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BSD物語
 

Vol.01 かくて戦火に巻き込まれる

 梅雨前線がどっかり本州に腰を下ろし、世界的なスポーツの祭典に水を差していた頃のこと。ひとりの男が屋敷へやってきてシミュレート演算を依頼してきた。灰色のコートにすっぽり身を包み、不審人物を全身で体現していた彼は、演算データの入ったDATと依頼内容が入った封筒を私に渡すと人目を避けるかのように降りしきる雨の中、そそくさと屋敷から黒い車に乗り込み去っていった。

 屋敷には各種サーバの他に大型の並列演算用ワークステーションも置いてあり、時折外部のシミュレーション計算を引き受けていた。今回も演算内容自体はいつもと同様だったこともあり依頼を受けることにした。不審を抱きつつみんなが揃ったところでひたすら怪しいクライアントが持ってきた依頼書類の内容に目を通し具体的な方法について検討する。

「また妙なクライアントでしたね。どこかのエージェントでしょうかぁ?」
 客を送り玄関から戻ってきたレイナが感想を言う。
「まあ、怪しいといえばこの上なかったな……にしてもシミュレートの数値と演算項目はあるけれど何の演算なんだろ? 内容が書いていないや。レイナ、何の計算か検討つく?」
「そうですね、初期値のデータだけではちょっとわかりにくいです。シミュレートがてら他の計算と比較してみますので近いのがあったら後ほど報告しますわ。」
「ご主人様、さっきのクライアントの素性、調査しておきますか?」
ティナも管理人同様不信感を抱いたのだろう、そう提案してきた。
「いや、其処まではしなくてもいい……いや、やるだけやっといてくれ。どうも引っかかる」
「了解しました」

シミュレートはかなりの演算要素があるらしく完了に一週間を要した。計算を推定したファイルをレイナがようやく持ってきた。
「で、レイナ。何のシミュレートか分かった?」
「大体の検討ですが……磁気リニアカタパルトでの耐用シミュレートでした。ただ、ヨーやピッチ、ロールのXYZ軸3D座標の数値が随分不安定でしたので……非固定式の状態で稼働させるようです。それと射出パレットの大きさが随分小さかったのが気にかかります。」
「リニアカタパルトでもマグレヴ(MAGLEV/浮上式鉄道)とかではないと?」
「ええ、カタパルトの長さは50〜80m、これでは打ちっ放しですね。衛星軌道打ち上げ用マスドライバーとしても全然加速度が足りてないです。その割には弾道計算は厳密だったです。」
「ひょっとして極端な気温でのシミュレートもあった?」
「ええ、そんなのも有りました〜」

頭の中でパズルが一つ組み上がる。しかし完成図にはほど遠い

「レイナ、そのシミュレート結果だけど……演算過程のログある?」
「何時の通りありますが今回は破棄することが条件ですよね。随分用心深いですわ〜」
「そのログ2048bitで暗号化してパーミッションを111に変更しておいて」
「それって規約違反ですよ〜?」
「承知の上。同じクライアントからの依頼は今後全部同様の手続きをとって欲しい」
「ティナさんには?」
「僕から話しておく。ティナの素上調査も灰色な点だらけだったし、正直“怪しい”通り越してヤバイ感じがしてきているんだよなぁ」

予想通りにはなって欲しくなかったのだが、同じクライアントからの依頼はその後もいくつかやってきた。厳重な守秘義務は面倒な物の、依頼料が破格だったこともあり貧窮(笑)していた我々は依頼自体はきちんと果たした。

が、そのシミュレート内容は超高出力レーザーへ磁界を与えたときの影響だの超大型コンデンサへの衝撃テストだのシンクロトロンの耐用テストだの妙な依頼ばかり。

先のジグソーパズルに新たなピースが追加される。しかしそれぞれが噛み合わない
出来損ないのジグソーパズルで全身像が見えない。

入道雲が作り出した夕立の中、いつもの不審人物が屋敷を訪れた。
「マスター! いつもの変なおじさん血だらけだよっ!」
部屋に飛び込んできたメイルの知らせに、側にいたレイナと共に玄関へ飛んでいく
「救急車を!!」
「いらん……どのみち助からん。それに電話回線も封鎖されている……それよりも速くここから逃げろ……追っ手が来ている……」
「これだけは答えてくれ……あの演算データは兵器なんだな?」
「そうだ……巻き込んで許してくれとは言えた義理じゃないが逃げろ……!」
「巻き込んだ責任はとってもらうぞ! レイナ、こいつをワゴンの後部シートに放り込んで弾丸を摘出! ティナは全サーバ停止! メイルは哨戒! 最後に記録媒体を完全滅却の後トラップと爆薬を仕掛けて脱出準備!」
 
