ここまで、統合失調症の原因を見てきたわけだから、当然それに対する対処法もあります。
まず、一つ目に、支配から逃れることです。慢性的な統合失調症は親の支配が原因です。反抗期は支配から逃れることを目標にしていると言ってもいいでしょう。もちろんほかの理由も考えられますが。例えば、親があまりにもネグレクトなのでかまってほしいとか。
しかし、きつい束縛の場合、支配から逃れることは容易ではありません。まず、日常生活に支障をきたしているのですから。だから、ここは本来ならば精神科医が対応するのが普通なのですが、薬では支配から逃れることはできません。なので、保健所に相談するとか、児童相談所に相談するとか警察に相談するとか、人権相談に問い合わせてみるとかしかないのです。親に直接言ってなんとかなればいいですが、こういうケースはほとんど話になりません。とにかく、きつい束縛は単なる親の都合であって、決して子供のことを思ってやっているのではないということに早く気付くべきです。ですから、虐待と捉えていいのです。いや、むしろ虐待と捉えるべきなのです。
こういう親が考えていることといえば、子供を自分のエゴのために「道具」として利用することです。こういう親は子供を一人の人間として人権を持っているとは考えません。なぜ、そのように考えるかというと、まず、社会が人を人として扱っていないことによります。これは、特に会社で起きています。雇用関係に入ると、使用者と労働者という上下関係が生まれます。そして、使用者は労働者にあれこれ命令する権利を有しています。そして、労働者はそれに従うしかありません。理不尽なことを上から突き付けられても、働き続けるには、従わなければなりません。反抗すれば、会社の方針に合わないだとか、生意気だと言われ、いじめられるか、退職に追い込まれます。
会社がこういう上下関係を利用し、労働者の思想や価値観まで考えることをしないから、労働者は、思想や価値観を会社にあわせ、腐敗していく。こうして、そういう人が親になれば、子供にもそういう仕方で対応する。まるで、家が会社みたいになり、子供は常に会社と同じで拘束されることになる。この拘束は24時間365日延々と続きます。子供には反抗するという選択肢さえありません。反抗なんかすれば、会社と同じで、虐待されるか、家を追い出される危険性があります。
また、こういう親は子供が素直だし、自分たちが食事や寝るところを与えない限り生きていけないという事実を利用します。これが余計に上下関係を生み出します。こうなると、子供はもう親の奴隷になったも同然です。すると、親は先に述べたように、子供を自分のエゴを叶えるための「道具」として使います。子供は言うことを聞くしかないので、従います。これがさらに親を思いあがらせます。こうして、その家庭は独裁者のいる絶対君主制になります。
子供は反抗してこない「道具」として使うわれるため、親はそれはそれは大切に育てます。そして、親が孤独であればあるほど、その思いは強くなります。
それでも、ある哲学者が言うように、奴隷の身に安住するのも悪くありません。それは「奴隷とは主人に守られている人」だからです。
しかし、不自由な生活を送るよりは自由な生活を送る方が楽しいのは事実だし、守られてばかりいても、奴隷の身に変わりはありません。
ですので、僕は支配から逃れることの方がいいと思います。
さて、ここからは、こういう家庭がどれだけ『憲法』に触れているかを見ていきたいと思う。
まず、憲法第十一条によると「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」とある。
また、憲法第十二条によると「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とある。ここでいう「公共の福祉」とは全員の利益のことである。従って、誰か一人でも利益が与えられないなら、それは「公共の福祉」に反する。
また、憲法第十三条によると「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。
また、憲法第十四条第一項によると「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあり、一人一人が法の下にあることを言っている。
また、憲法第十八条によると「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」とある。
また、憲法第十九条によると「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とある。これは、頭の中の自由を保障するものであって、当然、家庭内でこれを規制するようなことがあってはならない。もし、規制するのであれば、本人の了解を得ねばならない。また、憲法第二十条第一項によれば「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とあり、これも頭の中の自由を許可している。
また、憲法第九十七条によれば「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」とある。
また、憲法第九十八条第一項によれば「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」とあり、この憲法があらゆる法律の頂点に立っていることを示している。
最後に、憲法第九十九条によれば「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とある。ここでいう公務員は選挙で選ばれた人のことを言っている。
次に、『民法、第四編、親族、第四章、親権』を見ていくことにする。
まず、第八百十八条第一項によれば、親権は未成年の子に関わることが記されている。そして、第八百二十六条第一項によれば「親権を行う父又は母とその子と利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために、特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」とあり、子供の利益を守ろうとする文言が記されている。
また、第八百二十七条によれば「親権を行う者は、自己のためにすると同一の注意を以て、その管理権を行わなければならない」とある。これは、親がされて嫌なことを子供にやってはいけないことを言っている。さあ、これが、上で述べた家庭における親に当てはまるかどうか。
さて、ここまで『憲法』と『民法』を見てきたわけだが、上で述べた家庭がどれだけ法に触れているか、おわかり頂けただろうか。
社会での労働による、使用者と労働者の関係を家庭にまで持ってきてはならないことが明白に記されているのである。正常な親はここの区別ができていると考えられます。一方、上で述べたような家庭はここの区別ができておらず、法律に触れている。ここに、希望がある。そして、救いがある。
統合失調症の方はぜひこの知識を利用して、完治につなげていってもらいたい。