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Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編

第01章  六門世界
第23話  『緊急召集』
 
 

 我々が聖都サザンの聖リコル大聖堂に戻ったのはそれから1時間後のことだった。戻るや否やクレインは指示を出し、エルド教上層部が召集され緊急会議が開かれた。30分後、連絡がつく限りで集まった大司教以上の彼らは一様に何事かという表情を浮かべ、ざわつきながらも会議の開催を待っていた。クレインのような若い者はほとんど居らず、みな壮年以上の者ばかりだった。こうしてみるとクレインの一存でこれだけの会議が開けるとなると、彼は私の予想以上に高位の聖職者だったらしい。

 口火を切ってガーム老が現状を説明した。半信半疑・・・・・・いや、一信九疑の彼らに対し、今度はレイナがトライデントミサイルの威力を中空プロジェクターでの解説を加え淡々と説明した。終戦直後、アメリカ軍が集めた広島・長崎原爆の被害やメインフレームでシミュレートされたグラウンド・ゼロ(爆心地)での状況、B29からの映像、アメリカや旧ソ連での核実験調査資料等を交えて解説された。

ふと、資料に気になったところがあったので、側にいたティナにこっそり小声で確認を取った。
「想定破壊領域が約3倍って計算が少しおかしくないか? TNT火薬換算で威力は約35倍だろ?」
「マスター、三乗根計算しましたか? 単に爆発する量が増えてもそのエネルギーは3次元空間上に広がります。当然相応の拡散する事を念頭に計算しないと駄目じゃないですか。もっとも、あくまで単純計算です。樹木や建築物で若干減少はしますが……この威力の前にでは大差はないですね」

 トライデントミサイルそして核兵器による被害の凄惨さには集まった司教達だけでなく、ガーム老、クレイン、そして私までもが絶句し、そして衝撃を受けた。被爆者の凄惨な被害を強調するのではなく、淡々と事実を述べたのが功をそうしたのか。その言語に絶する威力を理解してもらえたようだ。この映像を見た1人の司教が挙手をし、発言を求めた。

「これは・・・・・・この世に地獄をもたらすものではありませぬか?」
「そうです。私達の世界はこの凄惨な被害があるからこそ、これらの兵器が辛うじて使われ無かったことにより平和が保たれました。余りに凄まじい威力の、この兵器を、互いに対立する2つの陣営が互いを滅ぼすのに十分すぎる量を持ち、何十年とにらみ合いを続けたのです。なぜ、この代物がここの世界に来てしまったのか? 経緯は判りませんがライヴァータ大司教が此方へ何らかの方法で持ち込み、あと、4時間半・・・・・・既に1時間半が経過しておりますから実質3時間・・・・・・で、このミサイルの悪夢が現実化するということが現在、判っていることです」
「ガーム、よもや彼らを失意のどん底へ落とす為に説明を行ったわけではないでしょう。何か策があると見受けるが?」

一時的とはいえガーム老の支配下に入ったガブリエルがガーム老へ質問をする。口調はやわらかい質問であるが、実質追求に他ならなかった。ガーム老は集まった司教達を見据えると言い放った。

「幸いにもトライデントの進入方向ははっきりとしておる。わしはこれを戦略級儀式スペルで迎撃が可能と判断しておる」

「儀式スペル!?」

会場が驚愕の声に包まれる。

「このトライデントは超高空から飛翔してサザンに接近、最終段階で6ないし8に分裂し、本命の2つが目標に襲い掛かると言う話じゃ。つまりロックやカイトドラゴンに近いものと思えば間違いなかろう。ならば、強制的に飛べぬようにし、障壁を展開すれば接近まで時間が稼げるはずじゃ。そうして時間を稼いでいる間に儀式スペルで反復攻撃を行い、分裂したダミーごと本体を叩き落す・・・・・・どうじゃ、見込みがありそうじゃろう」
「しっ・・・・・・しかし・・・・・・万が一失敗したらどうするおつもりです!」
「どうするもこうするもない。単純にこのサザンがきれいさっぱり地上から消滅するだけのことじゃ」
「しかしですね、住民を避難させるとか、他の都市や領主、地方へ連絡するとか、せめて聖リコル様の宝物だけでも退避させるとか・・・・・」
「してどうするというのだ? おぬしも見ただろう。トライデントの弾頭が爆発すれば超高熱でこのサザンは瞬時に焼き尽くされ後も残らぬ。その後発生する凄まじい衝撃波は周辺地域をも巻き込んで壊滅させるはずじゃ。さらに「ほうしゃせん」とかいう猛毒が速やかに拡散し、その影響は数十年にわたると言うではないか。余計なことを周囲に広め、恐慌と恐怖を振りまき惨事を拡大するつもりか?」
「しかし、何も知らない者たちを巻き込むわけには・・・・・・人の上に立つものとしては・・・・・・せめて事実を知らせる義務があります!!」
「あと1週間あるというのならそういうことも出来よう。しかし、こうして討論しておる間にも世界の終末は接近しつつある。これが独断だというのならすべてが終わってからわしを封呪刑なり破門なり追放刑なり死刑なりにするがいい。だが、今この場で協力しないというのなら世界の終末の前に御主らの運命を終わらせてやろうぞ!」

