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BSD物語

Vol.02 一隻だけの仮想電脳戦争
 
 

マダガスカル島南東部地下秘密ドック

其処では強奪された戦艦のテストベッド艦であり、残された唯一の対抗手段となった

試作光学武装戦艦“Zero”

の艤装が急ピッチで行われていた……

「二週間でモスボール(動体保存)から解除、しかも光学兵器に換装……まさかあのデータから限定とはいえ実用化にもっていくとはなぁ」
「やっつけ作業にしては上等です、ことに光学兵器群は予想以上の仕上がりです。後、光学兵器はこの船と私たちの処理能力の組み合わせでしか使い物になりません。無論此処には設計図一枚残しませんが、万が一データが漏れても再現は当分無理でしょう。何しろ肝心な制御部分はブラックボックスなどころか私達自身ですから」

そう言って微笑んだティナと共に改めて戦艦を眺める
Zeroは戦艦の常識を大きく外れた構造をしていた。戦闘艦の基本概念、機関区や兵装など守るべき中枢部である“ヴァイタルパート”が艦の全域に達している。即ち、艦の一部にダメージを負った場合、必ず性能に某かの影響が出ることを意味する。その原因は極限まで搭載された試作艦載兵器の為だった。既に何年も運用されている兵器ならイザ知らず試作型の兵器の小型化は時間的に出来ず、防護区画となるはずのブロックまでヴァイタルパートになってしまった。

・対空兼対艦「α(アルファ)レーザー・δ(デルタ)レーザー」
 (強力な磁界で曲射する大強度ギガワット級炭酸ガスレーザービーム砲)
・対空兼対潜マルチロケットランチャー2基。
・パルスレーザー速射砲
・57mmバルカン砲
 これに艦全体の指揮を執るCIC(戦闘情報センター)とその直下にあるレーザー核融合炉・タービンで艦の7割を占める。本来あった居住空間はほとんどが制御用演算装置とレーザー兵器用電子加速回路で埋まった。CIWS(近接防御兵器システム)にしてパルスレーザー速射砲と57mmバルカン砲。現行兵器に最も近いバルカン砲にしても現用は20mm〜40mm……やはり例をみない設計らしい。

そしてこの艦の外見を最も特徴づける物、それは艦首に固定された巨大なリニアレールガンだった。その威力はシミュレートによる推定だが現用の戦艦や空母でさえ一撃で撃沈という桁外れの代物だった

既に常識は一光年ほど先に放り投げたような代物だが、潜水したり艦首にドリルがついていたり甲板が回転して空母になったり空を飛んだりタイムスリップしたり動力がオーラ力だったり劇場が変形して帝都地下から発進したり車輪で地上を走ったり潜水母艦だったり発掘戦艦だったり合体変形して人型ロボットになったり実は魂があってその姿が可憐な少女だったりしない分だけマシなのかもしれない。
 
 

「ご主人様、ちょっと面白い物を見つけたんですが。」
CICで取り扱い説明走り書きを読み直していた管理人の所へティナがやってきた。
「敵の先行部隊でも見つけた?」
「それも有るんですが……このネットゲームみていただけます?」
データウィンドを中空に展開する。最近好評のネットゲームの画面だった

「どれどれ? え〜と艦や航空機を操縦してミッションをクリアしていくゲーム?」
「そうです、しかも期間限定キャンペーンでもうすぐ始まるシナリオが“マダガスカル島沖大海戦!” ってのは出来過ぎていると思いませんか?」
「これがどういう意味だと?」
「一つ疑問だったのが、どうやって艦隊を編成する人材を集めるかだったんです。テロ組織の採った方法は『ヴァーチャロン』と同じ方法、つまりネットゲーマー達に戦艦や空母をインターネット越しに操縦させることだったんです。」
「テロ組織がゲーム会社!?」
「隠れ蓑の様です。」
「そのゲーム会社ってテロ組織に乗っ取られたか何かじゃ? もしそうならこの情報リークして信用を落とさせて営業停止にさせるとか……」
「親会社が某M社です。乗っ取られたのか某M社が協力しているのか実は某M社が黒幕なのかまでは判明しませんが……さすがに今すぐ倒産に追いやるのは至難です。少なくとも周到な準備をしないと下手に攻撃しても無駄なだけです。」

