*夕日色の雫*
(キリリク4000)


【2】

絳攸が室の扉を閉めると、椅子に座るよう命じられた。その前に置かれた卓子には、最高級紅州産蜜柑が綺麗な三角錐型に積まれている。
大量の蜜柑を前に、絳攸は横に立つ養い親をちらりと上目で窺った。
相変わらず笑みを浮かべてはいるが、この笑顔の下にはよからぬ企みがあるに違いない、ということを絳攸は経験上知っていた。
きっとこれから、秀麗と二人きりで蜜柑を食べていたことを責められるのだろう。今日はいったいどんな無理難題を吹っ掛けられるのだろう。ああ、ようやく新年行事も一段落して、せっかく吏部の書翰も片付いたというのに!
そう思って、絳攸は不安そうに養い親を見上げる。
そんな養い子の様子など気にも留めず、黎深は一番上に置かれていた蜜柑をいとも優雅な仕草で手にした。
そのままその手を口元へと運んだ黎深は瞳を閉じて、ちゅ、と蜜柑へ口付ける。蜜柑に口付けたままゆっくりと瞳を開き、流し目で微笑んだ養い親から、絳攸は慌てて視線を逸らした。
養い親の妖艶ともいえる仕草から絳攸に湧き上がってきたのは、けっして淫らな欲望などではなく、これ以上ないくらいの悪寒だった。ゾゾゾ、と駆け抜けた冷気に、絳攸は思わず背筋を伸ばす。
「ふ。何を緊張している、絳攸?」
「い、いいえっ、な、何も!!」
「お前が私に嘘をつけるとでも思っているのか?」
「…………」
「そういえば絳攸。お前、先ほど府庫で秀麗と逢っていたそうだな。二人きりで」
最後の、二人きりで、を強調した黎深に、絳攸はビクリと身体を震わせた。
それに黎深は意地悪く微笑む。
「しかも手を握っていたそうだな?」
「ああああれは! 手を握ったわけではなく、蜜柑の汁を拭いてやったのです!!」
「…………ほぉう? では、秀麗と二人きりで逢っていたことも、手を触ったことも認めるのだな?」
「……くっ」
語るに落ちた絳攸は、見下ろしてくる養い親の視線を受けて、観念したかのようにゆっくりと頷いた。
「確かに会いましたし、汁も拭きましたが……。でも決して他意はなく! 偶然で!」
「他意などあってたまるか!!!!!」
途端クワッと瞳を見開いた黎深は、持っていた蜜柑をグチャッと握りつぶした。
握りつぶされた蜜柑から滴った汁が黎深の手と袖を濡らす。
橙色に濡れた自らの手をしばし見つめて、黎深はその手を絳攸の眼前へと差し出した。

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