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UPDATE 2005.11.20

 【第 7話】 葛藤

「送っていくよ。」

 

陽子が啓太郎のアパートに来てから時間は、もうすでに3時間以上が経ち

午前1時を過ぎていた。

 

 その夜、啓太郎を受け入れた陽子は、送っていくタクシーの中で、

寄り添いながらも、何かを考えるように眼を伏し目がちにうつむいたままだ。

だが、彼氏がいるのにもかかわらず、自分を受け入れてしまった今夜、

彼女の気持ちを、啓太郎は少なからず理解しているつもりであった。

 

勢いで受け入れてしまったに等しい状況を、冷静に振り返っている今、

 −後ろめたさと罪悪感が、津波のように彼女の心の中に押し寄せている事を。−

 

自分自身、疑心暗鬼になり、自問自答しているんじゃないだろうか。

 

「酒も入り、多少強引な相手のペースに流されて受け入れてしまったのか。」

それとも

「私は、本当に好きになったから受け入れたんだろうか。」と。

 

まだ彼氏と別れてもいないのに、こんな状況になってしまった事に対し、

彼女は、何かの“正論”を見い出すために、「葛藤」していたんだろう。

 

啓太郎にとってこの彼女の「葛藤」は、悪い葛藤ではない。

何故なら一見、優柔不断な彼女の態度に見えても、

そもそも、彼氏がいる陽子にとって、啓太郎は同じテーブルの上にも乗っていなかった

存在だったのだ。

それが今では、「彼女を葛藤させる。」存在にまでになり、

彼女の心の中に割って入ってきていると言う証しだからだ。

 

あとは、彼氏と自分を天秤にかけている彼女の“葛藤”をいかに取り除いてゆき、

彼氏と別れ、自分と付き合うという結論を導き出さなければいけない。

 

陽子に一目惚れしてしまい、今夜、自分を受け入れてくれた事に舞い上がり、

啓太郎は、自分本位の身勝手な解釈しか出来ていないことに気付かず、

一つの勘違いを犯していた。

 

「自分の強引さについて来てくれた。」と

 

すでに廻りが見えなくなっていた啓太郎は、

勝手に解釈した彼女の“葛藤”を取り除いてゆくことが「やさしさ」であり、

その事が、彼女の心を掴める唯一の方法だと思っていた。

 

「自分の強引さについて来てくれた。」と勘違いしていた啓太郎には、

彼女の“葛藤”とは逆に

「酒も入り、多少強引な俺のペースに流されて俺を受け入れたの。」

それとも

「俺を、本当に好きになったから受け入れたの。」と、

自分が受身になるような考え方が出来なかったのである。

 

啓太郎は、陽子の“二股をかけているという葛藤”を取り除くべく接してゆくのだが、

それを理解し受け入れる事が「やさしさ」であり、時間はかかっても、

本当に彼女を手に入れるための最善策だと考えたのだ。

「私に彼氏がいても自分を愛してくれてる貴方は、本当に私を大切にしてくれる。」

と思ってくれるのではないかと。

 

しかし、彼女を「二股をかけている罪悪感と後ろめたさ」から開放させる行為が、

実は、躊躇う事も無く引き鉄をひいてしまう、眠っていた彼女の第三の拳銃に、

自ら弾を込めていたとは啓太郎には知る由もなかった。

 

「また、電話するよ。」

 

自宅近くに着き、タクシーを降りた陽子に啓太郎は笑顔で手を振った。

 

「かりそめのSwing」

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