 

「その必要はありませんわ」

「へっ!?」
「ティナさんから連絡が有りました。既に突入してきた特殊部隊は鎮圧済みです。今、捕虜を地下室で尋問中です。まるで映画みたいにドラマティックですね〜」
気絶した男を床に寝かせ、その場で麻酔なしで腹から弾丸を摘出しながらにっこりと答えるレイナ。両手に顔まで返り血で真っ赤でなければ可愛いかもしれない

「で、今後どうする? 」
「当然、お礼参りが基本ですわ! どこのどなたか知りませんが3倍返しで済むと思って欲しくないですわ〜」
 あぁ、妙にレイナがうれしそうに見えるのは気のせいであって欲しい

 地下で尋問中のティナを見舞う。侵入者たちは怪電波で有り体に吐かされた後だった。不憫な捕虜に合掌

「ティナ、あいつらは一体何モンなんだ?」
「CIAとMI6の合同チームでした。ご主人様、お心当たりは?」
「そりゃあ……先日の怪しい解析データぐらいしかないが……」
「指揮官がきれいに吐きました。あのデータは次世代艦載兵器のシミュレートでした」

 それでパズルを組むには肝心のピースが足りない。既に海軍の兵器はイージス艦や空母の運用に切り替わっていたはずだ。イージス艦ではこんな装備搭載できないはずだし、無論に空母に積む様な物でもない。

「データから推測すると艦載兵器で運用するには戦艦サイズがいるんじゃないのか?」
「それが……アメリカ・EU・日本共同で国連軍を作る動きが水面下でありました。あのデータはその機密の一環で国連軍の装備になるはずだったんです」
「“あった?” どこでつまずいた?」
「この前あった国連ビルでの自爆テロです。居合わせた国連の職員と議会に参加した各国代表がまとめて被害にあった……結局話し合いでは戦争は止まらないと主張する一派が『それならばいっそ全勢力を叩きつぶしてしまえ』と蜂起、現在北極海近くの島に立てこもっています」
「あ〜あ、それで蜂起ついでに新兵器をごっそり持って行ったと?」
「不幸中の幸い、此処で解析していたデータは結局実用化できてませんが」
「どうしてそう言いきれる?」
「どの兵器もそうなのですが出力制御だけで相当なマシンパワーを使うんです。で某社のOSが制御用OSとして使われる前提でしたから当然ダメダメでした」
「じゃ、せいぜいが現用兵器?」
「一部の光学兵器はかろうじて実用化されたみたいですが」

組み立てるのに必要な最低限のピースが揃った。どうやら次世代戦艦に搭載する兵器の開発を知らず知らずの内に請け負っていたらしい。で、旗艦でありシンボルとなる戦艦の主力艦載兵器がレールガン(水平磁界発射式砲)……我々がシミュレートしていたのはそのデータ、その上諜報組織からは『全てを無かったこと』にするため抹殺されかかったと言うところか。

「……もし、テロが本格的に動き出すなら最初の目標は?」
「現存するテストベッド艦の破棄、続いて私たちの抹殺ですね。現在私たちだけが解析した外部団体の生き残りのようです」

「じゃ、なんでテロチームじゃなくてアメリカなんぞに狙われなくちゃいけないんだ?」
「同じ穴のキツネとタヌキって所でしょう。疑わしきは罰する国ですから」
「……どのみち狙われるってことか」
「CIAとMI6はクラッキングなり怪電波なりで対応するとしても戦艦だけは何とかしないと……実弾は流石に防げません。」
「こっちから戦艦のコンピュータにハッキング出来ない?」
「試してみましたが……戦艦搭載の回線が閉鎖系ではどうしようもないです。」

「つまり……直接叩く方法がない?」
「有りますよ」
「へっ?」
「まだテストベッド艦が残っていますからそれで相打ちに持っていけば上等でしょう」
「どうやって説得するのさ」
「既に国連の秘密機関残存組織の最高司令官に了承を得ています。」
「……こんな短時間に??」
「少々電波も使いましたが。」
あぁ、残存組織のメンバーにも合掌。

「じゃ、後は彼らが内部で相打ちになるのを寝て待っていればいいのかな?」
「こんなに楽しいことを人任せにするわけ無いじゃないですか〜」
「戦艦ぶったたくのを人任せに出来ないと?」
「ええ、テストベッド艦を操舵するのは私たちです。出発準備もできていますし、早速叩きに逝きましょう!」

ティナ、漢字間違えてる……

かくして、ネコミミメイドUNIXを搭載した前代未聞の戦艦が此処に誕生することとなったのだった。

(続く)