六地蔵第五番
 浄土宗    道本山 霊巌寺
  
                 れいがんじ
  東京都指定有形文化財(彫刻)
第5番地蔵尊像
霊巌寺
本尊阿弥陀如来。創立は寛永元年(1624)開山は檀蓮社雄誉松風霊巌。浄土宗_関東18檀林の一寺で、学寮や塔頭・末寺も多く、開山の霊巌はじめ歴代住職には京都総本山知恩院や芝増上寺の住職につくものも多かった。霊巌は徳川家康・秀忠・家光と三代の将軍の帰依を受け、幕府船手頭向井将監の土地を与えられ、これを開拓し堂宇を建立した。これが寛永元年であり、開拓によって整備された土地を霊巌島と呼んだ(現中央区新川1丁目)。この堂宇は明暦3年(1657)の大火で焼失し、翌年現在地の周辺が与えられ再建された。境内には江戸六地蔵の一である銅造地蔵菩薩坐像(都指定文化財)や松平定信墓(国指定史跡)がある。

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江戸期の霊巌寺
現在の霊巌寺
霊巌寺の第5番地蔵尊は「水戸街道を守護」するものであるとされている。しかし、霊巌寺は水戸街道からずいぶん離れている。水戸街道は浅草橋から隅田川沿いに北東へ、吾妻橋を渡り隅田川の東岸を更に北東へ、そして堀切に出る道を通っていたようである。なぜ水戸街道を守護する地蔵尊がここにあるのか今のところは不明である。
霊巌寺
松平定信墓(国指定史跡)