無茶苦茶な理論だ。しかし代案をゆっくり考える時間もありはしない。思いつかない以上、選択の
しようが無かった。

「ガーム老、儀式スペルで時間を稼ぐとは? 私はこの世界の人間ではないのでそのあたりの知識に疎いのですが」
「暴流龍墜という暴風を巻き起こし、空翔ける者を大地へ引きずり落とす儀式スペルがある。これを使い、ミサイルを大地へ引きずり落とす。遅くなったとはいえ此方へ地面を這うように接近するミサイルを隕石の豪雨と地獄の劫火の2段構えで叩き潰す。万が一残ったとしても残るは1つか2つ。他者殺滅と唯封殺呪で止めを刺す。これで落ちなければどうしようも在るまい。」
そばで聞いていた大司教達の顔が引きつる。どうやらとんでもない天変地異の大セールをやるつもりらしい。

「ちょっと待ってください! 儀式スペルの最大射程と弾頭の飛翔速度を考えるとサザンへ到達するまでに打ち出せる儀式スペルの発射回数はせいぜい2〜3回。1回は暴流龍墜発動に必要、残るは1度か2度。一体どこにそんなに多くの戦略級儀式スペルを撃つ時間がありますかっ!!」

必死に横で羊皮紙で計算をしていたクレインからの突っ込みを予想していたのかガーム老は平然として答えた。

「そのあたりを考えていないとでも思うたか? 回り道をさせるのにうってつけの儀式スペルが在るじゃろう 『魔法使いの封門』じゃ!」
「!」
「まぁ、思い至らぬのも仕方あるまい。ここ何百年と儀式スペルを主体とした戦い方は対策が練られ、有効ではなくなり、今ではすっかり薄れてしもうた。ましてやワシが使おうと思うておるのは既に歴史の中に消え去ってしもうた伝説の禁呪まがいばかりじゃ。学院の<局長>がヒントをくれなんだらわしとてあきらめていただろう」
「<局長>ですか?」

ポスト名か個人の称号か微妙にわかりにくいその人物の名前にクレインが首を捻る。

「謎に包まれた男じゃ。なんでも北方の出身という話じゃが各種の召還術に長けて居るだけではなく失われた古の儀式スペルや伝説にも通じておる。本来ならワシよりも遙かに学院の長にふさわしい男じゃ。」

ふと、思い出したようにガーム老は懐から1本のスクロールを取り出した

「『局長』がティナ殿に渡せといっておった資料じゃ。余りに古過ぎてここの書庫に放置されていたものじゃが読めば分かるといって居った。ただ、これが使われることがないことを祈るとも言って居った。わしはミサイルの阻止に全力を尽くす。そちらも何か動くのならばクレインを通じてわしに連絡してくれ!」

そういうと、ガーム老はフードを翻し外へと走り出した。
 

 すでに聖リコル大聖堂は百家争鳴となっていた。互いに口角を飛ばし激論を行う者。突然の終末に絶望し大聖堂で神に縋り祈りをささげる者。慌ててどこかへ逃げ出す者。自棄になり酒を飲みだす者。地獄絵図の中、我々は書庫の一角を借り、渡された資料の読解に全力を尽くした。読み解くに連れ明らかになっていくその内容はとんでもないロストテクノロジーとも言うべき代物だった。

