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BSD物語
 

その夜、屋敷の管理権限は外部からの侵入者により奪取された。
 

CH99:クラッキング
 

23:05[侵入者:イリーガルアクセスを検知]
 

「ティナ、侵入者レポートを」
ここ暫く、大規模な体育の国際的祭典が隣国で開かれる関係か、大陸経由の不法侵入者が後を絶たない。管理人は生活リズムを少しずらし、夜間のアクセスピークが終わるまではサーバ管制室でティナと共にアクセスを監視することにしていた。その夜、何時もの如く十数人からなる不法侵入者の報告を受け、即座に対応開始。既にティナ直属の防衛プログラム群「スクィッド」達は動き始めていた。

「また何時もの皆さんか?」
「はい、アクセスポイント及び手口はほぼ同一。懲りないお方達です。」
「前回、BIOS破壊型のカウンターウィルス叩き込んだんだっけ」
「一晩で復旧してきたところを見ると何らかの組織的バックアップを受けている物と思われます。思いきった手を打ってはどうでしょうか?」
「直接相手の脳細胞を焼き切るとか?流石にそれはヤバイって」

その時の我々に若干の油断がなかったとは言い難かった。
 

23:13[侵入者:第一エリア階層突破 ]

「ほう、第一階層を突破してきたか」
第一階層はいわば論理迷路、アクセス路が一種の合わせ鏡の様な無限回廊になっている。それに気が付いたとしてもそこから抜け出るのは容易ではない。そもそも通常なら出口が見え無い無限ロジックを力業で破ってきたのか。

「どうやら今回は腕の立つクラッカーが混じっているようですね」

アクセス侵入者は十数名。内大半は外縁に展開された論理ボムを踏み抜き撃墜されたり返し矢(逆探知型プログラム)のトラップに引っかかり物理的に接続を解除されている。残る数名、幾多の罠をくぐり抜け内部にまで到達せんとしている侵入者が居た。

23:16[侵入者:第二エリア階層突破]

此処まで来たクラッカーは数えるほどしか居ない。これは丁重にお出迎えする必要があるか。
「あら〜、こんな夜更けにお客様ですかぁ?」
「ああ、レイナか。今夜のお客は私とティナで対応する。レイナは先に行ってくれ」
「はぁい、ではお任せします」

通常ならレイナに撃退のバックアップを頼むところだが、今夜に限り、先に上がって貰った。レイナは私の命を受けるとティナと何か業務の申し送りや引継をした後、入り口で一礼し退室していった。

「宜しいのですか?」
「なぁに、こういう機会でもなければ出来ないこともある。ティナ、第三エリアへの接続解除準備と念の為データサーバの切り離し準備を」
「はい、了解しました」

23:24[侵入者:第二エリアで停滞]

「……様子がおかしい」
「そうですね。別段止まるような所ではないはずなのですが……」
「侵入者が停滞してからどれくらいになる?」
「およそそろそろ10分と言うところですが……」

その時、けたたましいアラーム音と共に全ディスプレイに火が入った。それらは全て緊急事態を報せるアラームメッセージで覆い尽くされていた。

「何事っ!?」
「侵入者……第七エリアに出現……!!やられましたっ!!!今停滞しているのはダミーですっ」

敵はダミー放出と共に自らをノイズデータに偽装、我々がダミーを本体と誤認している間に一気に距離を詰めてきた。途中ゲートにセットされているトラップは大半がトリガ型、こちらのコマンドがあるまでスリープしている。当然こちらが認識しなければ張り子の虎だ。いくつか自動検知型のトラップもあるがダミーを噛ませて黙らせてきたらしい。が、最終防衛線たる第8エリア前で引っかかったらしい、彼処はヒューマンエラーを想定して無条件チェックをしつこいぐらいに仕掛ける。どうやらその途中でぼろが出たのか隠れ蓑が剥がれたと思われる。

「ティナ、こちらから打って出るぞ。全兵装使用自由!」
「はい、行って参ります!」

ティナ直属防衛プログラム軍スクィッド達も押っ取り刀で第7エリアに展開、デコイとハウンド、ジャミング、スプラッシュ、ブラスター色々取り混ぜ攻撃プログラムを多重展開しているがそれらを凌いだ上で更に反撃をくわえスクイッド達を圧倒している。正直此処までやってのける連中は初めてだ。其処へティナがスニークアタックを仕掛けたが、それさえも事前感知している。これほどまでの腕前の持ち主が今まで知られていなかったというのも驚きだ。

『ティナ、いけそうか?』
『正直、こちらの攻撃速度より向こうの進入速度が上回って居ます』
『回り込んで接続切断できるか?』
『悠長なことやっている間に突破されるのがオチです』

『後5分……いや、3分時間を稼いでくれるか?』
『了解!』

いご、ティナからのリアルタイムレポートが途絶えた。稼働中のリアクションは帰ってきているので落ちているわけではなさそうだ。全処理能力を侵入者撃退に割り振っている。彼女が稼いでくれた僅かな時間を無駄にしないために、私はある仕掛けを発動させた。

懐からキーを取り出し、ディスプレイ横のスリットに差し込むとキーボードのあるキーを3つ同時押ししながらキーを捻った。同時にキーボード横に生体認証用のトレイが展開された。

「マスターっ! そろそろ限界ですっ!!」

滅多に聞くことのないティナの悲鳴、既に侵入者は後一人と減っている者の第8エリアへ到達しようとしていた。

「一旦引き上げろ、アレをやるぞ」
 
 

「!」

事情を察し、ティナは即座に攻勢防壁をありったけ展開、スクイッド達もそれに習った。一瞬敵が足を止めた間にティナ達は戦場を離脱、管制室に戻った。既に展開されている生体認証用のトレイを見、私の意図を組んだらしい。

「領域強制焼却ですか」
「まさかこいつの出番とはね。」

第8エリアに仕掛けた罠、それは外縁部を物理的に強制切断すると同時に全データを熱死させる。いわば外縁部その物を焼き殺すトラップだ、一旦発動したが最後外縁部は再構築するまで使用不能、万が一その後侵入者が生きていれば後は無防備なデータ領域が広がっているだけだ。一か八か、既に其処まで追いつめられていた。

ティナはすぐさま自らの首輪からケーブルを展開、専用ジャックに接続すると認証コードを打ち込みエプロンドレスのポケットから取り出したキーをジャック横のスロットに差し込んだ。

「カウント!」
「3! 2! 1!」
 
 
 
 

ガチン……

【生体認証コードは管理者権限により無効化されています】

「馬鹿なっ!?」

この土壇場で生体コードが無効化などあり得ない、が、迷っている時間も存在しない。 最早、これまでだ。

『ティナ』
『はい』
『管理者権限として命ずる、全データを消去せよ。一切の実行確認不要』
『了解しました』

彼女の声が終わると同時に、目の前から一切が消え去った。

私は一人、空虚な空き地に佇んでいた。
 
 

( 続く )

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あとがき代わりの駄文その99

以下次号