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Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編

第01章  六門世界
第14話  『それぞれの闘い』
 
 

 ウリエルによって急停車させられた馬車から勢い余って車外に放り出される。ティナが咄嗟にかばってくれたおかげで大した怪我はせずにすんだ。

「話が名はラファエル。こちらはウリエル。汝らに罪はないがここで朽ちるが運命、うらむなよ・・・・・・せめて楽に送ってやろう」

 年月を経たその表情にどこか達観したものを浮かべ、壮年のラファエルと無貌のウリエルは我々に止めを刺さんと近づいてきた。左手に抜きはなった直剣が不気味に白く光る。そんな彼の足元に小さな円筒が射出された。

「ふせてくださいっ!」

 ティナに押し倒されて嬉しいと思ったのもつかの間、それは爆発して閃光と共に周囲へ盛大に白煙を撒き散らし始めた。スタングレネードだ!

「リヴェンジさせていただきますわ〜」

 もうもうと立ちこめる煙の向こうからレイナの声が聞こえる。姿は見えないがウリエルと力比べの体制に入ったようだ。これで両手をふさがれたウリエルは一時的とはいえラファエルへの加勢は出来なくなった。

 視界が極限まで制限された中、短いスタッカート音と共にラファエルへ機銃掃射が加えられる。

「いずこぞ!」

 風の障壁らしき物を身にまとい弾を逸らしながら、弾が飛んできた方向を振り仰ぐ。しかしそちらは濃厚な煙幕がただ重なるばかり、襲撃者の影は見えるような状態ではなかった

「小癪な!!」

 ラファエルは剣で煙幕を切り払う。剣の動きに沿って強烈な一陣の風が巻き起こり、煙幕は瞬く間に吹き散らされる。しかし向こう側の人影は既に消えていた。再び両手の間に無数の風礫を生み出し、襲撃者が隠れていそうな木立へ狙って打ち出す・・・・・・が襲撃者からの負傷のうめき声は聞こえない。それどころかあちらこちらと散発的に多方向からの射撃を加えてくる、射撃と共にすばやく移動し、所在を悟られないようにしているらしい。周囲から飛来する弾丸を風壁で防ぎつつ襲撃者の位置へ攻撃するが、一向に当たった気配はない。居場所がつかめない事にいらだったラファエルは剣を戻し、四方八方に風礫を乱射し始めたが、そんな射撃が当たるはずもない。姿の見えない襲撃者の散発的な攻撃はラファエルを次第に焦らせ始めたようだ。

「我とした事が怒りに身を任せるとはっ!」

 挑発に乗った失態を自ら叱咤し、ラファエルは襲撃者の位置把握に努める。いかに音を出さないように飛び回ろうとも風ひとつ起こさずに動くことは不可能、風を操るファエルにとってはその作り出された風を掴むことなど容易な話だった。精神を集中し、風の動きだけを追う。木々の枝、下生えの草、遠くで戦っているウリエル達、動き回る小動物たち。その中に明らかに異質で大きい風へ影響を及ぼすものがあった。

「そこだっ!!!」

 無数の風礫がその影に襲い掛かる。とっさに身を捻り直撃は避けたものの、左肩と右太ももにそれぞれ1発ほど接触する。かすり傷を負って落下してきたのはレイナの影のはずのミレイだった!

「マスター、彼らが動けない今ですっ! 先に急いでください!!」
「ここは我々が食い止める! 先へいけっ!」

 同一人物が放ったような(事実同一人物なのだが)、微妙に口調の違うその声に、ティナが答え、すばやく行動を起こす。

「ご主人様、失礼しますっ!」

 馬車の荷台へ少々乱暴に私を乗せると、ティナは鞭を馬にくれ馬車を再び走らせ始めた。
 
 

