*少しでも ちょっとでも*
(絳攸・楸瑛・邵可)
【2】
そんな訳で、現在二人は修羅場の真っ最中にいた。
「……がんばるねぇ、絳攸。ところで君は、どうして立って仕分けをしてるんだい? 座ってやれば?」
「いや、そうでもせねば寝てしまいそうだからな」
絳攸は、少しでも眠気覚ましにでもなれば、と立って書翰の仕分けをしていたのだ。
「ああ、そう……。そうだよね、ずっと机案にかじりついてたら、眠くなってくるよね……」
「寝るなよ、藍楸瑛! ――お前はいいじゃないか、書翰配達で歩き回れるだろう?」
歩いていたら眠気も紛れるだろう、と言いながら書翰仕分けを続ける絳攸に、楸瑛は苦笑した。
「あのね、歩き回るのも疲れるんだよ。渡す時にも色々言われたりして、精神的にも疲れるし」
「…………そうか。すまない」
ひとたび府庫を出ると迷子ほぼ確実の絳攸は、素直にそう謝った。
「謝る必要はないよ。適材適所っていうだろう? 私は君と出逢えて本当によかったと思っているよ」
そう言って楸瑛はにっこりと笑った。やつれたせいか少し大人びた翳りのある表情が、彼本来の魅力をさらに引き立てる。
楸瑛が書翰配達を一手に引き受けるようになったのは、実は絳攸の迷子体質のせいだけではない。配達の先々で官吏からとやかく言われまくる絳攸を気遣って、と言った方が正しい。
藍家直系である楸瑛に面と向かって悪口を言ってくる官吏は少ないが(ただし縁談やご機嫌窺いの類いは大変多かった)、史上最年少状元及第・紅黎深の養い子(しかも別姓)と、鳴り物入りで進士となってしまった絳攸には、大変風当たりが強かったからだ。
「……まぁ、そうだな。書翰のほとんどは俺が処理しているしな」
「――。ねぇ絳攸、そういえば、どうして腕まくりをしているの? 寒くないのかい」
及第するまで勉強ばかりしていてほとんど外に出ることのなかった絳攸の肌は、貴族の令嬢にも引けを取らないほど白かった。体毛もまだ申し訳程度に生えているだけ。武術も嗜なんでいない少年期の腕は、まだまだ子供のようで、不安定に細い。
その白くて細い腕は、楸瑛の庇護欲を掻き立てると共に、絳攸を年齢以上に頼りなくも見せた。
だが絳攸はそんなことはまったく気にした風もなく、あっさりと告げる。
「ああ、これか。多少寒い方が眠気が覚めると思ってな。それに、先ほど袖をうっかり墨で汚してしまって」
「…………そう……。そんなに眠いのなら、少し寝たらどう?」
「そんな暇あるか! ――ああ楸瑛、暇ならこの計算をやっておいてくれ。その書翰の下あたりに算盤があるだろうから」
「……はいはい」
そうして算盤をはじき出した楸瑛の横で、絳攸は料紙にサラサラと筆を走らせる。
しばらくは二人とも無言で仕事に没頭していた。
その静寂を破ったのは、トトンと扉を叩く音だった。二人が返事をするとゆっくりと扉が開かれる。
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