*あとおし*
(キリリク11111)
【2】
トントン、と扉が叩かれて、絳攸は室の外に声を返した。
「どうぞ」
「失礼致します、絳攸殿」
「悠舜様! どうなさったんですか!? 御用ならこちらから出向きましたものを!」
姿を現した人物に、絳攸は驚いて席を立つと手近にあった椅子を勧めた。
少々足の不自由な悠舜は、ありがたくそれに座らせてもらうと、絳攸にも隣に座るよう促す。
「いえ、お気になさらず。黎深にも用があったものですから」
「それなら尚のこと、上司と共に参りましたよ」
「ふふふ。――黎深も同じことを言いましたよ。さすがは親子ですね」
「…………。それで、今日は一体どんなご用件なのでしょう」
照れたような表情を見せた絳攸に、悠舜は微笑んだ。
「いえね、仕事の話ではないのです。絳攸殿に贈り物をと思いまして」
「私にですか?」
思いがけない申し出に絳攸は目を丸くした。
「ええ。絳攸殿は宝飾品はお嫌いですか? 見たところ、決まりの佩玉のほかには耳飾しかしていないようにお見受けしますが」
「は、はぁ……。確かに、着飾るのはあまり性に合いませんが……」
「そうですか。でも、せっかくお若くお美しいのですから、もう少しお洒落をしてみてはどうかと思うのです」
「は……?」
「それで、よろしければこちらを贈らせて頂こうかと。妻の凛が新しく作った腕輪なのです。まだ試作品なのでご感想など頂けるとありがたいのですが。……もちろん、黎深にも許可を取ってありますよ」
にこにこと笑う悠舜に、絳攸は頷いた。
要は使用感を報告してほしいということなのだろう。悠舜夫妻の役に立てるのなら、腕輪を付けるくらいどうってことない、と絳攸は思った。
「そういうことなら、ありがたく頂きます」
「そうですか! よかった。ではこちらを……」
カチャ、と絳攸の手首に銀の腕輪が付けられる。金属であるのに冷たい感じはせず、逆にほのかに温かいのが不思議だった。
その腕輪をじっくりと見つめ、絳攸は悠舜に笑いかけた。
「綺麗な意匠ですね。ごてごてし過ぎず、これなら普段から付けられそうです。それほど重くもないし」
「そうですか。絳攸殿のような方にそう言って頂けると、凛も喜ぶでしょう」
「若者向けなのですか?」
「……ええ、まぁ……」
ほほほ、と悠舜が少しあいまいに笑ったそのとき、バタンと侍郎室の扉が開いた。叩くこともせず突然侍郎室に入ってくる者など、決まっている。
「あ、黎深様」
「黎深。どうしてあなたはそう無神経に室に入ってくるのです。扉くらい叩きなさい。ここに居たのが私だからいいようなものの、来客中だったらどうするのです」
そこに立っていたのは他でもない、吏部尚書である紅黎深だった。
急に扉を開けたことをたしなめた悠舜を、黎深は苛烈な瞳で睨みつける。
「知ったことか。それより悠舜、一体何を話していたのか知らないが、ずいぶんと絳攸と親密そうだな、え?」
ウチの養い子から離れろと言わんばかりの黎深に、悠舜は苦笑した。
さっそく腕輪の効果が現れたのだろうか。
もちろん、黎深の腕には絳攸とお揃いの、金の腕輪が嵌っている。
悠舜が一人くすくすと笑っていると、いつの間にか側にきた黎深は、強引に絳攸の腕を引いて椅子から立たせる。
「絳攸、お前にはゆっくりと悠舜と遊んでいる暇はないはずだろう。ほれ、仕事だ」
そう言って黎深は持っていた書翰を絳攸へと差し出した。かわりに、今まで絳攸が座っていた椅子にドッカと座りこむ。
「悠舜。尚書令とはそんなに暇な役職なのか?」
言外に「帰れ」と言っている友人に、悠舜はあいまいに微笑んだ。
しばらくここに残って黎深と絳攸の「実験結果」を見届けたい、などと言ったら、……馬に蹴られて死んでしまいそうだ。
(これはまぁ、ある意味成功ということでしょうかね。――いつもとあまり変わらない光景にも思えますが)
腕輪はまた後で回収しに来ましょう、首尾はその際にでも確認して……、と心の中で呟いた悠舜は、おとなしく尚書令室へと帰っていった。
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