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Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編

第01章  六門世界
第15話  『クラスタシステム』
 
 

御者席に座ったティナは荷台にしがみついている私のほうを振り返って尋ねた。

「レイナは一体何をしたのですか? 突然レイナとミレイの二人に分裂したようですが」

ろくずっぽ前も見ず、馬車を走らせているが、彼女のことだ。レーダーと同じ方法で周囲を確認しているのだろう。時折僅かに馬車の走るコースをずらして枝や地面のくぼみをきれいに避けて走っている。

「クラスター構成ってのは知っているよね」
「ええ、2台以上の同じ内容のシステムを統合し、外部からは1台で有る様に見せ、急激な負荷やシステムトラブルによるダウンに備える方法の一つです」
「そう、逆にいえばクラスタ構成を解除すると複数のシステムに分離する。『レイナ』の正体は2つのNMUI(猫耳ユーザインターフェース)を搭載したシステムをクラスタ構成に編成して一つまとめた者なんだ。」
「では、さっきご主人様が受け取ったリングって・・・・・・」
「ご明察、クラスターシステムの統合ロックキーだ。」

レイナが別れ際に腕から外して私に渡したリング。そう、普段の彼女はあのリングでクラスターシステムが不用意に外れない様ロックを掛けているのだ。

「では、そんな厳重な二重化システムをどうしてレイナに? ここまで厳重なシステムは大型商用サーバでも無ければ早々ありませんよ。」
「もともと君やレイナは採算なんて考えていない。僕の好みだけでシステムを組んでいる。少しでもサーバダウンの障害を防ぐためにサーバを二重化しておきたかったんだ。だからRAID5によるHDDシステムとデュアルCPUという構成を搭載した負荷と障害に強いPCを用意して、さらにクラスタ構成にするなんていう2重システムを作ったんだ。」
「それはそれとして・・・・・・では、今の彼女達はそのクラスタ構成を解除していると?」
「そう、クラスタ構成を解除してそれぞれが別個のシステムとして動いている。その分一人あたりの負荷が重くなるけれど、それぞれが専属として各個撃破できる。」
「でも、それだとレイナさんが2人かミレイが2人そういった状態に成るのではありませんか? 」

「・・・・・・あぁ、そうか。『ハウリング』って教えていなかったか」
「『ハウリング』ですか? マイクにスピーカー近づけたときに起こるあのキーンって金属音の」
「ニュアンスはそれに近い。ネコミミメイドOSがなぜ希少な存在なのか。開発当初、元々OSなのだからUNIXネコミミメイド達のコピーは比較的簡単だと思われていたんだ。しかし、実際コピーして起動してみるとオリジナル/コピー双方に致命的な現象が起こった。起動直後、一切の外部入力を受け付けない現象が発生。つまりは原因不明のフリーズを起こしたんだ。内部の処理状況を確認するとカーネル自体が止まっていたんだ。幾度の実験と調査の結果、全く同一のUNIXネコミミメイドが存在すると意識野で共鳴が起こり、カーネルの稼動停止及び全プロセスの停止という現象が起こることが判明した。故に意識野の共鳴を避けるため起動しているネコミミメイドはUNIX・Windows他いかなるOSにおいても全て『ユニーク(独自)』でなければならないのさ」
「だからレイナは片方のみ【ミレイ】として起動させたのですね・・・・・・私達ってglobalでstaticな存在だったんですか」
「どれだけ距離を離して起動してもやはり二重に存在すると意識屋の共鳴が発生する・・・・・・うん、globalでstaticってのは言いえて妙だ。」
「レイナとミレイはどれくらい離れていられるのですか?」
「長時間の分離稼動は出来ない。せいぜいが1時間といったところだろう。再統合時に分離していた時間分の記憶がエラーとなって意識の統合が難しくなる。強制的に二重人格になるようなものだからね。でも統合しないと本来のシステムの保全性が保てなくなる・・・・・・下手すれば二度と統合できなくなるし、最悪OSのカーネル自体が修復不可能なレベルで損傷する」
「自然とそのような事態を避けるため短期決戦にならざるをえないということですか」
「他ならぬ本人達も重々承知しているはずだ。彼女達にはそれぞれ切り札がある。言っただけのことはやってくれると思うし、そう心配は要らないさ」

