*あとおし*
(キリリク11111)
【3】
「へっ、へへへ、ヘンタイです!! じゃなかった、タイヘンです!!! 鄭尚書令〜っ!!」
尚書令室で仕事をしていた悠舜は、少年の悲痛な叫びに顔を上げた。
「何事でしょう……」
「あっ、失礼致します! 私、吏部の碧珀明と申しますっ!! り、吏部が……、吏部が……っ!!!」
「どうしたのです、碧官吏」
「しょ、尚書が……っ! キセキが……!」
彼は吏部からずっと走ってきたのだろう。はぁはぁと肩で息をする少年に、悠舜はやさしく訊ねた。
「まずは落ち着いてください。深く息を吸って…、はいて……。そう、上手です。少しは落ち着きましたか? 落ち着いたなら、何があったかをゆっくり話してください。思いついたところからで構いませんから」
「は、はい……!」
少年が語ったのはこうだ。
とある官吏がいつものように侍郎室に書翰を持っていくと、そこには侍郎だけでなく尚書まで揃っていた。そこまではさして珍しいことでもない。が、その官吏が侍郎に書翰を手渡した際、悲劇は起こった。
パシンッという扇の閉じられる音に官吏が振り向くと、そこには絶対零度の微笑を浮かべた尚書が立っていた。
「お前はクビだ。それから、これから吏部の仕事はすべて私の元へ持ってくるように。侍郎の分も私が受け取る」
それには言われた官吏も、側で聞いていた侍郎も自らの耳を疑った。
「はい……?」
「え……? れ…、……紅尚書? それは、尚書が仕事をしてくださるということですか……?」
「お前がくだらない者たちと接触する機会など、ことごとく潰してやる。何、そのためには仕事をするにもやぶさかではない」
そうして侍郎に向けてにっこりと笑った尚書は、驚きに固まっていた官吏に向き直ると、再び表情の温度を下げて告げた。
「――貴様、何を見ている。早く出て行け」
「はっ、はいぃぃぃっ!!!!!」
転げるように逃げ出した官吏は、一部始終を吏部官全員に伝えた。
なんだかよくわからないが、尚書がやる気を出したらしい。
そう判断した吏部の精鋭官吏たちは、吏部中の仕事を集めて尚書へ届け始めた。侍郎を傍らに置いた尚書は、それを人間業とは思えない勢いで処理していった。このままでは一両日中に朝廷中の仕事が片付くのではないかと思える速度で書翰を処理していく吏部尚書は、ものすごい速さで筆を走らせながら、笑顔すら浮かべているという。
今までにも年に数度、「やる気の尚書」は見受けられたが、ここまで勢いづいていることはなく、さすがの吏部官たちも「ヤバい」と判断したらしい。
「あ、あんな紅尚書は初めてで……! もう吏部中の仕事がなくなります! いったいどうすれば……!!!」
仕事がすべて終わってしまったら乱心でもするのではないかと、珀明は心配そうに悠舜へと縋り付いた。
(おやおや、これは……。思わぬ副産物がついてきましたねぇ……)
凛の発明品実験のついでに、いつもすれ違ってばかりの不器用な義理親子の仲が少しでも進展すれば、と思っていた悠舜だったが、まさかそれで吏部の仕事が片付くことになろうとは、思ってもみなかった。
不安な顔で自分を見上げる少年官吏に、悠舜はやさしく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、碧官吏。申し訳ありませんが私を吏部へと案内して頂けますか?」
「はっ、はいっっ!!」
もちろん珀明は勢い良く頷いた。
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