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BSD物語
 

消失した屋敷裏にある茂み、そこから物音がした。

CH99.5:カウンターアタック

静まり返った熱帯夜の中、茂みを飛び出し住宅地を自転車で疾走する男が一人。腰に付けた携帯音楽端末からはヘッドフォンへコードが伸びていた。その側へ飛んできたのは自立型電子郵便精霊。
 

「マスター、これって一体どう言うことなの!?お使いにいって帰ってきたら屋敷は綺麗さっぱり無くなっているしティナおねぇちゃんもレイナお姉ちゃんも連絡取れないし!それに無線通信一切禁止って一体何なの!!?」
「さっきも言った通り出力は全て音声通話か有線のみ、指示あるまで僕の側に待機、それが出来なきゃ即時で稼働止める、いいね?」
「それは分かったけど……で、一体こんな深夜に何処へ行くの?」
「反撃に出る。」
「反撃って……ティナおねぇちゃんも機材もないのに!?」
「まぁ見ていなさい、ってこと。付いてこないと置いていくよ?」
「あ、まって!!」
 
 

「ふむ、かような所にいたのか。」
とある雑居ビルの中、埃と瓦礫が散乱する中、雑然として其のネットワーク設備は存在していた。その辺りのジャンクパーツ屋で買ってきたとおぼしきそれらはかろうじて規格こそ統一されている物のメーカも製品もてんでばらばら、無茶苦茶な繋ぎ方で良く動いている物だと美宇としても感心せざるを得ない。

その美宇の視線のむこう側では男達の罵声と怒号が飛び交っていた。

「おいっ!何も無いって一体どう言うことダッ!」
「知るかよ!誰だ!この話持ってきたのは!!」
「『アノ』屋敷のデータ貰えるって聞いたから来たんだぞ。データ出せやゴルァ!」
「大体オマエがちんたらしているからその間にデータ移転させたんじゃねーのかぁ!?」
「そう言うオマエこそデータ猫ババしたんじゃねぇだろうなぁ」

「請け負ったセキュリティシステム群は黙らせた。あとはしらん。帰らせて貰うぞ」
「ああ、契約だったからな。また頼むワ」

小柄な少年がそう声を掛け、頭目らしき男が応えた。野球帽とグラサンを掛けるとその子は外へふらりと出た行った。後には延々と口論を続ける男達が残された。

「おう、お前等いつまで争っているんだ。とっととデータサルベージに掛からないかっ!」
「「「へいっ!」」」
男達はそれぞれのコンソールに向き直り猛烈な勢いでデータサルベージを開始した。

「ふむ、土足で我が家に立ち入った無礼者は小奴らでまず間違いないようじゃな」
「ぴ?」
美宇が見上げた先、其処にある小さい窓から一羽の小柄なフクロウが顔を覗かせていた。
「おお、ほーすけか。待たせたの、前に命じたとおりこの手紙を件の所に届けよ。我はもう少し此処を見張って居るからの」
「ぴ!」

手紙を口にくわえると音もなく飛び立つフクロウ。その静粛性は鳥類随一と言われている。空冷ファンが全開で回る中。元々非常に小さいその羽音が彼らの耳にはいる訳もなかった。
 
 
 
 

「都」の中央を南北に走る都大路、その突き当たりには御門がおわす「御所」が鎮座している。……のだが、近代の訪れと共に御門が西京へ遷都して以来、この御所は飾りでしかなくなっていた。ましてやその周囲にある膨大な付属設備も飾りとなりそれぞれを護る警備隊も閑職となり日がな1日税金を食いつぶす無能者と思われていた。

とある公園に面した3階建ての鉄筋コンクリートの建物。灰色の如何にも無個性なそれは窓が一切無いのを除けば何の変哲もない建物だった。玄関には小さく「東宮警備隊第35番詰所」とだけ書かれた木の看板がぶら下げられていた。

その建物から出てきたさえない中年が一人。よれよれの背広を着たその男はポケットからよれたセブンスターを取り出すとライターで火を付け玄関で一服。この施設は禁煙なのだ。

「ぷはぁ、生き返るねぇ」
「私にも火を頂けますか?」

中太りの中年の横に現れたのは頭がバーコードなひょろ長い男。安物の背広に如何にも「生活に疲れました」と倦怠感をにじませる容貌は見るからに「ああ、苦労して居るんだなぁ」と思わせるのに十分だった。

「一体我々は何をして居るんでしょうな」
「確かに、一人や二人捕まえたところで世の中が変わるわけではない。しかし、我々のこういった行動が抑止力になる。私はそう信じています」
「本当にそうであって欲しいと思います。」