倒産させるつもりだったのか……

「ネットゲーマーがアクセスしているのはゲーム会社のサーバだろ?其処をアタックで落とせないか? そうすれば沖合の船も単なる飾りだろうし」
「ログイン用のサーバは世界中にあるんです。アタック対策されている無数のサーバではいくら私でも同時に全台シャットダウンさせることは時間かかります。それに実体の戦艦を叩く方が先です。出ないとアタック中に砲弾が飛んできます」
しょうがない、観念して戦闘といくか……
こっちは生身だしハンデ有りすぎと思うのは気のせいじゃないはずだ
 
 

「考えようによっては無人戦艦なんだから遠慮なく攻撃できるけれど……細かい制御は出来ないんじゃないか? 人間ひとりで出来る制御はたかがしれているはずだ。」
「それはこちらも同じ様なものです。私が火力管制とレーダー、レイナがダメコンと機関担当、メイルが通信制御です。某ツインテールの電子の精霊みたいに戦闘中の相手にクラッキング仕掛ける余裕まではありません、ディストーションフィールドが有れば別ですが……ご主人様は操舵と火器管制のマニュアルロックオン担当です。がんばってくださいね」
「責任重大だなぁ。やれやれ……」

そのとき、メイルが血相を変えてブリッジに文字通り飛び込んできた
「沖合に戦艦群多数! 対地VLS(垂直搭載型ミサイル)と砲撃で攻撃仕掛けてきたよっ!」

「速かったな……じゃ。出陣するか オールハンズポジション!(総員配置に付け!)」
 
 

着弾の衝撃で揺れる中、全員がCICの各席に座る。ティナが正面中央。レイナが右側、メイルが左側だ。それぞれが中空にディスプレイウィンドを展開し緊急発進シーケンスを進めている。

核融合炉からの蒸気流入量が一気に増大し、タービン回転数がアイドリングレベルから上昇していく。各兵器群も封鎖を解かれティナの制御の元に一元化して統率されていく。

錨は巻き上げられ、兵器群に焔が入る。闘いの時が始まろうとしていた

「マスター! ドッグのゲートが開かないって!」
メイルが振り返ってドッグからの連絡を伝える。冗談じゃない、発進できなきゃこの船も瀕死の狸だっ!!
「いきなり生き埋めかっ! なんで今更開かないんだ!?」
「至近距離に着弾したせいでレールが歪んだって!」
「あらあら、ゲーム開始前にゲームオーヴァーですか〜」
「何とか出来ないのか!? ティナ」
「レールガンでなら吹っ飛ばせないこともありませんが……艤装の途中でしたから5発しか積んでいないんです。それに出発したら此処を爆破するって……そうなったら補給するまでレールガンは使えません!」
「生き埋めになる方が問題だ! レールガン全弾発射!! 目標は前方ゲート!!!」
「了解しました。レールガン連続斉射、目標は前方ゲート 発射します!」

曳航音を引きつ連射されるレールガンの弾丸はゲートを紙でも破るかのように破壊した。聞いた話、これが試射だったらしい(笑)

「レイナ全速前進!一気に沖合に出るぞ!!」
「了解しましたわ〜」

 戦場にいるはずなのに妙にのんびりとした声で応答するレイナ、いや何時ものレイナといったところか。程なく沖合に出た頃、マダガスカル島から爆発音が聞こえてきた。聞いたとおり基地を爆破撤去したらしい。これで戻る場所もなくなったな……と感慨に耽る間も無く、対艦VLSの雨が降ってきた!

「ティナ!」
「既に迎撃しています。 これぐらいならどうという事はありません」
 紅茶を片手にディスプレイを確認しつつ迎撃指示をCIWS(近接防御兵器システム)に出している。本当に此処は戦場か?
「この程度で刃向かおうとは……普段相手にしているクラッカーの方がよほど強いです。戦艦が4隻ほどいますが……これくらいならお茶飲みながらで十分ですね」

結果は……その通りだった。彼女が照準制御を握る光学兵器群はレーダーで補足した戦艦を瞬く間に叩きつぶし、彼女が飲み干したティーカップを置くと共に、最後の戦艦を表す光点がレーダー画面から消えさった。

