*あとおし*
(キリリク11111)
【4】
『おいで絳攸』
『は……。――あの、黎深様……、大丈夫ですから、離してください』
『何が大丈夫だ。まだ付いているだろう。』
『じ、自分で拭えますから』
『私に拭わせるのが嫌なのか?』
『そうではありませんが……』
『ならいいだろう。――ああ、ここも汚れているな。本当に仕方のない』
『あっ。な、舐めないでください……!!』
珀明について吏部侍郎室前へとたどり着いた悠舜は、扉の隙間から漏れ聞こえる声に思わず苦笑した。
他人が聞いたら誤解しかねない遣り取りだ。というか、友人のあんなに蕩けそうな甘い声は初めて聞いた。……まぁ、あの二人に限って滅多なことはないだろうが……。
「碧官吏、その、案内ご苦労様でした。あとは私がなんとかしておきますから、持ち場に戻って構いませんよ」
「えっ……。あの、でも……! こ、絳攸様は……!!!」
「大丈夫ですから。――ここまでありがとう」
そうして有無を言わせず彼を遠ざけてから、悠舜はその扉を叩いた。
「失礼しますよ、絳攸殿、黎深」
室に入った悠舜が見たものは、侍郎を膝に載せてその手についた墨を拭う尚書、という他人が見たら「ありえない」と泡を吹いて倒れる光景だった。
やはり、と悠舜は苦笑いを洩らす。
そんな悠舜に友人は冷たい視線と言葉を投げた。
「何の用だ、悠舜」
だが彼の養い子の反応は違った。絳攸は、悠舜の姿を見るなり真っ赤になって慌てふためく。
「れ、黎深様! 離してください!!」
そう言って絳攸はもがいたが、腰には黎深の腕がしっかりと回されていてそう簡単には取れなかった。
「うるさい、わめくな。どうせ悠舜は話が済んだらすぐに出て行くのだ。このままでいればいい。――悠舜、吏部の仕事ならすべて片付いている。説教も邪魔もされる謂れはないのだが」
そう冷たい瞳で言い放った黎深に、悠舜は苦笑するしかなかった。
少し背中を押してやるつもりが、押しすぎてコロコロと転がしてしまったような気分だ。
「あー、その、黎深、絳攸殿。さきほど凛から連絡がありましてね。その腕輪、改良したい点ができたということでして。差し上げたばかりで申し訳ないのですが、少々返して頂けますか?」
「腕輪? ああ、これか。構わぬ、持っていけ」
黎深は頓着なく金の腕輪を外すと悠舜に渡した。それを見ていた絳攸は、自分も腕輪を外しながら首を傾げた。
「あれ、それは……。黎深様も悠舜様から腕輪を頂いていたのですか?」
「ああ。お前と揃いだというのでな」
「そうですか……。――あの、悠舜様?」
「はい何でしょう、絳攸殿」
「その、これは、改良されたらまた返して頂けるのでしょうか? あ、もちろん購いますが」
悠舜へと腕輪を渡しながら絳攸は問うた。
「ええ。改良しましたら、また差し上げますよ、絳攸殿」
そう答えながら悠舜は、おや、と思った。
「なんだお前、腕輪なぞ欲しかったのか? 飾り立てるのは好かぬと言っていた気がするが」
「ええと……」
「どうせならこんなチンケなものではなく、もっとお前に似合うものを私が見立ててやろう」
「え……っ」
「だがその前にこの指の汚れを落とさねばな。お前は一体いつになったら爪の間に墨を染みさせずに字が書けるようになるのだ」
「……申し訳ありません」
腕輪を外してなお、そこに悠舜などいないかのようなそぶりで養い子を膝に載せ、その手に口付けを落とす友人に、悠舜は苦笑しつつ室を後にした。
(多少は効いた気もしますが……。しょせんはウチと同じ、最初から『相思相愛』ということでしょうかね……? それともこの腕輪は、外しても効果が持続するものなのでしょうか?)
実験の人選を間違えましたかねぇ、と呟きながら、悠舜は尚書令室へと戻った。
「凛。これ、お返ししますね」
「ああ旦那様、おかえりなさいませ。どうでしたか、これの実験は?」
「ええ。それなりに効き目はありましたよ。ですが、決して商品化はしないほうがよさそうですね。いらぬ混乱をきたします。――でも、時折はお借りしたいという感じでしょうか」
「?」
「仕事が忙しい時にはいいかもしれません」
「???」
「ああそれと、この『相思相愛』効果をなくした同じ意匠の腕輪を作ってもらえますか?」
「え、ええ、それは構いませんが……」
「実験に協力して頂いた、とあるお二人に差し上げるのですよ。もちろん金・銀揃いでね」
END.
【←3】
11111Hitの松本様からのリク「ギャグでほのぼのな吏部親子」ということだったのですが、ほのぼのしてるのは親子2人だけで、吏部は大騒ぎになっていそうなお話になってしまいました……。ごめんなさい……(汗)。

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