「朝〜刊〜!!いや長官!!」
「何だね、今一服中だぞ」
「そんなのんきな事行っている場合じゃないです。ついに来たんですよ。『黒竜』のたれ込みが!!」
「来たか!!おい、行くぞ!!!」
「それでは参りましょうか」

一転、今までのにじみ出る倦怠感は何だったのかと言わんばかりに覇気を振りまきつつ建物へ戻っていく。

彼らは現実世界では「東宮警備隊第35番詰所」と呼ばれていた。
 
 

電脳犯罪集団「黒竜」のボスは慌てていた。
もとより彼らはクラッキングを掛ける際、毎回其の拠点を変えることによりその所在を分かりにくくしていた。固定IPと見せかけているのは実際はプロクシによる偽装。手口が固定化されているというのは敵に自分たちを甘く見せる為だった。

今回の進入先も彼らを侮ってまでは特定した者のその先を追究できずにいた。まごついている間にノイズデータに偽装した本体が敵本拠地を抑えた……はずだがその先はいつの間にか空っぽ。どう言うことだとまごついていたら突然警察が乗り込んできた。

「おいっ!警察だ!!」
「全員回路切断!全処理停止!!」

ボスの指示に従い、全員が強制回路切断とログの削除を行おうとする……が、一向に彼らの端末は処理を受け付けようとしない!!

「どうなっていやがる!」
「そりゃあ、我々がロックしたからさ」

ボスが慌てて振り返ると、其処にはさえない人の良さそうな中年男性がニコニコしながら令状と拳銃を突きつけていた。
「はいこれ、逮捕令状。悪いけどあんた達の端末はデータ保全のため全部権限貰っているから。はいそこ、動かないで床に伏せてね」

口調こそおとなしい物の目は笑っていない。一体いつの間に……

「が、外交官特権が」
「ん、何?」
「我々は外交官だ!」
「……知らないねぇ、そんなの」
「我々に手を出して見ろ。国際問題になるぞ!!」

「ん〜?彼、何と言っているんですかな?」
遅れてやってきた小太りの男が令状を見せている彼に聞く。
「さぁ、何しろ私、日本語しか分からないですから」
「じゃあ、とっとと連行しますか」
「おい、聞いているのか!!?」
ちなみにやり取りは全て日本語である。

「あー、山さん、手帳見せた?」
「おお、忘れてた。ハイ、これ手帳ね」
「ばかなっ!!そんなはずは!!」

山さんと呼ばれたさえない警察官が彼らに見せたその手帳、そこにはこう書かれていた。

「東宮警備隊第35番詰所」/『都警司直轄電脳警察第一機動部隊』

と。

「くっ、ならば!」

ボスと呼ばれたその黒づくめの男は、懐から取り出した煙幕弾を床に叩き付けるとその煙に紛れ電脳警察官に体当たりをかましそのまま外へと飛び出した。

「追え!」

山さんは部下に命じると残ったクラッカー達の拘束に掛かった。電脳警察……それはこの「都」が全国に誇る対クラッカー用特殊部隊だ。

「あ、谷さん谷さん、此処の彼ら拘束するよ」
「ん、ああ。でも外交官特権とやらはどうするんだ?」
「持っていると言っても恐らくボスだけでしょう。早々何人も外交官というわけでは無いでしょうし、あ、こらこら勝手に動かないの」
スキ有りとみて匍匐前進で逃げようとしたクラッカーを踏みつけ、その逃走を妨害する山さん。その後頭部に拳銃を突きつける。

「まぁ、あのボスとやらもまもなく、でしょうな」
 
 
 
 
 

折良く新月、真っ暗な空の元、ビルから漏れ落ちる非常灯の明かりが、その裏通りを照らしていた、ゴミと空き缶がそこらに散乱する中を黒竜のボスは走り抜ける。およそ数キロ走り抜き、小さな公園のベンチにボスは座り込んだ。

「見付けましたよ」

「だれだ・・・・・・?」

息絶え絶えになりながら誰何する声に街灯の当たらない闇より返事があった。

「誰、と言われても本日クラッキングされた被害者その1ですが」

闇の中から現れた男、それは左手に日本刀をさげ、腰につるした携帯プレイヤーが耳に伸びている「管理人」だった。

「どうして、ここに」
「まぁ、世の中インターネットやGPSに寄らない追跡方法もあると言うことです。」

管理人の言葉に不穏な物を感じたのか黒竜のボスは懐から魔法の用に拳銃を出し、構えた。
が、彼に出来たのは其処までだった。

黒竜のボスが拳銃を取り出すのに要した時間は0.1秒、決して遅くはなかった。

しかしその刹那の時間で管理人は黒竜ののボスとの距離およそ10mを詰め、手にしていた妖刀「アクセスリスト」で男を貫いていた。

「ば、ばかな!その刀は!!」

そう言い残すと黒竜のボスは崩れ落ち、あっという間に電子の塵となって崩れ去った。
 
 
 