「これで終わりかな?」
「いえ、沖合に中ボスが陣取っています。どうやらネットゲームで好成績を収めたプレイヤーが操っているみたいですね」
「艦船データはある?」
「え〜と、巨大戦艦「荒覇吐」に巨大空母「アルウス」だそうです。荒覇吐は日本のエース、船名は大和に変更されていますね。あとアルウスはイギリスのエースのようです。荒覇吐の装備はパルスレーザーに噴進弾、バルカンに切り札の怪力光線砲です〜 おまけに電磁防壁付きです。アルウスは艦載機山盛り空母ですから流石に紅茶を飲みながらとはいきませんね〜」
「お〜あれか、見えた見えた……この距離で見えるって相当大きい?」
「はい、大和より大きいです」

「ご主人様、荒覇吐から片づけます、ぎりぎりまで接近してください」
 ティナが荒覇吐への攻撃を開始する。周囲はアルウスから発進した艦載機で覆い尽くされた。荒覇吐を攻撃するレーザーの余波で接近もままならないらしい、攻撃を仕掛けるどころか巻き添えを食らって落ちていく。肝心の荒覇吐は電磁防壁を張っているためレーザーの威力が半減、一撃で致命傷を与えられない。
やがて荒覇吐からも砲撃が開始され、周囲は着弾で発生した水煙と轟音で満たされた
「レイナ、ダメージは?」
「まだ大したダメージは負っていませんわ〜」
 やがて荒覇吐が切り札の怪力光線砲を発射してきた。静電気のバチバチという音を思いっきり増幅したような音が聞こえるがレイナからは被害報告の連絡は来ない。こちらも搭載している電磁防壁の性能のお陰らしい。
「これでとどめです!」
ティナの宣言通りレーザーが荒覇吐の機関を貫き爆沈。物の数秒でその姿は海に没していった。

「次はアルウスか、蝿は元から叩くに限るな。レイナ、ダメージは?」
「荒覇吐に向けていた左舷の累積ダメージがそこそこ有ります。出来ればアルウスには右側を
 向けてください〜」
「了解、ティナ、ターゲット補足次第攻撃開始!」

一時間ほどたった頃にはZero以外の動く艦影はすでになかった。
「アルウスって一応ボスクラスだろ? なんでこんなにあっけないんだ?」
「艦載機全部落とされた時点で空母なんて役立たずです。それに空母の防御は昔から大したこと
 有りません」
イージス艦ぐらい無かったの?」
「対艦VLSでの攻撃は全部たたき落としましたし、小口径速射砲なんてこのサイズには無意味です。ご主人様はボスクラスの艦船の攻撃に専念するようにしてください」
ありがたくそうさせてもらうことにする

「マスター、暫くその辺りを遊弋して残骸拾っていただけますか〜」
「残骸を拾う? 死体や生存者を回収するなら分かるが無人艦だろ?」
「回収した残骸でダメージや弾丸を補給します〜」
「ふぇ!?」
「ご主人様、このZeroもそうですが鋼鉄で出来ているわけではなく、私たち同様メモリ上のデータを現実空間に実体化させているだけなんです。残骸を回収すればそこからこの艦の修復用データ作れますので補給や修理が出来ます」
そりゃあありがたい。補給は根性でヤレなんて言われたら泣くぞ
昔から補給を軽視した軍隊はろくな負け勝たしていないんだ。○◎軍とか……

「そうだ、その残骸で補給できるならレールガンの弾丸作れないの?」
「元の弾丸作成プログラムがないのでちょっと無理ですね〜。それでですがエーゲ海のキプロス島に向かってください〜元々レールガンの開発はキプロスでしていたらしくて其処で引き渡しができるそうです」
「以前のシミュレートデータやさっき使った試射用のプログラムでは?」
「口径も仕様も相当変更されているので下手に打つと砲身内で暴発します。さっき発射したのも試射用弾丸で弾頭内部はデータ取得用のセンサーです、実用には耐えられません」
「キプロスまで行くか……いま、インド洋だからスエズ強行突破? まずい、この船体の横幅じゃスエズ運河を通れないぞ! それに閘門(こうもん)はどうするんだ! 潜水できれば海底トンネルって大技があるのに……」
「またわかりにくいSFネタ出してどうするんですか。実際の所、スエズ運河も仮想電子データに置き換わっていますので閘門が無くなっています。横幅も大規模に拡張されているので突破は可能です。強行突破作戦決行ですね♪」

スエズ運河はひどい事になっていた。運河の両サイドに迎撃用砲台を並べられて機雷で運河を閉鎖されれば手こずろうというものだ。結局時間稼ぎに引っかかりアレクサンドリアのレーザー砲台を潰した頃には既に夕日が海に没する頃だった。
 

(続く)