*何ものよりも何よりも*
(キリリク10000)


【3】

黎深もさすがは腐っても当主だ。
――などと鳳珠が考えている間にも、黎深は「影」と会話を進めていた。
「まだ紅区からは出ていないだろう。周囲をくまなく探せ。私も行こう」
そう言うと黎深はひらりと壁から飛び降りた。驚いたのは鳳珠だ。
「黎深!?」
「用ができた。私は帰る」
「は……!? おい貴様! 邵可殿とその姫御はもういいのか!?」
あまりに急な成り行きに、鳳珠は声を荒げた。
鳳珠をここまで半ば強引に付き合せたのは、もちろん黎深だった。途中でいきなり帰ると言われても困る(※なにせ彼は今壁に張り付いて赤の他人の邸を覗き込んでいるのだ)。
だが、彼を見上げた黎深は、眉間にしわを寄せた厳しい表情をしていて、つい先ほどまでデレデレと蕩けそうな顔で親子を見つめていた男と同一人物とは思えなかった。
「………………兄上と秀麗はいつでも見れる」
そう言って庭院を歩き出した友人に、鳳珠は慌てて自分も壁から飛び降りた。
兄至上主義の黎深がこんなにあっさりとそれを放棄して帰るなど珍しい。鳳珠は今までにも数回「兄上お宅訪問」に付き合わされていたが、いつも自分たちがどんなに「帰ろう」と言っても、黎深は兄・邵可に見つかって「帰りなさい」と言われるまで頑として帰ろうとはしなかったのだ。その黎深がこんなに素直に帰るなど、相当なことがあったに違いない。
「待て! 何かあったのか!? お前が邵可殿を選ばないなど……」
「家庭の事情だ」
そうとだけ言って黎深は早足で門へと向かう。
その後を追いかけながら鳳珠はそっと溜息をついた。――それなら自分に言えることも、手伝えることもない。
「…………そうか」
鳳珠は黎深の背を追いながら少し瞳を伏せた。
それを振り向きもせず、黎深は告げる。
「鳳珠、君は今日一日暇だな? いや、そうに違いない。そうでなければわざわざ私に付き合ってこのようなところに来るはずがない」
「……は? 急に何が言いたいのだ、黎深」
ちょうど門を出たところで黎深はようやく振り返った。言っている意味が分からない、と首を傾げた鳳珠に向けて彼は倣岸に告げる。それは絶対的な支配者の命令だった。
「手伝え。迷子探しだ」
「……………………は?」
我ながらマヌケな声を出してしまった、と鳳珠が思ったときには遅かった。
目の前の男は、鳳珠に向けてにんまりと笑う。
「私が子供を拾ったということは聞いているだろう?」
「あ、ああ」
確かに少し前から「紅黎深がどこぞの子供を拾って育てているらしい」という噂が朝廷中を騒がせているのを、鳳珠も知っている。だがなぜ突然そんな話が出てくるのか。
「ソレがいなくなった。まだそう遠くへはいっていないはずだ。これからソレを探す。私はこちらから行くから、君は逆方向から周囲を見まわりたまえ」
それだけ言うと黎深はスタスタと歩き出してしまった。
あまりに一方的な物言いに鳳珠は一瞬ほうけたが、元々優秀な彼はすぐに我に返って友人を呼び止める。
「黎深! 待て!! 貴様、私に会ったこともない子供をどうやって探し出せというのだ!!!」
その言葉に黎深はゆっくりと振り返る。
「見れば分かるだろう。何せ私の拾った子供だ」
そうして再び歩き出そうとする黎深の襟首を、たまらず鳳珠はむんずと掴んだ。
「おい待て貴様!! そんなんで分かるかボケ!!」
「……年の頃は十に満たない程度。銀髪。チビ。一応、男。分かったならさっさと探せ」
それだけ言った黎深は鳳珠の手を振り払うと、今度は本当にどこかへ消えてしまった。残された鳳珠は仕方なく、黎深とは逆方向に街を歩き出した。

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