論理哲学論考 1-7 4.01-4.06 4.061-4.064
4.062 ひとは、これまで真な諸文によってしてきたのと同様に、偽な諸文によってコミュニケートし得るのではないか? それらが偽だと考えられていることを諒解している限りは。いいや。だって、或る文が真なのは、我々がその文によって述べるとおりに〔現実が〕なっている場合なのであり、我々が「p 」によって 〜p と考え、しかも我々が考えるとおりになっているならば、「p 」はこの新たな解釈において真であって、偽ではないのだから。 4.0621 一方、「p 」と「〜p 」がおなじことを述べ得ることは重要だ。それは記号「〜」には現実における何ごとも対応しないことを示しているのだから。
或る文に否定が現われることは、当の文の意味のメルクマールなどではないのだ(〜〜p = p )。
文「p 」と「〜p 」は反対の意味をもつが、それらには同一の現実が対応する。