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Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編

第01章  六門世界
第04話  『襲撃』
 
 

昼頃のことだった。
荒々しくノックする音が耳に入ってくる。セリアと男が押し問答しているようだ。何事かと思って覗こうとしたがガーム老に止められた。男とセリアの論争はしばし続き、男は捨て台詞らしき物を吐いて乱暴に扉を閉め、屋敷を出ていった。

「教会の奴らじゃ。『この屋敷に危険な召喚物が進入したから調べさせろ』と言っておるがお主のことじゃろう」

「匿ってくださるのですか? それに下手したら教会を敵に回すことになりませんか?」

「別に『お主を匿う』という理由だけではないぞ。儂に断りもなくいきなりやって来て『邸内を調べさせろ』とはあまりに無礼失礼! あやつらがそういった礼儀を守ったことなど皆無じゃが。こと、今回は腹に据えかねておる。何、悪いようにはせぬから安心しておれ」
 
 

その夜、満月は中天を過ぎ、その行程の3/4に差し掛かった頃だった。
折しも出てきた雲で満月は覆い隠され、差し込んでいた月光もなくなり、闇はその深さを増していた。

その闇に紛れるようにガーム邸に忍び寄る黒い影達があった。彼らは巧妙に木立の影を利用し、庭から邸宅に接近しようとした。が、それは果たせなかった。一人、また一人と声も出さずに崩れ落ちる影、彼らには例外なく針のごとき小さな針がわずかに露出した肌に刺さっていた。

リーダーらしき男が事態に気が付き、残っていた部下に指示を出す。周囲を素早くを見渡すが人影は見あたらない。音もなくリーダーの背後に降り立つ影、それはわずかな光にも反射しないよう黒く塗られた刀身を手首のひねりで返すと瞬時に後頭部に一撃。おそらく何事が起こったか把握する暇さえなかっただろう。昏倒するリーダをその場に残し、音もなく影は残った侵入者に躍りかかる。時間にしておよそ10分、既に襲撃者の中に意識のある者は誰もいなかった。
 
 

「本当に彼女たちが?」

寝ぼけ眼をこすりつつ起こされたガーム老は庭に並べられた侵入者達を見た。彼らを制圧したのがティナだと聞いてにわかに信じがたい表情だった。レイナによって縄抜けができない方法で拘束された彼らを手際よく調べるティナ。彼らの懐からは刺殺用の暗器の他、例外なく十字架によく似た物が出てきた。宗教的暗殺者か?

「ふむ、なにやら面白いことになってきたのぉ」

「そんなこと言っている場合ですか! 教会の対異端特別審問部隊ですよ!」

セリアの顔は真っ青になっていた。

「その、『対異端特別審問部隊』とはなんですかぁ?」

深刻そうなセリアとは対照的ににこにこと聞くレイナ。
もっともレイナの深刻そうな顔なんて、滅多に見られるわけじゃないのだが

「『対異端特別審問部隊』とは、エルドの教えに敵対する者を密かに討つ諜報暗殺集団です。噂には聞いていたのですが……実在していたなんて」

「セリア、今から院へ行って『授業は無期限延期』と伝える準備をしてくれ。理由は……そうじゃの、研究旅行のためとでもしてくれ」

「今からですか!?」

「こうなった以上、儂が『知らぬ存ぜぬ』を決め込んだところで彼らが聞き入れるとも限らん。証拠隠滅のためにまとめて殺される可能性もあり得る。表で釈明に打って出ると言うのも有るんじゃが……聞き入れるぐらいなら彼らを使わしたりはせんじゃろ」

ぼやきつつ授業休講を知らせる準備を始めたセリアを出発の準備の為そこに残し、ガーム老は我々を伴って地下室へと降りていった。
 
 
 
 

地下の食料庫の一角、作りつけらしい食料棚を横へスライドさせると僅かに色が違う壁が現れた。力を微妙にコントロールしながらその表面をガーム老が触ると、変色した部分が丸ごと横へスライドし、隠し扉が現れた。さらに下へ続く階段を降りると木製の棚に雑多にアイテムが置かれた狭い部屋にたどり着いた。

「此処は……資料室ですか?」

「そうじゃ、儂が趣味と実益をかねて集めたものじゃ。中には既に製法が失われた物や世間では禁忌とされた物、時の為政者によって消滅させられた物もある。儂がこんな物をコレクションしておると分かれば教会の者共は喜んで儂を処罰するじゃろうて」

そういうと埃と音を立てながら道具を物色し始めた。幾度かせき込みながらガーム老はいくつかの物を探しているようだ。

「おおこれじゃこれじゃ」

束ねた符と杖をいくつか、それにマントや剣を引っぱり出すとそれらを抱えて上に戻る。

私もあわてて部屋に戻り、細々とした物をポケットにつっこみハンドヘルドPCを装着、流石に白衣は目立つし旅程にふさわしいとも思えなかったので丸めて持っていくことにする。準備を整えて玄関に戻るとセリアがあわただしく出発準備をしていた。ティナやレイナはそれを手伝っており、ガーム老は荷物の選択に余念がなかった。
 

程なく、準備ができたようだ。
玄関に鍵を閉め、ガーム老は振り返って私に告げた
 

「さて、お主はこの世界での最大派閥の一つ『エルド教』を敵に回した様じゃ。今後いかなる場所にいても安全とは言い難いでの、いっそ首謀者に会いに行った方がよいとおもわんか?」

「首謀者……ですか」

「対異端特別審問部隊がいきなり出てきたと言うことは、それを指揮する権限ないし相応の地位にある誰かがこの一件に噛んでおると言うこと、となると彼らがいる『聖都サザン』へともかく行って見ようではないか。儂の知り合いもおるし、何事も無いと言うことは少なくともないじゃろ」

「その辺りは相手の出方を探るしか有りませんね。とはいえ、私たちはこっちの世界にお金になりそうな物は持ってきておりませんから先行きに大いに問題があるのですが……」

「此処の滞在費や旅費かの? それは気にせんでよい。お主のような特殊な例は、それだけで十分儂には貴重じゃ。これをお金に換えろと言ってもそう計れる物ではあるまい。 なに、物好きじじいの好意と思ってくれ。とはいえ、路銀をどうするかはちと問題じゃの。急がぬので有れば後日、何なりと働き口を紹介してやろう」

いやはや全く純然たる好意なのか貴重なサンプルを目の前にした科学者なのか、それとも私はモルモットなのか?

かくして白々と夜が明ける中、我々とガーム老、セリアは『聖都サザン』へ旅だったのだった。
 

(続く)