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BSD物語

世にセキュリティホールの種は尽きずまじ
おかげで管理人は日々システムにセキュリティホールをふせぐパッチを張る事になるのだが……。
 
 

CH49:妖しいmailにご用心
 
 
 

「え〜っと、マスター宛が12通、ティナ宛が7通にレイナ宛が4通、あれ?ボク宛に2通有る」

 ここは屋敷の離れに作られた対ウィルス・マクロ仕様のAPOP・SMTP管理ルーム。mailの送受信の担当となっているメイルの仕事場でもある。離れに作られているのは万が一mailボム等によって吹き飛ばされても本館へ被害が及ぼさないようにするためである。

 ティナ達もそれぞれmailアカウントを持っており、自由に外部とのやりとりをしている。かってにUNIXメイド達にmailをすることを許すことにいい顔をしないシステム管理者もいるが日々のアップデート情報やセキュリティホールの速報などをメーリングリストやネットニュース等でチェックする上でもmailは欠かせないものだった。

「さてと、誰からかな……?」

 届いたmailに危険な添付ファイル等が無いことを確認した上でそれぞれのアカウントボックスに放り込み、その中から自分の分を取り分けると隣の休憩室のミニサイズソファーに寝ころんでmailを読み始めた。レイナが用意したミニサイズランチボックスからを取り出しサンドイッチと紅茶でお昼にしながらmailを読むのがメイルの習慣となっていた。

「え〜と、次回のデーモン集会は3/14の夜!? 行けっこないよ〜 出席を消して「都合により」欠席「させていただきます」っと。ホワイトデーの晩にマスターーの側にいないなんてやってられないもんね。さてと、もう一通は誰だろ? デーモン協会からmailデーモン宛?? おかしいなぁ、今までこんなmail来たこと無かったのに……でも、ティナのセキュリティはグリーンだし、大丈夫かな?」

そう結論付けるともう一通の自分宛のmailを読み始めた。

「あれ? なんだろう……これ……気が……と……おく……」

しばらく読み進めていく内にメイルは急に頭が重くなってきた。視界が回り始め「何かおかしい」と思うまもなく気を失い、ソファに倒れ込んでしまった。
 
 
 
 
 
 
 

「遅いなぁ……あのメイルが夕食に送れるなんて」
「何かあったんでしょうか〜」

夜7時、全員で食堂に集まり、いつものように夕食を食べようとして、何時も真っ先に待っているメイルが居ないことに一同気が付いた。そのまま待っていたが30分経ってもやってくる気配がない。

「最後にメイルを見たのは?」
「お昼前に私が作ったお弁当をもって日課のメール振り分けに行ったのが最後ですわ〜」
「ご主人様、私もメイルを見たのはそれが最後です」
「昼前以降、戻っていない。」

レイナ、ティナ、美宇、三者三様の返事はいずれもメイルの姿を確認していないものだった。

「何かあったのかなぁ……離れを見に行くか」
「私も参りますっ!」

ティナは名乗りを上げると虚空から愛用の妖刀パケットリストを取り出した。何時でも瞬時に抜き放てるように構え、私の前に立って周囲を警戒しながら離れへと近づいていった。

「あれ? 何か叩いている音がしないか?」
「離れの方からです!」

既に日も落ち、真っ暗な庭を灯りもなしに突っ切ると、離れの近くの木立に身を潜め、ティナは静かに様子をうかがった。

「メイルが中から扉を叩いているようですが……明らかに様子がおかしいです。マスターは此処で待っていてください!」

ティナが私(管理人)を「マスター」と呼ぶのはよほどの事が有ったときだけだ。そのアラームに従って、ティナが慎重に離れへ近づくのを木立から見守る。

「メイル? どうしたの?」
「ティナお姉ちゃん? 扉が開かないの〜」

扉の向こう側から聞こえた泣きじゃくるメイルの声に思わず飛び出しそうになった私をハンドサインでティナは制した。扉の正面ではなく壁際に立つと、そっと扉を開け放った。中から飛び出してきたメイルに鞘から抜き放つと同時に妖刀パケットリストで斬りつける! 抜き打ちだ!! 

しかし、別の意味でそれは杞憂だった。メイルはわずかな差で斬撃をかわすとティナめがけて白色・こぶし大の光を投げつけてきた。再び抜き打ちでたたき落とすが光弾は無数の葉書となって周囲に舞い散った。メールボムだ! あまりの数と量に身動きもままならない。 どういう方法を使ったのかティナ自身は葉書の山に埋もれてはおらず、少し離れたところで油断無く身構えていた。

かろうじて葉書の山から抜け出した私がメイルの側へ行くことをティナが許さなかった。その表情はクラッカー達に向ける冷徹で鋭利なものだった。その気迫に押されるように私は一歩退いた。

再びメイルがメールボムを準備する。が、そうはさせじと今度はティナが先手を取った。

「秘剣 雷影刃!!!」

振り下ろされる刀の軌跡に沿うように生み出された電撃の刃はそのままメイルへと襲いかかった。やむなくメールボムで相殺するメイル、しかし既にティナがメイルの至近距離まで接近していた。雷影刃をとばすと同時に自分も一気に詰め寄ったのだ!

