Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編第01章 六門世界
第22話 『終末宣告』
システムクラックに使ったミニティナを返そうとして、ティナの方へ向き直る。そこで初めて彼女の外見が前とは違うことに気が付いた。私が制御室へ突入する前はネット業務用通常スキンだった。しかし、今、彼女が装着しているのは超高電圧・大電流を想定した強電仕様の特殊スキンだ。普段使っているスキンはネット上での活動に重きをおいたスキンだ。それに付随して妖刀アクセスリストを使う時もこちらのスキンの方が使いやすいとティナが以前に評価していたのを思い出した。その反面、強電仕様スキンは電撃・電磁波の取り扱いに向くが白兵戦時には少々性能が落ちる。
「スキンが違う・・・・・・」
「申し訳ありません。ミカエルに手ひどくやられました」
「そんなにやられたのか?」
「ネット用スキンを構成するモジュールの3割が炎で消失し、6割が高熱で動作不良を起こしました。カウンターで大電流を流し込む為、強電用スキンに切り替えて倒すことはできたのですが、流石に歪められたはいえ4大天使、かろうじて倒せはしましたが、マスターの命令にしたがって制止するだけの余裕がありませんでした」しかし彼女の言に引っかかる・・・・・・最後の瞬間ミカエルが自ら命を絶ったように見えたのは目の錯覚ではなかったのだろうか?
「みなさん! ご無事でしたか!!」
馬車を走らせてクレインがこっちへやってきた。慌てた様子で私を呼ぶ。彼が乗ってきた馬車の後部にはレイナとミレイが横たえられていた。二人ともひどい有様だった。
「途中の林で倒れているの見つけて乗せてきたのですが・・・・・・」
半ばあきらめたようにつぶやくクレイン。レイナの上半身は見るからに腫上っており、コアとなるボーンシェルにまでダメージが到達した形跡が腕や胸、他にも無数にあった。ボーンシェル自体が衝撃で破砕されたらしい部分もかなり見受けられ、人間で言うなら上半身で骨折多数というところだろうか。右足首は無傷だがスキンの色が真新しいところを見ると一旦切断されたあと、再生したらしい。
ミレイの足は骨が見えるほどの裂傷を始め、無数の裂傷に覆い尽くされていた。幸い出血は既に止まっているし僅かながらリカバリがスタートしている形跡もある。ミレイがもつ復旧能力から判断すると異常に遅い。出血を止めるのに回復機能を殆ど使いきってしまったようだ。
確かに彼女達が人間なら致命傷でも不思議ではない重症だろう。しかし彼女達はUNIXネコミミメイド、つくりからして人間とは異なるのだ。当然致命傷となるダメージも人間と異なる。とはいえ、ここまで酷いダメージを追った彼女達をみるのは私も初めてだった。
動揺する私を制止するようにレイナが話し始めた。
「バックアップからのレストアが少々遅れてますが後1〜2時間で完治します。それよりもミレイのほうがひどい怪我を負ってます」
そう促されてミレイのほうを確認する。みぎ太ももの肉の筋肉がごっそりとえぐられたように無くなっていた。大腿骨に相当するボーンシェルが白い姿をあらわしている。全身裂傷だらけでどこを持とうとしても彼女がうめき声をあげるのでティナも手当てしにくい状態だった。
「ロックリングを返す。これで再統合できるか?」
「お任せください〜」私が差し出した金色の腕輪を元通り右腕にはめなおすとレイナは一旦リブートをかけた。彼女は瞑想するかのように目を閉じ、座ったまま姿勢を正した。レイナのコマンド入力と共に、彼女たちの足元へ細い光リングが出来たか。それは全身を捜査するように、滑らかに頭のほうへ走り出す。ミレイはリングが通過した部分から消滅していった。その代わりレイナはリングか通過した部分から修復されていった。リングが頭の先まで移動し、消滅した後には我々と別れたときと寸分違わぬ『レイナ』がそこにいた。
「ふぁ〜ぁ。さすがに再統合すると楽ですね」
伸びをしながら起き上がったレイナ、その様子はお昼寝からおきてきた猫を思わせた
「早速だけど。発射されてしまったトライデントの解析を行って欲しい。着弾までの残り時間と落下地点を大至急知りたい。時間的余裕と迎撃の可能性はどれくらいあるんだ?」