ティナは切り札があるという私の言葉を聞き、にわかに信じられないというような顔をした。私だって彼女達の切り札を実際に見せてもらうまでは信じられなかったのだから無理もない話だ。いまごろレイナの超高速打は相手を打ちのめし、ミレイの対魔法弾頭を装填したFive-seveNが火を噴いている頃だろう。

馬車のスピードが僅かに落ちる。それに気がついたティナは馬達に鞭を入れ、活を入れる。周囲に土煙と騒音を撒き散らしながら馬車は林道をぬける。すでに馬達は酷使され泡を吹く寸前。これ以上の無理は出来ない。というところで、見晴らしのいい丘にたどり着いた・・・・・・はずだった。そこにある光景は以前と全く異なっていた。以前通ったときにはあったはずの木や掘っ立て小屋は陰も形もなくなっていた。目印になるようなものは何もなく、ただのっぺりとした丘がそこにあるだけだった。

「やられた! まさかそっくり全部隠してしまうとはな」
「スキャン結果も何も痕跡無し。まさか本当に消えてしまったんでしょうか?」
「もっと周囲を念入りに探してみよう。何か見落としたのかもしれない」

そういって我々はもう一度探し始めた。僅かに変わった痕跡でも残っていないかと丘を丹念にグリッドで分割してその一つ一つを丹念に調べ始めようとした。ガーム老が到着したのはちょうどそのタイミングだった。

「どうにか追いついたのぉ」
「助かりました! 見てください。この現状を!!」
「ふむふむ。地形を隠しおったか……かなり大規模な術式を使ったのぉ。じゃが……相手が悪かったな」

にやりと人の悪そうな笑みを浮かべると、ガーム老は懐から符を1枚取り出した。

「我が術式に従い生まれ出よ! 汝、光を喰らいし、殻無きSHELLよ!!」

SHELLという単語に一瞬Cシェルを連想した。が、ガーム老の呼びかけに答えて虚空から形成された存在にそのフレーズの謎が解けた。流氷の流れる海に住まう殻を持た無い獰猛な二枚貝……見た目はかわいらしいクリオネと呼ばれる生物にそっくりの存在がそこに浮いていた。

幸いにしてクリオネの本性を知っていた私はそれに近づくのは止めていた。何しろ外見がクリオネそっくりと言っても大きさが30cmから有るのだ。こんな物が腕に取り付きでもしたらただでは済まないだろう。警戒する私達を気にする様子もなく、ガーム老は呼び出したクリオネを前にさらなる符を取り出した。何かを呼び出すのだろうか?

「この地にかけられし呪をマシコットを捧げ打ち払わん……

デストラクション!!

マシコットから放たれていたほのかな光が急激に消え……いや、マシコット自体が急激にしぼみ消滅したか思うと、周囲の風景がその様相を変化させた。風景が書かれたカーテンがはがれ落ちるように膜のような光が落ち、その向こうには数日前に通った小屋と……驚いた顔をした若い女性が立っていた。巨匠が描いた名画から抜け出たのかと錯覚させるほどの美貌を持ったその女性の背からは純白の翼が生えていた……

「よくぞ私の儀式スペルを解きました……私が相手です。」

どこか悲しげなその声には私達とは闘いたくない気配が感じられた。しかし、トライデントは止めなければならない!

「ガブリエルはまかせぃ、先へゆけっ!」

ガーム老はガブリエルを遮るかのように立ちはだかった。普段の様子をは大きく異なり、その姿は非常に大きく見えた。

「お願いします!」

私はガブリエルの足止めをガーム老に任せ、トライデント発射をくい止めるため、小屋の裏から地下へと急いだのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(続く)