「はぁっ!」

彼女の刀は返されていた。峰打ちだから怪我をしないというのは間違いである。十分な角度を持った金属の棒をたたきつけられるわけだから人間でも当たったところは骨折する。使いようによっては峰打ちでも十分殺傷能力はあるのだ。ましてや人間より遙かに小さいメイルだ。地面にたたき落とされ重傷を負っていなければいいのだが……地面へたたきつけれたメイルを見下ろしながら静かにティナは宣告を下した

「何者です? 正体を現しなさい! 場合によってはメイルごと叩き切ります」

例えメイルを人質(デーモン質?)に取ろうとも、それごと叩き切るという恐ろしい宣告に恐れを為したのか倒れたメイルから黒い煙のような物がモクモクと立ち上った。

「やはり乗っ取られていましたか……」

黒い煙は一瞬どうした物かと迷った様子だったが、動き出すやいなや猛烈な早さで私に襲いかかった!
 
 

「させません!! 奥義 爆雷斬!!!」
 
 
 

俊速の踏み込みと共に上段から振りおろされた斬撃は黒煙を切り裂くと同時に爆発を起こし、原形をとどめないほどそいつを粉砕した。爆発が収まるとその場には欠片さえ残って居なかった。もっとも、欠片が残っても妖刀パケットリストの力のために存在を許されないほどに消し去られていただろう……

「メイルっ! しっかりなさいっ!!」

最初の一撃から地面に倒れ伏していたメイルを慌てて起こそうとするが一向に気が付く気配はない。

「まさか……」
「いえ、死んではいません。少なくとも処理は依然稼働中です。」

最悪の想定を否定するとティナは屋敷からレイナを呼びだした

「レイナさん! すぐにストレッチャーを離れに持ってきてくださいっ!」

「分かりました〜」

ティナの呼びかけに答え、ストレッチャーに各種医療用具を乗せてレイナが小走りにやってきた。離れの一室をそのまま救急室にしてメイルの診断が行われた。さいわい肩胛骨にひびが入った程度で済んだとのこと。2〜3ヶ月で完治するらしい。むしろひどく頭を打った可能性があるのでしばらくは安静にするとのことだった。

「あの黒煙は一体何だったんだ?」
「新型のウィルス……いえ、クラッカーのアタックです。メールデーモンに特殊な加工をしたmailのヘッダを読ませることによりサーバの管理者権限を乗っ取る方法です。ついさっき対応について発表がありましたが……僅かに遅かったようです。何件か被害がでているようです。」
「つまり、メイルはクラッカーに乗っ取られていたってことか?」
「離れは私達UNIXメイドも正常稼働状態でないと出入りできないシステムになっています。そうなった場合、屋敷に自分で連絡を入れるのですが……それがなかったので、メイルは外部から乗っ取られたと判断しました。」
「それで開けてくれってメイルになりすまして頼んだのか……。」
「ええ、敵の最終目標はご主人様から管理者権限を取り上げることです。ですのでメイルに近づかないように指示しました。」

平穏なはずの屋敷で起こったあまりに殺伐とした今回の事件は管理人に大きな衝撃を与えた。またティナも自信を持っていたファイアーウォール(システム防護壁)を突破されたことにショックを受けていた。今回の一件は我々に常に備えることの重要性を警告したのであった。
 
 

   ( 続く )

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あとがき代わりの駄文その49

管理人:「今回の話は半分実話です」

ティナ:「UNIXで使われているsendmailにヘッダを加工したメールを送るとSUが乗っ取られると言う
     セキュリティホールの話です」

管理人:「ところでIIS(Internet Infomation Server)についてセキュリティホールは言わなくて良いの?」

ティナ:「当屋敷はUNIX系ですからあんな腐れ外道のM$がだしているIISなんて最初から対象外です!」

管理人:「とりあえず、メイルが元気になったらpmailに置き換えるか……」

レイナ:「ところで今回の話、一般の人が読んでどの程度分かるのでしょうか〜」

管理人:「聞かないで〜書きたかったんだよぉ(涙)」

レイナ:「なお、局部セキュリティホールの同時アタックと言うネタは管理人の羞恥心が高すぎて
     書けなかったそうです〜 本家の皆様、ご了承願います〜」