*春のかぜ 弥生のそら*
(10万HIT企画その8)


【2】

高名な僧――俊臣と名乗った――にとある祈祷を頼んだ黎深は、さっそく周囲の散策に出掛けることにした。
折良く季節は春。
満開の桜がきよらかな風に踊るさまは、まことに美しい。
そばについていると何かと口うるさい飛翔を上手いこと撒いて、黎深はひとり、桜の舞い散る中をゆっくりと歩いていた。
たまにはこんなのどかな風情もいい。
黎深が上機嫌で歩いていると、耳がぐすぐすという音を拾った。
音のする方に歩いていくと、なんと美しい布が丸まっている。……もとい、美しい衣をまとった幼子がうずくまっていた。
(なんだ、コレは)
「おい」
ソレに少々興味を引かれた黎深は、膝を抱えてぐすぐすと泣いているらしい幼子を、扇の先で突っついてみた。
黎深は決して「泣いている子を放っておくわけにはいかない」などという至極まっとうな理由からそうしたのではなかった。頭脳明晰・容姿抜群・帝の皇子と、天から二物も三物も余分に与えられていた黎深であったが、残念なことにその性格はあまりよろしくなかったのだ。
「おい、何を泣いてる」
「……わぁっ」
声を掛けられた幼子は、ひどく驚いた顔をして振り向いた。その顔は涙でぐちゃぐちゃだったが、よく見ると綺麗な顔立ちをしている。
怯えたような表情で見上げてくる子を、黎深は無表情でしばし観察して、ああ、と結論を出した。
なかなか良い衣を着ているくせに、人気のない桜林の中、供の一人も連れていない。……となると。
「お前、迷子だな。侍女とはぐれて、おおかたそこいらを下手に歩き回って、転んで、どうにもならずにうずくまって泣いていた。そうだろう」
黎深がそう言うと、幼子は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
図星だったらしい。
だが黎深は、そんなかわいそうな幼子を助けてやろう、などという普通の感性は持ち合わせていなかった。
「まあせいぜい頑張って邸へ帰るんだな。運が良ければ従者が探しに来るだろう」
じゃあな、と黎深は散策の続きへと戻ろうとした。

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