*遠い地の紅*
(10万HIT企画その1)
【4】
「うっ……」
「いかがされました、絳攸殿?」
「お、おまんじゅうが……っ」
涙目になってかじった饅頭を指差した絳攸に、周囲の大人はどっと湧いた。
「ははっ、絳攸殿は麻婆饅頭は初めてか?」
「お茶、いや甘い桃饅頭を召し上がられよ」
「ここ紅州は温暖な気候でしてな。からい食べ物が多いのですよ。それは紅州名物・麻婆茄子入りの饅頭ですぞ」
絳攸が慌ててお茶を飲み、はははと笑っている大人たちを涙目になりながら見つめていると、突如、大人たちの笑いが凍り付いた。
どうしたのだろう、と思っているうちにひょいと横から手が伸びてくる。
食べかけの饅頭を事も無げに平らげたのは、他でもない、絳攸の養い親だった。
絳攸を厠に案内してくれた家人が黎深に知らせてくれたのだ。
「これは皆様、ようこそお越しくださいました。その上私の養い子のお相手までしてくださって、どうもありがとうございます」
ちっとも”ようこそ”とは思ってなさそうな口調でそう言った黎深は、腕に鮮やかな紅の衣を抱えていた。
「コレの衣の心配までしてくださって、恐れ入ります。ですがコレには私が小さい頃着ていた衣を着せますので、ご心配なく。では皆様、またのちほど。――行くぞ絳攸」
「あっ、はい! 皆様、どうもごちそうさまでした! これにて失礼いたします」
そうして礼をした絳攸は、すたすたと歩いていく黎深の背中を追いかけた。
「どうして室を出た。私も百合も、室にいろと言ったはずだが」
「す……すみません……」
式典用の豪奢な衣を侍女に着付けてもらいながら、絳攸は不機嫌きわまりない顔で横に座っている養い親に謝った。
黎深の所用とは自分の子供服を探しに行くことだったのだ。
細かな文様の施された絹布に、これまた丁寧な刺繍の入った紅の衣を着付けられながら、絳攸はおずおずと切り出した。
「黎深様。あの、こんな色の衣をぼくが着てもいいんでしょうか……」
さきほどの分家の人たちだってそんなことを話していた。
問いかけてきた子供を、黎深はばかにしたような目で見る。
「お前は私が誂えてやった”よそゆき”を持ってこなかっただろう? これしかないんだ。着るしかないだろう」
「そ、う……、ですよね……」
これしかないから、と呟いた絳攸はそっと瞳を伏せた。
それは絳攸が期待した答えとはちょっと違っていたけれども、”着てもいい”ということに変わりはない。そう考え直して、絳攸は顔を上げる。
と、コンコン、と扉が叩かれた。
「失礼いたします、黎深様。黎深様もそろそろお着替えを始めていただきませんと、お式の時間に間に合いません」
「……分かった。絳攸、私か百合が来るまで、今度こそここを動くんじゃないぞ」
そうして室を出て行った黎深を見送って、絳攸はそっと溜息をついた。
借り物の衣。
どんなに綺麗でも、自分のものではない。
どんなに近くにいても、心が全部伝わるわけじゃない。
どんなに愛していても、血は繋がらない。
絳攸はほんのちょっと、さっきの大人たちがうらやましかった。紅の衣を着た紅家の人たち。……たとえそれが鈍い色味だったとしても。
そんな考えに沈んでいた絳攸は、バンッと開いた扉に顔を上げた。
「おまたせ絳攸〜」
「百合さん!?」
「あら? ウチの馬鹿旦那は?」
「れ、黎深様ならお着替え中です。……というより百合さん、とっっっっっっても、綺麗ですっ!!!!!」
普段から綺麗な百合だが、花嫁衣装に身を包んだ百合はとびきり絶世の美女だった。
「あらありがとうv ふふ、絳攸もとってもかわいいわよ。それ、黎深の子供の頃の衣ね」
「はい。貸していただきました」
「あら、いいのよ。これからは絳攸が持ってなさい。もう黎深はそれ着れないんだから」
「…………はい。でも、お式が終わったらお返しします」
これ以上多くのものを望むのは分不相応だと思いながら、それでも望んでしまう気持ちを、絳攸はその借り物の紅の上からそっと押さえ込んで、そう微笑んだ。
END.
【←3】
えー、10万HIT企画第1弾、ぴのこさまからのリクで「絳攸が紅州の紅本家に初めて行った時の話」でした。こんな感じでリクエストにお応えできたかは疑問ですが(苦笑)、お納めください〜。

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