*何ものよりも何よりも*
(キリリク10000)
【2】
黎深を横目で睨み、鳳珠はまた溜息をついた。
(なぜそんなに兄一家が好きなのだ。もちろん邵可殿の博識と人柄は私も尊敬しているが、どうしてそこまで……)
なんとなくおもしろくない、と思いつつ鳳珠は今日何度目かも分からない溜息をつくと、友人をからかう言葉を口にした。
「おい黎深、私の上になら乗せてやってもいいぞ。その口にも色々食べさせてやろう」
「何を言う鳳珠。君に兄上や秀麗の代わりなどできるはずがない! ――ああ、だが、君がどうしてもというのならしてやってもいいな」
「…………ほう? 一体どうした心境の変化だ、黎深。邵可殿以外には興味がないのではなかったのか?」
意外な友人の答えに、鳳珠は楽しそうに笑って問う。
それに黎深は自信満々に答えた。
「いつか兄上や秀麗とお茶をするときの練習だ!」
「…………」
先ほどの発言はそういった意味ではないのだが、と思いつつ、イマサラ意図を正確に説明するのも面倒なので、鳳珠はそのまま黙った。
沈黙したまま、二人は一家団欒を眺め続ける(※くどいようだが、彼らはずっと壁に張り付いている)。
「それにしても秀麗……、本当にかわいい……」
「――お前もある意味かわいいぞ、黎深」
その盲目的に馬鹿なところとか、と鳳珠は心の中で続けた。
だが黎深はそんな友人の言葉など聞こえていない風で、相変わらず熱に浮かされた顔でほぅっと兄一家を眺めていた。一方鳳珠は邸の中ではなく隣の黎深を見つめる。
どのくらいそんな時間が続いたのだろうか。
それまでデレデレとしていた黎深の表情が、突如、一瞬にして引き締まった。
「…………何だ」
唐突に低くそう呟いた黎深に、鳳珠は驚いて首を傾げる。
「どうした黎深?」
だがそんな友人に答えることはせず、黎深は険しい表情のまま「見えない何か」に話しかけた。
「何? 邸の中はすべて探したのか。――いつからだ? ――それならばまださほど遠くへは行っていまい」
ひとりごとのようにブツブツと呟く黎深の姿に、鳳珠はようやくああと合点がいった。
紅家には「影」と呼ばれる集団がいると聞いたことがある。「影」とは当主ひいてはその一族を守る紅家専属の隠密護衛軍団である。今、紅家当主である黎深が話しているのはひょっとしてそれか、と気づいて、鳳珠はさりげなくあたりの気配を探った。
背後の木の陰にほんの僅かに何かを感じて、鳳珠は唸る。気功の達人である鳳珠が「いるはず」と思って探らないと分からないほどとは、さすがは紅家というべきか。いやそれよりもそれに即座に反応する黎深も、さすがは腐っても当主だ。
――などと鳳珠が考えている間にも、黎深は「影」と会話を進めていた。
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