「ティナさん、データをいただけますか? 最高速度で再解析します」
ティナは首輪からケーブルと引っ張り出すと直接レイナの首輪につなげた。どことなく妄想を書き立てられるため、公爵家や協会でも推奨されていない大容量転送方式だが、そんなことも言っていられないほどの大容量らしい。(ちなみに小容量の場合はパケットにしたり、ブレスレット同士をケーブルでつなぐ)10秒ほどで転送を終わる。ふと、彼女の手首を見ると、いつもつけているウェイトリングが無かった。それはレイナが超高速モードに入っていることを示していた。
ほんの1分もかからなかっただろう。しかし私には数時間にも感じられる沈黙を経て、彼女は厳かに宣言した
「トライデントの落下目標地点は聖都サザン、落下まであと4時間半です」
「4時間半か・・・・・・」
「ティナさんのデータによればトライデントはブースターが装着されており、通常8つ搭載されている核弾頭は2つに減らされていました。他は軽量のダミー弾頭です。これは着弾距離を増やす為と判断します。トライデントのカタログデータからの射程距離、大幅に軽量化された弾頭、ブースターロケットのエンジンデータから推測して弾頭を重力脱出速度まで加速することは可能です。またトライデントに残されていたトランスポンダからの信号や残されている軌道計算のデータから三週目で落下体制に入ります。この世界は重力係数と地平線までの距離からほぼ地球と同じサイズの天体と推定できます。よって地球の衛星軌道での周回速度から一周90分として3周にかかる時間は270時間、つまり4時間半です。ティナさんから頂いたトライデントのデータも落下地点は3周目でここ聖都サザンに戻るように正確に計算されています。」「自爆、あるいは不発に終わったトライデントはどうなった? トライデントは複数在ったように思うが?」
「存在していたトライデントは6発、内3発がロケットの点火ミスからリフトオフに失敗、さらに2発はロケットの不調により予定軌道の投入に失敗、自爆。予定周回軌道に乗ったのは1発です。リフトオフに失敗したトライデントですが、トライデントの直下に出来た空間に飲み込まれました。作り出された空間はトライデントを飲み込むと同時に空間ごと消滅しました。その後のサイロ崩壊音から解析して、その穴そのものが既に存在していません。異世界にでも繋いでいたのでしょうか・・・・・・おそらくミカエルが作り出した緊急用の安全装置だったと考えられます。また、軌道投入に失敗して自爆したトライデントですが、アポジ点(楕円軌道最遠点)での爆発です。放射性物質による汚染は無視できます。ゆえに、問題とすべきは楕円軌道へ無事に投入され迫りつつあるトライデント1基のみです」
「ティナ、外部からのクラッキングは現状で可能?」
「以前にもお話しましたが、地球のように中継基地があるか衛星軌道まで電波が届く大出力通信設備があれば話は別です。しかし今の私達ではトライデントにアクセスする方法はありません。せめて電力さえ十分なら迎撃の可能性はあるのですが」おそらくティナの最後の切り札、8Gevの放射光から作り出す大出力レーザーでの迎撃を念頭に置いているのだろう。しかし、あの放射光を作り出すには豊富な電力が必要だ。このファンタジー世界でそんなものを求めるのはサハラ砂漠で水を求めるのに等しいだろう。打つ手が無いという絶望感に捕われそうになる思いを必死に振り払う。ふと、ガーム老のことが気になった。彼らは現在の状況を把握しているのだろうか? そこへクレインがレイナに声を掛けた。
「レイナさん、その「とらいでんと」ってのは落ちてくる様子、分かるかのぉ」
「それは可能です。ですが非常に高いところを超高速で飛びますから並みの方法で叩き落すのは非常に困難ですよ。」
「なに、落ちてくる寸前なら叩き落すことも可能じゃろうて」
「超高空から落ちてくるミサイルをどうやって叩き落とすんですかっ!」
「我に策あり、だ。急いで戻るぞ!」弾かれるように馬車に飛び乗るガーム老とクレイン。私達も慌てて他の馬車にのり、彼らを追ったのだった。