「予め聞いていたとはいえ、やっぱり気分の良い物じゃないなぁ」
『申し訳ありません、私のデバイスが万全であればマスターの手を煩わせることもなかったのですが』
「いやいや、元もこういう運用も有りという前提で購入した物だからね。」
『残る一人、どうなさるおつもりで?』
「んー、とりあえずみんなで『ご挨拶』に行こうかと」
『挨拶、ですか』
「知らない相手じゃないからね。じゃあ、一旦屋敷に戻ろうか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

小坂の電気街入り口にあるとあるメイド喫茶。10:00の開店に合わせスタッフ達はすでに1時間前から開店準備に追われていた。最年少の彼女もその内の一人だった。

「おはようございます、メイド長」
「あらあら、綾さん、おはようございます。今日もお願いしますね。」

彼女は事務所PCの電源を入れ店内メールサーバからメールのヘッダだけを先に受信した、タイトルやアドレス指定で余分なメールをフィルタリングすると毎日のようにやってくる客からのメールやアルバイト応募のメールを振り分けはじめた。その中に一通妙な物があった。

「先日お世話になりましたので後日ご挨拶に伺います」
添付されていたのは彼女のパーソナルID……それもアンダーグラウンドに潜る時専用のだ。一体何時ばれた?

考えるまでもなかった。このメイドカフェとアンダーグラウンドを結べるような存在……そんな人は一人しか居ない。

やおら立ち上がるとメイド長の所へ走り出した。これはまずい!

「あら、いいところへ、貴女にお客よ?綾」
「!」

そこには、何時通りの恰好をして「お帰り」した管理人と「ティナ」、それに「レイナ」がいた。
 
 

店内のパーティションブースとメイドの「綾」を1時間借りきった。開店早々と言うこともあり、時間待ちもなくスムーズに借りられた。「綾」に全員分の紅茶を頼みそれぞれが席に着くのを確認し、「綾」は管理人に聞いた。

「なぜ、彼女がここに?」
「否定はしないんだ」
「ええ、昨日其方の防衛システムを落としたのは確かに私です。こっそり頂いた生体認証用データでセキュリティ権限書き換えたのも私ですから。でも、消えたはずの彼女たちが何故此処に?」

「そもそも消えてなんて居ないよ」
「え?」

「あのですね〜、まだ完全に終わったわけではないんですが〜、屋敷を今引っ越している最中なんですよ〜だから元々サーバの大半は元からオフラインだったりするんです」
「ですので、昨夜皆さんが押し掛けた先は引っ越した後の空き家だったんです」
「道理で空っぽだった訳です。では、屋敷が消えた後、皆さんが活動できたのは?」
「ああ、それはこの携帯プレイヤーさ」

そういうと管理人は腰に下げた携帯プレイヤーを見せた。

「今時の携帯プレイヤーの処理能力は一昔前のPc並でね。ネコミミメイド擬人化OSに多少のアプリケーションを上乗せして走らせるくらい訳はないのさ」
「では、それを無理矢理止めれば」
「私達も止まりますが、その前に私がマスターの身体をお借りして対応するのが早いでしょうね」

「参った。で、私をどうするつもり?」
「どうもしない。」
「・・・・・・は?」

「私は君の事を一般に公表しない、君もこれ以上こちらに手出ししない。それでどうかな?」
「それだけ?」
「なんなら月一くらいで家に来てくれても良いけど。それともどこかの東宮警備隊のお世話になりたい?」
「選択の余地無し、か」
「じゃ、お互い内緒と言うことで。」

かくして、この事件は双方手を引くことで決着が付いたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

( 続く )

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あとがき代わりの駄文その99.5

「あだだだだ!!」

翌日の朝、管理人はベッドの上でうめいていた。全身を猛烈な筋肉痛が襲っていたのだ。

「ご主人様、普段からもう少し運動しましょうね」

ティナが「管理人」の身体を借用して活動した際、その肉体的負荷は全て管理人の体が負担した。平生殆ど運動しない管理人の体でそれを受けた物だから数日後猛烈な筋肉痛になったのも無理はない話であった。