「俄かには信じかねます。この記述が本当ならばサザン地下には直径10kmの円形粒子加速器が眠っていることになります!」

直径10kmといえばヨーロッパ素粒子研究所がもつ世界最大級の粒子円形加速器をはるかにしのぐサイズである。果たして完全稼動できたのならば如何なる出力になるのか想像も出来なかった。

「厳密にはmana粒子円形加速器だよ、ティナ。エルド教はその絶対的な力を支える為、周囲からmanaを集め、加速・精製させてエルド五大総本山へそれぞれ分配するシステムを作成・・・・・・しかし、理論が未完成だったのと、余りに膨大な威力の為、暴走・悪用を恐れた大司教がシステムごと一切の情報が封じた・・・・・・なるほど、こんな記述読み解くには粒子加速回路の知識がないと非常に難しいだろうな」
「ご主人様はどこまで理解されています?」
「今話したのがせいぜいだ。かなりのあてずっぽうと想像が入っているけどね」
「では、私が理解した範囲で説明させていただきます。mana粒子加速回路『ヘクサグラム』聖都サザンの五大総本山と中央広場を結んでできる円に正三角形が2つ外接し、六紡星を形成しています。さらにこの六紡星に外接する形でもう一つ円が存在します。外周円でmana精製、内周円で加速するようになっています。加速させるmanaは外周円の更に外部、6個所に設置されたタワー型デバイス「三角塔」より周囲に偏在する6大元素を取り込み、外周円周回路で精製することによって作り出します。精製されたmanaは内周円周回路へと導かれ、古代の遺跡である聖魔の反発するエネルギーを利用して加速。膨大なエネルギーを得ます。これにより古代魔法帝国に匹敵する力を得ることができる・・・・・・凄まじい代物です。完成・起動すればの話ですが」
「未完成だった、と?」
「このレポートの記述によるとmanaの取込、精製は成功したのですが加速に失敗しています。原因は加速に要するエネルギーの制御の失敗です」
「つっこんでいい? 何時の間にこの世界の言葉覚えたの??」
「私も覚えたわけではありません。回路図と数値表から読み取っているだけです」
私の突込みをさらっと流してティナは話を続ける。
「エネルギー制御に失敗したわけはそれには膨大な演算と精密な制御が必要だったからです。加速対象になる粒子は膨大な数になるのに僅かなエネルギー場のずれでその加速の結果は大きく異なります。結果、当時の技術では制御しきれず、臨界に達することが出来ず失敗しています。」
「臨界に達して制御に失敗していたらこの都市自体が崩壊していたかも・・・・・・幸いにして失敗したということか・・・・・・で、ティナとしてはこの資料をどう使う?」
「<局長>に私の情報がどこまで伝わったのかが問題ですが、私にこういったものを制御した経験がある。いえ、こういったものを内臓しているということを知ってこの資料を渡してきたとするのなら凄まじい慧眼と言わざるを得ないでしょう。私とレイナ、メイルの力を合わせればmanaシンクロトロンシステムはその設計どおりの能力を発揮できます。」
「つまり・・・・・・?」
「結論を言うならば私の切り札、8GeVのレーザーが使用可能ということです」

8GeV・・・・・・我々の世界のシンクロトロン(円形粒子加速装置)としても世界最大級出力を誇る某国立放射光研究所の放射光発振装置と同じ出力。電子一つあたりに8GVの電圧をかけることにより膨大なエネルギーを得る。ティナは内臓する粒子加速回路でこのレベルの出力のレーザーを打ち出すことができる。推定威力は地上から静止軌道上の衛星を攻撃、破壊できる。無論、ICBM搭載の核弾頭だって迎撃可能だ!!! 問題はそれに掛かる膨大なエネルギーをどうやって集めるかだったがそれのめどがついた。
 

「ガーム老にこっちで迎撃可能だってすぐ伝えなきゃ!」
「待ってください。此方での概算では粒子加速から発射可能になるまでの時間が1時間半、弾頭落下まで準備時間を考えるとぎりぎりですし、次回放射まで少なくとも1時間かかります。確実に弾頭を迎撃できる保証がないこの状態ではガーム老と合わせて対抗手段を複数用意しておくのは非常に有効だと思います」

ティナの提案のとおりだ。私はメイルに此方でも対抗手段が見つかったことをガーム老に伝えるよう頼むとレイナ、ティナと共にレーザーによる迎撃が可能なポイントを急いで探し始めたのだった。
 
 
 
 
 
 

(続く)