*季節を纏う、白*
(キリリク3553)
【2】
「精一杯磨かせて頂きます」
「そのような歳で状元及第してしまっては、何をするにも騒がれて大変じゃろう。公子様方の影響でここ数年は国試も中止されていたし、近頃は他に楽しい話題もないしのぅ」
少年の状元及第は、官吏たちにとってそれはそれは恰好の話題だったのだ。
「鄭官吏が状元及第の折もずいぶんと騒がれたものじゃがなぁ。あの年は紅官吏や黄官吏のこともあって、悪夢のような国試だったと聞く。ああ、そうじゃ、紅官吏と言えば確か状元殿の後見人であったな。――状元殿は、何といったかな、おお、そうじゃ、李絳攸殿じゃったな」
わざとらしく言う官吏に、李絳攸という名の少年は大人しく頷いた。
「はい」
「李進士は紅官吏の拾い子だという噂じゃが、本当かの?」
「はい」
「紅官吏に養われておるのだろう? なぜに紅姓を賜らなんだ。紅官吏にはまだお子がおらぬのに?」
「その理由は、わたくしのような者には解かりかねます」
「ほぉう? だが、紅官吏に聞いてみればよろしかろう? 懇ろなのだろう、紅官吏と」
「…………」
これにはさすがに是とも否とも答えられず、絳攸は押し黙った。
決して養い親と仲が悪い訳ではない。だが「懇ろ」という言葉の意味を深読みされる訳にはいかないのだ。自分と養い親との関係をあらぬ方向に解釈した噂が宮中を駆け巡っているのを、絳攸も知っている。自分が官吏になったことでこれ以上養い親に迷惑を掛ける訳にはいかない、と絳攸は思っていた。
答えぬ絳攸に、官吏はホホホと高らかに笑う。
「答えられぬということは、さては倦怠期かえ? 昨晩仲違いでもしたか? んん? 紅官吏もまだまだお若くお盛んじゃろうからのぅ。そなたのその柳腰では受け止めきれぬじゃろうて」
その言い様に、ははははは、と後ろに並んだ官吏たちからも嘲笑が上がった。
官吏たちからの癪に障る笑い声と、好奇に満ちた視線とを浴びながら、絳攸はただ無言で沓を磨き続けた。
そんな絳攸を尻目に、官吏たちは下世話な噂話を次々と口端に乗せていく。
「国試の勉学とともに閨事も習ったのであろ?」
「筆をやる代わりに筆下ろしをさせろ、とな?」
「いやいや逆でしょう、寝台にて勉学も習ったのでは」
と、そのとき。
ははははは……は……、と口さがない官吏たちの笑い声がピタリと止んだ。室中が水を打ったかのように静まり返る。
それをいぶかしんで、絳攸は顔を上げずに視線だけで室の様子を窺った。官吏たちはどうやら室の入口に釘付けになっているようだ。
時が止まったような室の中で、きゅ、きゅ、と絳攸が沓を磨く音だけが静かに響いていた。
沈黙を破ったのは若い男の声だった。
「皆様方、ずいぶんと楽しそうですね。それほどまでによい沓磨きなら、私も磨いてもらいましょうか」
耳に心地よく落ちてきた声に、絳攸は俯いたままで目を瞠った。沓を磨く手が止まる。
この声は。
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