現在の名称  :金剛山 貞永寺

所在地   :静岡県小笠郡大東町大阪
宗派    :臨済宗 (妙心寺派)
本堂は改装中
本尊は釈迦如来。寺伝では初め真言宗、のち禅宗寺院となり、南北朝期に遠江国安国寺に指定されたという。
天文年間(1532-55)衰退していたのを太原崇孚の要請で黙宗瑞淵が再興し、弟子の梅霖が継いだという。天正年間(1573-92)高天神城の攻防で荒廃したという。天正11年には大須賀康高により寺領を安堵されている。江戸初期に山崎安寧寺(現雄踏町)清庵により再興。紙本墨画楊柳観音像、紙本墨画臨済・百丈像、紙本墨画達磨像は県指定文化財。
日本歴史地名大系
静岡県の地名
貞永寺の周囲
入口前掲示板
改装前本堂  パンフレットより
裏山は昭和41年に大浜公園(貞永寺の山林15haを町に提供して昭和39年に作った公園)に続き県指定公園になった。この貞永寺山は元は足利将軍より賜ったものといわれる。総面積165,000uには自然の植物が繁茂し、七谷、七峰が景勝をなしている。また33観音を安置、車道も完備して信仰と観光の地を兼ねております。
貞永寺の由来より
東名高速菊川インターを降りて小笠町方向に南下、間もなく標識に従って右折し大東町方向に向かう。高天神城入口を見ながら更に直進すると「大阪」という交差点に出た。ここが目指すところであるので近くの人に「安国寺」の所在を聞くがわからない。更に近くの交番を教えてもらい「貞永寺」といって探してもらった。少なくとも交番では「安国寺」でわかってほしいものである。

貞永寺ではご住職の奥様らしき方に「貞永寺の由来」というパンフレットをいただいた。このパンフレットによれば三重塔を備えた、いわゆる堂塔伽藍が建てられていたとある。安国寺であるから、当然そのような規模であろうが、他の現安国寺を含めて殆どが現在のような規模まで縮小してしまったのは残念なことである。
貞永寺の位置
関連リンク
   貞永寺       ビジネス旅館三橋屋さんの大東町案内
        
http://www.mitsuhashiya.co.jp/spot/spot/learn/1066566400.html