*冥護攻防*
(10万HIT企画その5)


【3】

無言で見つめ合うことしばし。室には絶対零度の緊迫感が漂っていた。
凍てついた空気の中で、黎深が先に口を開いた。
「――…………本当にそれだけか?」
「ええ。予定としては」
「……………………」
「"普通"の逢い引きなら、まぁ食事くらいはするかもしれませんけど」
そう言った途端、黎深はくわっと瞳を見開いた。絶対零度の室温が一転、烈火の如く激情の炎が燃え上がる。
「やっぱりダメだ!」
「……紅尚書。私は、絳攸が吏部に来てから毎日のように一緒にいますし、昼餉も共に取ってるんですが。イマサラでしょう?」
楊修は、あなたがそう仕向けたんですよと言外ににおわせたが、そんなことを気にする紅黎深ではなかった。
「だからだ! 公休日まで一緒など許さん! 言っておくがな、お前の下心などミエミエだぞ。隙あらば汚れを拭くふりをして手を撫でたり、口元についた米粒を取って食べたり! 鈍い絳攸は気付いていないようだが、立派な嫌がらせだ! 害虫はほかの害虫を寄せ付けぬとも言うが、お前は害がありすぎだ!!!」
「は? 害虫!? ひどい言われようですね。それに尚書、本人が"嫌だ"と思わなければ、嫌がらせにはなりませんよ。私もこの際だから言っときますがね、あなたの親ばかっぷりもかなりミエミエですよ、当人以外には。戸部の黄尚書の衣と仮面を借りてこっそり絳攸の手伝いをしたり、絳攸に言い寄ろうとしていた官吏を地方に左遷したり、あなたこそやりたい放題してるじゃないですか!」
「必要最低限の措置だ!」
端から見ればかなり職権乱用まがいのことも、この上司は当たり前のことをしたと思っているらしい。しかもそれで必要最低限ときた。
楊修はなんだか頭が痛くなってきた。彼の聡明な頭脳は、これ以上コレについて考えることを拒否したのだ。
「……紅尚書。あなたが何と言おうと、私はもう絳攸と約束してしまいましたから。いくら反対されようと出掛けますよ」
「ああ! 貴様は勝手にどこへなりと行くがいい。だが絳攸は絶対に邸から出さんからな!」
「………………」
「…………………………」
バチバチバチッ、と火花が散る中、今度は楊修が先に口を開いた。
「…………。尚書。とりあえず、とっととここから出たいんで、さっさとその書翰に印押してもらえませんか」
あなただって私の顔なんかずっと見てたくないでしょう、と言った楊修が投げてよこした書翰を受け取って、黎深はぱらりとそれを眺め、尚書印を押した。
「……これでいいだろう。そら、出て行け」
「――どうも。では失礼します」
そう言って辞去しようとした楊修の背に、追い打ちをかけるような言葉が投げられた。
「ああ、楊修。アレを仕事の後に連れだそうと思っても無駄だぞ」
「…………はい?」
「絳攸には、仕事が終わってから一刻以内に邸に帰ってくるように言ってある。何かあったときにはすぐ文を出せとも言っているから、お前の行動も筒抜けだ」
「………………………………ワカリマシタ。それでは失礼します、紅尚書」
仮にも絳攸は一人前の官吏である。どんだけ過保護だ、と思いつつ、楊修は尚書印の押された書翰を持って恭しく退室した。

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