*遠い地の紅*
(10万HIT企画その1)
【3】
それから半刻後。
絳攸は言われた通り室で待っていなかったことを後悔した。
家人に案内してもらって厠に行った帰り、鈍い紅色の衣を着た人たちからお茶に誘われてしまったのだ。
「そちらにいらっしゃるお小さい方は、李絳攸殿とお見受けする。こちらで共にお茶などいかがか」
「……はい。お初にお目に掛かります、李絳攸と申します。お誘いありがとうございます。ですが、私はもう室に戻りませんと……」
「いやなに、披露宴までにはまだまだ時間もござろうて。むろん私たちも出席するのじゃ。そなたに遅刻させるような真似はするまい」
「おいしいお饅頭を差し上げようぞ。果物もたんとござりますれば、お好きなものをお好きなだけ」
「……お気持ちだけありがたくいただきます」
「そんなつれないことを言わずに、このようなことは滅多にない機会ですぞ。どうぞこちらへ」
「どうぞどうぞ」
「誰ぞ絳攸殿にあう椅子を持て!」
目上の、しかも紅家の分家の方とおぼしき人たちからそう誘われてしまって、絳攸はそれに頷かざるを得なかったのだ。
「ささ、どうぞ、お上がりなされ。紅州特産・蜜柑茶ですぞ」
ほんのりと蜜柑の香りのする茶を勧められ、絳攸は知らない大人と一緒の卓につくことになってしまった。
「あの気難しい黎深殿と一つ屋根に暮らすのは大変でございましょう」
「その上、ご当主に拾われながら、紅の姓を賜ってはいらっしゃらない。これはどういうことか」
「紅の姓はおいそれと血の繋がらない他人に与えるものではないということでしょうなぁ」
「黎深殿もまだまだお若いのですから、そのうちご夫婦の間に本当の子がお生まれになるでしょうし」
「紛争の火種は少ない方がよいですからな」
「いや、姓がどうであれ、本当の血の繋がりなくば火種にすらなるまいよ」
「絳攸殿はご幼少ながら大変に利発な方とお見受けいたします。どうです。お辛くなれば、我が家の家人にでもなられませんか」
「それは大叔父、おずるいですぞ。私なら養い子として遇しましょう」
などなど、人を無視してぺらぺらと続けられるお喋りに、絳攸は辟易していた。
だが、鈍い紅色の衣は、養い親である黎深と血の繋がっている証拠だ。下手に席を立つことも、下手な反論もできない。
「そういえば、絳攸殿はその衣で披露宴にお出になられますのか?」
「大変にお似合いではあるが、ご当主様の養い子ともあろう者が、このような衣では……。よろしければ私どもが式用の衣をご用意いたしますが」
言われて絳攸は気がついた。近所にお出掛けのつもりで紅州行きの軒に乗ってしまったので、普段着のままだった。必要な着替えなどは家人が行李に詰めてくれていたが、その中に”よそゆき”は入っていなかった気がする。
「私の子供の衣を借りてきましょうぞ」
「いやいや、私の小さな頃のものがあったはずです。取りに行かせましょう」
「ですがどちらにしても衣の色が問題では」
またしてもワイワイと盛り上がり始めた大人たちに、絳攸は所在なく茶を飲み、饅頭に手を伸ばした。
と、そのとき。
「うっ……」
「いかがされました、絳攸殿?」
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