*冥護攻防*
(10万HIT企画その5)


【2】

「お呼びでしょうか、紅尚書」
「用がなきゃお前なんか呼ぶか」
「…………」
やる気のなさそうな顔で椅子にふんぞり返って扇などはためかせている上司に対し、楊修は頬の筋肉を引きつらせてどうにか耐えた。
「何を変な顔してる」
「……元々こういう顔なんです」
上司がこんななのはいつものことだ。楊修はそう自分に言い聞かせ、無言で持っていた書翰を差し出すと、今度は上司が不思議そうな顔をした。
「……何だそれは」
「例の件の報告書です」
「私はそんなものを持ってこいとは言ってない」
しれっとそう言い切った上司に、楊修は瞳を見開いた。
「は!? これを早く提出しろという呼び出しじゃなかったんですか!?」
「何でそんなことをせねばならん」
……そうだ、仕事のことでわざわざ部下を呼び出すような人ではなかった。仕事などまったく気に掛けていない風なこの上司が、自分を呼ぶ理由といえば……。
アレか、と楊修が呼び出し理由に思い至った瞬間、パチン、と扇を閉じる音が室に響いた。
「楊修」
きた、と思ったが、楊修は平静を装って答える。
「何でしょう?」
「アレを誘ったそうだな」
やはりそうきたか、と楊修は思った。
絳攸を誘った時点で、遅かれ早かれ彼にバレて追及されるとは思っていたが、まさか昨日の今日でそう来るとは。特別仲が良いようには見えないが、やはり親子、それなりに会話などもあるのかもしれない、と楊修は分析した情報を頭にしまった。
「楊修。質問に答えろ」
「……ええ、今度の公休日に街でも散策しないかと誘いました。いけませんか」
「どこに行って何をするつもりだ」
「おや? ナニをしてもいいんですか?」
「ばかもん!! 発音が違うだろうが! 何をしに行くのか聞いてるんだ!」
「……聞きたいですか?」
「当たり前だっ」
「街を歩くんです」
「…………は?」
「街を歩くんです。それだけですよ。あの子は外の世界を知らなさすぎるんです。誰かさんがちっとも"普通"を教えないで育てたせいで」
にっこりと笑みを浮かべてそう言った楊修を、黎深はじっと見つめる。
確かに、人買いにたらい回しに売り飛ばされたり、道端で物売りをして小銭を稼いでいたようなド貧乏生活も決して"普通"ではなかったし、国で一二を争う名門貴族のほとんど邸を出ない超豪華生活は、もっと"普通"ではありえなかった。
それは黎深とて承知している。市政を知るのは、もちろん悪いことではない。
だが、それとこれとは話が別だった。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合うことしばし。室には絶対零度の緊迫感が漂っていた。

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