行するために…32号君との約束を果たすためにここへ来たんだ。僕の仕事は合成屋で、人殺しじゃない。皆だって、人殺しのための道具なんかじゃない。そうでしょ?」
じっと覗き込む192号さんに、ボクは大きく頷いた。
それまで黙って聞いていたブランクさんが、
「ま、当然だな。あんな連中見せ付けられて、人殺しの集団だなんて思えるわけねえさ」
と笑った。
すると彼も、ほっとしたように笑った。そして、ぐっと胸をそらして言った。
「それをきちんとあいつ…ウェインに言ってやらなきゃいけないような気がするんだ…そのために、頭冷やして、腹ごしらえもして、今度こそきっちりカタを付けてやろうって、思ってさ」
そう。ボクは頷いた。
ボクは、彼が合成屋で過ごした時間を全て知っているわけじゃない。彼が何を考えたのか、全てを知っているわけじゃない。
ただ、彼はこの2週間をウェインさんと過ごしてきて、この答に辿りついたんだろうと言う事を、推し量るだけ。
その後、お店に着くまでの夜道を、何人かの人とすれ違った。何度かボクらの方を注視する視線を感じたけど、ボクらは胸を張って歩いた。
そして、お店が近くなると、192号さんは、
「ここまででいいよ」
と言った。
「一人で、帰れるから。大丈夫」
「頑張ってね」。それ以外の言葉が見つからなかった。
彼は頷いて、ぎゅっと顔を引き締めると、両手でぱんっと自分の頬をはたいて、お店へ帰って行った。
「案外頑丈なもんだな、おまえら」
彼の後姿に、ブランクさんがそう感想を漏らした。
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