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「レイナ、その仮面男は任せるぞ!」

 左のベレッタで威嚇を加え、体制を整える時間を稼ぐ。手近な巨木の陰に隠れ、弾を撃ち尽くたSMG(サブマシンガン)イングラムのマガジンキャッチを操作し空になった弾倉を排除、落下するそのままに虚空へ戻し別のマガジンを全く同じ所に現出させる。落ちそうになるマガジンをベレッタを持ったままの左手でイングラムに押し込む。マガジンの交換が終わったイングラムを右手に構え、幹の影から銃身だけ付きだして再び斉射、素早く移動を再開する。すぐ側を掠める風礫、その威力は太い幹の枝さえも瞬時にずたぼろになるほどだ、決して食らっていいものではない。一発でもかすって動きが鈍れば次の瞬間に他の風礫の集中砲火を食らうだろう。再び風のように木立から物影へと遮蔽物を飛び移りながらラファエルに向けてイングラムで射撃を加える。

 私にはティナやレイナのような超高速稼働ができない。無数に存在するハードウェアデバイスに対応できる能力と引き替えに、その能力を失なった。故に速度の上限は一般人のせいぜい数十倍、従って攻撃のスピードもその程度となり、上限は銃の速度となる。切り札を出すタイミングを慎重に計る。イングラムは余り精度のいい銃とは言えない。本来は弾幕を張り、命中精度より弾数で勝負する為の銃だ。それでも使う理由は銃がラファエルにどの程度通用するかのテスト用。はなからこれで倒せるとは思っていない。
 
 
 
 
 

「ミレイ、ラファエルは任せますわ〜」

 わたくしにとっても、ウリエルは少々手に余る相手です。右からの膝蹴りでウリエルを強引に引き剥がしますと、ウリエルは右を引き半身の体勢をとりました。急所である体の中央線を敵から隠すように構えます。軽く前に出された左手からどのように連携がくるのか? その身のこなしは明らかに我流ではなく拳法特有の洗練された構えでした。 天使がそういった物を身につけているのは驚きでした。

 しかし、わたくしにも「にゃんと神拳」があります。単に流派での優劣ならそう差は無いはずです。ウリエルの一撃一撃が重いことは承知の上、同じ一撃の重さで対抗しても私に勝機はありません。敵襲を警戒し、サザンを出るときからつけていた肉球クローブですが、ウリエルには通用しそうにありません。手首のスイッチを操作して強制排除し、同じようにして足首のアンクレットも外します。ドゴォォッ!という音と共に地面にめり込むグローブとアンクレット、それぞれの超重量の枷を解き放ち、さらに体内のクロックウェイトも解除します。続いてポケットから白いグローブをとりだします。一見シルクのような光沢を持った肘まで覆う手袋ですが、その正体はケヴラーを主体とした超高速格闘戦用の手袋です。履いているブーツも足を保護する格闘用の金属板入りです。さぁ、ウリエルと勝負する準備が出来ました・・・・・・
 
 
 
 
 

 左の拳銃、ベレッタでラファエルの頭部を狙って打つ。右のSMG、イングラムは連続射撃を続けると銃身が劣化し狙いが甘くなる。弾丸の残数も無限にあるわけではない。早いうちに片付けてしまいたかった。が、命中すると思われたベレッタの弾丸は突然、空中でその速度を急激に減ずる! ラファエルの前方50cmのところで見えない壁に当ったかのように止まってしまったのだ。その初速として与えられた速度とは別に、この世界でも変わらず存在している重力に引かれ、目標にえぐりこむ目的を果たせないまま、弾丸はむなしくその場に落下した。数ならば! と思いイングラムで攻撃を仕掛けるが、放たれた弾丸達の運命もまた同じだった。

「あらかじめ来ると判っているのならその様な物、止めるのは容易なことだ。この世界の理(コトワリ)が使えない貴様にこの防壁が破れるか? 」

 私達の力は電脳世界ではじめてその威力を発揮する、現実世界で使える能力はあくまでその延長線上に過ぎない(ティナの電磁波の様な例外も在るが)。物理法則を超えたレベルで現実改変ができる彼らとは根本的に差があるのだ。その差が攻撃の有効性に出てきた。いかに強力な銃器を取り出せても届かないのでは意味がない。旧ソ連製の対物ライフルで遠距離狙撃ならば? 今から隠れるのも難しい話だろう。狙撃手は姿が見られた時点で負けなのだ。ならば手榴弾では? それこそ突風で返されたら終わりだ。

