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UPDATE 2005.10.23

 【第 5話】 再会

「お、ホントにいると思わなかったよ」

 

啓太郎は、照れ隠しなのか水曜の午後7時に、待ち合わせ場所で、

意外にも先に待っていた陽子に言った。

 

「元気ぃ?」

「俺、店予約してるからとりあえず行こうよ」

 

「うん」

 

啓太郎は、この日ある程度の勝機を見出そうとしていた。

 

何故なら彼女には彼氏はいる。

しかし、この一ヶ月の間、会わなかった中で、

彼氏がいるのにもかかわらず、口説いた自分と、

そう今夜、自分と会う時間を作ってくれたと言う事は、

少なからず、自分にもチャンスがあると啓太郎は踏んでいたのだ。

 

でも、彼女には彼氏がいる。

でも、今夜、自分と会っている。

 

しかしながら、前回の強行突破失敗を教訓に、折角時間をつくってくれたのだから、

今夜はそんな野暮な話題は出さずに、あたりまえの様に自然に飲みに行こう。

 

啓太郎は、

「じゃ、行こうよ」と彼女を促し、銀座コリドー街の一角にある店へと向かった。

 

「この店良く来るの?」と陽子。

 

「んん?あぁ、加瀬ちゃんとか大澤とかとさぁ良く来るんだよ」

と、ボトルキープしているジャック・ダニエルのボトルを手に取り、

「俺はロックだからさ、陽子は水割りで良い?」と聞きながら、

慣れた手つきで啓太郎はグラスに酒を用意した。

 

「かんぱぁ〜い」

 

かくして啓太郎と陽子は一ヶ月ぶりに再会を果たした。

 

先日のコンパでは、はやる気持ちを抑え切れずに行動に移してしまった為、

相手を思いやる気持ちも無く、啓太郎は一方的な強引さで押し切ってしまっていた。

今夜は二人きりなので、ゆっくり時間を使いお互いを、そして自分を理解してもらおうと、

とりとめの無い話や笑いで打ち解け、彼女の事も良く知ろうと、いろんな話題を出し

1時間ほどの時間が流れた。

 

 「俺、もう約束だからこれで酒は飲むの止めるよ」

と、3杯目を飲み干したグラスをテーブルに置き、啓太郎が言った。

 

「いいよ、もっと飲んでも」

 

「えっ?だって約束じゃん。3杯だけって」

 

「うん。でも約束を憶えててくれたから」

 

「そうぉ。飲んだらエッチになっちゃうよー、俺」

 

「きゃぁ〜、啓ちゃんがまたエッチになっちゃうぅ〜」

 

「がはははっ、ないない、まだ今日は大丈夫だよぉ」

 

勿論、啓太郎は「3杯まで」などと言うのは杓子定規な彼女の建前で、

その場の雰囲気でどうにでもなると思っていたのだが、

約束道りに「3杯で止める」と言ったのは、真摯に今夜の時間を過ごすという

ミエミエの啓太郎の浅はかなポーズであり、実は啓太郎は、

この言葉に彼女がどう反応するかを窺ったのである。

 

そして彼女は言った。「いいよ、もっと飲んでも」と。

 

つまり彼女は、一ヶ月ぶりの再会で話がつまらなかったり、もう帰りたいと思うのなら

そんな言い方はしないであろう。

再会の、この時間をもっと共有しても良い、共有したい、と思ったかからこそ、

そう答えたのではないだろうか。

 

啓太郎は今夜、彼女に「彼氏と自分を天秤にかける」というような

葛藤をさせる事に成功したのではないかと思っていた。

 

啓太郎の目的はただ一つ。「陽子を彼氏から取る事」

 

「お互いを知り合いつつ、ゆっくり時間をかけて理解しあって彼女の心を溶かして行くのか」

「ここは、一気にインパクトを与えて、速攻で行くのか」

 

後者の考え方で、啓太郎はコンパ初日に失敗していた。

しかし、あの行動で今夜の再会に繋がったのだろうと思った啓太郎は、

ここは、「君の気持ちが変わるまで待つよ」という振りとは裏腹に、

隙あらば「速攻」で攻めてみようと考え始めていた。

 

「でも今夜の再会で、彼氏より、結構俺のほうが優位に立ってんじゃねぇの」

 

この勘違いが、思いもよらぬ悪夢として降りかかってくる事を、

啓太郎は、まだ知る由も無かった。

 

「かりそめのSwing」

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