現在の名称    :存在せず(廃寺)
足利時代の名称
  :安国寺(北禅寺)

所在地   :京都府中京区四条大宮
山城安国寺は京都四条大宮にあった北禅寺をあて、名前を変えたという。このことは「新修京都叢書」の第20巻に収録されている「京都坊目誌」碓井小三郎編の中で「無徳和尚行状に云う」という記録でとらえられている。また、本文中「北禅寺を改め安国寺にし十刹に列する」とあるが、五山十刹の記録にやはり「京都 安国寺」が記載されている。
上段の序列は至徳3年(1386)に足利義満が制定したもので、下段は延徳4年(1492)、足利幕府中期、本願寺蓮如や北條早雲などが活躍した時代である。
京都坊目誌では「応仁元年(1467)応仁の乱で兵火に遭い亡滅」とあり、延徳4年の十刹の存在とは矛盾するが。
山城安国寺跡地図
2003/09
なお、資料「京都坊目誌」は「がらくた」置場三永さんからご提供いただいたものであります。心からお礼申し上げます。