 風の防壁を突破する方法を一瞬考え込んだ為にできた隙を見逃してくれるほど、ラファエルは甘くなかった。その一瞬に風礫がヒット! 左上腕をかすめる。僅かに動きが鈍ったその一瞬から他の風礫が一斉に当たり始める。必死で回避するが速度に差が有りすぎる。かろうじて命中弾はないものの徐々に深手が増えてきた。そして遂に風礫が右肩を打ち抜く! たまらず激痛で地面に落下してしまう。そこへ止めを刺すべくラファエルが近づいてきた。

 両手の拳銃とSMGを手の届かない位置へ蹴り飛ばされる。ラファエルは左手に刀身が燃えさかるロングソードを再び顕わすと左から袈裟懸けに斬りかかる! 何とか飛び退いて致命傷はかわす物の、その熱気でかなりの火傷を負う。RAID5による修復は……出来ない!? なぜだ!!?

「我は癒しを司る者、当然癒しを与えぬ事もできる。如何に自己再生の力を持っていたとしても封じてしまえばその者の命運は尽きる。そして我は悪魔を退治する者。貴様の命運もこれまでだ」

 振りかぶり、とどめの斬撃を加えようとラファエルが近づいてきた……
 
 
 
 
 

「グラアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 獣のごとき唸り声を上げ、突進してくるウリエルをサイドステップでかわします。獲物を見失ったウリエルが体勢を整える前に両手の拳で猛烈な超音速連打を浴びせます。その手応えは高速打撃がクリーンヒットしている事をわたくしに伝えます。拳の打撃に加え、超音速稼働に伴って発生する衝撃波でウリエルは完全に身動きがとれなくなります。しかし、これだけのダメージを食らっても倒れないとは……っ!
 
元々私もティナさんと同じように本来のクロック数と同様の超高速、ナノセカンドオーダーでの動きができます。ティナさんは体内システムと外部システムを二重化し、体内システムは本来のクロック、外部とのインタフェースは外部時間と稼働クロック数に差を付けて対応していますが、わたくしの外部時間に合わせる方法は、平生から両手両足にウェイトをかけ、さらに体内にまで二重にウェイトをかけています。ですからそのウェイトを全て外せば理論上は電子世界と同様のスピードが出せます。もっとも、空気抵抗がありますから実際は音速の数倍が限界です。このウェイトを解除するのはマスターの所に来てからは初めてです・・・・・・

 右から回し蹴りと見せかけて急角度でウリエルの頭上へ蹴り落とす。韓国のテコンドーでは「ネリチャギ」と呼ばれる大技、一見隙が大きいですが密着状態からモーションを短くして仕掛ければ十分通用します。ましてや今はウェイト無しの超高速、如何なる動体視力の持ち主でも見切れるはずがありません。いける! と踏んだその蹴りの威力は超音速稼働によって生み出された衝撃波と共にウリエルの頭へ吸い込まれます。最後の最後にウリエルが僅かに上体を後ろへ反らしたため、その蹴りは仮面を顔ごとぐしゃぐしゃに砕きました。

 砕け散った仮面の下から出てきたのは、天使とは程遠い醜く歪んだ獣の顔でした。

「そういえばウリエルは公会議で堕天使とされたのでしたね・・・・・・」

 古代ローマ時代の情報をDBから引き出しながら確認します。西暦745年のローマ教会会議で当時民間で加熱していた天使信仰を押さえるため、ウリエルは堕天使とされました。人が下した「堕天使」の称号が影響してウリエルを変質させたのでしょうか? そういえばウリエルは一度も人語を発しませんでした。

 自らの仮面を打ち砕かれ怒り狂ったウリエルは突然そのこぶしを地面に打ちつけます! その衝撃に呼応するかのように地面から無数の腕が地面から突き出る! 瞬時に生まれた石で出来たその強固な腕は私の足をがっしりと掴んだ数本を除き、現れた時同様に再び唐突に消滅しました。まるでコンクリートに固められたようです! 地面にしっかりと固着したそれはちょっとやそっとの事では外れそうにありません。岩腕を打ち砕いて脱出しようとする私をウリエルはサンドバッグの様に容赦なく殴り始めました……
 
 
 
 

(続く)