そのためには、まずコミュニケーションについて理解しなければならない。
まず、コミュニケーションにおいて必要な知識があります。コミュニケーションは目に見えない心と心の会話だと理解しなければなりません。そこで、その目に見えないものを説明するために、「霊波」とそれを受信する神経(ここでは、携帯電話で例えます)を理解する必要があります。
まず、霊波について。霊波とは、例えば、晴れている時の太陽から注がれる霊波、どんよりとした曇り空から放たれる霊波があります。これは、前者が陽の霊波で後者が陰の霊波であります。これは経験で皆さん分かると思います。同様に、言葉にも霊波があります。いい言葉は善の霊波を放ち、悪い言葉は悪い霊波を放ちます。そして、その霊波を受け取るのが神経であります。
しかし、皆が全て受信する神経を解放しているわけではありません。これは、携帯電話で例えると、電源を切っていたり、着信拒否をしている場合がそうです。心を閉ざしている人は携帯電話の電源を切っている状態に等しいですし、着信拒否をしている人はある特定の人からの受信、あるいは、ある特定の団体(グループ)からの受信を拒否している状態に等しいです。大概、人は自分にとって嫌な人に対して心を閉ざします。そうなると、コミュニケーションができません。また、この傾向を続けると、自分だけの世界観を作り出し、世界全体にあることを全て受け入れようとはしません。これが、心の闇を生みます。偏った見方や殺意が生まれます。
また、心を閉ざしている人は孤独感にさいなまれます。受信する神経を解放していないので、他人からの悪い霊波を受けることはありませんが、善い霊波も受けることができないのです。
一方、心を開いている人はいろんな霊波を受けることになります。善い霊波を受けることもあれば悪い霊波を受けることもあります。こういう人たちの善いところは世界全体をありのままに受け入れることができるということです。しかし、逆に、悪い環境に入ってしまうと、心の病になってしまうことになります。つまり、周りに、悪い霊波を持った人たちが心の中で悪口を言うだけでも、感じ取ってしまうのです。しかし、これは、本人が気にしなければいいだけのことですが、その悪い霊波が多ければ多い程、もう疲れて駄目になってしまいます。それでも我慢するのがいいのか、環境を変えるのがいいのか、心を閉ざしてしまうのがいいのかは各人の自由ではありますが、環境を変えるのは、時として、無理な場合があります。例えば、学校です。日本は中学まで義務教育というのがありますし、住んでいる場所からも、学校を変えるということは難しいというのがあります。そうなると、選択肢は、我慢するか、心を閉ざすかになってしまいます。我慢に関しては、1年我慢すればクラス替えがあるから我慢しようとか、後3年経てば、あいつが定年で辞めていくから、この職場にいようとか考えることができます。しかし、必ずしも、その未来は確定しているものではなくあくまで希望なのです。先の例でいくと1年我慢してみた、さあクラス替えだ、と思ってもさらに最悪な環境になることもあります。こうなった時の失望感はたまったものじゃありません。そもそも、人間は短時間なら我慢はできるが、長時間の我慢はできないのが自然本性的です。そうなると、長時間の我慢は人間にとって害悪であり、ストレスのたまるものであり、決して良いものではありません。そうなると、最後の選択肢として、心を閉ざす、言い換えれば、携帯電話の電源を切るのが妥当だということになります。
一番いいのが、自分でその悪い環境を変えるということになりますが、これは、学校の場合、先生が変えてくれるという期待があります。また、職場では、人事担当のものに相談するのもいいでしょう。要はその場を管理しているものの力量によるのです。駄目な大人がその場を管理していたら、どうしようもありません。
また、神経を解放している人によくありがちなのが、親が悪い霊波を常に出している場合によく起こる、うつ病や統合失調症である。うつ病はすぐ理解いただけると思いますが、統合失調症はさらに過酷です。というのも、親が自分の世界に浸っていて、考え方がおかしい場合に、その親は自分の世界観にあるもの以外は受け付けないので、支配してしまう他ないからです。その結果、その支配の傘下に入ったものは、いわば、マインドコントロールされてしまいます。これは非常に危険です。早くそこからでないとずっと暗いトンネルの中を進むことになります。こうならないために人はたいてい親からの邪魔な霊波を受信拒否します。しかし、世界をありのままに受け入れたい人にとってはこれはよくありません。邪魔な霊波も受け入れるのです。そうなると、発達障害や統合失調症になります。統合失調症ではよく混乱があるとされていますが、これは親が右に行けと言っていて、自分は左に行きたい時に起こるのです。また、幻覚や幻聴も神経を解放しているから起こるのであり、そこから妄想も生まれます。このように、統合失調症は悪い人間(心を閉ざしていて、世界全体を受け入れていない偏った人間)による支配が原因で起こる。反抗しようとしても、すでに支配されているのだから、反抗もできない。だから、支配の傘下に入らないことが重要なのです。
また、「どもり」は携帯電話で言うところの受信拒否をしている人に対して、受け付けていない事を言おうとしたときに起ります。また、支配により、そういう言葉を発してはならないという状態になっている時に起こります。これは相手がその言葉を受け付けていてもそうなります。
総じてまとめてみると、心を閉ざさず神経を解放している人は他人に害悪をもたらさず、世界全体を受け入れていて、善人といえます。一方、携帯電話でいうところの電源オフや着信拒否をしている人はどこかで偏りが生じ人に迷惑をかける人間になってしまうといえます。
善い人(少なくとも人に迷惑をかけない)でありたいがために、統合失調症になってしまう人たちを私はたくさん見てきました。せめて精神科医だけでもこのことを理解してもらいたいものです。
[補足]
あらゆるものには霊波がある。
日本人がよく言う「木のぬくもり」という言葉なんかはいい例だ。
コンクリートにはコンクリートの霊波があり、電球には電球の霊波がある。LEDにしても、蛍光灯にしてもそうだ。また、鉄は鉄の霊波があり、人間には人間の霊波がある。さらに、アメリカ人にはアメリカ人の霊波があり、日本人には日本人の霊波がある。
さて、もっと突き詰めていくと、日本人の中でも、人それぞれ性格があり、それぞれ、霊波の「発し方」や「種類」がある。そこで、相性という言葉が生まれてくる。風水なんかはこういう相性を考えて提案している。
これは、「AはAとする」という神経、あるいは考え方が無ければ成り立たない。例えば、白いものを黒いと言ってしまえば、正しい霊波をひねくれて解釈することになる。同様に、人間の場合でも、他人に危害を加えない人をひねくれて解釈して悪者扱いすることもある。こういう認識のひねくれは、競争社会で生きていくためには、ある程度必要となっており、しょうがなく、人を傷つけてしまうことも多い。